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第五章【接触】




「裂帛の白は果ての罰。心臓を引き抜いて祭壇に捧げ祈ろう。

 私と彼の罪が赦されるように――砂礫の廻廊は静寂に包まれ眠る」

 彼は静かにそう呟いた。

 偉人の詩集を片手に、彼は杯に注がれている紅い蒸留酒を味わう。

 品良く高価な調度品に囲まれた部屋で彼は優雅な一時を過ごしていた。

 だが突然、その安らぎの時間を破壊する鐘の音をした呼び鈴が鳴り響き、彼は詩集を置いて杯だけを片手に電話の受話器をとった。

「――嗚呼、容赦なく破壊の鐘を鳴らすのは、深き深淵に漂う貴君だろうか」

『あ? 何言ってんだ、怪盗ゼロ』

 受話器の向こうからはザードの声。

 彼――怪盗ゼロが収容されている特別重要収容所に赴いたザードは廊下の“独房”の扉の脇に据えられた、中の収容者と会話を繋ぐ電話を使っていた。

「ふふっ、いや・・・・・・暇を持て余し詩集などを詠んでいたものだから感化されてしまったようでね。その声は――確か私を捕まえようと奔走していた精霊術士隊のザード君では? 出世はできたかい?」

『余計なお世話だ。数年ぶりだな・・・・・・相変わらず、俺の部屋なんかより数倍は家賃の高そうな部屋で優雅に過ごしているみたいだな』

 ゼロはザードの言葉に、部屋を一瞥した。

 受刑者が収容されている部屋としては余りにも豪奢な造り。窓がないことを除けば一流ホテルに匹敵するほどの景観である。

 この特別収容所は、一般の収容施設に入れることのできない高い地位にある大物政治家や、より警戒を必要とする受刑者のために建設された。

 豪奢な部屋のそこかしこに設置された監視記録装置によって絶えず遠隔映像監視されている。凄腕の軽業師でもあるゼロは一般の収容所では脱走の可能性もあり、ここへと移されたのだ。

「お陰様でね・・・・・・・して、君は何故ここに? まさか私の声が聞きたかったからというわけでもあるまいな?」

『・・・・・・わかってるんだろう。リックに完全変装し病院から装置を盗んだのはお前だな? ゼロ』

 ザードの言葉にゼロは沈黙した。

『リックが事件の容疑者として逮捕された。例の装置自体は発見されていないが・・・・・・このままだとリックが犯人として裁かれるのも時間の問題なんだ。だが俺は、あの間抜けなリックがまさか犯人だとは到底思えない。あそこまで完璧な変装ができて潜入のプロといったら――ゼロ、お前しか考えられないんだ』

