銃声と叫びと 1
轟いた銃声に驚き、近くの木から鳥達が驚いて飛び立った後、森に静寂が戻ってくる。
ネイトを殺す勢いで迫ってきていたミハロイ達は音を聞いた瞬間体を硬直させ、何が起こったか分からないといった様子で唖然とした表情を浮かべていた。
手にした銃は夕闇がかった空へと向けられ、弾丸を受けた者は誰もいない。
しかしミハロイ達の目には、ネイトが見た事のない武器を持ち、謎の爆発を引き起こしたように映ったに違いない。
「な、なんだ貴様、何をしたん、だぁ……!?」
「正当防衛って奴だ、あんたらに殺されないためのな……!」
ミハロイ達はつい先ほどまで、自分達が完全に有利だと高を括っていたに違いない。
だからこそ、ネイトが未知の武器を隠し持っていて、その威力の片鱗を見せつけられた今、絶対的な優位が揺らいでいるのを彼等は感じ取っているだろう。
ネイトは空に向けていた銃口を水平に戻し、その先を戸惑うミハロイ達へと向ける。
対抗しなければ、確実に殺される。
島から脱出して生還するためには、ここで死ぬわけにはいかない。
今の彼を突き動かしている力は、生きるためには手段を選ばないという、単純明快な心情のみであり、それ故に躊躇う事もなかった。
「このっ、刃向かったなぁ! 貴様ぁ!」
危機を感じ取ったのか、ミハロイは焦り混じりの憤怒の表情で取り巻きに指示を出し、弓を構えさせる。
「チッ……」
銃を手にしたとはいえ、ネイトの左足は重傷なのは変わらない、機敏な動きは難しく、一斉に襲われれば対処しきれない、そういう点ではまだネイトは不利である。
腰を低くして身構え、ミハロイ達の動きを伺う。
(ギリギリまで、ギリギリまで待って……それでもダメなら……!)
自分が殺される事だけは絶対許されない、ならば決断する瞬間が訪れるかもしれない。
覚悟した筈なのに小刻みに震える手に力を込めて、銃の照準をミハロイ達に合わせる。
生と死の駆け引き、その極限の状態に突入しようとしたその時、
「やめろぉおおお!」
空気を震わせる叫び声と共に、木製の槍が唸りを上げて木々の間を縫うようにして飛来し、ネイトとミハロイ達の中間の位置に立つ樹木に突き刺さった。
後を追うようにして姿を現した人物が何者なのか、わざわざ確かめる必要もなかった。
「ヒナ! なぜここに来たぁ!?」
開口一番叫んだのはミハロイ、その言葉を無視してヒナは槍の刺さる木の元まで走り、柄を掴みながらネイトとミハロイ達の双方に目をやる。
「何、やってる?」
彼女の口から出てきたのは、ネイトの使用する言語。
あえてロア族の言葉を使わずに尋ねたという事は、質問がネイトに対して向けられている事を表していた。
「(ヒナァ! 何しにここに来た、邪魔するなぁ!)」
「(うるさい!)」
ミハロイの言葉にヒナは怒鳴り返すと、木の槍を手にしながらネイトの方に体を向ける。
「ネイト、もうやめろ! 村の皆、もう一度話し合う。お前の存在、否定しない人達も出てき
た、だからもう戦わなくていい!」
「……話し合う?」
「そう! お前が怖い、違う事話した! お前がこの島にいるの、認めてくれる!」
「(おい、ヒナァ! それは本当かぁ!?)」
しかしミハロイは聞き捨てならないといったように言葉を挟み、ヒナに歩み寄っていく。
「本当、私が頼んだ! だから兄さん達、勝手にネイト傷つける許さない!」
「(ふざけるなぁ! こいつは俺達の敵だぁ! 婆さんが認めたのかぁ!? 身内が余所者に
たぶらかされたんだぞ、それを認めるっていうのかぁ!)」
「(村の皆は私の話、ちゃんと聞いてくれたの! 兄さんだって冷静になって……!)」
「(黙れぇ!)」
ヒナの制止を受け入れられないミハロイは、槍を片手にネイトを殺さんとヒナの横をすり抜けようとする。
「(やめて! いい加減にしてよ!)」
しかしヒナはそれを許さず、槍の切っ先をぶつけて彼の前に立ち塞がる。
兄と妹だからかもしれないが、互いの意思を譲る様子などさらさらなく、むしろ自分の意見を押し通そうと、てこでも動かないような気迫すら感じられる。
妥協点を見出す状況でないのは、言葉の意味が分からなくても見て取れる。
それをしばらくの間、無言で眺めていたネイトは、やがて結んでいた口元を静かに開けて、
「認められないのは当然なんだよ」
低く、しかしその場にいる者全員の耳にはっきりと届く力のある声で、そう言った。