破滅と創生の日記と伝承
昔々、生物管理研究所で働いていた男の日記。
【生物管理研究所】
大都市間に点在していた指定自然施設。信じられないことに大昔は自然が殆どなく、人工的な建物で管理されていたという。生物管理研究所は"失われかけている自然と生物の保全、研究、公共知識への提供を目的とした施設"と記録が残っている。
***日記***
アンディプラヴィティ生物管理研究所へ就職。言いにくくてならない。
製薬会社を狙ってたのに、内定を取れたのは生物研だけ。
まあ羨ましがられているし、何より給料が良い。
就職氷河期、遺伝子操作技術認定を取得しておいて助かった。
***
俺達の入社と入れ替わりで純血種からは撤退らしい。
他の生物研と差別化がはかれないって、"娯楽施設の生物園"と批難されるのはそのせいだ。
子供の頃は普通の純潔種しかいなかったのに、最近の改造生物を求める風潮は変だと思う。
遺伝子研究部に配属。新規生物の作成が仕事だと説明された。
作成?
***
電子媒体ではなく紙の日記など、やはり続かない。入社から三ヶ月が経過して、これが二ページ目。一ページ目が就職した。二ページ目がこれ。
三日坊主ですらない。
これからは、たまに書こう。
今日は一言、やっと作成生物が通達されるらしい。どうせなら恐竜だといいな。
***
哺乳類の改造は反発を受けるということで、巨体昆虫の開発指示。
恐竜はクライトン生物研の専売特許状態らしい。つまらないな。
まあ確かに昆虫ならば感情がないし、コレクターも多いから丁度良いのかもしれない。
***
巨大昆虫「蟲」の展示。予定以上の集客。
俺の作品も人気らしく満足。
***
スポンサーからショーを行いたいと打診を受けたという。
北にある生物研から巨大狼が逃げ出した。恐竜もあわや大惨事だったらしいので、止めた方が良いと思う。
最近、自然主義運動も活発だ。
***
格納庫の前駆体達。
脱皮して幼生となると結構可愛い「蟲」も多い。
特に大蜂蟲なんかは、丸くて産毛がふわふわだ。ペットに欲しいという話もあるらしい。生物ペットは禁止だが、金持ちは裏ルートがあるようだ。
色が沢山あったら展示も映えるだろうと提案したら通った。
早速試した。我ながら遺伝子組み換えの腕が良い。
七色に作成出来た。代わりに三つ目になってしまった。
***
幼生を展示室に一気に放った初めての夜、七色の星が煌めいているようだった。
なんて、星なんて見たことないけど。宇宙旅行をすれば見れるが予約が全然取れないんだよな。
まだ成功しないが、絶滅種の蛍という昆虫も、こんなだったのだろうか?
広くて緑豊かな展示室を、一生懸命に飛ぶ幼生達。狭い格納庫の小部屋と違って、とても楽しそうだ。
***
音と匂いで「蟲」を操ることに成功したという。本当にショーをやるのか?
自然主義者の過激派が、各地の生物研を襲撃している。
展示だけの生物研は、まだ被害を受けてないから今のままでいるべきだと思う。
種類を増やして女に受けそうな「蟲」を提案しろという。展示にはもう十分種類は揃っているのに。
女とか、昆虫嫌いだろ。
***
身近に生物がいなかった、なんて言い訳にならない。
***
せっかく作った命、出来るだけ大事にしないとならない。
こんな仕事は辞めたい。でも無責任だよな。
***
幼生展示が好評。どんどん培養要請がくる。
特に大蜂蟲の子のナイトウォークが人気だという。
管理を任されている大蜂蟲の前駆体を成長させたくない。ずっと震えている。
まるで自分達の未来を知っているようだ。
幼生は沢山欲しいが成蟲はいらないと、殆どが脱皮前に廃棄処分になる。
嫌だ。
***
ショー用に遺伝子に組み込まれたのは、匂いと音を利用した神経伝達物質らしい。詳細不明。開発班が違うし、極秘扱いでデータ閲覧不可能。
格納庫の幼生達、最近ずっと震えている。
変だ。何かある。
***
「蟲」の殻を枯渇しつつある金属の代わりにしているらしい。
新規作成された「蟲」は、神経伝達物質で意識を共有しているのかもしれない。幼生達が震えているはおそらくこのせいだ。
虐殺されるのが伝わっている。触られるのを嫌がり、可哀想なくらい怯えている。
成蟲への影響がない理由は?