 ザードの追求に、ゼロは杯を傾ける。

「残念だが――私ではないよ。私はずっとここで捕らわれの身になっていたのだからね」

『・・・・・・だが、装置が盗まれたその日、お前は変装窃盗事件の参考人としてある人物に連れ出されていたな?』

 ゼロは疲れたように歎息した。

 浮世人を気取る彼にしては珍しいことだった。

「ザード君・・・・・・命が惜しいならもうこの事件に関わってはいけない」

 その言葉にはかすかに、脅えのような感情が含まれていた。

 すると突然、ザードは通話を切った。

 これ以上追求する必要がなくなったからだろう――ゼロはそう解釈し受話器を置いた。

 代わりに詩集を拾い詠みあげる。

「――私は唯一、神を呪う。我々に焔と叡智を授け、茫漠たる自由を赦されることを。

 差し伸べし手は灰塵に帰し、魂が歪み砕け散っても、両翼の掬いなど針の先ほどにもない。

 されど流るる河は悠久に止まらぬのだ」

 ゼロは酒を一気に飲み下した。

 空になった杯をもつその手はかすかに震えていた。


 病院を出ると、月が輝く夜になっていた。

「遅くなっちゃったですぅ」

 ルナは事件の調査のため、零式が盗まれた精霊学病院を訪れていた。

 リックが盗み出した犯人である証拠を集めるためだ。逆に証拠がなければ、リックが犯人である可能性も少なくなる。だが・・・・・・

「結局・・・・・・何も見つからなかったですぅ・・・・・・」

 ルナは肩を落とし、一度本部に戻ることにした。心当たりがあると言って別行動をしているザードも戻っているかも知れない。

 と――その時、頭上の月を何かが一瞬遮った。

「?」

 それに気付きルナは頭上を見上げるが、特に変化はない。

 夜になると住宅街である辺りには人気がなく不気味に感じる。

「! わわっ」

 突如彼女の携帯通信器が鳴り響き、驚いたルナは慌てて通信器を落としてしまう。拾おうと手を伸ばすと、黒い革靴がそれを踏み潰す。

「・・・・・・ッ!」

 ルナは殺気を感じ咄嗟に飛び退く。

 すると黒衣の男が彼女の首筋があった空間に何かを打ち込もうとした。

「ほう・・・・・・反応が良いな」

 黒い布で顔を覆った男は、くぐもった声で呟いた。

 男がその手に持っているのは病院で見たモデルと同じ――零式だった。

「――本当の犯人はあなたですねっ」

 ルナは距離をとって戦闘体勢に入った。

 彼女は戦闘が得意な術士ではないが、逃げようとはしなかった。ここでこの犯人を捕まえればリックを救うことができる、その思いがそうさせた。

「戦うつもりか? お前は木術士。戦闘タイプの術士ではな――」

「《襲枝舞バリダ》!」

 男が油断している隙にルナは術を行使した。

 ルナの周囲の空間から伸びた鋭い枝の群れが黒衣に向かって迫る。

「くっ!」

 腕や脚の皮膚が抉り取られ鮮血が飛ぶ。

 隙を突かれた黒衣は身をよじって致命傷を避けることしかできなかった。

「《眠胞子スクド》!」

 間髪入れず連続で術を行使する。

 誘眠作用のある光り輝く胞子がルナの正面で発生し黒衣へと飛ぶ。

 しかし男は身を屈め空高く跳躍していた。

「!?」

 ルナの背後に降り立った男は零式の針をルナの首筋に押し当てる。

「てこずらせる・・・・・・これで終わりだ」

 黒衣は零式を持つ手に力を込めた。

 刹那、黒衣の背後から伸びた蔦が零式を絡め取りその手から奪い取った。蔦はそのまま伸びた方向へと戻っていった。

「今だ! 逃げて!」

 声に導かれるまま、ルナは黒衣を突き飛ばし距離をとった。

 振り返ると黒衣の背後には眼鏡をかけた青年が立っていた。戻した蔦から零式を取り上げている。

「ミランくんっ!」

 青年はこの数日間失踪していた精霊術士隊のミランだった。

 ミランはルナに頷き、油断なく黒衣を見据えている。黒衣もミランのほうへゆっくりと向き直る。

「フン、貴様・・・・・・自分から身を隠して、自分から現れたか。ちょうどいい。まとめて処理してやる」

「もう、僕は逃げない。もう貴方の好きにはさせない!」

「ミランくん・・・・・・?」

 黒衣は衣の中へと手を入れる。

 すると抜き出した剣をミランめがけてそのまま投げつけた。

「く!? 《蔦絡捕バハリ》ッ!」

 ミランの周囲の虚空から伸びた蔦が剣を絡めて受け止めた。

 しかし黒衣はその隙に素早くミランへと忍び寄っていた。ミランの腕を掴み取り、彼が手にしている零式を首筋に突き刺す。

「が、がぁああぁあぁぁ――・・・・・・ッ!!」

 眼を剥き絶叫するミラン。

 その凄まじい断末魔の悲鳴は、最後には声にならなくなっていた。零式によって精霊を摘出されたミランは力尽きその場に崩れ落ちた。

「ミランくん!?」

「くくく・・・・・・これですべての属性がそろった。もうお前にも用はない」

 黒衣はルナに背を向け立ち去ろうとする。

 しかしその行く手を阻むかのように立ち尽くしているのは――ザードだった。

 通信器が通じないことにルナの身を案じたザードは病院まで駆けつけたのだ。

「ルナ、大丈夫か! そこに倒れてるのは・・・・・・ミラン!? ちくしょう・・・・・・てめぇ!!」

 ザードは構えを取り黒衣を鋭い眼光で睨みつけた。

 しかし黒衣は意に介さず悠長に歩き出す。

「やれやれ、今夜は邪魔が入ってばかりだな・・・・・・死にたくなければ、どけ」

「《剛剣創装ブレミス》ッ! うおぉぉぉ!」

 光が集約し、ザードの掲げた手の中に剣が創造される。

 鋼鉄の剣を振りかざしザードは黒衣へと突進した。対して黒衣は武器を出す素振りも見せずそのままザードと相対する。そして間合いを詰めたザードは渾身の力を込めた一撃を繰り出す。

「《灼手バハ》」

「!」

 空気を切り裂き唸り迫る刃を、黒衣は素手で受け止めた。

 黒衣が行使した火行術により灼熱の炎を纏った手は、鋼鉄の刃を一瞬にして融解させてしまう。そして黒衣は回転し、無防備なザードの胴に強烈な回し蹴りを叩き込む。

「がはッ・・・・・!」

 その勢いに吹き飛ばされザードは民家の壁に激突。

 さらに、黒衣は容赦なくザードの顔面を掴み壁に何度も打ち付けた。壁がどす黒く血塗れになる頃、ようやく黒衣はザードを解放した。しかしザードは力なく崩れ落ちる。

「くくく・・・・・・もはや誰も止めることはできん。フハハハハハハ!」

 黒衣は哄笑をあげながら、闇の中へ消え去った。

 ルナは去った黒衣には構わず急いでザードへと駆け寄る。

「ザードくんっ! ザードくんっ!」

 呼びかけてもザードは反応しない。明らかに致命傷を負い意識を失っていた。

 “我が木を守護する精霊よ――今こそ力を見せたまえ”

 ルナは精神の裡で深き闇に眠る安らかな気配へと必死に呼びかけた。精霊はルナの呼びかけに応え術を現実世界へと行使する。

「《精成光ハロウ》」

 月明かりのような柔らかな光がルナの手の平に生まれる。

 その光はルナの精神のエネルギーを、木行属性の精霊を介して生命力へと変換したもの。光はザードの体内へと注ぎ込まれ人体に元々ある再生力を増進させる。

「お願いですぅ・・・・・・死なないでくださいです!」

 ルナの瞳から溢れた涙が頬を伝いザードの瞼に落ちた。

 ザードの外傷と失われた血液は再生されていくが、呼吸と心拍は静かに止まりかけていた。





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