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鏡に映る花、水面に浮かぶ月  作者: 魚田 太子
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「教えておくれ」(1)

最初の依頼からもう数日が経過していた。

依頼を申請してきた佐伯(さえき)さんは、報告結果に満足していたようだった。

多少掘り出したものについては濁したが、それでも何か出てきたという事実は佐伯さんを満足させてくれたようだ。

テレビのニュースでは、“学校の敷地内に女性の白骨死体”などとテロップが付けられていたのを連日のように目にする。

わずか数日の間にすでに容疑者の目星も付いているようで、早期解決もあり得るかもしれない。

警察からの事情聴取も終わり、ようやく一息つけるだろうと思っていたところだった。

生徒の精神状態を考慮し、この数日、部は休みだったが、今日から部活動を再開することになった。

(かなめ)は気持ちも足も重く感じながら階段を一段一段踏みしめて行く。

いくらあの女性霊が綺麗だったとはいえ、今までのイメージが急に変わるわけもなく、未だ怖いものは怖いのだった。

それに加え、部室は校舎の三階という位置、そこがまた憂鬱さを増幅させている。

もう少し下の階にあれば、あと少しくらいは足が軽かったかもしれない。

そんなことを考えながら、要はどうにか三階へと到着した。

部室の方へと目を向けていると、佐野崎(さのざき)の後姿が目に入る。

少し項垂れたような姿勢で、依頼箱の前に立っているのだ。

何をしているのかと思い、要が近づくと、足音が聞えたのか部長が振り返った。


(かがみ)さんこんにちは、久しぶりだね。早めに来るなんて真面目だなぁ」


締まりのないふにゃりとした笑顔を見せる部長の手には、紙の束が握られていた。


「お疲れ様…です、佐野崎先輩」


そう言って軽く頭を下げて、要は更に部長の方へと歩み出る。


「それ、依頼ですか」


部長の手に握られている紙の束を指し要が尋ねると、部長は「そうだよ」と言って頷いた。


「依頼箱の中に入ってたのをまとめてたんだけど、何だかここ最近の依頼は同じようなものが多くて」


そう言って部長は要に、今手に持っていた紙の束を渡す。

要は鞄を一旦足元に置き、紙の束を受け取ると、依頼内容についてを読んでいった。

一枚、二枚、三枚、四枚、五枚、渡された一束の内容は、殆ど似たり寄ったりのもので、どれにも同じような言葉が含まれている。


「初等部の鏡…ですか、“鏡の伝説について調べてください”色んな学年からありますね…」


どの依頼内容にも、初等部の特別教室棟の階段の踊り場にある大きな鏡についての依頼だった。

依頼の主な内容はというと、初等部の特別教室棟の一番北側にある階段の踊り場にある鏡に、夕方の四時、四十四分、四十四秒に、自分の涙を一滴入れた水をかけると、未来の自分の姿を見ることができる、という噂だそうだ。

要は、高等部からの入学だが、この若苗学園は初等部から大学部まである一貫校だ。

その初等部も、この高等部の校舎とそれなりに近い場所にあり、行こうと思えば休み時間に顔を出しに行くくらいはできるのだ。

行く用事もない要は、初等部の校舎があることくらいしかわからないが、高等部に在籍している生徒の半数以上は初等部の頃から持ち上がりで進級してきた生徒で、割と出入りもあるという。


