序
「ねえ、…ちゃん…もう帰ろうよ…」
妹は浅く雪の積もった山道の下から、下り坂の途中で道草をしている姉に言った。
空から舞い降りる白い粒、吐く息も白く、露出している頬や鼻がじんじんと痛む。
「まーだ!もう少し遊ぶの!帰りたきゃ一人で帰ればいいでしょ!」
さっきまで姉の方が前を歩いていたはずなのに、そう思いながらも妹は何度も振り返りながら姉を呼んだ。
「もう暗くなっちゃうよ…怖いよ…ちゃん…」
夕闇の群青に染まりつつある山。
冬は特に日が陰るのも早く、山中とあればなおのこと暮れるのは早かった。
「ねえ…お風邪引いちゃうよ、この前もお熱出たでしょ…またお母さん心配するよ…」
姉はとても身体が弱い、幼さだけではなく、根からあまり体が丈夫な方ではなかった。
だから両親は姉が外で遊ぶことをよしとは思っていない。
それでも姉は室内遊びよりも、妹を引き連れて外で遊ぶことの方を好んだ。
妹が嫌だと言っても腕を引いて家の裏のこの山へと繰り出すのだ。
「ねえ!」
普段から気が弱く大声を出すことなど稀な妹が周りの暗さに耐えかねてとうとう叫んだ。
姉の返事はない。
怖くて目を瞑っていた妹が恐る恐る目を開けて山道の上を見ると、姉はどこかへ行っていた。
「なんでおいてっちゃうの…」
その日妹は家に帰りながらも何度も姉を呼びながら帰った。
置いて行かれた寂しさと、暗くなっていく辺りに恐怖を感じながら。
止めどなく流れ出す涙を手袋で拭い、垂れてくる鼻水をすすりながら、それでも姉を呼びながら家に帰った。
「こんなに“いる”のに…どうしておいてっちゃうの」
その日から姉は一度も帰っていない。