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妬みと凶刃

何もかもを仕切り直すため、住処である洞穴に戻る。

 イカダを見つけ出して壊されたのなら、この洞穴もいつ発見されるか分からない。

 ならばいっそ新たな住処を探すためにここを出た方が良い。

「見つかるかどうか分からねぇし、大体のもんは置いていくか」

 新居探しに旅立つため、武器以外では飲料水の入ったペットボトルだけを手に、ネイトは再び洞穴から出ようとする。

「……ん」

 その刹那、視界の端に映ったのはイカダ造りに使えそうだと回収して置いたままになっていたゴミの山。洗剤の容器や発砲スチロールの塊など大小様々なものを並べていたのだが、気のせいか朝起きて見た時よりも散らかっているように思えて、ネイトの足が止まる。

 風で倒れた可能性は少ない、強風吹き荒れる日でも洞穴の奥はあまり影響がなく、加えて体積が大きく倒れにくいものも派手に地面の上に転がっているからだ。

 となると、侵入者の可能性が高い。

 ネイトは洗ったばかりのナイフを右手に構え、眼光を鋭くして周囲三百六十度を、呼吸するのも忘れるくらい緊張感を高めながら警戒する。

「何か、いるのか!?」

 あえて大きな声で叫び、反応がないかを伺ってみる。

 すると、その効果はすぐに現れた。

「っ!」

 突如背後に感じた気配、反射的に前転しながら飛び退いて体の向きを変えたネイトは、その正体を目の当たりにする。

 突き出すように木の槍を両手で握りしめる、屈強な体を持つ黒人の男。血走らせるほどに強い殺意を目に灯した彼の、草木を利用した服を纏った姿は、この島で長く繁栄を続けてきた先住民ロア族のそれであった。

「隠れてコソコソやるのも面倒になったってか!」

 岩陰に潜んでいたらしい男は無言のまま二度三度槍で突き刺さんとしてくるが、至近距離の銃撃を予測して回避する訓練を受けた事もあるネイトには大振りな攻撃など十分回避出来、軽やかなステップで後退りながら華麗にかわしてみせる。

「うお、こっちか!」

 続けて今度は横合いからもう一人、別の男が石を叩いて造ったとみられる鈍器を片手に殴り掛かってきた。

 すんでのところでしゃがみこんで避け、さらに後退して距離を取るネイト。

「おいおい、ゴキブリでももうちょっと控え目に飛び出てくるもんだぜ?」

 苦笑いしながら吐き捨てるも、男達は言葉を発する事なく次の一撃を繰り出す機会を伺って低く身構えている。

「チッ、まずはここから脱出しねぇと……」

 狭い洞窟の行き止まりという行動範囲の限られた中で、数的にも武器のリーチでも相手の方が勝っている以上長期戦になればいつかやられてしまう、ネイトは隙をついて男達をかわし外に飛び出る算段を立てようとするが、

「っ、が……!」

 その思考を断ち切るように、左足に熱さと共に何かが骨を砕く激痛が走った。

 視線だけを足下に向けると、自らの左足、島に来たばかりの頃に大トカゲに噛まれてヒナの手当を受けた部分を、十センチほどの長さの木製の矢が貫いている光景がそこにはあった。

「痛っ、がああ! この……!」

 矢が飛んできた方向に顔を向けると、出っ張った岩から半身を出して弓を構える、他の二人よりやや細身の男の姿。

(三人がかりは、さすがにキツイ……!)

 痛みで動きが鈍っているところを相手も見逃さず、槍を構えた男二人はすぐさま攻勢を仕掛けてきた。

 本当は一ミリも動かしたくない体に鞭を打ち、ネイトはその攻撃を避けるではなく、腰元のボトルの蓋を左手だけで器用に開けた後、それをわざと回転するように前方へと投げつけた。

 汲んだばかりの水が四方に飛び散り、男二人は約一秒の間だけ体の動きが止まる。

 ネイトは彼等の体の間を通り抜けようと意を決して猛ダッシュを試みる。

「いっ……!」

 だが大自然の中で育ってきたロア族の身体能力は、やはり侮れるものではなかったらしい。

 完全に出し抜いたと確信して出口に向かって疾走しようとしたネイトの両足を、男二人がそれぞれ猛烈な速度で手を伸ばして掴んで強引に動きを封じてきたのだ。

 槍を持った状態で水によって怯んでいたにも関わらず、尋常ではない素早い動きで体の向きを変え、走り出すネイトよりも先に足を取るという荒業を見せた彼等は、眉ひとつ動かさずネイトの体を持ちあげると、そのまま洞穴の一番奥の壁まで軽々と投げ飛ばす。

「ぐあああ!?」

 恐ろしいまでの怪力で硬く凸凹した岩壁に勢いよく衝突し、背中全体に駆け巡る重い痛みにネイトは顔を苦痛に歪めて悶絶する。

 どうやら後頭部を打ちつけてしまって脳震盪を起こしてしまったようで、立ち上がる事はおろか、その場で呼吸を絶やさないよう息を荒げるので精一杯であった。

「フン、マンガングー(手こずらせやがって)」

 やがて襲ってきた三人の男達とは別にもう一人、引き締まった肉体を持つ若い青年がロア族の言葉で何かを喋りながら、ゆったりとした足取りで近づいてきた。

 朦朧とする意識の中でも、その大仰な態度で他の三人が委縮する様子だけで見て取れる、彼がネイトを襲撃してきた連中のリーダー格なのだろう。

 そいつは一際冷めた眼で見下ろした後、躊躇せずにネイトの腹部を爪先で蹴り上げてきた。

「おごっ……んぶ!」

「ヒナ、マンニュカイマナ、ビジアラン(ヒナはこいつのどこを気にったんだ)」

 青年はつまらなそうに言うと、控えていた他の男三人に顎で合図をする。

 どうやらネイトをどこかへ運ぶように指示をしたらしい。

(っ、くそが)

 うつ伏せに倒れ込んだ状態のネイトの右手には、既にナイフは握られていない。壁に衝突した拍子に落としてしまい、手が届かない場所にある。

 そうして空になった右手を、ネイトは自らの懐にゆっくりと伸ばそうとしていた。

 服の懐にあるのは、先程手入れしたもう一つの武器。

 これを使えば、この危機的状況を打開出来るかもしれない。ナイフと違い、自由に動けなくても目の前の敵を制する事が可能な、ネイトのいた世界で無数に存在する危険な武器だ。

 使え、使え、やられっぱなしが嫌なら、使え。

 身体の危険を察知した本能が、ネイトの脳にそう指示を出してくる。

 相手は勝ち誇って余裕の足取りで近づいてきて、武器である槍や弓も構えを解いている。

 今ならやれる、今すぐ行動に出ろ。

(……やっぱ、無理だろ)

 しかし、それでも。

 ついにネイトは残った力を振り絞る事をせず、男達に身柄を拘束されるのであった。

 言うまでもない、どれだけ自分に危害を加えようと、どれだけ仕打ちに腹が立とうと、彼等はヒナの仲間なのだから。



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