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第二章【捜査】




 写真は残酷だ――現実がとうにそれを追い越しても、その姿は何一つ変わらない。だがしかし、その刻を取り返すこともできない。

 今でも額縁の中の愛しき人は変わらぬ笑顔でこちらを見つめている――曇りのない瞳で。

「隊長っ、お呼びですか!?」

 突然乱暴に扉が開け放たれ、思考を中断されたロベルトはうんざりしながら写真立てを伏せ、闖入者を睨みつけた。

「ザード、入室の際にはノックをしろ」

 隊長格の術士は本部に各個人の事務室を用意される。そして五人の隊長の一人、ロベルトの隊長室へとザードたちは赴いた。

 さすがは隊長格個人用とあり、無機質で無愛想なことで有名な術士隊本部、その一室であるのを忘れてしまう。床には靴が沈み込みそうな絨毯が敷かれ、隊長格に相応しい高価な調度品が品良く置かれ高級ホテルの一室のように飾られていた。

「スンマセン、気が焦って、はは・・・・・・」

 ザードは調子良く誤魔化し笑いを浮かべた。

 するとロベルトは人差し指をザードに向けた。その指先に小さな火球が発生している。

「焦燥故に死まで急くことなかろう? 灰になるか?」

「い、いえ! 滅相もない!」

 ザードはあぶられたかのように全身に脂汗を浮かべた。

 突きつけられた指先の火球が数倍に膨れ上がり自分を消し炭にしてしまうのではないかと、本気で恐怖する。ザードはこの隊長ならやりかねないと信じていた。

 その様子にロベルトは取り合えず気を直したのか指をしまった。

 焔の死神――ザードはその名を思い出した。

 炎と爆裂を操る火行術士として、火力戦で最強を謳われたロベルト。

 肩口には金の隊長格級の隊員勲章が光り、白髪を後ろに撫でつけ、皺混じりの銀の眼光はしかし古狼の如く鋭さを全く失ってはいない。

 彼は不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、おもむろに口を開いた。

「・・・・・・諸君も知ってると思うが、例の『ソウルイーター』の捜査は難航している状況だ。現在はイリスとミランだけが担当しているが・・・・・・被害者はもう四人目まで出ている」

 豪奢な室内が一気に重苦しい空気に包まれる。

 ロベルトは言葉を切ると席を立ち、窓の外を眺めた。

 人の営みは限りなく、眼下には彼方まで人の手が加えられた都市が広がっている――巨大皇国都市アスラ。

 精霊術の応用科学の発達により小さな文明からたった千年程で急激に発展を遂げた歴史をもつ。

 現在、そのアスラの精霊術士たちを震え上がらせている『ソウルイーター』は、強力な力をもつ術士――精霊術士隊だけを狙いその精神精霊を消滅させる事件を起こし続けている。

 その犯行からどこかのゴシップ記事が勝手に、魂を喰らう怪物――『ソウルイーター』と名付けたが現場には確かな痕跡や目撃証言もないためその正体は全て謎に包まれていた。

「精霊を消滅させるなんて・・・・・・きっと相当な木行術の使い手ですね。僕ら『呼応』段階よりさらに上の『視認』、いや『接触』段階まで覚醒しているかもしれませんね・・・・・・」

 リックは眼鏡にロベルトの後ろ姿を映しながら口にした。

 術士の力量は、精霊に対する干渉力によって大まかに判断できる。

 『無感』、『気配』、『呼応』、『視認』、『接触』という五つの干渉段階が現在確認されており、精神の奥底に眠る精霊により近づくことができる段階ほど術が強力になってくる。因みにロベルトの場合『接触』段階まで達しており、その気になれば個人で街の一区を焦土と化せてしまうだろう。

 また、木行属性は樹木や草木を司り、応用によって肉体の回復や、唯一精神への干渉も可能となる、五つある中でもっとも制御の難しい高度な属性である。

「ルナはそんなことできないですぅ」

 『呼応』段階の木行術士であるルナは外傷の治療術や軽微の精神干渉まで行えるが、精霊を摘出したり消滅させるほどの超高度な術は不可能なのである。

 この広いアスラでも個人でそこまでできる術士は数えるほどしかおらず、すでに行われた捜査では彼らには自然なアリバイがあり、動機も存在しなかった。

「・・・・・・これ以上同胞の犠牲者を増やすわけにはいかん。お前たちにも捜査に加わってもらう。特に同期であるお前らなら連携もうまくいくはずだ。協力して捜査しろ。わかったな?」

「任せてください! ザードとは切っても切れない、捨てても犬も食わない腐れ縁ですから」

「そうですぅ、歩けば棒に当たるですぅ」

「それちょっと違うぞ・・・・・・」

 隊長の命令に逆らえるはずもなく、ザードたちは一様に頷いた。

 隊長室を後にして、ザードは急に吹きだした。

「くくっ、ようやく隊長の許可が下りたぜ」

「ど、どうしたのさ? やけに嬉しそうじゃない」

「・・・・・・捜査の増員は俺が訴えてたんだ。これ以上、仲間がやられているのを見過ごせない」

 いつになくザードは真剣な顔つきをしていた。その思いの裏に、一人の少女の影があるのをリックは知っていた。

 それに感化されたのかルナも使命感を露わにする。

「うん、必ず犯人を捕まえるです」

 犠牲になった術士たちは隊の同僚であり、彼らもよく知っている者たちだった。次は自分たちかもしれない――それでも仲間の無念を晴らしてやれるのは自分たちしかいない。 

 だが、リックは珍しく思い詰めたように呟いた。

「ロベルト隊長・・・・・・まだ引きずってるのかな?」

「あ?・・・・・・ああ、亡くなった奥さんのことか? 大丈夫だろ。もう一年も経つんだぜ。さっきだっていつも通りだったじゃないか、本気で殺されるかと思ったぜ」

「・・・・・・うん」

 リックはロベルトが写真立てを伏せたのに気付いていた。その額縁の中には妻セシルの写真が収まっているはずだ。

 リックはその女性を知っていた。街で偶然、ロベルトと一緒にいるところを見ただけだが・・・・・・笑顔の眩しいとても綺麗な女性だった。そしてその時にはお腹に子供が宿っていた・・・・・・

「よぉ〜し、先に外に出た人が勝ちだよっ!?」

「あ、待ってよ〜!」

 廊下に出た途端、ルナがいきなり走り出したのでリックの思考は中断された。二人が走り去りザードは一人残された。

「おーい、連携とか協力とかどこいったー・・・・・・」

 ザードは早くも先行きに不安を感じていた。





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