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精霊中核市探訪

 「というわけでやってまいりました」

 「……すごいなこれ」

 星空を見上げた夜から三日後、ぼくは初めてリティの隠れ家から離れ、ラウドとともに精霊中核市を訪れていた。出で立ちは、黒装束の影人形マイノをベースに肩には黒猫、背中には箒が括りつけられているといったものだ。はためには魔法使い見習いの少年といったところだろう。目深にフードを被り、ラウドの操作で動かしている。

 「人混みは操作が難しいからね~」

 精霊中核市――、ヤガーの魔法具店から運ばれるときにさんざん聞かされていたが、百聞は一件に如かずとはまさにこのこと。千聞とてまた然りだろう。外から魔導城壁を見つめるだけでも圧倒されたというのに、正門を抜ければ、そこはまさに『にぎわい』という概念が闊歩しているようだった。

 左右に並ぶ魔法具やら魔導書の出店。便乗して、おやつやおつまみの類も多く売られている。広場では大導芸人が大掛かりな魔法を見せ、人だかりができている。精霊中核市の中央に聳える大教会を囲むように、豪奢な建物が立ち並んでいる。ラウド曰く、魔導養成機関アカデミアというところらしい。この大陸の才覚ある若者が、深遠なる魔導の知識を研究ししている場所だそうだ。ぼくからしてみれば初めて見るものばかりで(あたりまえだけど)、頭がパンクしそうだった。

 けれど、不思議と懐かしい気持ちもあった。

 「さてと。まずは――」

 魔法使い見習いといった出で立ちの少年は、肩に猫、背に箒といった装備で、ポケットから紙切れを取り出す。そこにはリティに言われた買い物リストが列挙されていた。このあいだ切れてしまったお気に入りの紅茶の葉っぱから始まり、卵にパンと並んでいる。が、そのほとんどはここでしか手にはいらないような希少な魔導書のタイトルだった。

 「それで、何処に行くんだ?」

 「とりあえず日用品を揃えよう。その後は古書店。まー、ここに書かれているもの全部が全部見つかるなんて、リティも思っちゃいない。あればラッキーくらいの気持ちで行こう。それじゃ、イーストストリートの第9地区を目指すよ? 人の波に呑まれないようにね」

 ラウドはかなりこの都市のことを把握しているようだ。あらかじめ見せてもらった全体図は、中央の大教会こそ理解はできるが、それ以外は網の目のように通路が張り巡らされていて、とても憶える気にならなかった。ラウド曰く、概ねの傾向ごとに区画が自然とできているそうだけど、とてもぼくにはそう思えなかった。

 「慣れだよ慣れ。ボクだってまだ知らないような区画だってあるし、よく通うところはそれだけで覚えちゃうだろ? 特にリティは一度気に入ったものはそればっかり続けるから、もうほとんど常連みたいなものさ」

 「あー、わかる。毎朝目玉焼きとかよく飽きないよな」

 「リティにとっては思い出深い料理なんだそうだよ。それに君の目玉焼き、かなり気に入ってるみたい」

 第9地区を目指して歩いていると、だんだんと香ばしい匂いがあたりを包むようになってきた。魔導書関係の店はこのあたりにはあまりなく、生活雑貨や食料品など一般的な小さな店が並んでいる。「ほら、あそこを見てご覧」マイノの肩に乗っているラウドが首を向ける。恰幅のいい女性が店頭で見慣れない生き物を焼いているところだった。

 「おや」女性はぼくたち(黒ずくめのマイノ)の姿に気づき、ウィンクをする。「どうだい、ひとつ」とトングで焼かれている何かをつまみ上げてこちらに見せた。「ひっ……!」ぼくはついついそんな声が出てしまった。それはこんがりと焼けたトカゲだったからだ。さきほどの香ばしい香りは、このトカゲについているタレだったようだ。

 「精霊中核市ラティナリオといえば、焼きトカゲだよ! あんた、異訪者バルバロイ? だったら食べていかなくちゃ!」

 『お、おい。トカゲ食べるってマジなのか!』ぼくはラウドに小声でささやく。ラウドは驚き慌てふためいているぼくを見てにやにや顔をしていた。『マジさマジ。食べてみるかいって、君は魔箒だったね。リティの大好物だから、一つおみやげに買っていこう』小声で話しかけてきたラウドはひとつ頷き、マイノにジェスチャーをさせ、ポケットから銀色のコインをいくつか渡した。

