氷の世界①
第2章 氷の世界
ルリウス星上空を巨大な宇宙客船が出航して行く。
中央に全長1000mの長細い船体、その上下左右に直径500mの円盤状船体、これら5つの船体から成る巨大な船だ。護衛を務める地球連邦の巡洋艦が小さく見える。
その中継を明たちはククコカ星のホテルの部屋で観ていた。
大規模な恒星フレアのため、この星に足止めされていたのだ。ホテル代はククコカ政府がもってくれた。ラッキー。
『アダムスグループ総帥・レオナルド=アダムス氏の好意により、招待された真理之花女学院の生徒達を乗せ、<エンゼル=ヘア>は処女航海に出発しました』
画面の隅で羽根を振るピンニョ。ちゃっかり乗船している。
「い~な~あいつ」
一瞬映る背広姿のアナウンサー。
「あら?今のグレイじゃなかった?」
「まさかあ」
「じゃ、俺たち部屋に戻るわ。おやすみ」
「天体予報だと、明日は出発できそうだな。じゃあ8時に朝食、9時チェックアウトな」
明と啓作を残して退室。二人きりになる。
部屋割りはくじ引きで決めた。ボッケンはヨキとマーチンと同室、今夜はよく眠れそうだ。紅一点のシャーロットは一人部屋。
啓作は冷蔵庫からビールを取り出す。「飲むか?」
「ああ」
うなずく明に缶ビールを投げる。
プシュ。ふたりで黙って飲む。
「啓作・・美理ちゃんのこと、教えてくれ」
「お。興味あるのか・・・まあ当然か。恋人と瓜二つなんだからな」
「恋人じゃねーよ」
啓作は妹のことを話した。
異父兄妹な事。母親が異星人な事。母親がそっくりな事。すぐに泣く事。でも芯は強い事。自分には冷たいが、実は優しい事。etc.
「応援はするが、泣かしたらただじゃすまさないぞ」
「はは・・・そうだ!<フロンティア号>のこと、教えてくれよ」
「俺の知ってる限りだが・・・宇宙暦478年―親父・流啓三の地球連邦パトロール船は漂流していた宇宙船を発見した。
船には攻撃を受けた跡があり、中に地球人型の異星人の母子がいた。
俺はまだ生まれたばかりで、母はエレーヌという名前以外の記憶を失っていた。
地球連邦に反感を持っていた親父はこの事を上層部に報告せず、親子の面倒をみた。
やがて親父は母と結婚、美理が生まれた。
・・・あ<フロンティア号>のことだったな。俺たちの乗っていた異星の船は、当時のパトロール船の機関長が管理した。マーチンの父親だ」
「え?」
「当時のパトロール船の乗組員は親父と船医(Dr.Q)と機関長の三人しかいない。船長と言ってもたった三人の船の船長だぜ。でマーチンの父親がこの船を修理・整備・改造した。費用は親父持ちだったようだ。父子でせこい。でも実際費用を出していたのは、親父の友人らしい。プロトン砲は軍のおさがりで文字通り取って付けた」
「この事をマーチンは知らない?」
「奴の父親に口止めされた。いつか自分が話すと言っていた」
「それにしても・・よく物を見つける父子だな。父親はこの船を見つけて、息子は俺を見つけた」
明はカーテンを開けて外を見る。
オーロラの下、<フロンティア号>のある宇宙港の灯りが見える。
「記憶もどってどうだ?まだ“あの夢“は見るのか?」
「そう言えば・・見なくなった」
地球に隕石が落ちる夢(記憶)。本当の記憶が戻ったから?
