3. In Principio (3)
(……どうしてこうなった)
麗香は痛む頭を抱えながら、家路を歩いていた。その傍らでは、ユリウスが周りの景色を興味深そうに眺めては、ブツブツと呟いていた。
「ほう……これが道路なのか。なかなか良くできているな」
(ああもう……静かに歩きなさいよ!)
己の行為が、周囲の目を集める事に気づきもしないユリウスに辟易しながら、彼女はそれに至った理由を振り返ってみた。
あの後。しばらくは、本当に何も知らないらしいユリウスに日本の知識を教えていたのだが、幸か不幸かそこへ伊崎教授が顔を出したのだ。
「三沢君、レポートの期限なんだが……」
「へっ!?」
教授は部屋に入ろうとして固まった。
「あ……ああ。君もそういう年頃だったね。邪魔をしたな」
「ち……違います!ただ、ウチに留学したいっていう友達が来て、いろいろ教えてあげてた所なんです」
麗香が内心慌てながらもなんとか取り繕うと、教授はほう、と感心したような声を上げた。
「遠い異国からはるばる、自分の足で出向くとは殊勝なものだ。君はきっと素晴らしい学者になれるぞ、違いない」
「私が学者、か……うむ、悪くはないな」
ユリウスが満足げに頷くと、そうだ、と伊崎教授は麗香の方を向いて言った。
「三沢君は彼のいわば先輩に当たる訳だろう?だったら、ちゃんと後輩として面倒を見てやりなさい」
「よろしく頼む」
「は、はあ!?」
それまで黙っていた麗香は、あまりに急過ぎる展開に思わず叫んだ。
「何で私なんですか!第一教授の所でもいいじゃないですか!」
「すまないが三沢君、私は愛する孫娘の世話に夢ち……忙しいんだ。かわいいかわいい孫娘だぞ?」
「知りませんよそんなこと」
「全く。まず三沢君は彼氏を早「きょ、う、じゅ?」わかった、わかった私が悪かったから頼むからその拳を下げてくれよ」
調子に乗って軽くタブーに触れかけた教授を一発殴ってやりたい麗香だったが、そこを何とか抑えて、ユリウスの方を向いて言った。
「で、アンタはどうしたいのよ」
問われたユリウスは、少し悲しげな顔をしながら答えた。
「私、住む場所が無いのだが……」
「な、何だってー!?」
伊崎教授は真っ青な顔をして、それからユリウスの手を取り、
「き、君はきっとその、国を追われた人なのだね!何と可哀想な子だ!命からがら日本に来てまで、学びの意欲を失わないとは、何と素晴らしい!学生の鑑ではないか!私は感動したぞ!
うむ、三沢君!君の家でかくまってやりたまえ!」
と言ってのけた。この男、大胆である。
麗香はしばらく固まった。
「良かったな、ユリウス君。これからはちゃんと、この先輩が面倒を見てくれるぞ」
ようやく復旧したらしい麗香が、すかさず教授に食いつく。
「はあああああ!?」
「うるさいぞ三沢君。ちょっとは落ち着きたまえ」
澄まし顔で宣う教授に麗香はうがー!と吠えた。
「何がどうなったらそうなるのよ!まず私が許可してないじゃない」