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本音 1

「はい、これっ」

 まだ青い空が夕暮れの色に染まりきっていない頃、ヒナは既に狩りを終えて村に戻り、家で料理に使う道具や香料の整理をしていた母の目の前に今日の成果を投げるようにして置いた。

「ちょっとヒナ、何なのその態度は。それに何よこれ」

「何って何、今日の獲物だけど」

「バビブタン一匹じゃないの、まだ日が落ちてないのにこんな成果で戻ってきた訳!?」

「知らない、兄さんはいつもこれくらいの成果でも偉そうに帰ってきてるでしょ」

 なんて意地悪い事言うの、と説教しようとする母の前から足早に立ち去って、ヒナはつまらなそうな表情を浮かべて小屋を飛び出していく。

 その様子を祖母のペレが奥から黙って見つめているのに気付いたが、それでもヒナは露骨な不機嫌さを隠そうとはしなかった。

 狩りを終えた狩人は、晩飯の時間まで特にする事はない。ヒナは時間を潰すために再び森の方へと向かっていく。

 昨日の今日という事もあって、やはり村人達のヒナに向けられる目線は冷たい。

 昨晩行われた大人達による会議では、ヒナが密かに村の外の人間と何度も接触していた事への是非を問われたという。

 大人の中でも若い年齢の人間は大半が苦言を呈したらしく、ロアの民にとって島の外のものは得体が知れないという恐れが彼等の中に強く存在していたのが主な理由だ。

 ペレを含む年配者達は様子を見て村の生活に害を及ぼさなければ良いのではと意見を述べたが、かつてやってきた異邦者と接触した経験のない若年層の排他的な思考はそう簡単には拭えそうになかった。

 そして今朝村人全員に通達されたのは、この問題の結論を出す事を保留するという宣言と、結論が出るまでヒナは余所者との接触を禁止するというものであった。

 異邦者を快く思っていない者はなぜ保留する必要があるのかと疑念を抱き、当事者のヒナはどうして彼と会う事が禁止なのかと憤った。

 しかし長老であるペレの言葉に逆らう事は許されない、結果村人達はそれぞれ悶々とした感情のまま、今日一日を過ごしている事だろう。

 ヒナもまた、今日ほど狩りに集中出来なかった日はなかったと確信出来るくらい、頭の中はネイトの身の安全や彼との関係の行方の事ばかりでいっぱいであった。

(どうしてみんな、否定するのよ。私もネイトも、村には何の迷惑もかけてないじゃない!)

 耳を澄ませば微かに聞こえてくる、村人達の陰口。

 ちゃんとした子だと思ってたのにと嘆く、村一番の子だくさんで有名な母の友人。

 村の空気を悪くしやがってと悪態をつく、隠居に入ったばかりの老人。

 異邦者と逢引なんていやらしい女だな、と狩りを終えてたむろする若い狩人達。

 心のない言葉に胸が傷つけられる、という気分はなかった。

 ただひたすらに、ネイトと関わった事がなぜそんなに悪いと思われるのかが分からず、腹立たしくて仕方がなかった。

「ヒナちゃん!」

 村から出る寸前、後ろから聞こえてきたのは友人のクー。

 ヒナが傍目に見て明らかに心身的に荒れているのを見過ごせなかったのか、心配そうな顔でこちらを見つめている。

「……何」

「あ、あの……大丈夫?」

「別に」

 しかしヒナは素っ気なく突っぱねて、あっさりと森の中へと入っていった。

「馬鹿、私と今口を聞いたら、クーまで変な目で見られちゃうでしょ……!」

 気遣われるのは嬉しいが、村人の殆どが今日は騒動を起こした元凶であるヒナと口を利くのを避けていた。

 大方ミハロイ率いる反異邦者派に、ヒナと同調したと見なされるのを恐れているのだろう。

 ミハロイとその取り巻きは狩人の男衆の中でも特に我が強い、普段はうるさいだけで害はないのだが、怒らせると面倒だと若い村人達の間では有名だった。

 成果を馬鹿にされたとか、狩り場を邪魔されたとか、そんな小さないちゃもんが原因で喧嘩とまではいかないものの、ミハロイ派とそれ以外の派閥で対立が起きた事も何度かあった。

