きな臭い話
街を抜けて、草原に向かう。目標はやはりキラースラビーであり、春にかけて特に数の増殖する今は、それ以外のモンスターを探すほうがむしろ大変だ。そもそも普通モンスターは人里離れた場所に居るものであり、ここまで身近なのはキラースラビーくらいなものだと悠太は教えられた。これも常識の一つだよ。呆れたように言う誠二はそれでも悠太がホームレスをしていたことを優奈から聞いたのだろう。悠太が疑問思ったことに丁寧に答えてくれるのだが。
「これさえあれば、俺は頑張れる。ニートから脱出できる」
「働いたら負けだと思ってるんじゃなかったっけ?」
意識せずとも遭遇したキラースラビーに近付く前に、立ち止まってまず先にと、放出する魔力の詠唱呪文を紙に書き始めた悠太は鼻歌交じりだ。
別にバグになりたいだとかチートになりたいだとか、そんなことはまったく思ってもいないのだが、それでもこのギルドにお世話になる以上は働かなければいけないだろう。そう言えば、働かないただ飯食らいの馬鹿もいたけど。と誠二は答えてみせたのだが。やはりそれでは肩身は狭い。そもそも恩を仇で返すようなことを悠太がよしとしない性分だったのだ。事実その人間への風当たりは強く、気が付けばギルド内から姿を消していたなんて言うのだから、隊長か優奈か一輝か、未だ出会わぬ三人目のピザと呼ばれる人間か、そこらの人間が何かしらやったのだろうことは想像に難くないのだが。
「それも今は昔の話だ」
「山っち現金」
話の合間にお世辞にも綺麗とは言いがたい文字が紙に躍る。読めなくはないのだが、少し労力を要するそんな文字が書き上げられる。
覗き込んでいた誠二はマイナス判定五以上、と心で呟いたていた。誤字脱字はないのだが、魔という文字がぐしゃとした感じで読み辛いことこのうえなかったのだ。あの魔法には三回も登場する文字なのだがと、悠太以上に独創的で読みにくい文字を書く誠二にそんなことを思われているとは露知らず。
「よし、発動!」
すぐ近くまで接近してきていたキラースラビーの群れの一匹に悠太は紙を投げつけた。当たった瞬間淡く光ったそれはキラースラビーにダメージを与えたが、しかし前以上にダメージが届いていないのがよくわかる。唖然とし呆然となった悠太は、とっさに書き上げていた紙を握り締め意識を集中させた。
物書きの札魔法:使いきりアイテム。“古の魔法の国”所属者のみ使用可能。
書き込まれた魔法:放出する魔力。
威力:マイナス補正あり。四箇所のマイナス。
そしてそのまま地面に蹲ったのだった。
ただでさえ殴ったほうが早い魔法がマイナス補正を食らえばどうなるか、それこそそこらの幼稚園児が殴ったほうがダメージになるのではなかろうか。絶望した表情を浮かべる悠太は誠二を仰ぐ。
返ったのは輝く笑顔と、頑張れ。との言葉だけ。
これは悠太のレベル上げなのだ。誠二が乱入すればその時点で経験値はゼロとなる。パーティー判定の線引きがいまいち悠太にはわかりかねたのだが、誠二に言われてしまえばそんなものなのかと思うほかない。
チラリと誠二を窺っていた悠太は覚悟を決めた。事前に書き溜めた紙、二十枚をすべて投げてみた。
結果は群れで二十ほどの数がいたキラースラビーを、十五匹に減らすことが出来たという快挙を成し遂げたのだが。
今度こそ悠太は動かなくなった。
一匹倒すのに四枚使うとか、効率が悪い以前の問題である。此処まで来ればさすがの誠二も黙っているわけにもいかない。
レベルが十に満たない悠太が十五匹を同時に相手にするのは無理がある。仕方なく誠二が前に出ようとすれば。
「落ちろ!」
遠くから聞こえた声の後に、雷が続き、その足は縫いとめられた。
瞬時に半分ほどのキラースラビーを消し去ったそれに、悠太は唖然とし、誠二は顔色一つ変えはしない。
誰の仕業かと辺りを見渡せば、一箇所を見つめる誠二に習い悠太もそこを見る。
少し離れたところに男がいた。彼を先に見つけていた誠二は酷く顔を歪めており、悠太はとにかく首を傾げる。
二十台半ばだろうか。色素の薄い黄の髪を持つその男はこの世界の人間なのだろう。頭についているのは猫耳だろうか。おそらく獣人なのだろう。幸いなのは男が絵に描いたような美形であることだろうか。これならばまだ猫耳を許すことが出来る。以前遭遇した筋骨逞しい猫耳親父を思い出す前に悠太はその思考回路を打ち切った。
「誠二君、何をしているんだい?」
「新人教育に決まってるじゃん。ほっといてよ」