「僕も初等部からここにいるけど、なんかあったような無かったような噂だな…似たような七不思議って結構いろんな学校にあるし」


「そう、なんですか…」


「そう言えば、僕と殿井(とのい)君以外はみんな高等部からの入学生だったね」


その佐野崎の言い回しに引っ掛かりを覚える要だったが、今言うべき言葉ではないような気がして口をつぐんだ。

その間に沈黙が生まれ、佐野崎は慌てたように言葉を繋いだ。


「ごめんね、僕ばっかり話しちゃって、あんまり会話とか上手じゃないから答え辛かったよね」


要は首を横に振る。

本人が言うほど、部長に話し下手と言う印象は受けなかった。


「いえ、私も…あまり人と話せなくて、佐野崎先輩は、話しやすい人…だと思いました」


そもそもが引っ込み思案な要は、教室でもベティ―としか話していないほど周りにいまだ溶け込めていなかった。

佐野崎はどこかふわふわとしたような、落ち着いていて控えめな雰囲気があり、明るすぎないという点で、どこか親しみのあるように要は感じたのだろう。


「そう言ってもらえて良かった、頼りないとは思うけど、とりあえず三カ月頑張ろうね」


「はい」


部長がまたあの締まりのないふにゃりとした顔で笑う。

要が返した紙の束を受け取ると、「理事長先生に渡してくる」と言って、他の紙の束もまとめて教室前から去って行った。




「失礼します」


鞄を拾い上げて要が部室に入ると、誰もいないと思っていたのだが、既に一人、部室に入っていた人がいた。

要に背中を向けるような形で、窓際に置かれた椅子に座っており、窓の外を眺めているような感じだ。

その背中を見た瞬間、要は思わず教室に入ろうとしていた右足を引っ込めた。

ベティ―でも殿井でもない人物だった。

ただし知らない人、と言うわけではない。

見覚えがあり、なおかつ要にとって少しばかり相性の悪い人物だと直感したからだ。

しかし、一度中へ入ろうと挨拶をしてしまった以上、入らないわけにもいかない。

意を決し、まずはドアの陰から部室内を覗くことにした。

そっと頭をほんの少し覗かせてみると、その人物は何を言うでもなくこちらを見ていた。

明るい色の茶髪に、ツーブロックの前髪を掻き上げたような短髪、制服のブレザーは着ておらず、代わりに腰には迷彩柄のパーカーが巻いてある。

緩い釣り目に、眉間には皺が寄っていて、まるでこちらを睨んでいるようにも思えた。

それでも要は恐る恐る部室に入り、鞄からペンケースだけを抜き取り、片隅の荷物を置くための棚に鞄を押し込んだ。

前に部活に来た時と同じ席に座ったものの、要の緊張は解けず、お互い沈黙のまま時間はゆっくりと流れて行く。

先に沈黙に耐えられなくなったのは要の方だった。


「あの…(ぶん)ちゃ、大和(だいわ)君久しぶり、だね」


昔の愛称で呼びかけて、慌てて言い変える要。

彼の名前は“大和(だいわ) 文太郎(ぶんたろう)”要の幼馴染“だった”人物だ。


「…ああ」


短くそう返すだけの文太郎。

その短い返事が、逆に要には恐ろしく感じてしまう。

返事をする前の微妙な間も相まって、気に障るような言い方だっただろうかと不安にもなる。

けれども要もそれ以上何を言っていいやらわからず、再び沈黙が訪れてしまった。

その静かな重みに耐えていると、廊下から足音が近づいてくるのを要はきき逃さなかった。

部室の戸は閉めているが、それでもすぐそこまで人が来ているというのはわかる。

丁度部室の前で止まった足音は複数のものだ。

部長や殿井、ベティ―も来てくれたのだろう。

遅れてはいけないと早めに来た自分が恨めしいが、他の部員達も混じれば少しは文太郎のいる空間も大丈夫になるだろうと、要はホッと胸をなでおろした。


「お待たせ―!」


明るい声音で入ってきたのは金髪のサイドテール、ベティ―だった。

その後ろには殿井と佐野崎もいる。

佐野崎がくれば、何故文太郎がここにいるのかも聞くことができるだろう。

そう考えた要が椅子から立ち上がろうとした時、部室内に入ってきた佐野崎が文太郎を見ると、一瞬たじろいだような表情を見せたが、おずおずと文太郎に近づいていく。


「大和くんお待たせ、みんな新入部員の大和文太郎君だよ、みんな揃ったから部活を始めようか」


要はきき間違えたのだろうか、そう思ったが、部室の前で佐野崎との会話を咄嗟に思い出した。

―僕と殿井君以外は“みんな”高等部からの入学生だったね。

恐らく少し前から佐野崎は知っていたのだろう、だから敢えて“二人”、ではなく“みんな”という言い回しを使ったのだ。

ベティ―の方を見て見ると、眉間に僅かに皺が寄っている。

なんと言っていいかわからないような複雑な表情を浮かべていた。


「そうだ、さっき職員室で聞いたよ、鏡さんとベティ―さんと大和君は同じ中学校から来たんだってね」


不意打ちでそう言われ、要はただ「はい」と頷き、ベティ―もはっきりとしないような返事を返すだけだった。

それでまたも、部室には妙に重たい雰囲気が立ち込め、誰もが沈黙してしまった。


「先輩、今日の活動内容は」


既に席に座っていた殿井はため息まじりにそう言った。

それでハッとしたように佐野崎がテーブルの自分の席の前に立つ。


「今日は…」

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