『コップを一杯、そんな関係』
甘くて、苦いのその前
なんとなく出会った、二人がいた
※『甘くて、苦い』の前日譚というかかなりまえ譚…。
読んでなくても話自体は独立したものとなっているので楽しめるはずです…たぶん(´ー`*)ウンウン
んでも、ただ、男と女が出会うお話。それだけのお話。
「「「乾杯~~!」」」
その一言から始まる地獄って、やっぱりあると思う。
ゼミの新歓。始まりは一応節度をもっていた集団も、四十分もたてばベロベロになり始める者も散見される。まあかく言う僕も
「……すみません。トイレ行ってきます」
隣に座っていた四年の先輩に一言声を掛けると、壁側に手を添える様にしながら立ち上がる。その様子を見ていたその先輩は面倒そうに「誰かー。コイツ酔ってっからトイレ連れてったげて」とだけ言うと、話の輪の中に再び戻っていった。
そのまま壁に体重を預けながら、ゆっくりと人の後ろを抜けていく。
大声で騒ぐ我がゼミの集団を抜ける。そしていったん腰を下ろして靴を履こうとするも、まず足がうまく入らない。
やむ負えずスニーカーの踵を潰しながら立ち上がり、トイレを目指す。
も。やはり足取りがおぼつか無い。
これは――なんだかヤバいのではなかろうか。
いやでも、まだまだ頭は考えられてるしへーきへーき。わーい。足元フラフラでたのしー。
となんだが頭がフレンズになり始めた時に
「あなたちょっと飲みすぎよ。ほら」
と、声がかかった。
酒が入り周りの声量が大きくなっている中でも、僕の耳にハッキリと聞こえた。
「うひゃ!」
というか声がかかるどころか息がかかる近さだった。
「……女みたいな声出さないでよ」
「すみません……」
どうやら僕がよろけてたから彼女の方に顔が言ってしまったみたいである。つかホントに顔ちかっ!
黒の大きな瞳と、その上の整ったまつ毛がくっきりと見える距離であった。
「あなたフラフラしすぎよ。お酒弱いならあんまり飲みすぎない様に。……といっても四年が率先して三年に飲ませてるからしょーがないけどさ」
そのまま見つめていたいと思ったのはお酒のせいだろうと、思っておこう。
「あはは。そうなんですよね……。断れなくて」
「……あなた可愛い女の娘だったら狙われるわよ」
男でよかった。自分でもそう思う。
「ほら脇広げて。トイレでしょ。連れてったげるから」
そういって彼女は僕の脇の下の部分に頭を入れて自分の身体で支えてくれた。
一方、僕はと言えば彼女の整った顔が再び横に来て、少しドキリとして。その後に髪から香るシャンプーの甘い匂いに、チラッと見えた谷間に、さらにドキっとした。
「あなた……。もっかい胸見たらもう助けてあげないわよ」
少し冗談めかして笑う彼女はとても素敵に思えた。
とはいえ、谷間に目を向けない事は理性的にも大きさ的にもとても難しい事であったのだが。
「ほら、着いたわよ。自分で吐けそう?」
そう声をかけて、顔を覗き込みながら僕の背中をさする。
「ちょっと、微妙ですね……」
軽い吐き気と気持ち悪さが続いている。けれどいざ吐けるかと言われるとそうではない……。
「吐いたら意外と楽になるわよ。もうしょうがないわね」
そう言って彼女は「ちょっとゴメンね。嚙まないでよ」と言いながら彼女の白魚の様に細い指がスッと僕の口の中へ入ってゆき
「かっ……ウッ。う……」
僕の喉の奥を刺激して、吐しゃ物が上って来る前に素早く抜いた。その指は唾液が糸を引いてどこかエロティックである様に感じた――が、それも嘔吐感に呑まれ流された。
「少しだけ一人で待っててね」
そう言って今から起こる惨劇を予測してかドアをパタンと閉めてそそくさと何処かへ消えていった。
うん。その惨劇は見ない方が賢明ですね。嘔吐物が出るわ出るわ。
あっ、これさっき食べたキムチ丼だーとか、口からたくさん出る感じどっかで見た事……あっ、マーライオン的な? とか。吐く時ってよく分かんない変な事考えちゃうんだという事に気付いた。
さっきの先輩優しくて可愛いな――とかも。
「ほら、お水。少しはスッキリした?」
そう言って水が入ったコップを笑顔で手渡してくれる。彼女は先ほどの時間で定員にお水をもらいに行ってくれていたのだ。
「ありがとうございます……。お風呂場のマーライオンになった気分でしたよ……」
それを聞いた途端に彼女は小さく吹き出した後に
「それなら私は真実の口に手を入れていた気分だったわよ?」
と返した。たまらず僕も吹き出しそうになった。
「これだけ軽口が叩けるようなら大丈夫だと思うのだけれど……。荷物。要らなかったかしら?」
「へっ……? 荷物?」
なんだ。介抱したお礼に荷物が取られたりするのであろうか、なにそれこのゼミ怖い。人間怖い。
「いや。取らないわよ……?」
ホントニ……? 僕の荷物カエシテクレル?
