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第1話 入学初日の出会い

 

 この作品はフィクションです。

 実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。

 


 

「それじゃあお父さん、行ってくるね」


 真新しい制服に身を包んだ一人の女の子が、そう言って父親の部屋を出て行く。


「おう、気ぃつけてな!」


 お父さん、と呼ばれた男は、元気よく娘を見送る。




 季節は春、時は4月。新生活への幕が開く時期。

 この女の子も、今年から地元の私立高校へ入学する新入生である。

 今年から青春真っ只中の女子高生ライフが始まるのだ。




「高校では… 今度こそ普通の女の子として生活するんだから!」

 自分の家の廊下を歩きながら、女の子は高らかに宣言する。

 新生活の抱負としてはあまりに地味、という印象を受けるが。


 だがしかし、それには理由がある。




 期待と不安に胸を躍らせ、女の子は家の玄関を開く。

 その眼前に広がるは、自らを新しい人生に導く光の道…


 ではなかった。






「ご入学おめでとうございます、お嬢!」

「お気をつけて行ってらっしゃいやせ!」




 家の玄関から、外門まで続く道。

 その左右では、春の陽気にはおおよそ似つかわしくない黒いスーツを身にまとった、屈強な男達が列を成していた。


「全員! お嬢に礼っ!」


 掛け声と同時に、男達は一斉に頭を垂れる。見る人が見れば、さぞ爽快な光景であることだろう。


 だが「お嬢」と呼ばれた女の子の表情から、プラスの感情は欠片も読み取れなかった。




「 … あ の オ ヤ ジ ~ ! 」


 声と体を震わせる女の子。


 そして、女の子は黒スーツで彩られた道を進むことなく、疾風のごとき速さで身を翻した。


「お、お嬢!?」

「どちらにおいでですかい!?」

 慌てる男達。

「うるさいっ! お嬢って呼ぶなっ!」

 振り返ることもなく女の子はそう言い捨て、つい先程自分がいた父親の部屋へと向かっていった。






 暖かな太陽が、外門を照らす。

 女の子がくぐるはずだった門。その門の横には、大層立派な看板が掲げてあった。




「東極組」




 東極組 ――― 関東一帯の極道組織をまとめ上げる、その筋で知らぬ者はいない大勢力の極道組。

 そう、先程の女の子はこの組の組長 ―東極 源太(とうごく げんた)― の娘なのだ。




 この話は、極道の娘として生まれ育った女の子が送る、ハチャメチャな学生生活を綴った物語である―――











「ったく!あのアホオヤジ!」


 肩をいからせながら、女の子は学校までの道を歩く。


 … … … … …


「ちょっと、オヤジ!」

 怒鳴りながら、女の子は父親の部屋のふすまを開ける。


「カアちゃん… あんなに小さかった夏美がもう高校生だぜ…。

 天国からアイツのこと、見守ってやってくれよな…」

 オヤジ… 東極 源太は、仏壇に向かって独り言をつぶやいていた。

 娘が幼い頃にこの世を去った妻『東極 希(とうごく のぞみ)』に向かって。

「オヤジ! お母さんへの報告はいいから、ちょっと聞きなさいよ!」

 女の子の怒鳴り声が、夫婦水入らずの時間を引き裂く。


「なんだ夏美!オメェまだ学校行ってなかったのか!

 入学初日から遅刻したらどうすんだ!

 いや、それより! 俺のことは"お父さん"って呼べっていつも言ってんだろ!」

「うるさいわねっ!ンなことどうでもいいのよっ!」

 朝っぱらから親子の怒号が響き渡る。何とも近所迷惑な話だ。

 そんなことお構いなしに、女の子 ―東極 夏美(とうごく なつみ)― は父親に詰め寄った。


「高校ではアレ、絶対やめてって言ったはずだよね!?」

 玄関の方向を指差しながら、夏美は父親を問い詰める。

「あ? アレって何だ?」

 きょとんとする父親。しらばっくれているわけではなさそうだ。

「組員全員での見送りよ! あんなことされたら迷惑なんだけど!」

 夏美はなおも源太に詰め寄る。

「ああ、ありゃ俺が指示したんじゃねえよ。

 今日がお前の登校初日だって話したらな、是非とも見送りさせてください!ってあいつらが頼んできたんだ」

 嬉しそうに源太は話す。

「だったら、その時点で止めればいいだけの話でしょ!