二回の攻撃ですべてのキラースラビーを倒した男は、二人の前へと歩みよる。男が近づくそのたびに眉間に寄せる皺の数を増やす誠二が恐ろしい。この男がなんだというのだろうか。目の前まで来た男は、王子様のごときその美貌に、似合わないはずの猫耳を見事にマッチさせ笑顔を零す。イケメンは星に帰れ。誠二以上に眉間に皺を寄せた悠太は心で呪詛を放つ。
「新人ね。これまた普通というか、なんというか、君たちのギルドには規則性ってものがないみたいだね」
男は苦笑を零す。そんな光景もとても絵になるのだから憎たらしい。
悠太を見れば、一瞬小馬鹿にしたような態度を浮かべすぐに消すという芸当をしてみせる。遠くから悠太の残念なあの光景を見ていたのだろう。さらりと零れた嫌味が神経を逆なでしていく。
「いいから、ほっておいて!」
「なんでだろうね。嫌われているね俺は。君に嫌われてもどうでもいいけれど」
今にも魔法を放ちそうな誠二を尻目に悠太は少しだけ冷静さを取り戻す。
誠二が嫌う理由はこのチクリとくる嫌味が原因なのだろうが、普通の会話に違和感さえ覚えないほど巧みに嫌味を混ぜ込むような芸当が出来るのは、おそらく階級がかなり上の人間のはずだ。そう思うと彼は貴族か何かなのかもしれない。気が付いたその可能性に悠太は竦み上がる。貴族に粗相を起こせば殺されることさえないものの、それでもその街に住むことが難しくなる程度の報いは待っている。悠太が怯えるのも無理はない。
しかしながら会話を続ける二人は、特に男は、何処だか親しげに見える。悪友同士のじゃれあいなのだろうか。いや年齢を考えれば意地悪な兄が素直な弟をからかって遊ぶ構図が正しそうだ。
やはりこの少年何かを持っているのかもしれない。主に喜ばれないような方面の何かを。
「そうそう。今度の闘技大会では“ナナシ”なんかには負けない。と、そうナオヤさんに伝えておいてくれ。後、ユナとエリナには大会で勝ったらデートをしようと」
「……何?」
「それではよろしく頼んだよ」
やがて満足したのか、男は言いたいことだけ言って去っていく。
聞き捨てならない言葉のオンパレードを残して。
彼は何を言った? 見合わせた誠二と悠太はすぐに同じ行動に出る。
「ちょっと待った!」
「すいません聞きたいことが!」
すなわち男の重たそうなマントを掴み進行を妨害するという実に迷惑な行動に。
バランスが取れなかったのだろう。男は前につんのめり、それからとっさに手を放した二人のコンボにより、地面に派手に倒れこむ。なんかごめんなさい。苦い顔をする悠太を尻目に、大爆笑をする誠二を視線だけでやめろと促す。
「君たちは、人をなんだと思っているんだい?」
「煩いな。謝っただろ?」
「誠二君から謝罪を貰った覚えはないよ」
すぐに立ち上がった男は、綺麗な笑顔で誠二に詰め寄った。怒ると笑顔になるのだろうか、その顔は女性が見ほれるほど美しいのに、目が据わっていた。ついでに吹き荒れるブリザード空間が魔法ではないのかと真剣に考える悠太はもちろん現実逃避をしていた、
ごめんちゃい。どうでもよさそうな謝罪を送る誠二が相手を更に不愉快にさせる。現実逃避をしている暇もなさそうだと悟った悠太はとにかく誠二の分まで謝り倒し、しまいには土下座まで華麗に決めようとしたところで、男に止められ事なきを得た。
「君はいいよ。もう十分に謝ってもらった。悪気もなかったんだろう?」
「はい。すみませんでした。俺は“山瀬 悠太”といいます。最近このギルドに入りました」
「私はデューナと言う。どうかよろしくユウタ君」
「よろしくしないでいいからね。山っち」
爽やかな笑顔を浮かべるデューナは誠二をいないものとしたらしい。悠太だけを瞳に収め言葉を続ける。こうして接してみれば好青年でしかないこの男は、見た目だけではなく性格までイケメンであるらしかった。あの嫌味な青年は誠二の前限定で出現するらしい。誠二が女の子だったのならばこうフラグが立ったのかもしれないのだが、世の中はままならないものである。
「それで、先ほどのお話ですが」
「ん? どれのことだい?」
「闘技大会って」
「あぁ。なんでも今の月の末に三国の王が合同で主催するらしい。場所はヒメビナ平原に今準備を進めているとか。勝てば賞金に名誉も得られる。個人参戦ではなく、三人一チームの三国一人ずつ、各ギルド三組までとの制限があるから、今頃色々なギルドで出場枠の争奪合戦が起こっているだろうね。詳しい話はまだ出回ってはいないけれど、有名な話だよ……二人は初耳の様子だけれどね」




