8)悪夢とワルツ
「ゴディバ!」
血だらけの男、ラルクが叫んだ。
ラルクの髪の毛は夕焼けで赤い炎のように燃え上がって見えた、それはラルクの感情そのままを表したように。
夕日に向かっていた男、ゴディバが振り返った。
血のように赤い空の下、足元には屍が広がり服もすべてが黒ずんで見える中、ゴディバの髪の毛だけが白く、穢れが無いように風に遊ばれていた。
ゴディバはただ薄く笑い、手に持っていた首を投げ捨てた。
「ラールク、生きていたのか」
「お前を倒すまで、俺は死なない!」
「ふ・・・ははははは!俺を倒す?!やってみろ!俺を殺してみろ!!」
ゴディバは血で真っ黒になった剣を構えた。
「うおおおおおぉおおおお!!」
ラルクはゴディバに向かって突進していった。
それは死臭だけが漂う戦場で、たった二人の最後の乱舞。
意識が浮上する。
ラルクは、顔にかぶせていた己の腕をどかした。執務室のソファの上、起き上がることもなく天井を見つめた。
天井は、金や銀鮮やかな色彩で彩られた花々が描かれている。
先ほど見ていた夢とは違い、まるで天上の世界のように。
「陛下」
「・・・・」
ラルクは返事をしなかった、誰が声を掛けたかしっているからだ。
「・・・また、戦場の夢をみていたのですか?」
「あぁ」
億劫そうに、ラルクはソファから起き上がり、顔を手で覆った。ラルクは100年間ずっと悪夢に苛まれていた。
声を掛けた男が、ラルクに水を差し出した。ラルクは無言でそれを煽った。
「・・・なぜ、陛下を苦しめるゴディバを今すぐ殺さないのですか?」
「・・・サイチェス、お前はゴディバを見たことがあるか?」
「えぇ」
「今の復活したゴディバじゃない。戦場でのゴディバだ」
「・・・私は後方支援でしたので、遠目でしたら」
「そうか」
ラルクはコップをサイチェスに渡し、ソファの背もたれに埋もれた。
「俺は何度も、何度も対峙した。そのたびに半殺しにあった」
サイチェスは何も言わずに、ラルクの言葉を聞いていた。
「あいつの側に近づくだけで息苦しいほどの殺気を感じてた。今度こそ死ぬかもしれないと何度も思った。」
「・・・」
「だが今のあいつはなんだ?!姿形、魔力、すべて同じだが、殺気がない。殺伐とした雰囲気が無い!!」
何度も何度も俺を殺してみろと薄笑いを浮かべて言っていたあいつが!
泣いたのだ!泣き叫んだのだ!
まるで非力な子供のような力で俺を叩いたのだ。
「それでは、別人だと?」
「生まれ変わりだとほざく!」
ラルクは目の前にあった机を蹴飛ばした。
大きな音と共に机はひっくり返り、机の上に飾られていた花瓶は無残にわれ、花が飛び散っていた。
「その言葉を信じたのですか?だから部屋を移されたのですか?」
サイチェスは、蹴飛ばされた机をみながらラルクにたずねた。
ラルクは起き上がり、ため息をついて立ち上がった。
「違う・・・今のあいつには抵抗する気力さえない、だから近くで監視できるようにしただけだ」
「・・・だからといって、執務室の隣の部屋は・・・」
「魔術師のばあさんも戻ってきている、今はばあさんに見させとけば平気だろう」
「・・・ですが!」
「うるさい。お前は会議で呼びにきたのではないのか?」
「・・・はい」
サイチェスは、それ以上言うことをやめてラルクに上着を差し出し執務室の扉を開けた。
気になることは、いくつもある。
サイチェスの言い分も分かる。
だが知能の高い魔獣の存在が気になるのだ。
俺の魔力が充満しているこの部屋ならば、魔獣も近寄れまい。