 私が嫌がるの分かってて、どうして許可するのよ!」

 今にも源太の胸ぐらに掴みかかりそうな勢いで、夏美がたたみかける。

「いや、そりゃお前… ウチでは組員の自主性を重んじてだな…」

「中学教師かっ!」

 息の合った掛け合い。

 仲が悪いわけではなさそうだが、残念なことにこの場の雰囲気は極めて殺伐としている。


「とにかく! アレを今すぐやめさせて!でないと学校行かないからね!」

 そう言うと夏美は、源太に背を向ける。

「…しょうがねぇな~…」

 源太は部屋の卓上にあった携帯を手に取り、どこかに連絡している。

 おそらく、若頭あたりとでも話しているのだろう。



「… おう、全員戻らせたぞ」

 携帯を閉じて、源太は夏美に向かってそう告げる。

「…あ、そ。 じゃあ行くわね」

 抑揚のない声で夏美は言う。ほとほと呆れかえった、という感じだろうか。


「ほれ! 遅刻すっから早く行け!」

 廊下を歩く夏美に向かって、源太が声をかける。

「うるっさいわね!誰のせいだと思ってんのよっ!」

 源太の声のした方向へ振り向きざま、夏美は鬼の形相で声を上げる。実に怖い。

 そして、廊下の先へと走り去ってしまった。



「… カアちゃん… まったく、あいつの性格は誰に似たんだかなぁ…」

 源太は仏壇の前に戻り、妻との会話を再開する。言葉とは裏腹にその表情はどこか嬉しそうだ。

 そして、そんな夫の話を聞く妻の遺影は、いつも通り優しく微笑んでいるのだった…。


 … … … … …


「はぁ… ったくもう、いつまでたっても親バカなんだから…」

 ため息をつきながら、夏美は一人つぶやく。新入生だというのに、なんとも浮かない表情である。

「てか、マジに遅刻しちゃう! 急がなきゃ!」

 父とのやりとりで、思いのほか時間をとられてしまったようだ。

 入学祝いに父から贈られた腕時計の時間を確認し、夏美は走り出した。


  ・

  ・

  ・


「………」

 自分の机に座ったまま、夏美は一人押し黙っている。


 ここは『私立 檜ノ崎(ひのさき)高等学校』。

 夏美の家からそれほど遠くもない、全国でも中堅クラス、男女共学、という、学園モノの要素がてんこ盛りのいたって普通の高校である。


 学校までの猛ダッシュが幸いし、入学初日に遅刻というベタな展開は避けることができたが、だからといって教室ですることがあるワケではない。

 すでに友人やグループができあがっている上級生とは違い、新入生の周りには基本他人しかいないのだ。


 夏美は小中時代、親が極道であることを理由に友達が全くできなかった。

 そのため、自分が極道の娘であることを知る者がいないこの高校に入学したのだが…

 だからといって、友達が空から降ってくるなどというファンタジーな展開があるハズもない。

 話しかける相手もなく、誰かに話しかける勇気もない夏美は、結局のところ一人でいるしかなかった。


 ふと周りを見渡すと、既に何名かのクラスメイトは(中学が同じだったのかそうでないのかは不明だが)グループを形成し、仲良く談笑している。

 しかし何名かは、自分と同じように一人でいる者がいた。

 一人で本を読んでいる者、ケータイをいじっている者、あれは… ちょっと何をしているか分からないが何かをしている者、と様々だ。

(やっぱ、自分から話しかけなきゃ、なのかな)

 心の中で夏美は独り言を言った。



 ガチャンッ!


 夏美のすぐ左隣で、何かを床に落としたような物音がした。

 夏美がそちらに目をやると、女の子がどうやら筆箱を落としてしまった様子がうかがえた。

「あ~ん、またやっちゃったよぉ~」

 筆箱の持ち主らしき女の子は、そう言って床に散乱した文房具を拾い始める。

 夏美が自分の足元に目をやると、その子の物であろう可愛いシャープペンシルが転がっていた。


「… 大丈夫? ほら、これ」

 夏美はシャープペンシルをひょいと拾い上げ、女の子に向かって差し出す。

「あっ、ありがとうございます」

 女の子は申し訳なさそうな笑顔を見せ、それを受け取った。

(うわっ… すっごく可愛い子…)

