Epilogue
「《雷烙白撃ライヴン》!!」
正方形のやや圧迫感のある灰色の部屋。
部屋が狭く、窓には鉄格子が嵌められているのが圧迫感の理由だろう。
その部屋で突如虚空に発生した稲妻が男の背後に落ち激しく放電し弾けた。
「ぎょぇぇぇ!?」
男は椅子から飛び上がり転がり落ちた。そのまま這いずって逃げようとする。だが目の前に何者かの足が現れ塞がれてしまった。
「まだ取調べは終わってないよ〜?」
そう言いながら彼は自己精神の裡に潜入する。心の暗い闇の奥底に感じる涼気――その“存在”に向かい、呼びかける。
“我が水を守護する精霊よ――今こそ力を行使せよ”
現実世界の流れとは違い、自己精神の裡では全てが一瞬で終わる。
「《飛氷戯ルボク》!」
彼の“呼びかけ”により、存在から引きずり出された“力”は現実世界で発現する――虚空より生まれ出た人の頭ほどもある氷の塊が、男の眼前に鈍い音をたてて落下した。
「てめぇら、いいかげんにしろっ!」
「あれ、ザード、こいつ態度がでかいねぇ」
「まあ二回目だからな、リック」
男は喚き叫んでいる。
しかしザードはその男の背中を踏みつけ黙らせた。
「盗賊さん、素直に罪を認めなよ。そうすれば一割は優しくするから」
にっこりと微笑むリック青年。
「もう、一度は罪は認めたんだが・・・・・・それに二割減ってるぞ」
「今日はお日様が暖かくて気持ちいいですぅ。お花に水をあげました・・・・・・と」
「ルナ、日記は家で書いてくれる?」
「わかりましたぁ」
机に座り一人黙々と供述書に自分の日記を記していたルナ。
「あのぅ盗賊さん、怪我したら病院に行ってくださいネ♪」
「あれ? 術で治してくれるんじゃないの」
男を無視し、ルナはただ微笑みを浮かべている。
「そろそろ飽きたし行くか、リック、ルナ」
「賛成〜」
「はいです♪」
三人はぞろぞろと取調室を後にした。
「・・・・・・・・・・・・」
再び一人残された男。おもむろに内線の受話器を取る。
「え〜と、ラーメンと餃子のセット一人前お願いします」
事件から三日が過ぎていた。
施設を脱出したザードたちは直ちに本部に連絡し、すぐに駆けつけた術士総出で崩壊した施設の捜索が行われた。しかし、瓦礫の山からはロベルトも創造主も発見されなかった。
唯一見つかったのはロベルトの二つの剣。
それにより、物体に精霊を定着させるという研究が進められている。
だが動物から抜き出した微小精霊での実験では研究もはかどらないようだ。とは言え、微小精霊を同化させて昇華させる研究のほうも始った。人間の欲とは限りないものである。
事件がきっかけで明るみになった“分裂理論”と“創造主”の研究のほうは厳重に禁止された。しかし第二のロベルトが現れないとは限らない。
そのときは今度こそ食い止めてみせる――ザードはソフィアの墓の前で誓った。
「姉さん・・・・・・」
ザードの姉のソフィアは、彼が幼少の頃に死んだ。
まだ使えもしない精霊術の訓練中、突如暴発した電撃が木を焼き切り、付き添っていた姉の上に倒れてしまった。幼かったザードには姉を救う力はなかった。
しかしザードは最期にソフィアが遺した言葉に従い、精霊術士になることを決心した。
――人のためにその力を使えるようになってね・・・・・・。
死に行く姉は、ザードを恨むわけではなく、残される彼を思いそう言い残したのだ。
弱々しく、精いっぱい微笑みながら。
「ザード・・・・・・?」
「ザードくん?」
リックとルナに呼ばれ、ザードは我に返った。
――今は立ち止まっている場合じゃない、まだまだ前へ進まなければ。あの世で姉に会ったとき、失望されないように。
「ああ、すまん。どうした?」
「せっかく墓地に来たんだし、もうひとつ寄りたい所があるんだけど・・・・・・」
リックに促され、墓地の奥のほうへ進む。
そこに、影になっている場所にひっそりと佇んでいる墓があった。
「あれ? 誰だろう・・・・・・とっくに掃除されてる」
そういってリック首を傾げた。
墓は丁寧に掃除され、それだけではなく花も添えられていた。
「・・・・・・セシルとその子、ここに眠る・・・・・・?」
「隊長の奥さんだよ。一年前に亡くなった」
ロベルトには愛した妻がいた。
リックも街で見たとおり、その妻セシルは子を授かっていた。だが一年前・・・・・・出産した子には何故か精霊が宿らず、子は生まれてすぐその命を閉ざした。悲しみに暮れ塞ぎ込んだセシルは、後を追うようにして病で亡くなってしまった。
ロベルトは周囲にこそ心境の変化を見せなかったが、内面では荒れ狂っていたのだろう。それがあの事件を引き起こしたのだ。
「・・・・・・隊長は呪ったんだ。精霊を、この世界を。だから全てを壊そうとしたんだろう・・・・・・そして知りたかったんだ。何故、自分の子に精霊が宿らなかったのか・・・・・・それがただ運が悪かっただけのことだとしても、そうだと割り切れることじゃない・・・・・・創造主が答えてくれるのを期待していたのかも知れないな」
「なんか、哀しいです・・・・・・」
ルナの表情にも影が落ちる。
するとリックが、ハッとして呟いた。
「創造主は・・・・・・隊長はどうしたんだろう? 隊長は親戚もいないし、親しい友人もいなかったはず・・・・・・でも、この墓を綺麗にしたのはつい最近みたいだよ」
リックの呟きに沈黙が流れる。
その静寂を打ち破ろうと、ザードは声を張り上げた。
「・・・・・・さあ、行こうぜッ、リックの奢りでメシだ!」
「わぁい、うれしいですぅ♪」
「えっ、なんで!?」
リックは困惑し慌てふためく。
するとザードは急に恨みがましい目つきでリックを睨んだ。
「崩壊した施設からはなぁ、零式が見つからなくて、事件担当者の俺に一億ゴルドの借金をつけやがったんだよぉ、あのジジーがッ! ゼロに変装されたお前のせいなのにぃ〜!」
ザードは我を忘れ、リックの首を絞め付ける。
「ぐぇ、が、ガブリエルさんが!? て、変装されたのは僕のせいじゃないよぉぉぉ!!」
「高級レストラン♪ いっぱい食べるです♪」
アスラの一日は今日も平和に暮れていく。
その平和は、彼ら精霊術士たちによって守られているのだ。
そしてこれからも・・・・・・