第三章【発覚】
「僕は皇国精霊術士隊の者です。ここであった殺人事件の捜査をしているのですが・・・・・・」
四人目の事件現場となったのは、繁華街の裏にある人気のない通りだった。午後を回る今でも人並みは疎らで、死亡推定時刻から計算して犯行は夜にあったらしい。目撃証言を得るのは難しいだろう。
リックは術士隊の証明となる隊員勲章を見せた。
勲章は精霊の五行属性の象徴となる炎や水、樹木と稲妻、岩石を組み合わせた紋様を刻印した銀貨で、その繊細で巧みな細工を複製することは電子と共に金属を操る金行術でも至難を極める。
「ああ、あの『ソウルイーター』の事件? でも、何も知らないわ。力になれなくてごめんなさいね」
興味深そうに勲章を確認してから、金髪の美女は言った。
派手な化粧と露出の多い出で立ちは夜の仕事の匂いがする。リックは証言を得られないと分かるとすぐ勲章をしまい、代わりに一本の薔薇を差し出す。
「では僕と結婚しましょう。僕の力になってください!」
「リック・・・・・・なにしてるんだ、おのれは?」
「結婚しちゃうんですかぁ?」
「げっ、ザード! ルナ!」
単独行動をしていたリックの背後にいつの間にかザードとルナが立っていた。その隙に美女はさっさと香水の香りを残し去ってしまった。
リックはそれに気付き、その場に崩れ落ちてしまう。
「ああっ、最後の恋を逃した・・・・・・終わった・・・・・・」
「何回目の最後の恋なんだよ、ったく」
リックの軟派癖は今に始ったことではなかった。
彼は術士としての腕は良いのだが、女にはやたら弱いのだ。
「そ、それはそうとザードたちのほうは何か掴めた?」
「ぜんぜんだめですぅ。それにイリスちゃんとミランくんとも連絡がとれないんですぅ」
その時、ザードの携帯通信器が鳴った。
アスラの科学製品工場で金属部品の生成を得意とする金行術士たちによって生産されている、手の平に収まる通信端末だ。電波を飛ばし各通信器と会話を繋ぐことができる。
「こちら、ザード・・・・・・なにっ、すぐ行く!」
通信を切ったザードは途端に走り出した。
慌てて二人も後を追う。
自然公園の裏手にある雑木林。
そこで彼女は眠っていた――いや、眠るように死んでいた。
「被害者は皇国精霊術士隊『視認』段階覚醒金行術士、イリス・キャラウェイ・・・・・・死因は精霊喪失性不全――精霊を失ったことによる死亡、今回もまた『ソウルイーター』の手口と思われます」
紺色の制服を着た鑑識官は淡々と告げた。
通報を受けた術士隊は数名の鑑識官を派遣し、既に現場検証が行われていた。そして捜査を担当しているザードにも連絡が入ったのだ。
「イリスが・・・・・・どうして」
「ひどいです・・・・・・」
リックは愕然と立ち尽くしていた。ルナも言葉を失っている。
「第一発見者は若者で、今日の午後、公園で放した飼犬が雑木林に飛び込み、被害者の遺体の前で吠えているのを見つけ通報したようです」
鑑識官の報告を聞きながらザードは白い手袋を嵌め、既に冷たくなったイリスの身体に外傷がないかを手にとって調べた。
彼女の着衣や砂色の髪の乱れは少なく、元々白かった肌は蝋人形のように白くなってしまっていた。だが遺体の状態は良く、本当に眠っているだけかのようにも思えてしまう。
「・・・・・・外傷はないな」
「はい、精霊だけが消滅しており、今までの『ソウルイーター』の仕業だと思われる被害者の身体には目立った外傷がありません。強いて言えば――被害者には共通して首筋に小さな傷口があるだけです」
鑑識官に促されザードはイリスの首筋を調べた。
すると首筋に小さな、三角形の三辺に穿たれた、丸い穴のような傷口があるのに気付く。
「これが致命傷になるわけもない・・・・・・なんなんだこれは?」
外傷がないということは抵抗する間もなくやられたのか――しかし精霊を『視認』できるイリスほどの術士が無抵抗など考えにくい。
「ザード、一度本部に戻ろう。ミランが戻っているかもしれない。それに、僕たちだけでこの事件を解決できるとは思えないんだ・・・・・・」
自分たちでは太刀打ちできないような相手を追っている。相当な術の使い手であったイリスの死によってリックはそれを理解したのだ。
「そうだな、口惜しいが認めるしかない・・・・・・隊長に捜査員の増員を要請しよう」
三人は黙祷し、同僚の死に冥福を祈る。
精霊を失った人間の魂はどうなるのか――天の異界へと旅立つのか、或いは消えてなくなってしまうのか。ザードは胸の裡で思い巡らす。
すると突風が吹き抜け枝木に留まっていた黒い鴉が耳障りな鳴き声を残して飛び去り、木々が眠れる美女を哀れむように囁きざわめき立てていた。