テロリストまで出てきたが、自然主義者が正しい気がしてきた。
***
辞表を出そうと思ったが止めた。内部告発をする。「蟲」の強制廃棄と殻の売却の証拠を掴む。
きちんと飼育し、寿命を全うさせる。
生物研の本来の使命を取り戻したい。
失われかけている自然と生物の保全、研究、公共知識への提供。
今まで穏健派の自然主義者に耳を傾けなかったのが恥ずかしい。
***
「蟲」を操るアンドロイドが開発された。
蟲ロイドという安易な名前。
ショーが行われたが見事だった。
開発班が口を閉ざしているのが気になる。これも調べておこう。
人間そっくりだが、どこか作り物。まるで人形のようだ。
***
同僚に連れられて「蟲」同士の殺戮ショーを観た。蟲ロイドに命令させて戦わせていた。展示にはいない蟲ばかり。
どっちが勝つか賭けもしているという。「蟲」は感情が無いというが、断末魔が耳から離れない。
最低だ。
こんなの絶対に間違っている。
***
証拠の映像を手に入れた。
***
自然主義運動が世論を後押ししている。
ショーが非難されているとスポンサーより中止通達がされた。裏のショーが世間に露呈したからだ。
報道の力や世間の目というのは良い抑止力。協力して告発して良かった。
***
ショーが無いと集客が悪い。金儲けの為に、本格的に「蟲」を代用金属の材料として製造するという。
「蟲」は生物なのにまるで無機物みたいに扱う上層部。うんざりだ。
過激派だろうがテロリストだろうが、こんな施設破壊されろ。
密偵者が潜り込んでいるらしいから誰か分かったらそっち側に行く。分からなければ一人で何か起こそう。
俺が管理する幼生達だけでも、守ってやりたい。
***
過激派の自然主義者達が掃討される予定らしい。
戦争になるというが大丈夫なのか?
***
戦争とかあり得ないだろ。
「蟲」を生体兵器に応用。その為の遺伝子操作をせよと通達された。
軟禁状態。
こんなの間違っている。でも怖くて逃げ出す勇気が無い。
***
幼生が騒がしいので、俺の管理する格納庫へ派遣されてきた蟲ロイド。
ショー用の歌で幼生達が、嘘みたいに大人しくなった。
穏やかで、優しい響き、まるで子守唄。
***
蟲ロイドが血を出した。機械じゃない?
厳重でデータを盗めない。
「蟲」を操縦出来るように電気信号と神経伝達物質の送受信機があるというのは嘘だろう。
何か別のもので蟲と意識を共有している筈だ。
***
蟲ロイドはいつもうずくまっている。
それから一日一回、倉庫に戻される時に俺を睨む。
睨む?機械なのに。やはりデータを盗もう。
***
アンドロイドと言われていたのに、合成生物だった。限りなく遺伝子を蟲にした試験管ベビー。
国際法の絶対禁忌。
他の施設もやってるんだろうな。
俺は許せない。
命を冒涜してきた、愚かな自分も許せない。
***
夜な夜な遺伝子操作で手を加えた。新しい「蟲」達が外の世界で生きていけるように、祈りを込めた。
これまでの苦行の分、人よりも幸福に生きて欲しい。発現するか分からないが自分の遺伝子操作の腕の良さを信じるしかない。
うすうす感づいている研究員も志は同じなんだろう、見逃してくれているようだ。
停止させておこうと思ってた監視システムが偶然壊れているなんてあり得ない。
管理から自然へと、解放してみせる。
***
コンピュータウイルスをばら撒かれた。
便乗して逃げよう。
情報がどこから漏洩したかって?
地獄行きなのは決まっているんだから、何でもしてやる。
責任がある!
***
命は自己責任で生きるべきで管理されるものじゃない。
しかし家畜はどうなんだという自問自答に答えが出ない。
矛盾を抱えて、正しさを見つけられずにいるが、少なくとも「蟲」を作った責任として未来を与えたい。
材料ではない。
兵器であってはならない。
独善でも構わない。俺は今の立場が嫌だ。
***
培養孵卵器を持ち出せるだけ持って逃げた。
万が一残ったら兵器にされるから、迷ったが生命維持装置を切った。間違っているかもしれないが殺戮兵器ではなく命として死なせてやりたい。
新しい命にも繋がるはずだから、きっと今度は幸せになれる。
ごめん。
やはり地獄に落ちるな、俺。
***
時間が足りなくて一体しか連れてこれなかった蟲ロイド。
いや、一人か。
人形人間六番なんて酷すぎる名だ。
名前を考えよう。
***
愛に因んだ名を彼女につけた。
「蟲」達をとても可愛がっている。彼等にも慕われている。
親愛を感じる歌、とても美しい。
隠れてしか聞けない。
俺を嫌い、憎むような冷たい目をしているが仕方ない。
**
昨日初めて笑ってくれた。
***
戦争が激化している。
どこもかしこも酷い有様だ。
手加減とか知らないのか?
