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掟破り 2

 なるべく平静を装いながら、ヒナは村の中に足を踏み入れる。

 普段なら狩りの成果を自慢し合う男達や夕食に使うために獲物の処理に苦労する女達の姿や声で溢れる夕暮れ時だが、今日だけは漂う空気が淀んで重さを伴ったように殺伐としていて、ただならぬ雰囲気であるのが一瞬で見て取れた。

 村人の多くはヒナの帰村に気付くや否や、睨むとも凝視ともとれる冷ややかな視線を向けてくる、やはりヒナは村人に煙たがれる何かをしてしまったらしい。

 やがて見えてきた村中央にある広場に群がる数人の男達、狩りでも何でも常に行動を共にするミハロイとその取り巻き連中こそ、その何かに気付いた人間なのだと威圧的な態度で悟り、ヒナは小さく溜め息をつきながら彼等に向かって足を進めた。

「ヒナ、話がある。こっちに来ぉい!」

「何のつもり? 私ちゃんと狩りして帰ってきたんだけど」

「何がちゃんとだぁ! お前、今日海辺で何やってたか、言ってみろぉ!」

 村全体に響く大声で怒鳴ってくるミハロイに、彼が怒っている理由が予想通りであると確信するヒナ。

「……そっちから言ってよ、どうせ見てたんでしょ?」

「なっ……なら認めるんだなぁ、ヒナ!? お前があの島の外から来た余所者の男と会って、

 狩りもせずに話し込んでたのをぉ!」

 ミハロイの声は無駄に大きい、感情が高ぶりはさらに音量は増す。

 当然この叫びが他の村人達に聞こえない訳はなく、皆只事ではない雰囲気を感じ取ってヒナとミハロイ達がいる広場を凝視してきた。

「えぇ、してたわよ。それが何? 兄さんに迷惑かけた?」

「なんだとぉ!? 本気で言ってるのか、ヒナぁ!」

 誤魔化してもしょうがないので開き直って答えると、ミハロイは予想以上に顔を真っ赤にして怒り、一気に近づいてきてヒナの肩を強い力で掴んできた。

「痛っ、何すんの!」

「なんでそんな事する! 魔が差したか!? 大事な狩りを放り出してまで、得体の知れない

 男に会うなど、正気じゃない! あいつはお前が追放した奴だぞぉ!」

「頭おかしくなったみたいな言い方しないで! それに村の皆には迷惑かけてないでしょ! 

 狩りだってこうしてちゃんとやってきてる! なんで怒ってるか意味分からないから!」

「怒るに決まってるだろぉ!」

 ミハロイは激情をぶつけるか如く、肩を掴んだ太い腕でそのままヒナの体を押し、ヒナは後方によろめきながらもすぐに立ち止まって、キッと反抗的な眼を自らの兄へと返す。

「なんだその目は、俺が間違った事言ってるっていうのかぁ!?」

「さぁね、でも私は間違った事したとは思ってないんだけど!」

「なんだとぉ!? ヒナ、いい加減に……!」

 冷静でいようとしたものの、頭ごなしに自身の行為を貶されてヒナもすっかり怒りに任せて言葉を発するようになっていて、このまま過激な兄妹喧嘩に発展するのを覚悟していたが、

「しぃずかにせんかぁ! このオランボードー共!」

 横合いから飛び込んできた、ヒナとミハロイの祖母であり村で一番の権力者でもあるペレの老いぼれとは思えないほどの、空気を震わすような一喝が鼓膜を突き抜け、あまりの衝撃にヒナだけでなく広場にいた者や近くで見ていた者は皆頭や耳を手で押さえ、目を丸くしていた。

「狩りの結果で張り合っているにしてはやかましいと思って来てみれば、なんじゃみっともな

 い、身内同士の揉め事を人様の前でするでないわ!」

「ち、違うんだよ婆さん! 聞こえてたんだろ!? ヒナが狩りの合間に、この前追い出した

 島の外から来た奴と会ってたんだよ! ロアの民の生活に関わって欲しくないからって言っ

 てたヒナが、だぞ!?」

 幼い頃以来の祖母の雷に怯みながらも、ミハロイはヒナとの間に割って入ってきたペレに、彼自身にとっては許せないヒナの行動について説明する。

「ふむ、ミハロイが言っているのは本当かのぉ? ヒナ」

「ん……うん。確かに私は、あいつと会ってた。嘘じゃないわ」

 長老でもあるペレに面と向かって告白するのはさすがに躊躇してしまった、島外の人間と接触してはならないという掟はないものの、村人達の異邦者への警戒心を知っているだけに、そんな人物と接触していたと発言するには予想以上に勇気が必要だった。

