エンゼル=ヘア①
第3章 エンゼル=ヘア
銀河系中にそのニュースは流れた。
[豪華客船<エンゼル=ヘア>消息絶つ] [遭難・ブラックホールへ?]
[アダムスグループ総帥生死不明] [乗員乗客全員絶望]
<フロンティア号>は白鳥座X-1の近くにワープアウトした。
ショックと共に急な減速がかかる。遠くに恒星が見える。(地球の)太陽の数十倍の明るさと温度を持つ青い恒星。そこから光の渦が闇の中に続いている。闇の中から垂直にジェットと呼ばれる光の柱が伸びている。地球からの距離約6000光年。ここは人類が初めて発見したブラックホールだ。凄まじい威圧感だ。
ブラックホールとは高密度かつ大質量で、強い重力のために光さえ脱出することができない天体である。恒星にも寿命がある。年老いて赤色巨星となった後の運命は恒星の質量によって異なる。太陽程の質量の恒星は白色矮星になる。太陽の8倍以上の質量の恒星は超新星爆発を起こし中性子星に、さらに大きな太陽の40倍以上の恒星は重力崩壊してブラックホールになると考えられている。
X-1は連星だ。片方(伴星)がブラックホールとなり、もう片方(主星)の青色巨星からガスが渦を巻くように流れ込んでいる。光すら脱出できぬ超重力。特殊フィルターを介して得られた画像は、巨大な炎の渦、まさに“地獄の入口“だ。
ここは特別危険星域に指定され、通常訪れる者は少ない。だが今は銀河パトロールやテレビ局の宇宙船がウヨウヨいる。
「これだけの艦艇で捜索していて見つかってないのか」
「こちらのレーダーにも<エンゼル=ヘア>の反応無し」
銀河パトロールから船籍確認の通信が入る。身内がいる旨を伝えた所、滞在許可が下りた。
この宙域には無人のステーションがある。それが<エンゼル=ヘア>のSOSをキャッチし、銀河パトロールに通報した。その監視カメラに航行する船の姿は映っているが、遭難の場面は映っていない。
護衛していた巡洋艦の破片は見つかっているらしい。
考えたくないが、ブラックホールへ飲み込まれたのだろうか。
明たちの表情は暗い。コクピットには重力以上に重い空気があった。
<フロンティア号>はX-1周辺を進む。
「何でここに修学旅行で来るかなあ?」
旅のしおりには「物理の勉強」と書かれている
「すごい星間物質密度だ。大気圏、いや水中並だ」
ヨキも明もわざと声に出していた。そうしないと気持ちが沈んでいくから。
実際星間物質の影響で、水中潜航の様な抵抗がかかりスピードが出ない。
「耐熱バリアー最大。主星からの光の渦には近づかないでよ」
「放射線も。数秒で致死量だ。船外作業は特殊宇宙服が要るぞ」
シャーロットも。マーチンも同じだ。
<フロンティア号>の目前を大小様々な小惑星群が横切って行く。数日後にはブラックホールに飲み込まれる運命だろう。もっともそれは飲み込まれる側の話で、ブラックホールに近づくにつれ時間は遅くなるため、外から見れば(見えないが)飲み込まれるまで何億年もの時間がかかると考えられている。
啓作は終始無言。美理たちが心配でたまらないのだろう。
ボッケンはメインパネルを食い入る様に見つめていたが、口を開く。
「何だ?・・何だろ?・・・何かいる!」
明が振り向くと、ボッケンは集音用ヘッドフォンを耳に当てている。
明はヨキの方を向き、
「ヨキ!X-1に幽霊船が出るって話、前に言ってたろ?詳しく聞かせてくれ」
「え?突然宇宙船が現れたとか、銀河パトロールが追跡していた海賊船が消えたとか」
「あそこ・・10時方向仰角50度・・距離1万。何かがいる!」
ボッケンが指し示す先には何も見えない。
「プロトン砲用意!」
「明!」
啓作が警告する。当然だ。近くには銀河パトロールをはじめ多くの艦艇がいる。その中で武器を使用したら・・。それでも明は可能性に賭けたかった。
「やってくれ!」
ボッケンはマーチンと交代して副戦闘席に着き、プロトン砲操作のため、両手(前足)にマニュピレーターを装着する。
「待て。ここから撃ってもX-1の重力でまともに飛ばない。上流に行こう」
啓作の提案に明はうなずく。その明にボッケンが目標座標を指示する。
<フロンティア号>は方向転換、X-1より遠ざかる。
青色巨星を避け、超重力の上流へ。
「“降着円盤”に気をつけろ。1万℃を超える。流されるだけじゃ済まん」
「重力並びに星間物質データを入力。・・こんなにズレる?」
ターゲットスコープにはプロトン砲発射後の予想ルートが表示されている。同じ物が主操縦席にも表示されており、それを参考に明は機体を向ける。機体上部にあるプロトン砲は左右への旋回は出来るが、上下動は殆ど出来ない。最終修正は副戦闘席で行う。
「出力20%・・いいんだね?」
再度ボッケンは明を見て尋ねた。明は無言でうなずく。
「・・発射!」ボタンを押す。
プロトン砲が火を噴く。ビームは何も無い空間へ・・・
彼女と初めて会ったのは中等部二年だった。
「転入生?」「凄いよね。うちの転入試験ってものすご~くムズいんだよ」「すっごい美人」
「すらっと背が高くてスタイルよかった」「高等部何年かな?」朋ちゃん達が騒いでる。
私は日直で、教材を職員室に運んで来たら、
「流さん。転入生を寮に案内して」
「山岡麗子です。よろしくお願いいたします」
「ごきげんよう。私は・・・」
「美理ちゃん!美理ちゃん!」
ピンニョの声に美理は目を開ける。夢?
「おはよう・・ピンニョちゃん。・・え?何これ?」
<エンゼル=ヘア>ロビー。周りは倒れている生徒達でいっぱいだった。
「変な声、いや音かな・・超音波か何かでみんな気を失ったんだ。ロビーだけじゃなく船内いたる所で人が倒れてる。ボクは平気だったけど・・大丈夫?何ともない?」
「頭痛いけど・・だいじょうぶ」
「ただ事じゃない。ここにいて。グレイ探してくる」
ピンニョは手短に説明し、飛んで行く。途中でステルス化し見えなくなる。
「そうだ。麗子?」
美理はあたりを探すが、見つからない。隣にいたのに。
横の朋ちゃんを起こそうかと思った時、人の声がした。
嫌な予感がして、美理は気絶しているふりをする。次第に声が近づく。
「まさに宝庫だな。これだけの上玉がゴロゴロしてやがる」顔は見えない。
「事故の慰謝料を払っても、お釣りが来ますね」
「クライアントは?」
「素人さんですから、プロテクタをしていても失神される方が多いようです」
「もっと若い年齢のリクエストもありましたが」
「中等部の修学旅行も兼ねたかったが、反対意見があってな」
「ぜひ小等部も作ってください」
「ははは・・今度の私の体は?」
「確か名前は山岡麗子ですね。ミス真理女。既にお部屋に運んでおります」
「!?」美理は何の事か解らず聞いている。
「(この声、聞いた事がある)」
伸びて行くプロトン砲の光。
『そこの宇宙船!何をやっている!?勝手な発砲は・・』
銀河パトロールの通信が入る。
「そらみろ。怒られるぞう」
光はブラックホールの影響で屈曲しながら・・・何も無い空間へ・・・
・・・爆発!
「え?」
それは予想外の出来事だった。巨大な何かが姿を現す。