***
幼生達が脱皮し十分大きくなったから、自然に放った。
自力で生きていけるか不安だが、それも自然の摂理。力強く生きていけるようにと祈りと願いを込めて作り変えた。
だからきっと大丈夫だ。
俺はこの先どうしよう?
まさか原始人レベルの生活になるとは、就職した時には考えもしなかった。
というか、波乱万丈だな。
***
人よりも穏やかで、優しい。
愛するものの愛するものを受け入れる尊い生命。人よりも幸福に自由に生き、共に生きて欲しい。そう祈りを込めた。
自然の中で力強く、仲間と手を取り合って生きてくれている。
良かった。
***
手酷く残虐行為ばかりした人間を「蟲」は気にしていないどころか、好いているようだ。
人と集落を作っていた。
こんなにも壊れてしまった、壊してしまった世界で一緒に生き残ろうと手を取り合っている。
***
昔は星なんて見えなかったのに、満天の空に煌めく星々。
流星群があまりにも美しく、綺麗だった。
流れ星に願うと叶うと聞いたことがある。
何度も何度もお願いした。
幸せになって欲しい。
***
久々の日記。忙しくて忘れていた。
もうページもないので最後。読み返してもいないし捨ててしまおう。最後の文は俺から俺への決意表明だ。
父と呼んでもらった。
化物ではない。俺の子供たち。
滅ぼそうとするのならば、俺は戦う。
全員殺されてしまう。一方的に虐げられている。
正しい者こそ生きるべきなのに、悪人ばかりのさばるなんておかしい。
より良い世界。
明るい希望の世界。
鮮やかな未来。
俺はその為に必ず希望を残す。
***伝承***
昔々、人類は科学という猛威で自然を破壊しました。
立ち上がった男はテルム。様々な技術で死の蔓延る地に、安全な国を作りました。
「罪は償おう!美しい世界を自らの手で取り戻すんだ!」
テルムの国は大陸一誉れ高い国となりました。とても平和です。
ある日、蟲を操る女王が蟲を率いて国を滅ぼしにきました。蟲は毒を撒き、世界を壊す凶暴な化物です。
人々は立ち向かい、戦いました。
テルムは耐え忍び、過剰な防衛をしないようにと叫びます。しかし人々は恐怖と怒りで耳を貸しません。元々蟲と蟲の民が恐ろしかったので、好機とばかりに執拗に攻撃しました。逃げても追いかけました。
「使ってはいけない!直したものを破壊してしまう!」
折角、美しくなった世界を人々は壊してしまいました。戦争が続き、大陸中に憎悪の炎が燃え上がります。やられたらやり返す。止まらない争いで、蟲の女王が率いる民は絶滅してしまいました。
「いつか必ず復讐に来る」
蟲の女王は大陸中の蟲を集めました。テルムは命懸けで、蟲の女王を説得しました。
「誓いを交わそう」
テルムの説得で、蟲の女王の怒りを鎮めました。
人を救い、民を導き、国を、大陸中を守った聖人テルム。
「見よ、目を曇らせ自らさえも滅ぼそうとした愚かな民よ。しかし我らは許しにより世界を救った誇り高き民だ。美しき自然を取り戻す知恵がある崇高な民である」
聖人テルムは言いました。
「二度と過剰な科学技術で自然を侵さない。互いに大掟を作った。大掟を守り、そして聖人テルムの血筋が続く限り、蟲の女王は侵略をしないと誓いを立てた」
聖人テルムは沢山の大切な教えを人々に伝えました。どれもこれも、当たり前のことばかりです。しかしとても難しい教えです。
聖人テルムは死ぬ前にも伝えました。
「大陸の平和に尽力し、決して戦争に参加してはならない。過剰な科学技術を外界へ持ち出さない。蟲の女王が、自然を破壊した我らが大自然で暮らすことを許さない。しかしこの地で豊かに暮らしていける。足るを知り、許しを抱く誇り高き民は大陸一の楽園で大陸一幸せになれるだろう」
こうして、建国二千年が経とうとしています。今もテルムの一族は平和の象徴として国を導いています。
***
伝承には偽りと欺瞞が隠されている。
連載「風詠と蟲姫」の仮設定を利用した短編です。