「なあ、俺って弓月姓を名乗っていていいのか?」
蘇生した明を目覚めさせるのに“精神移植”を利用した治療を施したのは、啓作の恩師Dr.Qこと弓月丈太郎だった。使用した記憶は彼の亡くなった息子・弓月了のものだった。
「Q先生自ら義理の息子って事にしたんだ。お前が嫌じゃなければ構わないだろ」
「この名字に慣れちゃったからなあ」ビールを飲み干す。
「啓作、次の仕事は確かアルタイルから火星だよな?」
「ああ。余裕があると思っていたが、足止めくったからギリギリだ」
「その後はしばらくヒマだったよな?・・行きたい所があるんだ」
「どこだ?」
「地球」
豪華客船<エンゼル=ヘア>船内。
中央の船体にはブリッジやメインレーダーやエンジン等があり、円盤型船体のうち左右の二つは一般客室、下部は貨物用、上部は特等船室とアミューズメント施設となっている。各船体にもエンジンはあり、緊急時には分離し各々単独でも航行可能となっている。
真理之花女学園の生徒らの船室は左の円盤型船体にあり、美理と麗子は二人同室だった。
寮でも同室なのだが、この旅行でも同室を希望した。内緒でピンニョを連れているせいもある。
二等船室との事だが、彼女達の部屋はホテルのツインルームより豪華だった。
「すごいなあ。<フロンティア号>と違って動いているのが分からない」
「ピンニョちゃん。それは遅いってこと?」麗子が尋ねる。
「違うよ。静かだってこと。防音壁やGキャンセラーが優秀なんだと思う。発進のGもほとんど感じなかった」
美理は話に参加せずにぼーとしていた。
自宅で見つけた明の記事や論文が気になっていた。内容は<フロンティア号>で明が自分に話した事と相違ない。だけど・・自己嫌悪。
「(あー、よく考えたら大変な事じゃない。500年の冷凍睡眠?どうしてああさらっと言えたの?話を聞いた時は自分の事でいっぱいいっぱいだったから、何も言ってあげられなかった。明さん、あんなに優しくしてくれたのに。冷たいと思われただろうか。たった一人で違う時代に目覚めて、どんなに寂しかったろう。私だったら・・)はあ」ため息をつく。
「み~り~」
麗子が抱きついて来る。
「暗いぞ―。今は楽しまなくちゃ。せっかくの修学旅行なんだもの」
「そうね」頷く。「落ち込んでいても何にも変わらない」
「でも雑魚寝と思っていたのに、こんな二人部屋だなんて」
「豪華客船だものね。朋ちゃんとナオミ、枕投げ用にマイ枕持って来てたよ」
船内放送が流れる。
『これよりワープに入ります。座席ベルトを締めて、衝撃に備えてください。ワープアウト後は右手にプレアデス星団が見られる筈です』
ふたりは固定された椅子に座り、シートベルトを締める。麗子はピンニョを両手で包む。
軽い衝撃と浮遊感。
『ワープ終了しました。座席ベルトを外しておくつろぎください』再びアナウンス。
「え?もう?」
「何だ、ワープって大したことないのね」と麗子。
「今度<フロンティア号>に乗ってもらおう」
ピンニョが悪戯っぽく言う。美理が笑う。
「プレアデス見に行こう」
ふたりはベルトを外してドアの外へ。通路も広い。学校の廊下と同じ位か。
客船<エンゼル=ヘア>はプレアデス星団の近くを航行。
生徒達は星団をバックに記念写真を撮ったりしていた。その中に美理と麗子の姿もあった。
グレイはその近くで少女達を見ていた。
その肩にステルス状態のピンニョがとまる。
「びっくりした。何で乗ってんの?」
「それは企業秘密。あの娘が啓作の妹か」
黙って見つめる。いつもの鋭い眼光は無い、優しいまなざし。
「きれ~い。(兄さん達、何してるのかな?ここにも来た事あるのかな?)」
青い昴は静かに輝いていた。
「!」
グレイの表情が曇る。途端に鋭い目つきに変わる。
「ん?」
ふと視線を感じて麗子は振り返る。
その先には一人の女性がいた。
背が高くスタイルも良い。歳は30代半ばか。サングラスをかけ、高級ブランドに身を包んでいる。
「(誰かの父兄だろうか?だとしたら過保護だ)」
麗子がそう思った時、女性は舌なめずりをした。そして背を向けて立ち去る。
「じゃあな」
グレイはピンニョにそう言って歩き出す。女性の後をつける。
女性は中央船体から上部船体へ。その先はVIP専用だ。
グレイは追跡を断念せざるを得なかった。