「桜が呼んでる」(1)
校舎の三階、階段を上がって右手、一番奥の教室が目的の部室である。
鏡 要はスカートの裾が捲れていないか確認し、お気に入りの緑色のシュシュで結直すと、数度深呼吸をした。
目の前の教室に入るのに、気休め程度にしかならない時間稼ぎをしていたが、とうとう確認することが尽きてしまった。
それでようやく決心し、恐る恐る教室のドアを開ける。
少しだけ顔を覗かせるように教室を見ると、そこにはすでに数人の男女が入室し、それぞれテーブルを囲むようにして配置されたパイプ椅子に座っていた。
指定された時間にはまだ十分に余裕があったはずなのだが、要は遅れてしまったという焦りから、手荷物を前に抱えて、なるべく静かに、目立たないようにと身をかがめて教室に入った。
そんな要の様子兎を見ていたのであろう。
教室の奥、窓際の上座に当たる位置に座っていた青年が、スッと椅子を引いて立ち上がると、誰にともなく話し始めた。
「えっとね、これが今年最初の依頼なんだけど…」
唐突な切り出しだった。
しかし、この教室に来るまでにこの教室内で行われている部活動について多少の説明は受けていたので、要は開いている席にコソコソと座ると、俯きながらその青年の話を黙って聞く。
聞く、はずなのだが、一向にそれ以降の言葉が続いてこない。
それで少しだけ顔を上げた要は、窓際の青年の方を見やった。
要から見れば、空席になっている右隣の席の斜め右前の席に当る。
赤い紐ネクタイを結んだ、いかにも気の弱そうな制服姿の青年は、付箋の様な目印の沢山ついた一冊のファイルを手に持っている。
しかし、その手つきはたどたどしく、ファイルの上部に着いた付箋のページを捲っては中を見て、めくっては中を見て、それを数度繰り返してようやく「これだ」とファイルを開いてテーブルに置き直した。
目の前に置かれたファイルを皆がそれぞれのぞき込む。
書いてある内容を一通り読み終えて、要は先ほどファイルを置いた青年に顔を向けた。
「ま、まだ優しい方なんだと思うんだ、この内容は…」
青年はそう言って、眉を八の字に下げ、ため息をつき項垂れた。
その瞬間、青年は何かに気付いた様にハッとすると、垂れた眉はそのままに顔をあげた。
「ごめんね、色々と説明とかふっ飛ばして…。みんな入学おめでとう、我が“怪奇現象探索部”に入部してくれてありがとう」
ぎこちない笑みを浮かべながら、青年は目の前にいる三人の男女に祝いと、そしてお礼の言葉を述べた。
*
季節は春。
若苗学園高等部に入学した要は、どこの部に入ろうか決めかねていた。
入学式の部活動紹介を見てもピンとくるものはなかった。
運動部は、あまり運動が得意ではない要にとっては性に合わず、仮入部期間にも顔が出せなかった。
かと言って、文化系の部活も特にこれと言って得意なこともなく、やりたいこともなかった。
学校の規則で、入学してから三カ月以上は部活に入っていなければいけない。
その後で部活をやめることは自由なのだが、何が何でもまずは三カ月、どこかの部活に入る必要があった。
しかし、元々気が弱く、自己主張もあまりできない要は、どこの部にもなかなか顔を出せずに、仮入部期間も終わってしまい、入部届を出す期限も目前に迫っていた。
そんな時、要は部活動の一覧を見なおしていると、ふと気が付いたことがあった。
他の文字は明朝体で打ち込んである中で、一番下の一行だけが手書きで部活動の名前が記載されている。
文字が小さくて最初に見た時は気が付かなかったし、何より部活動紹介の時は誰も説明に出てきていなかったように記憶していた。
印刷の状態から後書きされたものではなく元々プリントされていたものだと思われる。
だからと言って、要はその部活に入る勇気はなかった。
部員数は二年生が一名のみで、枠は文化系と同じ枠に分類されているが、問題はその部活動名にあった。
“怪奇現象調査部”
明らかに他校では見られないような、あったとしても同好会扱いにされそうな部活。
何より、要はオカルトや心霊系が苦手だからだ。
この部活にだけは入りたくないと思っていたはずだったのだが、結局はこの部活に入らなければいけないことになってしまった。
理由はこうだ。
期限ぎりぎりまで迷った挙句、担任の女性教師に職員室に呼び出されると、どの部活も部員数がいっぱいでもうその部しか空いていない。
そう告げられてしまったからだった。
「勿論あなた一人だけじゃないのよ」
そう教師に諭されて、要は否が応でも三カ月、その部活に入ることになってしまったのである。
自分一人ではない、と言うのがまだ救いだったが、人見知りの気もある要にとっては、やはりとても億劫な現状だ。
結局入部届を出し、なぜか担任教師から部活の日程を聞いて、今日から部活動が始まるということで、冒頭に至るのである。
「自己紹介も忘れてたよね、僕は佐野崎 彩月です。今のところ唯一の二年生で、この部の部長になりました。手際悪くてごめんね。」
部長の佐野崎が腰の低い自己紹介を追えると、そこから自己紹介をする運びになった。
一人一人の自己紹介が終ってから、改めて部活の内容を説明するらしい。
そう言うわけで一人の男子生徒から自己紹介は始まった。
「僕は殿井 栄助といいます。」
要は教室に入ってからずっと俯いていた顔をあげてみると、丁度テーブルを挟んだ正面側の椅子の前に殿井は立っていた。
焦げ茶の髪に青いフレームのメガネ、何よりも印象的なのはその身長だった。
大げさに言っても190近くはありそうなその身長、一見同級生だとは思えないほどで、眼鏡のせいか大人びた知的な印象を受けた。
殿井の自己紹介でようやくまともに顔をあげられた要は、教室の中に見知った顔がいることに気付くことができた。
要から見て殿井の右隣、金髪のサイドテールに碧眼といういかにも外国人という風貌の少女。
彼女が椅子から立ち上がる時、要が顔を上げたのに気付いたのだろう、ニコリと笑顔を向けて自己紹介を始めた。
「あたしはエリザベス・ラングフォード、ベティ―でいいわ」
ベティ―も殿井に倣ってか名前だけの自己紹介をすると、いよいよ要の番が回ってきた。
他二人の生徒に倣って、要も席からおずおずと立ち上がり自己紹介を始める。
「鏡…要…です、よろしくお願いします」