 それでも、ヒナは誤魔化す事などせず、正直に答えてみせた。

「ほー、その様子じゃと出会ったというより、会いに行ったという方が合ってるように思える

 のぉ、もうかなり前から関わってたんじゃろう?」

 喋り方と仕草から読み取りでもしたのか、ペレはヒナとあの余所者の男が会ったのが今日だけではない事を見抜き、ヒナは小さく頷く。

 その反応に村人達の多くがざわめきたつ、長老の孫娘が島の外から来た余所者と接触していた事が余程予想外だったのか、はたまた衝撃だったのか、とにかく誰もが驚いていた。

「お婆ちゃんも私の事、掟破りだって言うの?」

「いんや、わしらも若い頃に外から来た人間と交流してた事があったけん、悪いとは言わん、

 じゃがヒナは島の外なんぞないと言ったよのう? 島の外の世界を見て見ぬふりをするつも

 りであの軍人さんを追い出しておいて、自分から関わりに行く理由が分からんのじゃ」

「……最初は変な事しないか気になって、動きを見ていた。カーダルに襲われたり、罠に引っ 

 かかったりして危なっかしくて、見過ごせなくて手助けした。そのうちに、あいつが私達と

 同じ生き物で、でも私の知らない言葉や知識をたくさん持ってて、私の見た事のない世界で

 生きてきた奴なのも明らかになって、不気味だと思ったけど、興味を持って……」

「ほぉ、ヒナが狩りの時間を割いてまでの興味を引かれたとはのぅ」

 ペレは他の村人と違って取り乱す事もなく、落ち着き払った喋り方で関心するように唸る。

「ヒナの知らん事ってのは、どういうものがあったんじゃ?」

「たくさんあったよ。島に流れ着いてくる色んなゴミは、あいつのいた世界で使われてる道具

 で、この島にはない未知の材料で造られて、液体を入れるために大量に使われてるとか、動

 く景色を保存して映し出す映画っていうものがあったりとか、言葉が難しくてよく分からな

 いけど、でも分からないものが確かにあるって事、あいつは教えてくれた」

 ネイトの言葉には、ロアの民の会話では聞く事のない単語が多く含まれていて、説明を受けても余計に混乱してしまうくらい、彼の知識とヒナの知識の間には大きな開きがある。

 だからこそ、ヒナは好奇心をそそられた。

 理解出来ないような何かが、島の外にはある。理解出来ないからこそ、もっと知りたいという思いが増していき、ネイトとの会話が楽しみになっていたのだ。

「なぁんだそれはぁ! そんなの信用ならないだろぉ!」

 ヒナの言葉を聞いていたミハロイが、再び喉が千切れるような怒声を放ち、ペレの横を通り過ぎてヒナの正面にやってくる。

「何よ、なんでそう言い切れるの?」

「あいつは余所者だ! なんでそんな奴の言葉を信じるぅ!? 島の外がどうなってるかなん

 て分かる事じゃない、それに俺達にとって島の外の世界なんてどうだっていいだろぉ!」

「っ、私だって昔はそう思ってた。でも気になったんだから仕方ないでしょ! お婆ちゃん達

 の世代の人達が昔島の外の人と出会った事、お婆ちゃん達は隠さずに話して、その事が悪い

 経験だったとは一言も言ってない。私も悪い事とは思わない、今までの生き方じゃ知れな

 かった世界や人に興味をもって何が悪いの!」

「こ、このぉ……!」

 反論をやめないヒナに我慢出来なくなったのか、ミハロイは太い腕で背中の槍を持ち上げ、柄の部分で殴りかかろうとしてきて、慌てて他の取り巻き達に制止される。

「何しよるんじゃ! 妹の口先で取り乱す兄がおるか、みっともないぉ!」

「婆さん! 婆さんはいいのかよ! あんな正体も分からない奴がこのまま島にいて、ヒナと

 関わっていくのを放っておいてぇ!」

 激情を抑えきれず取り巻きに体を掴まれた状態でもがきながら、ミハロイはペレに問う。

 ペレはしばらくの間顎に手をあてて考え込むように目を閉じる、長老がどう判断するのか村人達の注目が注がれる中、やがて皺だらけの瞼をゆっくりと開けてから、彼女は答えた。

「ここにおるもんに伝える、これはロアの民を束ねる長老としての言葉じゃ、よく聞けい。そ

 れぞれの家の長は今日の晩、食事を終えたらわしの家に集まれい。今日の騒動について話し

 合う、若者共は家から一歩も出るでない、これは命令じゃ、よいな!」

 それは一言で表すならば、ヒナとミハロイどちらの言い分が正しいか、今は決められないという意味であった。




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