最も危険な輸送②
明たちは<フロンティア号>へ戻り、啓作は恩師であるディラノイ教授と話をした。教授の通信は何故か“音声のみ”だった。
『パラダイス星団のククコカ星までケスラー熱ワクチンと治療薬それに医師団の運搬をお願いしたい』
「ケスラー熱?媒介する昆虫はパラダイス星団にはいないはずでは?」
『旅行者が持ち込んだみたいで、急速に蔓延中だ。死亡率75%、タイムリミットは・・今から48時間』
「ユバ星とククコカ星の距離は80光年だけど、星団内の高熱ガスで航行可能域が限られている。そして紛争でその多くが封鎖されている」ボッケンがボタンを押す。
星図がスクリーンに投影。
「迂回していたら48時間じゃ着けないよ。・・だからか」
「どうする?」啓作が尋ねる。
スクリーンをにらんでいた明が答える。
「行こう」
明たちの船であり家でもある<フロンティア号>は全長88m。そのフォルムはデルタ翼の航空機に近いが、垂直離着陸可能で、大気圏内飛行も潜水航行もこなす汎用宇宙船である。流線形の機体の上部には、無骨で不釣り合いで巨大なプロトン砲がある。
ユバ星宇宙港に着陸した<フロンティア号>に救急車が横付け。
啓作は恩師でもあるウィルス学の権威・ディラノイ教授と再会。
数年ぶりに会った教授は人が変わっていた。
大事故に逢い、元の肉体は再生治療中。一時的に精神(魂)を“機械の体”(身長2mを越すロボット)に移植(=精神移植:サイコトランスプランテーション)していた。もっとも“魂“の研究はかなり解明されているが、まだまだ謎の部分も多い。
「くどくどくどくどくど・・・・」
啓作は教授に運び屋をしている事をとがめられたが、時間がないためそこそこに退散。医師団と薬品を乗せて出発。
<フロンティア号>がワープアウトした先はパラダイス星団の目前だった。
恒星突入能力のない<フロンティア号>にとって、恒星が密集した星団や高熱ガスに覆われた星雲は灼熱地獄に等しい。
星図を元に航行可能なルートを算出する。星図すら無い前人未到の星域に比べればましだが、今回は紛争で封鎖されているエリアもあり、時間も無い。シャーロットとボッケンによるその作業は困難を極めた。
ユバ星の医師団は医務室で待機していた。
男性ばかり三人。歳は明たちより上で30歳位か。無言で座っている。二人はコンピューターのキーボードを叩いている。論文作成だろうか。あと一人は黒いアタッシュケースを抱えたままだ。
啓作が挨拶したが、「はい」や「いいえ」だけで会話が続かない。
「ディラノイ教授があんな姿になっているなんて驚きでした。クローン再生はいつ頃になる予定ですか?」啓作が尋ねる。
事故や病気時の再生治療に備える“セルバンク“、思えば<パラドックス>の事件はそのハッキング発覚が始まりだった。
「さあ?我々は教授の部下ではなく、製薬会社の医師ですから」
「そうですか」
警報。
「んもう!後方より宇宙船3隻!」作業を中断されてシャーロットは機嫌が悪い。
「海賊船だ!」それはレーダー席でパネルを睨むボッケンも同じ。
全長200m、地球連邦の駆逐艦クラス。所属は不明、名もなき海賊団という所か。
海賊船が発砲する。
ビームが来る。当たらない・・というより威嚇だ。
コクピットに啓作が駆け込んで来る。
明は副操縦席へ座るように合図し、「ワープは?」
「一回目のプログラミングは完了しているわ。星団内ポイントAにワープアウト」
「エンジン良好」
機関制御担当のマーチンの報告を受け、明が命令する。
「ずらかれ!」
<フロンティア号>が加速する。
その針路上に障害物。
「何だ?デブリか?」
「機雷だ!」
ボッケンが即座に防御レーザーを発射。レーダー席からも操作可能だ。
爆発。
バリアーもあり船に損傷はない。だがその爆発で針路が逸れる。
<フロンティア号>はそのままワープへ。
ワープアウト。
同時に衝撃。機体が流される。
「気流だ!宇宙気流!」ボッケンが叫ぶ。
「姿勢制御」
明は操縦桿を引き、立て直す。
気流より脱出。
