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『騒動魔女』ノイズィ(前編)

 まどろみの中で、浮かんでは弾ける泡を数えていた。

 星々が流れている記憶があった。箒星というらしい。気まぐれのように漆黒の夜空をかけるそれは、それが流れているあいだに願い事を唱えれば叶えてくれるものらしい。「願い事は唱えられた?」隣に座る誰かがそういう意味のことを言っていた。ぼくは首を振り、困ったとばかりに顔を伏せた。夜空には数え切れないほどの箒星が流れており、どれに願い事をすればいいのか迷うほどだったからだ。

 それに願い事も思いつかなかった。いまぼくが、いいや、ぼくたちが最大級に願っている事柄を、この箒星たちは叶えてくれないということは知っていた。それなのに、隣に座る彼女は何かに納得をしたように微笑んでいた。

 「わたしはしたよ、願い事」という意味の、言葉。


 ※


 「眼が醒めた?」

 舌っ足らずな高い声が聞こえて、ぼくはハッとなって飛び起きた――、飛び起きようとした。けれど、どうにも身体が思うように動かない。まるでベッドにくくりつけにされているような感覚だった。何日も何日も眠り続けたあとのように、頭はすっきりしているというのに。眼が醒めたか、と声は言った。ぼくの眼って、どこだっけ。

 「おっと、そうだね。魔導人形に返してあげる」

 誰かがぼくをマイノに触れさせる。接触魔導術式。もう慣れたもので次々と頭のなかで様々な色の円環が浮かんでは弾け、物理法則が都合のいいように改変されていく。髪の毛の一本、指先、つま先、意識しなくともすべてにリンクが完了して、ぼくことマイノはいま床に座り込んでいることに気がついた。

 まぶたを開き、ぼんやりとした視界に小柄な人影が結ばれる。

 「おはよー。よく寝れた? なかなかじたばたうるさいから、ちょいちょいと眠らせてしまったよ。喋るのも大事だけど、寝るのも大事だよー。健康的なおしゃべりは健康的な睡眠から! これ、鉄則ね。で、どう? これで、話せる?」

 「……」

 「むー」

 どうやらここは彼女の自室のようだった。『騒動魔女』と名乗った彼女は天蓋付きのベッドに腰掛けて脚をぶらぶらさせている。部屋はファンシー調で、数えきれないほどのぬいぐるみたちが部屋の一角に山を形成していた。ぼくの座っている位置からして、マイノもその一員に加わっているような構図になる。

 ――腕や脚を縛られていないのは、いつでも無力化できると思っているからか。

 ぼくは魔法の素人ではあるが、たしかにその魔法は次元が違った。なによりあんな状態だったとはいえ、ラウドに気付かれずにぼくをこうも簡単に連れ去った。まだ幼い少女のように見えるが、その魔女としての能力はぼくの想像を遥かに超えている。ラウドが言っていたことを思い出した。

 『ここ、『静寂魔女』の隠れ家は、ぼくとマイノとリティで暮らしている。通り名を持つ魔女なんて、精霊中核市に8人しかいないんだから。ホコリに思いなよ、魔箒のウィスク』

 『騒動魔女』ノイズィ。その無邪気な猫の瞳に魅入られて、ぼくはぶるっと背筋を震わせた。

 「……ぼくははじめてこの精霊中核市に来た」

 「うんうん」

 「ラウドはよくここに来ると言っていた。どれくらいの頻度かは知らないけど、日用品の買い出しだから、一定のタイミングであそこに現れていたんだろう。ラウドの能力が高いとお前はいった。つまり、お前はラウドも、リティの存在も知っている」

 「うんうん。最後まで聞いてあげよう」

 ノイズィは本当に楽しそうに頷いている。

 「ラウドの能力が高いからお前は諦めた。そして今回ぼくが影人形を操っていたから拐った。だから、欲しいのは影人形マイノではない。ぼくかラウド。普通に考えてこれは人質だ。けど、この家、随分とお金がありそうじゃないか。身代金目的でもない。狙いはリティ。『静寂サイレント魔女』」

 「話が早くてつまらない」

 ぷーと頬を膨らませるノイズィだったが、その瞳から鋭さは奪われていない。

 「でも、どうしてぼくは『静寂魔女』リティを狙うんだろう。お金目的でもないんだよね」

 「身体目的だろ」

 「いやん。でも、正解。君、随分と頭の回転がいいね。まるで小説の主人公みたいだ」

 布石は打たれている。いままでラウドが饒舌に騙った情報で物語の筋は通る。たったひとつのブラックボックスを除いて。

 ずっと不思議に思っていた。リティはなぜこの精霊中核市に移住しないのだろうと。魔女にとって都合のいいフィールドが用意されていて、かつ、魔導書蒐集も捗るだろう。メリットばかりで、住まない理由が見つからないのだ。それは今回の精霊中核市の散策で身にしみて実感ができていた。さて、それはぼくという身内側からの意見で、精霊中核市の住民からしたらどうだろう。リティのような強力な魔女を利用したいのではないか。それは簡単な推測だ。そして精霊中核市に住んでいないリティをなぜ、目の前の少女が知っているのか。それは――。

 「リティに通り名がついている。それがぼくがリティを既に認識している証拠って思っているね。精霊中核市を盤石にするために、あの『静寂魔女』がこちら側に必要だってことも読んでる。うんうん、いいね。じゃあ、ここで二つの疑問を提示しよう。きっと君もそこから先は読みようがないはずだからね」

 ノイズィは、白い長手袋に包まれた指をピースのかたちにする。

 「ひとつ、そもそも何故精霊中核市に住んでいないリティに通り名がついているのか。ふたつ、そもそも何故リティは精霊中核市に住まないのか。うん。君が人質として機能するまでまだ時間がかかるようだから、少しそのお話でもしようか。あ、でも人じゃないから、人質じゃなくて、物質ものじち? いやいや、物質には違いないだろうけどさ。まぁ、いいや。でも、そのマイノって影人形、可愛いね。少年タイプ? ずっとぬいぐるみの海に埋もれていればいいのにね。よく似あってる似合ってる」

 「早く話してくれ」

 「ふふふ、やっぱり聞きたいんだ?」

 ノイズィの紅色の舌が唇を舐めた。


 ※


 一方、そのころ黒猫使い魔ラウドは――。

 「うひゃひゃひゃ、そんなところくすぐらないでおくれよ!」

 

 ※


 一方、そのころ『静寂魔女』リティは――。

 魔導書の机から落ちる音で、うたた寝から眼を醒ました。最近は特に深夜まで読みふけっていたから睡眠不足が祟ったのだろう。指を数回鳴らして、床を生物化、腕を創りだして魔導書を持ち上げる。これを読み終われば、次は、いま精霊中核市に行っているラウドたちが買ってくる魔導書を読んでいく。いくら努力をしても、時間は残酷に出血し続けていく。けれど、立ち止まるわけにも――。

 と考えを巡らせて、魔箒ウィスクのことを思い出した。

 唇を噛んで、俯く。わたしは、まだ、迷っている。

 落ち着こうと、紅茶のカップに手をかける。いつもならラウドが淹れてくれる。ウィスクが来てからは彼が淹れてくれるようになったが、一週間が経過してだいぶ上手になってきた。わたしが一人でやるとまだまだだ。唇に近づけようと思ったときに、パキリとカップにヒビが入り、生ぬるくなった液体が白い魔女装束にこぼれて行った。

 「あ、」

 リティは、猫の瞳で精霊中核市の方角を見つめた。

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