数十分後――ザードたちは本部に帰還した。
だが、希望も虚しくミランは戻っていなかった。
「うむ・・・・・・わかった」
イリスの訃報にロベルトは静かに頷くだけだったが、その顔には濃い疲労の色が浮かんでいた。こうなると恐らくミランも――その言葉を飲み込み、三人は捜査員の増員を要請し足取り重く退室した。
「ただでさえ術士隊は人手不足だってのに・・・・・・」
人口十万人を越すアスラに対して本部と都市の各区の支部を含め、術士隊の事件捜査員として実際に動ける隊員は僅か千人にも満たない。その各自が各々事件を担当しているので、捜査員の増員は難しくなる。
術士はあらゆる分野で重宝され、わざわざ過酷な勤務の術士隊に志願する者が少ないというのが現実だ。
思わず口にしたザードの発言にリックが不快な表情を浮かべる。
「ザード、それは殺された僕らの仲間に対して失礼じゃないかな」
「いや、つい・・・・・・そんなつもりじゃねーよ・・・・・・大体、そう言うお前だって真面目に仕事しろよ。やる気あんのか? 犠牲者をこれ以上出すわけにはいかないだろ!?」
「あ、あうぅ、二人ともやめてくださいですぅ」
ザードとリックは静かに睨み合い、二人の間に一触即発の不穏な空気が漂い始めた。ルナも動揺し今にも泣き出しそうな顔になっている。
「フン、そう感情的になるのは昔から変わらないね。キミがそんなだからソフィアだって――」
「てめぇ、リック!!」
ついにリックの言葉が逆鱗に触れ、ザードがリックの胸倉を掴み殴ろうと拳を固めた。ルナは見ていられず両手で目を覆う。
「一体ッ、どう言うことじゃッ!!」
突如、物理的な振動さえ感じそうなほどの大罵声が響いた。
ザードの手も思わず静止し、それは三人がいるホールの受付の前で杖を片手に立っている禿頭の老人から発せられたものだった。
「で、ですから、本件は受理致しますが捜査員の不足により後にこちらから捜査員を手配しますので、最低一週間ほど待って頂くことに・・・・・・」
「じゃからッ! 一週間も待ってられんと言ってるじゃろうッ!! 今すぐに捜査をするんじゃ!! ワシを誰だと思っておる!?」
老人の凄まじい剣幕に受付の娘も気圧されてしまい、それ以上口にすることができなくなる。
ザードは一度歎息するとリックから手を放し、老人に歩み寄る。
「コラコラ、じーさん、そんなでかい声出したって無理なものは無理なんだよ。一週間も待てば逃げた猫の捜索でも何でもしてやるから今日は家に帰りなって」
「うぬぬぅ〜、なんだ貴様は! 無礼者め、猫なんぞ飼っておらんぞ! ワシは研究室から盗まれた医療装置の捜索を依頼しておるのだ! そんじょそこらの猫や物とは違うぞ、その価値はなんと一億ゴルド以上に値する特別な物なんじゃッ!!」
「い、一億ぅ?」
その数値にザードは目を剥いた。
一億ゴルドもあれば死ぬまで豪遊できる。ザードやリックたちの一生分の給料でも足りない金額だった。
「それって一体、何なんですか?」
興味を示したリックの問いに、老人は機嫌を良くしたのか怒鳴り声が若干柔らかくなる。
「うむ! よくぞ聞いた若者よ。それは我が研究グループが多くの術士の総力と資金と心血とあと何たらを注ぎ込んだ最新のミラクル医療装置なのじゃ! 従来では強力な木行術士の精霊術だけでしか不可能だった精霊の摘出もただ強力な精霊力を注ぐだけで可能! これで緊急を要する急変種悪性精霊や恒常性壊死精霊などの摘出もはかどり今まで救えなかった患者の多くを救えるのじゃ!」
「へ、へえ、よくわからないけど、すごいですね・・・・・・」
老人は一気に捲くし立て顔を真っ赤にしていた。その迫力にリックも気が抜けたように返事するだけだ。
しかしルナはそれを聞くと急に飛び跳ねた。
「ザードくん! リックくん! それっ、それですぅ!」
「あ? ルナ、天然女特有の発作か? 落ち着けって」
飛び跳ね回るルナを抑えようとザードは彼女を追いまわす。
しかしリックは一人、眼鏡の奥で思惟を巡らしていた。そして思い立ったように口を開く。
「待てよ、そうか・・・・・・あの、おじいさん、その捜査僕らに任せて頂けますか? その装置のことを教えてください!」
「おお、わかってくれたか若者よ! ならばワシの研究室のある病院まで来るのじゃ! 一刻も早くあれを取り返してもらわんと困るんじゃ!」
意気揚々と杖をつき、老人とリックは本部を出て行った。
やっとルナを捕まえたザードは首を傾げ呟く。
「・・・・・・どういうこと?」
揶揄するようにルナが微笑みを浮かべた。
「ザードくん、ホントにぶいですぅ♪」
「ぐッ・・・・・・」
いまだに理解していないザードにルナが止めを刺した。