18)甘美な猛毒
血生ぐさいです。
目の前は赤く染まっていた。
赤い夕日は心が躍る。
悲鳴や血の香り、狂気に酔っても、一時しか渇きがいえない。
もっと、恐怖を悲鳴を血を!!
苦しい
もっともっと
喉を焼きつけるような渇きが、熱いもので覆われる感覚に襲われた。
それは、喉の渇きを狂気を抑えるものだった。
赤く染まってい視界は、徐々に綺麗な蒼い色を捉えた。
過去にとらわれた奈美を一気に現実に引き戻した。
「はぁ・・ぁ・」
涙でぼやける視界にラルクの顔を捉えることができた。
助けて、助けてラルク!
それは声にならない叫び。ただ握られていた手を掴み返す。
奈美に渦巻く狂気を押さえつけたのは、ラルクの魔力だった。
「ナミしっかりしろ」
「ラ・・ル・・」
だがそれもつかの間、ラルクの蒼い瞳は苦痛に歪んだ。
奈美を抱きしめていた腕は解け、奈美に覆いかぶさるように倒れた。
「なんで、お前は俺の計画の邪魔ばっかりしてくれちゃうわけ?」
倒れたラルクの背後には、灰色の髪の毛をした男、魔獣が血のついた剣を持って立っていた。
ラルクの背には赤い染みが広がっていた。
「・・・ぁ」
奈美の手は、赤く汚れていた。
やめて!・・・傷つけないで!
奈美はラルクに手を伸ばそうとするが
「駄目だよ。まだ正気に戻っちゃ」
にやりとした笑みで魔獣は、剣についた血を指につけ奈美の口に指を突っ込み行く手を阻んだ。
「んぅ!!」
「半身の血の味はどう?」
奈美は魔獣の腕を掴んで引き抜こうともがくが、もがけもがくほど口の中に血の味が広がっていった。
嫌だ!嫌だ!
それは先ほど収まりかけていた狂気を呼び起こすものだった。
「・・ぅ・・・ぁ」
「おっと」
魔獣は奈美の腰を掴み宙へ浮いた。
「危ないな~」
魔獣がいた場所の床には亀裂が入っていた。
「大事な半身に当たったらどうするの~?ラールク」
「この俺が当てるものか!!」
ラルクは背中のキズを魔法で治療しながら、立ち上がった。瞳は蒼い炎のように魔獣を睨みつけていた。
魔獣は、天上にあるシャンデリアの一つに奈美を抱きしめたまま着地し回りを見渡すと、すでに会場は兵士ばかり埋め尽くされていた。
「ふふふ」
皆、奈美を人質にされ手出しができなくなり、片時も魔獣から視線を外せない状態となっていた。
魔獣は、奈美の顎を掴むと瞳を覗き込んだ。
「ぁ~まだ狂気に呑まれきってないね。もっと狂って貰わないと困るな~」
びゅっという音と共に、魔獣の鼻先が赤くにじんだ。
ラルクが魔獣の顔に向かってナイフを投げつけたのだ。
「俺のものに触るなってか?」
「解ってるなら返してもらおうか?」
「何いってる?先に唾をつけたのは俺なんだよ。お前は後からしゃしゃり出てきただけだろ」
ねぇ~ゴディバ?と魔獣はラルクを挑発するように意識が朦朧としている奈美の首筋を舐めた。
ラルクはギリリと歯をかみ締め、隣にいた衛兵の剣を奪いなぎ払った。それは風の刃となり、シャンデリアと天上を繋ぐ鎖を断ち切った。
けたたましい音とともにシャンデリアは床に落ちガラスは四方八方に弾けとんだ。
「危ないな~」
寸前でよけた魔獣は崩れたシャンデリアの中に着地した。
お返し、と魔獣が言うと砕け散ったガラスの破片がラルクに目がけて飛んでいく。
「っち」
ラルクは腕を払い防御壁をはり、ガラスの破片を防いだがいくつかは防ぎきれず顔を傷つけていった。
「陛下!冷静に!」と叫ぶサイチェスの言葉を聞きこえたが、ラルクの耳には届いているか。
怒りに満ちているラルクを楽しそうに魔獣は見ながら、奈美を踊るように抱きしめ直した。
奈美の顔はすでに血の気が無くなり始め、魔力だけが刃のように鋭さをましパシパシと空間を傷つけはじめていた。
魔獣は奈美を抱きしめたままくるりと回った、足元の破片で奈美の足が傷つき悲鳴があがった。
「ふふふ、綺麗なものが壊れる瞬間って素敵だよね。ふふふ前世の君が狂う姿も素敵だったよ。」
そういって、綺麗に結われていた奈美の髪の毛を乱雑にほどいた。
「・ぃ・やぁ!」
-今度は失敗しない、俺のゴディバ
魔獣はポケットから、ブラックチェリーを取り出した、奈美に向かっていった。
「今回のは特別な実だよ?ゴディバの血肉と俺の血で出来てる」
周りのものは騒然とした。黒い果実は穢れた闇の中、魔獣の血で育つ実。そこにゴディバの血肉を混ぜたら・・・
魔獣は口に含むと奈美に深い口付けをした。
「ナミ!!!」
ラルクは叫びながら、駆け出したが魔獣はラルクに向かって魔力を放った。
「くっ!!」
魔力を防いでいるうちに、奈美の喉が動くのを見ているしかなかった。
魔獣は丹念に口の周りを舐めてから手を放した。
「やっぱりおいしいね。」
「っぁぁああああ!!!!!!」
崩れたシャンデリアに倒れこんだ奈美の体は無残に傷つき血だらけになった。
瞳孔は赤く染まり、魔力は渦を描くように周りの物質を壊し始めた。
痛い!!!痛い!!!
苦しい!!憎い!
”僕のゴディバ。誰にもやらない”
若い男の声が耳に響いた。
それは、遠い昔同じように黒い果実を与えたものの声。
いつも側にいた赤茶色の狼の魔獣、名は・・
「・・・ディルポ」
狂ったような笑いが響いた。それは歓喜か悲哀か狂気か