 「帰ってから食べるから包んでね」

 「あいよ!」

 そうして袋に入れられた、人の顔ほどの大きさのあるトカゲの蒲焼きをあろうことか、マイノは背負っている箒に引っ掛けたのだ。ぼくはぞぞぞぞっと鳥肌が立ってしまった。毛先がざわつく。『やめろ!』歩き出したマイノの肩のラウドはくつくつ笑いながら、『嫌なら実力でどうにかしてみなよ!』と囁いた。くそぅ。

 魔箒。毛先を震わせて発声することはできるようになったが、影人形マイノを使わなければ自力で動くことはできないし、いまはマイノは完全にラウドの支配下にある。あのとき空を飛べたのはリティの魔力があったからだし、ぼく自身は魔箒といえども、まともに魔法なんか使えたことがなかった。つまりぼくはラウドがあそこにいる限り、ただの喋る箒でしかないということだった。マイノが歩いたり、人混みを避けたりするたびに、ぼくの身体の柄の先っちょに引っ掛けられた袋が接触し、生暖かな感触が伝わる。

 『ひぃ……』

 『まずは食料――と言いたいところだけど、その前に私用で寄りたいところがあるんだ。いいかな?』

 『買うもの買ってからにしろよ』

 『有り金をすべて焼きトカゲに変えてもいいんだぞ』

 ラウドの低レベルな脅しに、けれどぼくはとても反抗することができず、しぶしぶ頷いた。焼きトカゲ屋のブロックを後にして、ラティナリオ大聖堂の方向――、つまり円形に広がる精霊中核市の中心の方へと歩いて行く。するとだんだんと人混みの属性が変わってくる。さっきまでは商売人あるいは魔道具屋といった面々だったのに、こちらには比較的若い、学生のような人影が増えていく。黒いローブを羽織って箒を背負っているマイノと似たような格好の者もいて、各々、個性的な出で立ちをしていた。

 「ハロウィンか何かか?」

 「いいや、彼らはアカデミアの学生だ」

 ラウド曰く、この精霊中核市はラティナリオ大聖堂を中心として、ほとんどあらゆるものが魔法のエネルギーによって機能しているのだという。たしかに蒸気機関の煙も見えなければ、発電所のような施設もない。『ここの電灯は明かりがついて当然だよね』とみなが合意形成することで、世の理が騙されて明かりをつける――、そんな事象が積み重なってこの巨大な都市ができているのだ。そのためには世の理に説得力を持つ存在が不可欠だ。

 「さらにさらに、世の理に説得力を持つ存在は、この精霊中核市が用意したフィールドが非常にありがたいのさ。自分一人では出来ないような次元の魔法にも手が出せる。いわゆる伝説上の生き物とされている存在を召喚したり、隕石を招来したり、なんならこの都市を血の海にすることだってできる」

 「危険じゃないか――、って他の大勢の市民が拒否すればいいのか」

 「わかってきたじゃないか。そうだね、ここでの魔法は民主主義。極大魔法が使いやすい代わりに、ディスペルも効きやすい環境だ。そんなわけで一部の例外を除いて大それた事件もなく、魔法を発動しやすいフィールドを求めて才覚ある人材が集まり、才覚ある人材のおかげでフィールドが強化されていく。そんな正のフィードバックが形成されていて、精霊中核市は歴史上最も稀有な――」

 と、ラウドお得意の講釈が止まった。不思議に思ってマイノを通じて彼の様子を伺うと、瞳孔は三日月のように狭まっているし、毛も逆立っている。よくよく眼をこらすと、黒猫の周りに極小の緑黄円環が浮かんでは弾けていることがわかる。事象の書き換えが起こっている証拠だった。

 「どうした?」

 「――ピリピリする」

 そう言って、ラウドはひげをひくひくとさせて周りを伺う。

 「何か、大きなものが、ん、気のせいかにゃ? 誰かに見られているような感じがしたんだけど……」

 「これだけ人がいれば誰かしら見てるだろ」

 ラウドは違和感を振り払うように首を回した後、またマイノを操作して、アカデミアの方へと進んでいく。こちらはもう学術区画といったようなかたちで、希少魔導書の図書館が立ち並び、奥には巨大な学園が聳えている。何を教えているのかはわからないが、街角には学習塾のようなものもあり、まだ10歳にもならないような子供が魔女のかっこうをして星のついたステッキを振り回していた。ぽんっと煙が出て、その魔法は不発に終わったけれど。

 さて、ラウド操るマイノはそこまでは大通りに沿って歩いてきたのだが、ここに来て急に薄暗い路地裏に入っていった。精霊中核市は地図で見た限り、中央のラティナリオ大聖堂から放射状に道が伸び、それによって区切られた部分がブロックとしてひとつの商業区画を形成している。大通りに面した部分はいままで見てきたように大いに賑わっているのだけど、一本二本ブロックの中に入り込んだとき、ぼくは驚いてしまった。

