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鏡に映る花、水面に浮かぶ月  作者: 魚田 太子
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「桜が呼んでる」(4)


「おねがい」


他の霊と何かが違うと思ったのはやはり間違いではなかったようだ。

とても大人しい、何よりも、これは霊であって霊ではないのかもしれない。

要は勇気を振り絞ってスコップの匙を花びらの乗っていないむき出しの地面へと突き刺した。

ザクザクと土を掘り返していくと、大体五十センチほど掘ったあたりだろうか、匙の先に何か堅いものがぶつかる感覚があった。

石かとも思ったが、とりあえずスコップを置いて手での掘方に変え、更に土を掘り返した。

どれくらい掘ればいいか、なんとなくだが要には分かり始めていた。

まだ、もう少し下に、そう思って手で土を掻き出していく。

少しばかり掻き出したところで、指先がつるりと滑った。

その指先のあった場所をまじまじと見てみると、土で薄汚れた白っぽいものが見える。

その白っぽいものの周りを化石でも掘るように慎重に土を払っていくと、そこは丁度頭蓋骨にあたる部分だった。


「見つけた…」


思わず要の口から言葉がこぼれた。

額から伝ってくる汗を手の甲で拭っていると、視界の上の方に白い足が見えた。

木の陰に立っていたような足だが、あの時見た足よりは大分血色がよさそうに見えた。

顔を上げてみると、そこには女性が立っていた。

ミルクティー色のトレンチコートに白に青いストライプの入ったワンピース姿の綺麗な黒髪の女性だ。

その女性は掘り返した地面を覗き込むように膝をつくと、次いで要の方を見た。


「ごめんね、手伝わせちゃって」


女性の顔つきは幽霊とは思えないほど穏やかで、自嘲するような表情をしていた。

はらはらと舞い降りてくる桜の花びらの中では、まるで今生きてそこにいるような、けれどもどこか幻想的で遠いような不思議な感覚だ。

要はいつもとは違う霊の姿に呆けて女性に返す言葉を失くしていた。

けれども、女性はかまうことなく要に話しかける。


「見つけてくれてありがとう、ずっとここから出たかったの」


女性の霊がそう言ってから暫く感覚を開け、要は正気を取り戻して女性の霊を見た。


「不思議…です、あんなに怖い雰囲気を出していたのに、まったく悪霊のようには見えない…です」


要がそう言うと、女性の霊はクックッと喉を鳴らして笑った。

少しばかり笑った後、桜の木を仰ぎ見る。


「この桜の木がね、力を貸してくれたのよ、あなたのように見える人を捜して、掘り起こしてもらうために。桜の木も私も必死だったから…変に怖い雰囲気出しちゃって、分かる人はすぐにどこかへ行っちゃう」


数年前の要がそうだったように。


「物騒な話しね、私ちょっといざこざに巻き込まれて殺されちゃって、ここに埋められたんだけど…ここって普段誰も来ないし、ましてやこの桜の木もそろそろ寿命らしくて桜も咲かせられなかったそうなの」


唐突に語りだした女性の霊の話は、女性の霊の穏やかそうな雰囲気とは打って変わって前置き通りのとても物騒な話しだ。

当の本人は気にするような素振りも見せず、まるで日常のことを話すようにさらりと話してしまっている。


「少し離れた町から運ばれてきたから、誰も見つけてくれないだろうって思ってた時に、桜の木が最後に残りの力全て使って花を咲かせるからそれで見つけてもらうといいって」


それで先ほどの話と繋がるというわけらしい。


「私が見つかってないってことは、きっと前の町では捜索願とか出てるだろうし、私を殺した彼だって…きっと知らん顔して生活してる。ここに埋められたばっかりの頃は、そりゃもう恨めしくてしょうがなかったけど、この木が力を貸してくれたおかげで、何とか悪霊にならずに済んだわけなの」


