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鏡に映る花、水面に浮かぶ月  作者: 魚田 太子
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「大事なもの」(1)

「なにこれ」


一人の少年が河原に落ちていたものを拾い上げた。

近くで少年と遊んでいた数人の少年少女は、少年の声を聴くと、少年の側へ集まってくる。


「わぁ、キレイ」


一人の女の子が少年の持つ物を覗き込みながら言った。


「えー、でもキレイすぎてちょっと不気味」


もう一人の女の子も同様にそれを覗き込む。


「なあ、これさ、もしかしたら神社とかに飾ってある奴じゃね?」


一人の少年がもう一人の持つ物を指さして言った。


「へぇ、じゃあ祀ってやらなくちゃ駄目じゃん!」


物を拾った少年が言うと、その場にいた全員が頷いた。

少年は拾った物を自身のリュックに詰め込むと、他の少年少女と共に河原を後にした。






*






二週間前の部活中に負った怪我も、まだ包帯を外すことはできないが、だいぶ良くなってきた頃。

五月に入り、ゴールデンウィークが目前に迫っていた。

そんな中、そのゴールデンウィークの最終日となる五月五日、“こどもの日”に(かなめ)の済む地域では、恒例のお祭りが催されることになっている。

稲荷神社で行われ、これから行われるであろう田植えに向け、五穀豊穣を願うお祭りなのだそうだ。

地域の人間が集まり、それなりに賑やかな祭りで、子供が喜ぶような露店も参道に並ぶ。

要は毎年このお祭りに足を運ぶ。

亡き祖母との思い出がそこにあるからだ。

家では両親とほとんど口も利かず、自宅ですら安心できる場所がないように思えた要の、唯一のよりどころだった祖母。

あの静かで冷たい家の中で、ただ一人要に温かく接してくれたのは祖母だけだった。

もう祖母が亡くなってから三年も経つのかと思うと、要はほろりと涙がこぼれてしまう。

ブー、ブー、ブー。

感傷に浸っていた要だったが、机の上に置いていた携帯が振動したことで我に返った。

どうやら電話のようだ。

携帯は、今もしきりに一定のリズムで振動を繰り返している。

表面のディスプレイには“ベティ―”と表示されている。

切れない内に携帯を開くと、通話ボタンを押した。


「もしもし…」


「もしもし、要?五日のお祭りさ、よかったら部活のみんなで行ってみない?」


思いがけないベティ―の提案に返す言葉を見つけられないでいる要。

嫌というわけではないが、何を話していいやらわからないため不安が募る。

特に、文太郎(ぶんたろう)のことだ。

自意識過剰なのは十分承知しているが、それでもあの睨まれているような視線が落ち着かない。


「おーい、要?」


「あ、ご、ごめんなさい」


「要がそこまで悩むなら、二人で行かない?無理してみんなで行ってもあたしだって楽しくないからさ」


明るい調子で言うベティ―。

これもベティ―の計らいだということは要もわかっている。

要は引っ込み思案だから、何かきっかけがあれば部内に溶け込みやすくなるだろうと考えてくれたのだろう。


「あ、あのね、ベティ―」


ベティ―は明るくて快活で、面倒見もよく、今のクラスでも人気者だ。

少しものをはっきり言いすぎるところはあるが、要はそれもベティ―の魅力の一つだと思っている。

常に人の輪の中にいるベティ―からしてみれば、今の部は、少し賑やかさに欠けるところがあるのだろう。

ただ、ベティ―は要が“見えている”というのを理解している数少ない人物だ。

要が“見えている”ということを周囲に知られることを恐れているのも気づいている。

それで要が人と距離を置きたがることも。

だから要が無理だと言えば、結構あっさりと引いてくれる。

けれども、要はいつもそれが申しわけない。

何でもベティ―に助けられているのに、自分からベティ―にしてあげられることが何もないからだ。

これではいつかベティ―にも愛想をつかされてしまう。


「私は、大丈夫だから、みんなで行こうよ」


祖母との思い出のお祭り、いつまでも人と関わることを避けていたのでは、祖母も安心できないだろう。


「じゃあ、要の気が変わらない内にみんなにも連絡しておくね」


ベティ―は嬉しそうな声音でそう言うと、「またね」と言って電話は切れた。

通話の切れた携帯を机に置くと、要は立ち上がり、部屋の障子を開けた。

障子を開けてすぐそこは縁側になっている。

踏み石があって、一メール先くらいに家の瓦塀、その色の薄くなった茶色い木の塀をぼんやり見つめた。

現在の時刻は、六時を過ぎたあたりで、辺りはもう濃紺に染まっている。

ベティ―と話した後、この家の音を聞くと、本当に静かに思える。

一般家庭なら居間でテレビを見る家族がいたりすることもあるだろう。

小さい頃から要は鍵っ子というわけではなかったが、常にこの家は誰もいないかのように静かなのだ。

今も、両親がこの家のどこかにいて仕事をしているはずだ。

昼間でも、お手伝いさんがきて家のことの手伝いをしている。

それなのに静かに思えるのは、この部屋が母屋とは廊下で繋がるだけの離れということもあるだろうし、元よりあまり賑やかな家ではないということもあるだろう。

そんなことを考えながら、要は縁側に出て戸袋から雨戸を引き出すと縁側を閉めた。


「お祭りまであと三日…」


ボソリと呟いて、要は自室へ入ると、後ろ手で障子を閉めた。

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