「だーから! 具合悪いかと思ったから先に抜けた方がいいんじゃないかと思って」
「いや……。確かにまだかなり酔ってますけど……。うん。ちょっと眠くなってきました」
どうやら僕はお酒を飲むと眠くなってしまうタイプの酔い方をするらしい。吐いてスッキリしてからも喋っていないとなんだか少し瞼が重くなってくる。
それを聞いた彼女は「うん。なら決定」と言い荷物を手渡してきた。
「私、ああいう飲み会って好きじゃないのよね。ホントはちょうど抜け出す口実を探してたの」
そう彼女は笑った。
「なーんだ。それが理由で介抱してくれてたんですね」
「あーっ、なーに。何かあると思ってた?」
次に見せたのは、意地悪そうな笑い方だった。存外彼女にはそういった笑い方が似合う。
「んーと、あったらいいなと」
曖昧に返す事が出来ただけ奥手の僕には上出来だろう。
「あら、素直なのね」
はい。それはもう。
「そういえば黙って抜けて来ちゃいましたけど良かったんですか?」
帰り道。ギリギリ路面電車が動いている時間帯だったので電停の椅子に座りながら話す。
「もちろん。あなたがマーライオンになっている間にお水もらって荷物取って来て、そのついでにみんなに伝えといたわよ」
なんと手際が良いのだろう。見習いたいものである。こういった感じで世の女の子は不埒な男の毒牙にかかるのかもしれない。それほどまでに無駄のない動きだ。
「慣れてますね……」
「お代は次のゼミの時でいいって。というか私も実はね。去年の飲み会で飲みすぎちゃったの」
なんと、彼女もマーライオンの経験があるのかもしれない。
「それ以来こういう大人数の時はあまり飲まない様に決めてるのよ。だから介抱する役回りが私に回ってきちゃう様になってね」
それは……。ご愁傷様です……。
「お酒。弱くはないんだけどね。その時は雰囲気に充てられて飲みすぎちゃって」
あー。なんかそれ解るかも。
「なんか周りが飲んでるからたくさん飲まなきゃってなりますよね」
「それにグラスを空けるとすかさず先輩が注いでくるしね。日本酒も飲まされたし……」
飲みにケーションほど怖いものはない。アレは飲まされる側としては恐怖でしかない。
「それにしてもアナタはお酒弱すぎ。ビール一杯目から顔が赤かったじゃない」
「いや、失礼な! 二杯目からですよ!」
「それ対して変わらないわよ……?」
まあ、誤差の範囲なのだろう。
「というかビール、そんなに美味しくなかったですね」
大人たちがゴクゴク飲むものだから美味しいものだと思っていたけれど、アレ、言うほど美味しくない。
「まあ、チョビチョビと飲まずに一気に飲んだ方が美味しいらしいけれど……。私もそれほど美味しいとは思えないわね」
「先輩もビール飲めないんじゃないですかー。人に言えませんよー!」
「アナタは酒に弱くて飲めなくて、私は味が好きじゃないから 飲 み た く な い なの解る? その違い」
ぐむむむむ……。
そんな話をしているだけでブオォーーーとブレーキを踏み線路と擦れる音を立てて路面電車がやってきた。
「先輩。これ先輩の方面に行く最後のヤツですよ」
さっきからお互いお目当ての路面電車はなんどか来ているがスルーしている。
「言わなかったら終電、逃してたかもしれないのに」
そうほほ笑んだ際の表情は、暗さのせいか僕には読み取れなかった。冗談なのか、もしかするのか。
「……でも、さっきコッソリスマホで調べてたの見てましたよ?」
「……。アナタさてはモテないわね」
「……」
沈黙に路面電車のアナウンスの音がむなしく響く。
「あの……。お詫びと言ったら何なのだけれど、うん。よかったらまた飲みに行きましょう」
「先輩ってあんまり飲まないんじゃ」
「アナタと二人なら飲んでも良いかなって――」
そう言って路面電車に乗り込む。
「えっ、ちょっ待っ」
プーーッという音と共にドアが閉まり、先輩は笑顔で手を振っている。
「えぇ……」
さて、僕はここでどうすべきかと考えてみたが、まあ。その……。はい。
グループラインのメンバーから先ほどの先輩のアカウントを探し出し、追加することにした。
するとすぐに先輩からも追加された。
それはなんだか、中学高校と終ぞ味わう事の無かった、青春みたいだなと思った。
彼女は飲むタイプという事は次に一緒に飲みに行くと、すぐに分かった。
一体そんな彼女を潰した日本酒というものはどういうものなのだろうと想像すると恐ろしく思えた。
「アナタ梅酒とかは? 飲んだことある?」
そう言って彼女はおすすめの飲みやすいお酒を紹介してくれるのだった。
「はい。梅酒のソーダ割り! 意外と飲みやすかったです」
「それならね。梅酒のロックがおすすめ」
「ロックですか……? 割って飲むものを氷だけでそのまま飲んだら僕には一発アウトな様な気がするんですが……」
「馬鹿ね。そりゃそうよ。これこそチビチビ飲むものだもん。氷が解けるのを待って少しずつ飲んでくの」
「ほー。ロックってそういう飲み方だったんすね」
「んー。厳密に言うと全く違うのだけれどもね。あなたぐらい弱い人はそっちの方が長く楽しめるわよ」
どう違うのだろうか、しかしてこういう飲み方いいというのならそうなのだろう。
「なら僕はそれで」
「すいませーん。熱燗と梅酒ロックお願いしまーす」
私の返事を聞くや否や注文してしまった。
この前とは意味が異なる二人だけの酒盛りが始まる。
「んで、先輩が酔うんですね……」
逆にそこそこお酒に強いから飲みすぎちゃうのかな……。
「すみませーん。お冷をいただけますか」
まったく、最初はお酒について教えてくれたのに……。途中から強いの頼むから酔いだすし……。
「いいじゃなーい。こういうのも楽しいものよ」
「まあ確かに、そうですけどね」
今度は僕が先輩にしてもらった様に店員さんが持ってきたお水を渡して
「ほら、先輩。お水ですよ! 飲んでください!」
そんなやりとりを、これからも何度も繰り返すくらいには長い付き合いになるのだけれど。
それはまた、別のお話しで。
まだ続くかもしれませぬ