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第四章【断罪】




 深い暗闇――無音。

 近づいてくる音、気配がないか、彼は最大限に注意を払っていた。

「ここなら、見つからない・・・・・・ここから動かなければ・・・・・・奴はきっと、僕を狙ってくる・・・・・・」

 彼は身震いを抑えることができなかった。

 暗闇の中に目を凝らすとあの男が立っているのではないかと思えてしまう。しかし目を閉じても同じことだ。

「くそっ・・・・・・!」

 髪を掻き乱し脳裏から恐怖を追い出そうとする。

 すると床に何かが落ちる音がして彼は叫びだす寸前で留まり、心臓が止まりそうになった。いや、それが自分のかけていた眼鏡だったと気付くまで、本当に心臓が停止していた。

「――はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・・でも、僕が行かなければ・・・・・・誰かが・・・・・・でも――」

 彼の自問自答は闇の深淵まで吸い込まれていった。


 白く無機質な壁。

 独特の、肺が拒絶するようなむせ返る匂い。

 病院に漂う薬品臭に耐え切れずザードは顔をしかめた。

「好きじゃねーんだよなぁ、病院って」

 三人は老人に連れられアスラの中心区にある、皇立精霊医学病院へと赴いていた。

 最新の医療技術はここで生まれる――その言葉に相応しく都心の中にありながら広大な土地に構えた城塞の如き白亜の塔。その最奥にある厳重な警備を何度も抜けた先の最新の設備を揃えた研究室から問題の装置は強奪された。

「すごいな・・・・・・見た事もない設備ばかりだ」

 リックは感嘆し言葉を漏らす。

 老人が案内したのは、医療装置開発研究室。白塗りの壁とは対照的に試作段階の歪な黒い装置や器具がそこかしこの台などに置かれ、チェスの盤面に無雑作に散りばめた駒のようにも見える。

「これすべてがワシのものなんじゃッ! なかでもあの装置は一番の期待と金と時間と何たらをかけて作ったものなんじゃッ」

「ぜんぶおじいちゃんのなんですかぁ?」

 ルナの問いに、老人は軽く咳払いをした。

「いかにもッ。それとワシは“おじいちゃん”ではない。ワシの名はガブリエル・ヘブンズドアッ! この医院の全権限をもつ最高責任者、ガブリエル医院長なのじゃッ!!」

「な、このハゲ・・・・・・いや、じーさんがこの病院のボスだっていうのか!?」

「わぁ、すごいですぅ」

「そうですか」

 ザードは大仰に驚いて見せたが、リックの反応は冷ややかだった。彼は興味がない対象に対しては冷たい。

「ザード、そんな大げさに驚くこともないでしょ。なんとなく予想できたことだし」

「あ、ああ・・・・・・」

 思わずザードも口篭もってしまう。だが当のガブリエルは気にしていないようだった。

「で、ガブリエルさん、例の装置は・・・・・・」

 リックが言いかけると、ガブリエルは焼きつくような蛍光灯の光を禿頭で照り返しながら言った。

「うむ! 若者よ、装置にはミラクルな素晴らしい名称をつけておる! その名もグレート・ハイパー・デストロイバスターじゃッ!! 略して“零式”と呼ぶッ」

「・・・・・・どう略したらその破壊兵器みたいな名前が“零式”になるんだ?」

 ザードの問いにガブリエルは答えなかった。

 代わりに台に乗せてあった黒塗りの装置を取った。それは注射器のような形状をしているが、針が三本も伸びている。

「これは零式のモデルじゃッ! 本来の機能はないが、形状はそのままなのじゃッ。ほれ、この三本の針を被験者の首筋に刺し、零式の“精霊回路”に強力な精霊力を送り込む。すると回路の働きにより被験者の精霊へ直接干渉し強制摘出する・・・・・・うむ、お前さんたちに分かるように破壊的に説明するとこんなもんじゃなッ!」

 精霊回路とは機械を動かす制御装置である。

 それは“精霊合金”を生み出す金行術士と、霊的なエネルギーである“精霊波動”を投射できる木行術士との合成術により創造される。

 精霊合金は木術士の術による精霊波動を定着させること可能であり、この、術士の意思が込められた精霊波動が機械の命令などを制御するのだ。

「ルナわかりましたぁ♪」

「・・・・・・全然わからないんだが」

「ま、まあそれは良いとして・・・・・・ザード、この三本の針って」

 リックが指し示したのはやはり零式の先にある針だった。三角形の三辺に一点ずつ針が伸びている。

「ああ、大きさも間違いない。『ソウルイーター』はこの零式を盗み出したんだ。これで犯人が木行術士には限られなくなる。そして、零式を盗み出したのが『ソウルイーター』だ!」