 その笑顔を見た夏美の感想。まるっきりオッサンのそれだが、目の前の女の子は確かに可愛いのであった。



「ありがとうございます、助かりました」

 文房具を全て拾い終えた女の子が、そう夏美にお礼を言った。

「え!? ああ、うん!いいよいいよ!気にしないで!」

 同年代の女の子との会話に慣れていないせいか、若干挙動不審になる夏美。

 その様子を見た女の子は、くすくすと笑っている。同性である夏美から見ても、なんとも可愛らしい笑顔である。


「あの… …私、南 春香(みなみ はるか)っていいます」

 春香と名乗った女の子が自己紹介をする。

 もっとも、こういったシチュエーションに慣れていない夏美は、それが自己紹介だと気付くまでに数秒の時間を要した。

「… あ!? ああ! えっと… 私は、東極 夏美、です」

 なんともぎこちない自己紹介。そんな夏美の様子を見て、またくすくすと笑う春香。

「ちょっと! 笑わないでよ!」

 照れくさそうに抗議する夏美。

「うふふ、ごめんね。 よろしくね、夏美ちゃん」


 夏美ちゃん…

 女友達からそう呼ばれることがなかった夏美は、胸の奥が変に熱くなった。


 だが、感動に浸っていられる状況ではない。

「うん、よろしくね、春香 … …ちゃん」

 ぎこちないながらも、夏美はそう返す。

「あ、呼び捨てのほうが呼びやすかったら、春香でいいよ」

 優しく微笑みながら、春香はそう言った。不思議と心が温まる笑顔である。

「そう? …じゃあ、春香。 よろしく」

「うん、よろしく」


 極めて日常的な光景。

 だが、夏美にとっては高校生活を送る上での大きな一歩となる出来事であった。


  ・

  ・

  ・


「ふぅっ、やっと終わったね」

「初日は先生の話ばっかりで疲れたね」


 学校からの帰り道。夏美と春香は二人並んで歩いていた。

 初日は午前で終了なので、太陽はまだ元気よく頭上で輝いている。


「でも、よかったな。夏美ちゃんと仲良くなれて」

 ふと、春香がそうつぶやく。

「えっ?」

「…私ね、あんまり自分から人に話しかけるのって得意じゃないの…」

 春香からの意外な告白。

「そうなの? そんな風には見えなかったけど…」

 素直な疑問を、夏美は春香に投げかける。

「そうかな?」

「そうよ。むしろ得意なのかと思ったくらい」

 夏美がそう答える。お世辞ではなく、他の誰であってもそう答えたことだろう。

「ありがとう。

 …何かね、夏美ちゃんは話しかけやすい感じだったんだ」

 そう言って春香は、夏美に向かって笑顔を見せる。

「え…」


 話しかけやすい。

 他人からそんなことを言われたのは、夏美にとって初めての経験だった。

 嬉しいようなくすぐったいような、なんとも妙な感じだ。


「それにね」

 夏美が感動に浸っている間に、春香は言葉を続ける。


「このままじゃいけないかな …って思ったんだ。

 待ってるだけじゃ何も変わらないし…。

 自分から変わっていこうとしなくちゃ、って」

 歩く自分の靴の先を見ながら、春香がそう告げる。


「自分から… 変わっていこうとする…」

 春香の言葉を聞き、夏美は考えた。


 そう、何事も自分から向かっていかないといけない。

 待ってるだけじゃ変えることなどできはしない。

 何かを変えたいと望むならば、まずは自分が変わらなければいけないのだ。


「… うん、そうよね!あたしもそう思う!」

 春香のほうに向き直り、夏美はそう元気よく言う。

「変わっていこうね!あたしも応援するから!」

「? うん、ありがとう」

 急にテンションが上がった夏美にも戸惑うことなく、春香は笑顔でそう答える。

(そうよね!変わっていかなくちゃね!)

 そんな春香の様子を気にも留めず、心の中で夏美はそう宣言するのだった。


「ねえ、春香の家って学校から近いの?」

 夏美がそう問いかける。まずは、目の前の友人のことをよく知らなければ。

「え? うん、歩いて15分くらいだよ」

 春香が答える。

「そうなんだ~。あたしと同じくらいだね」

「へぇ、夏美ちゃん家もここから近いの?」

「まあね。道もちょうどこっち方向だし…」




 言った後、夏美は自らの犯した重大なミスに気付く。




「そうなの? ねえ、これから夏美ちゃん家にお邪魔しちゃダメかな?」


 無邪気な笑顔で春香がそう言った。時既に遅し。


「… え!?」






 なんという皮肉!


 変わろうと決意した矢先、過去の自分とまったく同じパターンが待っていようとは!




 ここでOKすれば、自分が極道の娘であることがバレてしまう!


 だがしかし、断れば嫌われてしまうかもしれない!


 進むも地獄、戻るも地獄!


 果たして、夏美の取った選択は!?




 待て次回!

 


 

 はいみなさんこんにちは、Cherry On.と申します。


 すでに別の小説を連載中なんですが、アッチは一話完結型の話なので… アイデアが出ないことには書けないんですよね。

 なので、前からやってみたかった学園モノのお話を新しく書くことにしました。ま、相変わらずコメディー色が強い作品なんですが(笑)、後々青春話とかバトル系の展開も書いてみたいな~… なんて大それたことも考えています。


 しかし、こういった小説は難しいですね。ただひたすらバカ話だけ書いていればいい、ということがいかに楽か思い知らされます(笑)

 こういった話を書ける他の作家様に敬意を表しますよ、ホント。


 というわけで新作『ヤクザっ娘ダイアリー』、始動でございます。

 お見苦しい点も多々あるかと思いますが、温かく見守っていただけたら幸いです。読んでくださった皆様、ありがとうございました。

 皆様からのご意見、ご感想をお待ちしております。

 


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