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示談書  作者: 清田伸治
10/23

検察庁

大阪地方検察庁六階検事室


その日も朝から雑賀裕子検事は機嫌が悪かった。


「宇野!今日の予定はどうなっているの!」

検察事務官の宇野太人に聞いた。

「はい、えー今日は午前中に交通が一件と午後から傷害が二件、窃盗一件となっております。」

「もー!来る日も来る日もしゅうもない事件ばかりでなんとかならないの!」

「はー、そう言われましても・・・」

「はーってあなたね、私は東大よ!東京大学出てるのよ!本来はこの四月には二十代で初の東京地検特捜部女性検事として政治家相手にバリバリ仕事しているはずなの!それが、今年で三十になる上に、よりによってこんな大阪くんだりで・・・。まーあなたに言ってもしかたないけど!」

「はー、申し訳ありません・・」

「もーいいわよ!早く一人目連れて来なさい!」

「わかりました。」


宇野は毎朝同じような愚痴を聞かされているうちに、雑賀検事がセクハラ上司に平手打ちをし、大阪へ飛ばされて来たという噂もあながち嘘ではないな、と思いながら今日一人目の容疑者を迎えに行った。


待合室では進と進を連れてきた留置場係りの前川巡査長が待っていた。


「大阪中央署さん。」

宇野が声を掛けた。

「はい、こちらです。」

と、前川が返事をし検事室へ案内された。


部屋に入ると、中小企業の社長室程の広さの中で、大きな窓を背に雑賀が座り書類を整理していた。


「連行しました。」

との宇野の声に雑賀は、

「ここに座りなさい。」

と、全く進の方を見ず、書類に目を通しながらペンで向かいの椅子を指た。

進は、”検事は女の人?”と少し驚いた。

誰から何を言われたわけでもなかったが、進は勝手に検事は男の人だと思っていたからだ。


進は、前川に手錠をはずされ雑賀の前に座った。


「えー、佐々木進二十六才ね。」

と、言って雑賀が顔を上げた。

と、この時心に衝撃を受けたものがいた。

雑賀である。

雑賀は進を一目見た瞬間に気にいってしまった。

学生の頃あこがれていた男性にそっくりだったからである。


雑賀は、せっかくであればこの取り調べは楽しいものにしなければと思い、まず、人払いを企てた。


「それでは、これからあなたの起こした事故についてお話を聞いていきます。言いたくない事は言わなくて結構です。」

と、雑賀はそこまで言うと、警護の為進の後ろに座っている前川に、

「前川さんでしたね、もう結構ですから待合室でお待ち下さい。」

と、言った。

「え、しかし警備上・・・」

と、言いかけた前川に対し遮るように、

「昨今!取り調べ時における容疑者の人権保護が問われております。取り調べ時に後ろに警察官が居ること自体容疑者にプレッシャーを与え、真相究明の妨げとなる事が考えられます。」

と、少々無理のある思いつき理論を述べ、

「又、警備上に関しても、見ての通りここには宇野太人という屈強の若い男性事務官がおりますから。」

と続けた。

前川はあらためて事務官席を見た。

そこには、先程自分たちを迎えに来た贔屓目に見ても屈強とは思えぬ進と同じ歳くらいの色白の男、宇野が座っていた。」


前川はどうしたものかと思ったが、進が暴れだすようなことはないだろうと思い、言われた通り待合室で待つことにした。

雑賀はうまく邪魔者を一人処理出来たと思った。

もう一人宇野がいたが、この男は人畜無害な男の為、もともと居ないものとし取り調べを始めた。


「では、始めます。」

「佐々木進君 二十六歳ね。」

「佐々木 進 君 二十六 歳 ね・・・・と」


「今回交通事故おこしちゃったんだ。」

「今回・・交通事故・・おこし・・ちゃったんだ・・・と」


調書を作成する為、宇野は雑賀の言う事を反復しパソコンに打ち込んでいった。


「あなたね!いちいち ”二十六歳ね” とか、 ”しちゃったんだ” みたいな事打たなくてもいいのよ!」

「はー、申し訳ありません・・」

雑賀はやはり、宇野もうっとうしくなり、

「調書は私が作るからあなたも待合室に行ってなさい!」

と、宇野も追いやった。


進は、雑賀の態度を見ていて、やはり女性とは言え検事は怖い人なんだ、と思っていた。


「それでは再開します。」

と雑賀が言い、取り調べが再開した。


「進ちゃん、事故おこしちゃったのね。」

”進ちゃん”ってさっきまでの宇野の扱いと全く違う雑賀の態度に進は驚いたが、とりあえず普通に答えた。

「はい、申し訳ありません。」

「いーのよ、私に任せておいて。助けて あ げ る から!」

と、ねこなで声で続けた。


「・・・と、いうことね。」

一時間くらいで雑賀の調べは終わった。

調べとは言っても、検察庁では警察の作った調書を確認するぐらいなのでそんなに時間はかからなかったのである。


「で、最後にまとめると、一番大切なところは、進ちゃんが轢き逃げしたか、又はしようとしたか、それともう一つ、被害者感情ということになの。

轢き逃げの件に関しては、目撃者を探せば疑いは晴れるでしょう。あとは、被害者感情という事になるけど、進ちゃん被害者の人にちゃんとあやまれる?」

と、雑賀はあいかわらずのねこなで声で聞いた。

「はい、それは僕の刑罰に関係なく、お詫びしたい気持ちで一杯です。」

と、進は本心で答えた。


「わかったわ。じゃ、最後にひとつ、警察からはまだ調べが残っているから十日間拘留したいと言ってきているけど、私や警察の呼出にはいつでも応じてもらえる?」

「はい。」

「じゃ、今日で釈放してあげるわ。」

「え、」

「だから、釈放よ。お家へ帰っていいわよ。」

進は留置場で青木から今日で出れるだろうと聞いていたが、まさか本当に出れるとは思っておらず少々驚いた。


「でも必ず呼出には応じてね。特に私の呼出には何時でも場所がどこであろうとも直ぐに来るのよ。」

「はい、必ず。」

と、進は力強く答え、雑賀はにやりと笑みを浮かべた。

その後、雑賀は宇野に連絡し前川を呼んだ。


「えー今回の検事調べは終わりました。事故の状況等総合的に判断し、佐々木は本日で釈放と決めました。よって警察の調べも在宅で行って下さい。」

と、今までとは打って変わって厳しい口調で言った。

「え、一応担当からは勾留請求が行われていたはずですが・・」

と、前川は左の頬を書きながら言った。

「確かに。しかし、私が釈放と決めました。それとも検事である私の決定に異論でもあるのですか?

わかりました。あなた達大阪中央署から上がってくる書類はすべて不起訴とし、私が調べ直します。また・・」

と、続ける雑賀に、

「いえ、いえ、いえー!滅相もございません。すぐ釈放するよう申し伝えます。」

「わかってもらえれば結構です。本来起訴自体難しい案件ですが、あなた達の顔を立ててこちらも在宅にて起訴する予定ですから。」

「ははー」

と、言わんばかりに前川は頭を深々と下げた。


「では、失礼いたします。」

と、最後に前川が言い帰ろうとした時雑賀が、

「佐々木、呼出には必ず応じるように!」

と、一言言った。

その厳しい口調とは裏腹に、目では進にウインクを送っていた。










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