 イリスや他の犠牲者にも必ずあった首筋の傷。それは零式によるものだったのだ。零式によって精霊を摘出したのだとさすがのザードにも察しがつく。

「うむ? そうるいーたーとは何じゃ。そんなものより早く犯人を見つけて零式を取り返してくれッ!」

「わかったわかった、言われなくてもそうするって」

「そうですよ」

「もちろんですぅっ」

「・・・・・・何じゃ?」

 ガブリエルだけが理解できず、三人は笑った。


「見てください。これが監視記録の映像です」

 白衣の若者は台に乗った映像装置を指差した。彼はガブリエルの助手であり医院の医師ジェミニク。痩せ細った神経質そうな男だ。

 ザードたちは、ガブリエルとジェミニクと共に医院内の会議室を使って監視記録装置の映像を確認することになった。

「なんだ、記録に映っているなら犯人がすぐわかるぜ」

「うん、指名手配してすぐ逮捕できるね」

「でも映りが悪いですぅ」

 映像を回すと、白い廊下を進む人影が映っている。しかし映像が粗く、顔がよく見えない。

 犯人は一直線に例の医療装置開発室へと向かっているようだ。

「すごいな・・・・・・まるでスパイ映画でも見てるみたいだぜ」

 ザードの言葉通り、犯人はただ者ではなかった。どんな特殊な施錠も針金一本で素早く解除し、警備員が交代する隙を巧みに突いてどんどん侵入していく。

「ぬ、開発室に着きおったなッ!」

 映像が開発室内に変わり、目的の零式を探している犯人が映る。すると部屋の一番奥に置かれていた零式を犯人が手にとった。

『よし、これだな。はっはっは、案外簡単だったなぁ。警備が甘いぜ』

「・・・・・・!?」

「ほえっ?」

「な、なんじゃと!!」

 映像の正面に犯人が映り込み鮮明にその顔がよく見えた。

 しかしその顔を見た途端、その場にいた全員が目を疑った。映像の中で零式を持ち高笑いを浮かべているのは顔も声も紛れもなく、リックだったのだ。しかし当のリックは何故かわかっていないらしい。

「こいつがあの『ソウルイーター』か! でも思ってたより弱そうだね、ザード・・・・・・って、あれ? みんなどうしたの?」

「どうしたの? じゃないわぃッ! 貴様ぁ〜、今まで演技しとったんじゃなッ!?」

「リックくんが・・・・・・犯人だったんですか・・・・・・?」

「え?」

 ルナの言葉にリックはもう一度映像を確認した。

 そしてやっとそれが自分の姿だと気づく。眼鏡を拭きなおしたり目薬を点したりするがやはり結果は変わらない。

「そんな馬鹿な。ち、違う! 僕じゃない、僕がこんなことするわけないじゃないか!? ねぇ、ザード!」

「・・・・・・」

 しかしザードは押し黙った。

 旧友としてリックを信用しているザードだが、映像には紛れもなくリックが映っている。旧友だからこそ、それが本当にリックの姿だとわかってしまう。ザードは肯定も否定もできなかった。

「ええぃ、往生際の悪い奴めッ! ジェミニク、あれをやるッ、《岩彫神ロアゴ》ッ!!」

「は、はい、医院長! 《霊光フラ》!」

 ガブリエルが発動した土行術により、虚空から岩の塊が降ってくる。

 それは天井まで届くほど巨大な人型をしていた。すかさずジェミニクの投射した木行術による精霊波動が岩に定着し命令が吹き込まれる。

「な、なんだこりゃあ」

「行け、岩人形ストーン・ゴーレムよ! 不届きな小僧を懲らしめるのじゃッッ!!」

 岩人形は精霊波動によって擬似生命を得て命令に従い動き出す。

 岩は精霊合金ではないため一時的にしか精霊波動を定着できないが、数分間は役割を果す。リックを狙い会議室のテーブルを踏み潰しながら猛突進した。

「ええ!? ちょ、ちょっと待って!」

 思いのほか動きの速い岩人形はリックに向かって巨大な拳を振り下ろした。リックは横手に転がり攻撃をなんとか回避。岩人形の固く重い拳はリックの背後にあった映像装置を台ごと粉々に潰した。

「ま、まさか本気で殺す気?」

 腰が抜けたのかリックは立ち上がれない。

 岩人形は冷徹に彼を見下し、動けないリックを踏み潰そうとした。

「る、《氷盾創装ルアミス》!」

 間一髪、リックは術で創造した氷の盾を掲げ岩人形の攻撃を防いだ。だがあまりの重さに氷の盾にひびが入り、砕け散ってしまう。

「うわぁッ!?」

「リック! くそっ、《雷烙白撃ライヴン》!!」

 ザードは精霊に呼びかける。

 暗い闇の底に感じる肌が痺れるような気配――ザードの金行属性の精霊は呼びかけに応えその力を現実世界へと行使した。

 突如、虚空より発生した雷が岩人形の身体を激しく打ちつけた。

 轟音と衝撃が岩人形を貫くが、しかし動きに変化はなかった。再びリックに拳を向ける。

「岩人形はそんな電撃では倒せんぞッ! ガッハッハ」

 ガブリエルは勝ち誇り愉快そうに哄笑した。

「ちくしょう、ならっ!」

 ザードは両手を天に掲げた。

「《剛剣創装ブレミス》!!」

 電子を操り金属を創造する金行術。

 ザードの掲げた両手に一瞬にして金属の大剣が創造され、間髪入れず岩人形に向かって疾駆した。だが、岩人形はリックを狙いすでに拳を放っている――間に合わない。

「《蔦絡捕バハリ》っ!」

 刹那、ルナが術を発動し虚空から伸びた蔦が岩人形を何重にも縛り付け動きを拘束した。

「うらぁぁぁぁ!!」

 その隙を突いて、突進した勢いを加えたまま大剣を岩人形の胴へ叩き込む。ザードの剣は頑強な岩肌をも切り裂き、岩人形は真っ二つにされ崩れ落ちた。

「むッ! やりおるなッ! うぬ〜、もう一度じゃジェミニク! 《岩彫神ロアゴ》ッ!!」

「はい、医院長! 《霊光フラ》!」

 ガブリエルとジェミニクは再び岩人形を生み出した。今度はザードに向かって腕を振り上げ突進してくる。

「えぇい、皆殺しじゃぁぁぁぁ!!」

「やめんか! クソジジイ!」

 怒り狂ったガブリエルは聞く耳をもたず、岩人形とザードたちの攻防は通報を受けた術士隊が駆けつけるまで続けられた・・・・・・。





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