 ヒナは別にミハロイや取り巻きと敵対しても別に構わないが、クーを始め自分がした事とは無関係の人間までその餌食になるのは避けたかった。

 心休める時に登る、いつもの大木の太い枝に腰をかけ、ぼうっと遠くを見つめるヒナ。

「分かんない、どうすればいいのか」

 まだ村はヒナとネイトが出会っていた事の良し悪しすら決め切れていない。

 異邦者が島に居座る事で、ロアの民に悪影響があると多くの村人は思っている。

 だが掟では島の外の人間と関わってはいけないという決まりはなく、ペレの世代でも島外から来た人間と交流を持っていた。

 黙って接触していたから皆を驚かせてしまったのは分かる、それについては謝らなければならないと理解出来る。

 しかし、納得出来る理由がない限り、ネイトと関わる事を禁止されるのは認めたくない。

 それでは、今までのネイトと交流してきた事が無駄だったと、彼と出会った事で島の外という未知の世界に興味を抱く事が出来た自分を否定されている気がしたから。

 なら、ヒナは自分が望む結末を手に入れるためにはどうすれないいのだろう。

「ヒナちゃん!」

 そんな悩みに頭を痛くしていると、木の下の方から再び聞き覚えのある声が聞こえた。

 眼下にいたのはやはりクー、息を乱して辛そうな表情をしているのを見る限り、先程の場所からここまで走ってきたのだろう。

「ヒナちゃんと話がしたいの、降りてきてくれないかな」

「……私といるの見られたら、誰かに告げ口されちゃうよ」

「ふてくされたって、何も解決しないよ。ちゃんと話して欲しいな」

 態度の悪いヒナに、クーは普段通り落ち着き払った喋り方で、しかし真摯な表情でそう声をかけてきた。

 さすがに親友である彼女にまで八つ当たりするのは情けないと思い、ヒナはぴょんと地面に飛び降り、クーと向かい合うように木の幹にもたれかかる。

「ヒナちゃんが会ってた人って、どんな人だったの?」

 クーは両手を後ろに回すようなポーズで、興味深そうに尋ねてきた。

「……弱い人。木を一本切るだけでしんどそうにするし、男のくせに狩りも一人じゃ出来ない

 し、カーダルに怯むくらい気が弱いし、仕掛けていた罠に引っかかるほどドジだし、元いた

 世界に戻ろうとするのを諦めかけた事もあったし……でも、正直な奴だと、私は思う」

「正直な、人?」

「私は最初、あいつを怪しく思ってたけど、あいつは自分が島から出るために、会ったばかり

 で年も下の私に、頭を下げて協力するように頼んできた。辛い時は嘆いて、驚いた時は大声

 出して、私がイカダ造りや獲った生き物の捌き方を教えてあげた時は感謝してくれた。すご

 い真っ直ぐな目で、はっきりと」

 ネイトは島を脱出したいという明確な意思を持っており、そのためにヒナと積極的に接しようとしてきた。

 威張りもせず、強制もせず、取り繕う事もなく、彼はヒナに対して接してくれた。

 得体の知れない相手だと警戒していたヒナが、彼といても危険でないと思えるようになったのは、彼が目標に向かって愚直なまでに素直な性格の持ち主だったからかもしれない。

「それに、あいつのやる事、話す事、変わったものばかりで、新鮮だった。あいつの住む世界

 には数えきれない数の人間が毎日生まれて、毎日死んでるとか。浜辺に流れ着いていたゴミ

 が、実はあいつの住む世界で当たり前のように使われている容器だとか。あいつが言ってい

 るだけで本当かどうか私には確認出来ないけど、この島で生きていたら想像も出来ないよう

 な話が多くて、もっと聞きたいって思ったの」

 島の外の世界について、道具について、思想について、自分が本来知る由も無かった事を聞けば聞く程、もっと知りたいと思うようになった。

 それはネイトに対しての気持ちも同じだった、彼の言動は何もかもが新鮮なのだ。

 ロアの民が毎日走り回っている森の中を、彼はおぼつかない足取りで進み、当たり前のように棲みついている生き物相手に怯え、男のくせに軟弱な一面を見せたかと思えば、ロアの民にとっては危険なものとして捉え不干渉を貫いてきた海の上を進むために、無謀にも木を切り出してイカダを造ろうとする行動力を発揮したりもした。

 ヒナにとっての常識が彼には驚く事であり、彼の行動はヒナの目に異様に映っていた。

 余所者である彼と出会わなければ、ヒナはこの島の中だけが世界の全てだと勘違いしたまま生きていただろう。森の中で狩りをして、獲物を食べて、寝てまた起きる、それが生きるという事の全てだと思い込んでいた。

 そんな単一の思想のみで満たされた閉ざされた環境の中に、ネイトという異物が介入してきた事で、ヒナの好奇心が強く刺激されたのだ。

「この島で生きる事にあいつは苦労してる、でもあいつが生きるためにやっている事はどれも

 ロアの民がやるとは思えない、変わった事なの。あいつ、何の躊躇いもなく海の中に飛びこ

 んで泳いだのよ? ヒューズがいる海の中を平然と、信じられる?」

「それは、すごいねー。私のお父さん、落ちるのが怖いから海沿いでは狩りしないって言って

 たぐらいなのにー」

「そう、村の人間なら誰もやらない事を、あいつはする。そして村の人間が誰も知らない事を

 知ってる。だから、また会いたいって思って、気になって……」

 そこまで喋って、ヒナはクーがいつの間にか目の前まで接近し、まじまじとこちらの顔を眺めてきている事に気付く。


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