彼女もまた心残りがあって成仏できずにここに縛られていたのだろう。

女性の霊の表情はどこか儚げな笑みに変わっていた。

そこでふと疑問に思ったことがあって、要は言おうか言うまいか悩んだ末、とりあえず言ってみようと意を決して言葉を紡いだ。


「あの、この桜の木…花が咲かない時期が長くて切り倒した方がいいんじゃないかって話が出てたんですよ…」


学校側も、桜の木が倒れて生徒に怪我人が出ることを危惧し、長年この山の入り口を護ってきてくれた桜だったのでどうも決めかねていた。

その矢先に桜の花がとても見事に咲き誇ったので、これはまだ大丈夫だと切り倒しが無効になったのだ。


「えっ、そうなの?そうだったんだ…、でも桜の木も最期に綺麗な花を咲かせられてよかったわ、私がここからいなくなったら、この木は本当に枯れてしまうから」


そっと木の幹に手を添わせる女性の霊。

手を離す時もとても名残惜しそうに、暫く指先は幹に残っていた。


「あなたにも、そしてこの桜の木にも本当に感謝してる、ありがとう」


女性の霊がそう言うと、それに同調する様に桜の木の枝の間を風がすり抜け、梢を揺らした。


「警察に、連絡します…そうしたら、きっとすぐに色々と調べてもらえると思います」


今の要は半分ほど今目の前にいる女性が霊であることを忘れていた。

感謝されたのが嬉しかった部分もあるだろう、誰かに感謝されたことなど記憶に残るほどもなかったのだから。


「本当にありがとう、警察までこぎ着けたら、後は何とかなるらしいから」


女性の霊は目を細め、ふんわりと口角を上げて嬉しそうに笑った。

要もつられて笑おうと思ったが、普段笑顔なんて浮かべたこともなかった要の表情筋は困ったような照れくさいような、純粋な笑顔とは少し違う笑みを浮かべるのだけで精いっぱいだった。

携帯を取りに要が立ち上がろうとすると、殆ど無心で掻き出していた土が丁度足元にあって、要は背中からふらりとよろけ、ステンと音を立てて尻もちをついた。

その音を聞いて、ようやく他の三人が要どこにいるのかと首を動かす。

ベティ―が近づいてきて、要に手を差し伸べようとするが、要はハッとしたようにベティ―を制止した。


「あ、あの、ベティ―ちょっとそこで止まって…えっと、その…」


何を言っていいやらわからずしどろもどろとしている内に、ベティ―は訝しげな表情を浮かべて近づいてくる。


「もう要ったら、はい…」


ベティ―が要の傍まで来て手を差し伸べようとした時だった。

木の陰の掘り返された土の中はベティ―の視界の中に入ってしまったようだ。

見る見るうちにベティ―の顔から表情や血の気が失せて行くのがわかる。

そして一呼吸おいて、まるで思い出したかのようにベティ―は叫んだ。


「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」


しまった、要がそう思う頃にはすべての工程が終わっていた。

要がジャージの上を脱いで土の上に放り投げるが、ベティ―はすでに中を見てしまっている。

ベティ―の騒ぎを聞いて他の二人も要達の方へと近づいてきた。


「どうしたのベティ―さん、カブトムシの幼虫とかいたの?」


心配そうな表情を浮かべる部長に、ベティ―の叫び声をさも迷惑そうに眉をしかめる殿井。

ベティ―はというと、その場に縫い付けられたかのように動けず、ただジャージのかけられた穴の方を指さしあわあわと言葉にならない声を上げていた。

二人もジャージの下のものを覗こうとしたが、そこは何とか止めて、できるだけ当たり障りのない言葉を選んだつもりで要は言った。


「佐野崎先輩…調査終了、です…依頼は正しかったよう…です」


正確に言えば、死体を見つけてもらうために桜が花を咲かせていたわけで、養分というよりは持ちつ持たれつの関係だったのだろうが、今はそんな説明は意味がないだろう。

調査内容を思い出したのだろう佐野崎は、ベティ―同様に顔面蒼白であわあわと慌て始めた。


「警察に電話します…」


要が警察に電話を入れると、ほどなくして近所の交番や警察署から警察関係者が集まってきた。

あっという間に桜の木の周辺はKEEPOUTと書かれた黄色のテープで囲われてしまった。

軽く経緯を聞かれ、なかなか言葉の出ない佐野崎の代りに殿井が代弁し、後日詳細なことを窺いたいということだった。

こうして、今年最初で、要達一年生にとって最初の部活は、とても印象に残るものとなった。

報告書は要が書くことになり、調査は終了した。

ありのままを書くことはできなかったが、その補足は要の雑記帳に書き留めておくことにして、報告書の最後をこう締めくくった。


“今回見つかったものへのご武運とご冥福をお祈りします”

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