「(機雷の)爆発でワープアウトの座標がずれたんだ」啓作が説明する。
「高熱帯じゃなくよかった。わ。何アレ?」
ヨキの指し示す先に渦巻く恒星系。眩い赤い光。
「現在位置確認。通称トルネード宙域。赤色巨星の二連星が高速で自転していて強力な宇宙気流が発生。その渦は中性子星に流れ込んでいる。迂回ルートを示します」
分析担当のシャーロットが操作、メインパネルの映像に矢印が入る。
警報。
「レーダーに反応!後方より宇宙船多数!接近中!」
「罠か」
海賊船が接近、発砲する。さらにワープアウトする船もいる。
多数のビームが向かって来る。
<フロンティア号>の近くを通過。避けていないが命中なし。
「当てるつもりは無しか」啓作が分析する。副操縦席でプロトン砲以外の武器を担当中。
「何で俺達を狙って来たんだ?偶然か?」
明の疑問に啓作が答える。
「偶然じゃないよ。待ち伏せだ。確実にこっちを狙っている」
「積荷が目的?ワクチンって高く売れるのかな?」今回ヨキはプロトン砲を担当。
「困っている人がいるのに・・つけこみやがって」熱血漢の明はこういうのが大嫌い。
海賊船が回り込んでくる。駆逐艦クラスの中に巡洋艦クラス(300m級)が一隻。
「戦うか?逃げるか?3時方向に気流の裂け目」
「賭けてもいい、罠だ」
裂け目を通過。中から海賊船。別方向からも来る。囲まれる。合計7隻。
「脱出路は渦の中しかない」明は前を見据える。
プロトン砲が旋回する。一番でかい海賊船に狙いを定める。
警戒し身構える宇宙海賊。だがこれはフェイント。
「全速前進!!」
<フロンティア号>は全エンジンを一斉に噴射して急発進した。
Gに耐える。宇宙気流に突入。
「追えー!!」
巡洋艦クラスに乗る海賊船長が命令。
海賊船団が一斉に追尾して来る。
<フロンティア号>は宇宙気流を突破する。
すぐ近くに別の気流。回避する明。
海賊船数隻は回避出来ずに気流にのまれる。
「後方より敵!小型艇。戦闘機より小さい・・何?」
水上バイクの様な小型機にまたがるパワードスーツの海賊の群れ。
アンカー発射!
それは<フロンティア号>に命中する。
「移乗する気だ!」
敵はアンカーを伝って<フロンティア号>に近づく。
「迎撃する!」ボッケンは白兵戦の準備をしようとするが、
「その必要はない!ショックに備えろ!」
明は<フロンティア号>を宇宙気流の中に突入させた。
猛烈な気流が襲う。
アンカーが切れ、海賊たちは流されていく。
「どっちへ行く?」
「下流。赤色巨星の高熱には耐えられない」
波にもまれる小舟の様になりながらも<フロンティア号>は宇宙気流の中を進む。
「まだ支流だ。この程度の流れなら大丈夫。だがこの先の本流まで流されたら・・」
「終点ってどこ?」
「中性子星。重力は太陽の15000倍」シャーロットが淡々と答える。
「ひえっ」ひきつるヨキ。
「脱出に備えメインエンジン出力制御」マーチンが機器を操作する。
「海賊船団接近!」
「プロトン砲発射!」
後方へ向け発射するが・・気流に邪魔されて敵に届かない。
逆に敵の砲撃。気流に乗り威力が増している。
「選択間違ったんじゃ?」ヨキが心配する。
海賊船団が後方より迫る。船長は頭にきている。
「何としても足を止めろ!」
総攻撃。
明は天才的な操縦で無数のビームをかいくぐる。
が、<フロンティア号>はエンジンから煙を吹く。実は発煙筒。
「もう少しだ。逃がすものか」
海賊船が次々とアンカーを発射。
明は避ける。
「前方30000キロ!急カーブの後に本流への合流ポイント!」
「手前のコーナーで脱出する!」
プロトン砲が旋回し前方へ。
迫るコーナー。
「プロトン砲発射!」
「エンジンフルパワー!」
宇宙気流よりビーム貫通。続いて遠心力を利用し<フロンティア号>が飛び出す。
「反重力爆雷散布!」
<フロンティア号>後方で爆発。推進力となるだけでなく敵の追尾を防ぐ。
「・・・・・」信じられない表情の船長。
海賊船団が流されて行く。
<フロンティア号>はトルネード宙域を後にする。