氷の世界②
「<フロンティア号>発進!」
ククコカ星を飛び立った宇宙船はワープに入る。
ユバ星でディラノイ教授にワクチン等を返却し、再ワープ。
瞬く間にアルタイル星系へ。
積み荷を受け取り、すぐに発進。再びワープへ。
太陽系内にワープアウト。火星へ向かう。
火星は青かった。赤い大地はそのままだが、人類初の惑星改造が行われた結果、青い海を湛えた惑星に変貌していた。パンゲア星に似ている。大気成分は地球のそれに近い。だが重力までは変えられず(建物の中は人工重力で変更可能)他恒星系への移民が行われた今では寂れた田舎町といった感じだ。
「西部劇のセットみたいだ」明が洩らす。
初期の移民星の街並みは西部劇や時代劇や西洋中世をモチーフにしたものが多い。ちなみに美理たちの故郷ルリウス星は旧暦末の日本の街並みに近い。
「仕事完了」
「<フロンティア号>はここに停める。明たちは小型艇か客船で行ってくれ」
「え?」マーチンの言葉に驚く。
「地球行くんだろ?<ネオ=マルス>襲撃からまだ日が浅いから、<フロンティア号>じゃ近づかない方がいい。地球の駐船料はべらぼうに高いからじゃねーぞ」
「・・高いからだ」「そーだな」明とヨキがうなずく。
せこい?でも事実だ。しかも地球への入国審査は厳しいと聞く(出国は簡単)。
<フロンティア号>搭載小型機WC-001発進準備中。
「客船運賃やレンタシップよりこっちの方が安い」やっぱマーチンせこい?
「パスポート持った?お財布は?」シャーロットはまるでお母さん。
「ボクがついてるから大丈夫」ヨキも一緒に行くことになった。ヒマだから。
「お土産よろしく」明と同室のボッケンは安眠できるのがうれしい。
「気をつけてな。美理たちも3日後には地球に到着する予定だ」啓作が手を振る。
格納庫のハッチが開く。
「便所号発進!」
「その名前はやめろ~」
和式トイレに似たWC-001が飛び立つ。
衛星ダイモスの近くにある無料のワープゲートに入る。
通勤時間は結構混むらしいが、今は宇宙船の数は少ない。表示に従い地球方面へ。まるでトンネル。WC001はワープ機関を持たないが、最新鋭の戦闘機や自家用小型宇宙船は短距離ワープは可能だ。
ゲートを抜けるとそこは月の近くだった。
遠くに<ネオ=マルス>が見える。参号基。形は同じだが以前侵入した弐号基ではない。
入国管理ステーションはさらに地球に近い軌道にある。
プレアデス星団。別名すばる。
おうし座にある若い青い星々の集まった星団で地球からの距離約440光年。
<エンゼルヘア>は星団近くにある観光用施設<すばるステーション>に接舷、生徒達は施設内に“上陸“し、観光や宇宙開発史を学んだりしていた。ステーションで宿泊はせず、船内に戻って、夜間(船内時間)の内に出航する事になっている。
美理と麗子も5人グループを組んでステーションへ。
ピンニョはひとりでお留守番。退屈しのぎにテレビを観ている。
『快適な旅でした。私はワープ酔いしやすいのですが、全く酔いませんでした』
『新設計のGキャンセラーと対衝撃材を使っていますから』
画面ではレオナルド=アダムスがインタビューを受けている。相手はグレイではなく金髪の綺麗なお姉さんだ。
「オーナーのおっちゃんか・・・!!」
ピンニョの目はアダムスの肩に止まっている鳥に釘付けとなった。
鋭い爪とくちばしを持つ青色のインコ。
『よくなついていますね』
『自慢のペットだ。こいつは人間より賢いよ』
「ガルーダ!」
その名を叫んでピンニョは外に出ようとする。だが扉はロックされていて開かない。
「くそぉ」
地球入国管理ステーション。
待合室は長蛇の列。明とヨキはかれこれ3時間ず~っと待たされていた。
「長えなあ」
「地球ってエリート面してるから、でぇ嫌いだ」
「・・長えなあ」
「お前、地球のどこに行くつもりなんだ?」
「日本だ」
「わー北極かよ?スペーススーツだけじゃ不安だ。防寒具買っといたほうがいいな」
「北極?」
「あ、知らないのか。“大変動”で地軸が移動して、今では日本が北極、ブラジルが南極だ」
「な・・」明は絶句した。
“大変動”は旧歴1999年“恐怖の大王”と呼ばれる隕石が地球に落下した事によって起きた。明はその現場にいた。調査に向かった宇宙船に乗っていたのだ。黒い球体。見開かれる赤い目。忘れることはできない。
「(あれは隕石なんかじゃなかった。あれは・・いったい何だったんだ)」
ようやく明たちの番が来た。
「入国の目的は?」
「サイトシーイング。」「墓参り」
あっけなく審査は終わった。
WC-001が飛び立つ。
入国管理ステーションは軌道エレベーターで地表まで繋がっていたが、エレベーターのある首都“ラ・ムー”は現赤道上にあり、目的地の北極(旧日本)までの移動を考えるとこの方が都合よかった(北極なら駐機料金は無料)。
すばるステーションでのディナー(食事マナーのお勉強)を終え、
「ただいま~」
「きゃっ」
美理と麗子が部屋のドアを開けた途端、ピンニョが飛び出す。
「ピンニョちゃん?」
猛スピードで通路を飛んで行く。
「確かロビーだった」
広大な吹き抜けのロビーにピンニョが着いた時、もうアダムスの姿もガルーダの姿も無かった。
「おかえり」
行きとは違いうなだれて帰って来たピンニョを美理は出迎える。
「知り合いがテレビに映ってたんだ」
「お友達?」
「違うよ・・敵だ!」
それっきりピンニョは何も語らなかった。美理たちも何も尋ねなかった。
「おみやげ食べる?」