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掟破り 3

「ちょっと待って、なんで……」

「婆さん! いちいち話し合わなくたって皆俺と同じ意見に決まってるだろぉ!?」

 互いに即断即決を求めようとするも、またしてもペレの「黙らんかぁ!」という喝で二人共口を閉ざしてしまう。

「簡単な話じゃないんじゃよ。ヒナ、お前さんの行動は他の村のもんの心に大きな衝撃を与え

 とる、理由は分かるな? 異邦の者と隠れて接触し、その交流を肯定しておるからじゃ。わ

 しらの時は村の総意で交流を決めたが、今回はお前さんの独断じゃ。良し悪し以前に、皆の

 心を整理させちゃらんといかん、賢いヒナなら分かるよのぅ?」

「っ……はい」

「ミハロイ、お前が熱くなる気持ちも分かるが、ロアの民同士で争う原因を作るのだけは許さ

 れん、不用意に騒ぐでないぞ。わしもこの歳で孫を折檻したくはないけんのぉ」

「わ、分かってるっての……」

 声色はそのまま、しかし否定を許さない凄みの込めた言葉で忠告され、ミハロイは何か言いたそうに口をもごもごとさせた後、飲み込むように顔を引き攣らせながら小さく返事をした。

「そんじゃあ解散せい、とっとと腹ごしらえするぞえ」

 ペレに促され、村人達は各々の家に戻っていくが、漂う空気は当然のことながら重苦しく、すっきりとしない。

(こんなに、大変な事だったの……?)

 尋ねなくても分かる、村人の多くがヒナの告白に怪訝そうな表情を浮かべ、嫌悪に近い感情を抱いていた。

 確かに自分だって最初はネイトを警戒していた、村人達にも同じような思いを抱いていたって何らおかしくない。

 正体の知れない相手と会っていた事を黙っていた、それは身内を始め共に生活している村の皆に対して失礼な行為だったと今なら思える。

 それでも、長老であるペレが大人達と緊急に会議しなくてはならないほど、村にとって一大事になるなんて思ってもみなかった。

「……もう!」

 自分にも非があるのは分かっている、分かってはいるが釈然としない。

 ネイトは変わった人間で、人を殺して生きてきたと自称する不気味な面もあるが、イカダ造りや狩りを手伝った時に垣間見た彼の、時に弱気で時に快活な表情や言葉は間違いなくロアの民と同じ喜怒哀楽を持った人間だ。

 そんな彼と関わって何が悪い、そう吐き捨ててしまう自分が心の中にいて、むしゃくしゃした気分のままヒナは頭を掻き毟りながら家へと足を向ける。

「悔い改めるなら今のうちだぞ」

 そこへ、横に並んできたミハロイが上から目線な物言いをしてきて、腹が立ったヒナは自分でも分かるくらい歪んだ表情で睨み返す。

「は? 話しかけないで。悔やむ事なんて何もしてないから」

「……あんな奴に関わって何になる、俺達はロアの民だぞ? この島以外の事なんて気にする

 必要なんてないんだぞぉ?」

「必要かどうかなんて、関係ない。あいつと会って話したって、損な事なんてないんだから」

 ヒナがそう答えると、ミハロイは呆れるように小さく溜め息をついて、

「あぁ……ったく、長老の孫娘が情けない……やっぱ分からせるしかないか」

「え?」

 そしてボソリと、独り言のように呟いた言葉が耳に引っかかり、ヒナは慌てて聞き返す。

「今、なんて言ったの?」

「あん? さぁ、明日になれば分かるかもしれんなぁ」

「だから、何がよ!?」

「ハウロア様の神聖な大地に異邦者が立ち入ってんだ、放っておいたら罰があたるんじゃない

 かと思っただけだぁ」

 ミハロイの言葉が、余所者であるネイトの身に災いが降り注ぐ事を期待する下卑た発言であるのはすぐに理解出来た、だがそれだけなら別にヒナは気にする事もなかっただろう。

 ただ、実の兄のやけに余裕な空気を含んだ声色を聞いた時、彼女の脳裏に一瞬漠然としていながらも彼女にとって非常に心地の悪い想像が浮かび上がってきて、ハッと息を呑んだ。

「まさか……!」

 途端に体の向きを変えて、村の外に広がる森めがけて駆け出そうとするヒナ。

「おぉい! 婆さんに言われただろ、子供は家にいろってなぁ!」

 すかさずミハロイに呼び止められ、ヒナは獣のような素早さで地面を蹴っていた足を停止させ、奥歯を噛み締めながらその場に立ち尽くす。

「これ以上掟を破るのは、婆さん達もいい顔しないと思うぞぉ?」

 ミハロイの嫌見たらしい言葉に、取り巻き連中も肩を竦めてくすくすと笑う。

「くっ……この……!」

 それを見てヒナは、自分の直感が告げた嫌な予感が現実味を帯びている事を確信し、故に村から出る事を制限された今の状況がもどかしくて仕方が無かった。

 余所者への罰、ミハロイの言葉が意味する事とは。

 具体的には分からなくても、余所者というのがネイトの事を指し、罰という言葉が彼への不幸を現しているというのは想像するに容易い。

 まさか、と思いたいものの、意味深げにそんな発言をしたミハロイと、それに含み笑いを零した異邦者追放派の連中を見ると、もはや確実だと認めざるを得ない。

(あいつ、何かされたんじゃないでしょうね……こいつらに!)

 今すぐ村を飛び出して、ネイトが今どうしているか確かめたい。

 一人で孤独に洞穴で黙々と食事をしているだろうか、イカダ造りの仕上げでもしているだろうか、もう疲れて眠っているだろうか。

 とにかく何でもいいから、これまで通り彼がこの島での彼なりの生活を行っていて欲しい。

 ミハロイ達がそれぞれ家に戻っていく中、ヒナはしばらくの間その場に立ったまま、動く事が出来なかった。

 長老である祖母が村人の行動を制限するのは、嵐に備えて男共を防風防雨対策に小屋を補強させたり、巨大かつ凶暴に成長したトカゲのカーダルが村に接近してきた際に総出で討伐を指示したりと、毎回村の一大事が起こった時に限っていた。

 つまりヒナがネイトと出会っていた事実もまた、村の長老であるペレにとって由々しき事態だという事でもある。

 そんなペレが朝に結論が出るまで村から出るなと全員の前で忠告したのだ、それを破る事は今度こそ本当に掟破りの烙印を押され、糾弾される事となるだろう。

 分かってはいるが、それでもヒナの足は村の外、ネイトがいるであろう砂浜に向かって動き出そうと言う事を聞かず、両膝を手で抑えて必死に我慢するので精一杯だった。

「っ、分かんないわよ、何が悪いのかなんて……!」

 生まれて初めて、ロアの民として村の掟に縛られる風潮が煩わしく思えた。

 もう誤魔化す必要はない、自分はネイトの事を気にかけているし、彼の身を案じている。

 その時のヒナにはロアの民や余所者といった、生きてきた世界の違いによる区別の概念などどうでも良い事となっていた。

 島の外の人間、異邦者、他の誰かがどう彼を呼ぼうと構わない。

 だからせめて今まで通り、頼りないが自分に陽気に接してくれた彼が無事でいる事をヒナは俯き目を閉じて祈る。

 それはこの島の母たる神ハウロア様への嘆願ではなく、ただ自分の願いを叶えてくれる存在ならばなんでもいいからという、藁にでもすがるような必死な願いであった。


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