氷の世界④
そこは氷に覆われた死の世界だった。
零下30℃。旧日本。現在の北極、通称“北極列島”。北極点は旧東京湾にある。
“恐怖の大王“による“大変動“は、地球の自転軸を狂わせた。
極移動により日本が北極に、ブラジルが南極になった。極ジャンプ(ポールシフト*)。
大変動は極そのものの場所を変えさせた。同時に地球自体も回転したため、地軸の傾き(公転軸と自転軸のずれ)は22.2度(従来は23.4度)にとどまっている。当然北極星も別の星に変わっている。 (*N極とS極が入れ替わる“地磁気逆転”とは異なる)
隕石衝突の衝撃によって生じた津波は世界各国の海岸を襲った。衝突は全世界の火山活動を誘発し、舞い上がった噴煙は太陽光線を遮り、地球全体が冷えていった。氷河期の到来である。だが低緯度に移動した従来の南極では氷が解け、海面上昇が起こった。
地獄。
氷地獄の上空を、明とヨキを乗せたWC-001は飛ぶ。
今の日本は氷の下にあった。氷の中に廃墟と化した街が見える。はるか遠くに見えるのは氷の上に突き出た富士山だ。
WC-001はナビに表示されたポイントに着陸した。
「やっぱ疲れたから、おいら休んどくわ」
そう言うとヨキはイスを倒して寝る。本当なのか、明を一人にしたいだけなのかは分からない。
明は何も尋ねず、一人で機外に出る。
猛烈な風の洗礼。寒いを通り越して痛い。
かつて明が住んでいた街。今は見渡す限りの氷原。
生還してから地球には何度か来ている。運び込まれたのも地球大学病院だった。だが記憶が戻ってからは初めてだ。言葉にできない思いがこみ上げてくる。
「約束して・・死なないで。必ず帰って来て」それが麻美子との約束だった。
「ただいま」
返事はない。
聞こえるのは風の音だけだ。
明はステーションで買った花をそっと手向ける。
チューリップ。麻美子が好きだった花。春に咲く花。
“大変動“はその後の飢饉や暴動も合わせて人類の総人口の半数を死に至らしめた。日本は特に被害の多かった地域の一つだ。麻美子や義父母や知り合いが生き残ったのかは分からない。だが彼らの、日本人の子孫が今の美理たちだ。その血は途絶えてはいない。
時刻的にはそろそろ日没のはずだが、あたりは暗くならない。
「え?あれ?」
日は沈まない。白夜だった。
明が戻って来た。
「さぶ~」操縦席に座る。
「これからどーする?どこでも付き合うぜ」冷えて来たから退散したいのもある。
「“大王“が落ちた昔の北極へ行ってみたい。(あれがどうなったのか確かめたい)」
“恐怖の大王”の直径は約300m。隕石としては大きいが、約6500万年前にユカタン半島に落下し恐竜絶滅を引き起こしたと考えられる隕石は直径10kmと推定されている。なぜ小さな“恐怖の大王”でここまでの被害が起きたのかは分かっていない。
かつての北極は昔の日本と同緯度付近にある。氷山が浮かんでいるが海は凍っていない。火山活動で隆起した島々が見える。中には1000m級の高さの山もある。
「潜水開始」
WC-001は海中へ。
ライトを点灯。暗い深海はまるで宇宙だ。
明たちは機体の深度限界まで潜水限界時間まで調査したが、得るものは何も無かった。
「よお。久しぶりだな」
「ガルーダ・・」
<エンゼル=ヘア>のロビーのシャンデリアの上。二羽の鳥は静かに向き合っていた。
ピンニョとガルーダは地球大学でDNA改造された実験動物だった。人間並みの知能と特殊能力を与えられた彼ら。
ガルーダは人類に反旗を翻した。反乱は失敗に終わり、ガルーダは行方をくらました。ピンニョは反乱に関与していなかったが、危険と判断され、殺処分が決定、危機一髪の所を偶然知り合った明と啓作の手により救出された。
「つのる話は山ほどあるが、新しいクライアントが待ってるから、俺もう行くわ」
「クライアント?・・どこへ?」
「言えるわけないだろ。・・ま、いつかどこかで会えたら・・その時は・・」
「その時は・・殺す」
「ははははは・・」
笑い声を残して青い鳥は消えた。
オリオン星雲を出航した客船<エンゼル=ヘア>はワープに入る。
ワープアウトしたのは、次の目的地・白鳥座X-1より数光年離れた空間だった。
『ワープ終了しました。座席ベルトを外しておくつろぎください』
客室にアナウンスが流れる。
『真理の花女学園の生徒は中央ロビーに集合してください』再び船内放送。
「何だろ?夕食には早いし」 「各班点呼!」 「班ごとに移動!」
「中央ロビーってどこ?」「最初に集合した所」「上部船体だって、遠い」
ゾロゾロと移動し、中央ロビーに集まる約100名の生徒達。ザワザワ。
天井はガラス張りで(正確にはガラスではなく透明な材質の何か)青い恒星が見える。X-1の主星だ。ピンニョはステルス化して美理の肩にとまっている。
「美理ぃ」
名前を呼ばれた美理は振り向くが、声の主はいない。「?」
「ばあ」突然声の主=朋ちゃんが現れた。
驚く美理たち。一番驚いたのはピンニョだ。
朋ちゃんが説明する。
「“ステルスかっぱ”。みやげ物屋さんに売ってたの。弟へのおみやげよ。隣の“必殺シオキスーツ・テツ”と迷ったけど、いいでしょ?」
「なになに・・『被ると見えなくなります。車の対物レーダーには反応しますが、道路では使用しないでください』」美理がタグを読む。「ひみつ道具みたい」それを言ってはいけない。
「縁日で売ってるおもちゃじゃない」ナオミは厳しい。
「いいじゃん。面白いし」
「だって・・ルリウスでも買えるよ」
「私も買おうかな(ヨキくんにいいかも)」
美理がつぶやく。悪用されるとは考えていない。
隣の麗子は黙ったままだが、実は弟のお土産の候補に考えていた。
「はー。ブラックホールって何にも見えないからつまんない」
「まあまあ朋ちゃん。おさえて」
キーン・・・
「あら?何かしら?声?音?」
それを聞いた途端、急に目の前が真っ暗になる。
美理はその場でばたっと倒れる。
麗子も。生徒。先生。一般客。次々と人々が倒れていく。
「美理ちゃん!麗子ちゃん!」
ピンニョは羽根で美理のほっぺを叩く。
「(ほっ)眠っているだけだ。・・何が?」周りを見回す。
気を失っていないのはピンニョだけだった。
「人間を眠らせる超音波か・・でも誰が?何のために?」
船体に衝撃。Gがかかる。
ピンニョはトラクタービームだと直感した。
「!!!」
窓の外に影。<エンゼル=ヘア>より巨大な何かが迫っていた。
<フロンティア号>は依然火星に停泊中。そのコクピット。
「へ~くしょん」
くしゃみをする明。防寒装備は完璧だった筈だが、風邪?
ヨキが駆け込んで来る。
「たたたたた、たいへんだあ~!!!」
「何だ?地球に忘れ物でもしたか?」
「みみみみ、美理ちゃん達の乗った船が・・・」
「なにっ!?」