 「これは……?」

 「当然、魔法が使えない子はこうなるよね」

 薄暗く汚い路地に、ほとんど半裸に近いような子供たちが座り込んでいた。作りかけのテントのようなものが立ち並び、どこからか赤子の悲痛な泣き声が聞こえる。ここでは魔法使い然としたマイノの姿はとても浮いてしまい、奇異な眼で見られることになったが、声をかけてくるようなものはいない。

 「都市の憲兵だと思われて、警戒されているね。ま、いつもこうだけどさ」

 マイノを壁に立てかけ、ラウドはマイノの外套の中にいつのまにかあったクッキー入りの袋を加えて歩いて行った。

 「リティに頼まれてる。静寂魔女厳選の薬草入りクッキーさ。これでしばらく軽い病気にはかからない」

 小声でそう言って、にゃーにゃー愛嬌を振りまきながら、クッキー袋を咥えて歩いて行く。毛並みが自慢のかぎしっぽを水平に、小さな黒猫はしばらく進んだところでクッキー袋を落とした。そのころにはもう子供たちの人だかりができており、ラウドの姿はもう見えない。きっとあらゆる方向から撫でられまくっているのだろう。「まったく、めんどくさいよね」なんて去り際に言っていたが、きっとまんざらでもないのだろうな。と、支配を取り戻したマイノの視点で見つめていた。

 「随分信用されてるじゃないか」

 魔法使いの姿ではあそこまで警戒されて、小さな黒猫の姿ならあそこまで愛される。もちろんクッキーという副産物があるからだろうが、それにしても魔法使いたちの楽園たる精霊中核市で、この光景はやはり異常だった。『願えば叶う』はずの街でなぜこのような事態に陥っているのか。繁華街とのギャップに、ぼくは胸の奥に重いものを感じていた。

 

 「あっれー? あの娘って魔箒持ってたっけ?」


 突如すぐ近くからそんな声がして、ぼくは飛び上がりそうになった。一瞬、ストリートチルドレンの一人かと思ったが、彼女の衣装を見てすぐにそれは誤りだとわかる。淡いピンク色の三角帽子、フリフリのゴシックドレス、背中の大きなリボンが尻尾のように揺れている。くるくる巻かれた金色の髪が左右に跳ねている。悪戯げにこちらを見上げてくるが、その瞳孔は猫のように輝いて――。

 「……魔女」

 「魔女なんてこの精霊中核市には石を投げれば当たるほどいるのにさー。あー、もしかして君って空気を指さして『窒素分子だ』とか言っちゃうタイプ? それならそれで個性として尊重するけどさー、そんな化け物を見たような眼で見ないで欲しいにゃー。君の主だって、それはそれは正真正銘の魔女じゃない? ……ね、おとなしくしていようね」

 ぺらぺら喋るそのあいだに、ぼくはマイノへの接触魔導術式でその手にぼく自身を握らせようとした。が、彼女がそれを止める。小さな円環が空気中に弾け、ぼくはようやく状況を理解した。この何かしらを企んでいる魔女は、マイノが接触魔導術式で動いていることを知っている。主体が魔箒であることを知りながら、いまの外套越しの接触ではなく、直接接触を図ろうとした意図も読んでいる。さらに、マイノの腕を彼女が握って止めたことにより、いま接触魔導術式を発動して優勢なのは――。

 「ぬるい。ぬるいねー。あのリティの使い魔猫とは大違いだー。これでこの魔導人形も魔箒さんもぼくのもの。ふふ――、ってほら、ぼくが喋ってるあいだに反抗しようとしなーい。毛先を震わせて声を出そうと思っても、無駄だよー。あの猫さんは気づかない。ぼくがこの周辺の空間だけ隔離しているからね。さ、お手々繋いで帰りましょー!」

 「……お前は」

 「あ、自己紹介がまだだったね。でもこういう場合ってそっちから喋るものじゃあないの? でもでも、いいよ。どうせヤガーんとこのやつでしょ。ここの白と黒の線が書かれてる商標を対応する魔法でデコードすれば――、掃き去るもの(ウィスク)。なるほど、ウィスクねー。箒らしい、いい名前! じゃあ、お礼にぼくの名前も教えてあげる」

 彼女はマイノの両手を取って、上目遣いにウィンクした。

 「『騒動魔女』ノイズィ、よろしくね!」

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