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温かさ

作者: 乾 碧

「はぁ………………」


  私は自分の手に息を吹きかける。もちろん寒いから。さっきまでふかふかの手袋で手を温めていたはずなのに、教室に入って手袋を取ってしまうとすぐに手が冷たくなってしまう。


  「窓空いてる…………」


  冬だというのに、もう十二月の終わりだというのに、教室の窓が全て全開になっていた。

  教室にいるのは私だけ。先生が換気だからといって開けていった窓を閉めるのは私の役目。


  「寒い……」


  急いで全ての窓を閉め、私は自分の席に座る。教室の一番端、一番後ろ、左の方を向くとグランドが見える。そんな席が私の席。


  陸上部の笛の音やバットがボールを弾く音など、この席に座っていると皆部活頑張ってるんだなぁ、って思える。私は部活をしてこなかったけど。


  「はぁ………………」


  ため息をついてみる。何かが変わるわけでもない。


  「勉強しよ……………」


  勉強するために私はわざわざ早く学校に来たのだ。三年生のために開かれる補習は九時から。ちなみに今は八時。


  勉強する必要はない。お前はもう大学に受かるから。補習に来る必要もないぞー。と、先生に言われたりもしたけれど、私はここにいる。


  勉強が好きなわけではない。ただ、していれば落ち着くし、良い点を取れば褒めてくれた。

  私はそれが嬉しかった。だから、物心ついた時から高校三年になった今でも、私は勉強をしている。


  「簡単…………」


  簡単。簡単すぎる。何もかも。何でそんなに勉強出来るの?とよく私は聞かれる。その度に、私はあしらう。普通にしてれば出来ると。

  私にとって、普通のこと。勉強するのが日常。嫌になってくる時もあるけれど、他にすることもないから仕方ない。


  「あ……………………」


  足音が聞こえた。右側の方から。私の次に学校に来る子。足音で分かる。皆、それぞれの足音があるのだから、それを覚えたらいいだけのこと。え? 難しい? そうなのかなぁ……。


  「おっはよー! 佐々木ー! 」


  窓を開けながらの第一声。私がここにいるということを分かって、私がいるということを確認する前に、声を作っている。


  「おはよ。結城」


  いつも通り、私は挨拶をする。いつもつっけんどんだと言われる。


  「寒いね。佐々木」

  「うん」


  そんな格好していたら寒いだろう。コートも着ずに、マフラーと手袋だけ。寒いに決まってる。元気だから、それでカバーしてたりして。


  「また勉強してるの? 」


  そう言いながら、結城は私の隣の席に座る。そして、机をくっつけてくる。これもいつものこと。まぁ、ちょっと温かくなるからいいけれど。


  「うん」

  「佐々木は何でそんなに勉強出来るのさ? 不思議だよ」


  聞き慣れた質問。最初に聞いてきたのも結城だっけ。うん。結城だった。


  「何も特別なことはしてない。これが……普通だから」


  こう答えたら、普通の人は離れていく。私以外は普通じゃないって言ってるようなものだから。ちょっと飛躍しすぎかな。


  「毎回そう言う、佐々木は」


  少しふくれ気味に結城が言う。何でそんなに勉強出来るのか。何か裏があるのだろう、と結城は思っているらしい。直接確かめたことはないけれど、大体は分かる。


  「だって、そうだもん」


  私はシャープペンシルを持つ左手を動かす。先生が来る前にこの問題集を終わらせて、先生に提出してやろう。


  「そっか」


  このやり取りもいつものこと。結城はそう言って、それ以上は何も聞こうとはしない。


  視界の端に、足をプラプラしている結城が映る。


  「勉強しないの? 」


  するために早く来たんじゃないの? 私はそうだから。私を基準で考えたら駄目なのか。普通だけど普通ではない私だから。


  「するよー? もう少ししたら」

  「そっか」


  結城から問題集に視線を戻す。うん。簡単。


  「クリスマスだねぇ」

  「そうだね」


  クリスマス。十二月二十四日。二十五日より二十四日のほうが大切だったりする日。すなわち、今日。今日が十二月二十四日。それなのに、補習はある。まぁ、昼間でなんだけれど。


  「好きな人とかいないのー? 佐々木は」

  「いない」


  私はそういう感情が分からない。男の子との接点があまりないから。完全に無いわけではなかったりするんだけど。


  「結城は? 」

  「んー? あたしもいない。悲しいことに」


  カップルはわーきゃーと騒ぐ日。クラスにもそんなカップルが数組存在する。


  「寒いね」


  強風でも吹いたのか、窓がガタガタと少し揺れている。グランドの端にある樹についてる数少ない葉っぱも揺れている。その光景を見るだけでも寒い。


  「手、繋いでみよっか」

  「え………………? 」


  私に許可を取ることなく、結城は私の手を握ってくる。互いの体温が、手を通じて伝わる。


  「ほら、ちょっとは温かくなった」


  にまーっと笑う結城。この笑顔はズルい。結城が握ってるのは私の右手だから左手は空いてる。勉強に支障はない。だから、私は結城と手を握ったままにしておく。まぁ、結城の言う通り、温かくなったから。


  「勉強するあたしも」


  手を握り合ったまま互いに勉強している姿を誰かが見たら、この光景をどう思うのだろうか。別に考えなくてもいっか。


  「こうしてたらさ、佐々木の勉強パワーがあたしに注ぎ込まれているような気がするよー」

  「何言ってんの」

  「あはは」


  勉強は自分でするもの。手を繋いだからって、急に出来るようになるわけじゃない。もし、そんなことが起こったら、それこそ普通ではない。


  結城がぎゅっと力を込めてくる。だから、私もそれに応える。より、温かくなった。


  手を繋ぐ。その行為が温かいわけではない。私にとっては、結城と一緒にいることがもう温かくなる。気分が落ち着く。


  私に出来た最初の友達。勉強が出来るからといって特別扱いをしない。ざっくばらんな結城。

  そんな結城がちょっとだけ、いや、かなり、心地いい。私にとっては。


  「こんなクリスマスもいいのかもねー。佐々木」

  「どういうこと? 」

  「佐々木とこうやっていれるわけだし、良いことなのかなぁって」

  「…………そう? 」


  私は平生を取り繕う。私と同じことを結城も思ってくれているとするなら、それはもっと心が温まる。


  「うん」

  「そう」


  やっぱり、結城は私の友達だ。何考えてるか分からない時もあるけれど、普通は分かりやすい結城。


  こんな結城と過ごす朝のちょっとしたこの時間。

  この時間がもうしばらく続いて欲しいと、私は思う。温かいこの空間を守ってみたいなんて。


  「ふふ…………」

  「どうしたの? 佐々木? 珍しく笑ってるけど」

  「何でもない」


  昔の私なら、誰かと一緒にいたいなんて、そんなこと思わなかっただろう。そんな感情を抱くこともなかっただろう。


  だけど、今は違う。結城が私をちょっと変えてくれた。ちょっとだけ、私の殻を破る手伝いをしてくれた。

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