土とダンスを
ほんの気まぐれだった。
可哀想な娘だと言われている姿が一番可哀想だったから、慰めてあげようって思っただけ。喪服が似合わない少しふっくらとした幼い顔。
彼女の育て親である北の森の魔女は私の遊び相手の一人だった。私も魔女の端くれだけれど、凄い才能を持ったりはしていなかったから凄い人と遊びたがった。彼女は天才で、様々な魔法が使えた。肌を重ねる前や後に見せてもらった魔法はどれも凄かった。
それに比べて自分が誇れる魔法なんてゴーレムを生成するか動かすかする程度のものだった。小さな子どもならこんな程度でも喜んでくれるのではないか、という少しの希望。
「小さくてかわいい小熊さん、遊んで?」
たくさんの人がバタバタと、でも静かに動き回る森の屋敷で泣きもしない女の子。
「そんな安い言葉で喜ぶほど子どもじゃないもん」
生意気な子ども。
少しカチンときたけれど怒らなかった。短気な自分にしては随分穏やかに彼女に接していた。相手が子どもだと言うこと。確かに初対面の女の子にかける言葉にしては安すぎたこと。詫びなければいけないのは私だと思ったから珍しくその後会話を続けたくなってしまった。
「じゃあどんな魔法ならいいの?」
聞いてから、しまったと感じた。他の魔法なんて使えない。
女の子は少しだけ考えてからにこーっと笑った。毒気のない、でも自分がかわいいって言われることに慣れた愛嬌のある顔。
「悪い魔法!」
なんだそれ。一体彼女はこんな小さな女の子に何を教えていたのか。女の子は、指を振ると小さな火花を出した。
「だって大抵の魔法は自分で使えちゃうもん。でも先生は悪い魔法だけは見せてくれなかったから」
他人を驚かせることが好きな人だった。そんなエンターテイナーが見せもしない魔法。都合の悪いときに追い出す口実かなにかだったのでは。
そういえば彼女は寝室へ入る前にいつも「悪いことしましょ」と笑っていた気がする。じゃあ悪い魔法は“子どもには”悪い魔法だったんだろうか。
「ヒントとかない?」
そう聞くとジロっと睨まれた。
「あなたも先生の遺産が欲しいの?」
あぁ、そういう。
そりゃ貰えればラッキーと思うけど所詮間女のようなものだし。本命は南の大魔法使いだって知っていた。北の森の隅っこの小さな魔女に熱を入れる人間など居やしない。もし貰えるなら彼女の才能が欲しいぐらい。
「そうだよ」
「やっぱり!」
警戒して威嚇する子ども。慣れないことなんかするもんじゃない。
嘲笑いながら二体のゴーレムを作る。自分は階段に腰掛けてゴーレムを踊らせた。最近までベッドに辿りつくまで踊らされていた動きをゆっくり思い出す。
「……先生のステップだ」
「それも彼女の遺産かもね」
思い出を辿るように踊るゴーレムが二体。太いゴーレムだから彼女の腰つきまでは再現できない。陽気で魅惑的で適当な彼女の踊り。それは小さなこの子の前でも見せていたようで、さっきまで心を開くもんかと唇を尖らせていたのにいまや大興奮だった。
目を輝かせてゴーレムの周りをちょろちょろしている。
「すごいすごい!先生はこんなに綺麗に動かせなかったよ!」
これしかできないのにそれすら負けてたまるか。魔法使いや魔女は死んでも衰えない。それどころか名声は大きくなるばかり。凄い魔女や魔法使いを見て諦めたつもりでも結局はその技をなんとかして盗めないか試みている。
……まぁ盗めたのは魔法も何も関係ない踊りぐらいだったけど。
遊びだと理解して割り切って付き合ってくれた大人の女性。こんな小さな弟子がいるとは知らなかったけれど結構好きだった。
「ねぇ、カブにもできる?」
「片方動かしてみれば?」
「うん!」
隣にドスンと力強く座ってきた子ども。片方のゴーレムの操作権をなくしたけれど彼女の手では踊れはしない。くるくる勢い良く回るだけで少しずつ崩れ始めるゴーレム。
「なんでー!?」
「あっはは」
躍起になって自分の手まで振り回し始めた子どもの手を掴む。そういえば彼女にもやってあげたっけ。この後唇ごと操作を奪い返したんだ。
そこまで動きをトレースしてしまったと気付いた。
目の前にいるのは子どもで、これはとんでもなく悪い魔法を教えてしまった。水袋みたいな柔らかい感触が私の顔を真っ青にさせる。
「……ずるい」
「へ?」
「カブにもできない魔法があるなんて……」
今の行動についてはなんとも思ってないみたいだ。良かった、子どもで。大きくなって意味がわかった頃にはきっと先生の葬式に出会っただけの私の事なんか忘れている。
「もう1回やってみる!返して!」
キスが操作の譲渡条件だとでも思ったんだろう。もう一度やろうと顔を近づけてきたから慌てて押さえ込んだ。誰も見ていないか周りを見渡す。
「それじゃ、こうしよう」
とっておきの笑顔とウインクを曝け出した。こんなこと誰かを口説くときにしかしないけれど罪悪感からの行動なら別にいいだろう。
「先生のくれた君の遺産をひとつちょうだい。そうしたらこの魔法のうまいやり方を教えてあげる」
「……でもカブ、いろんな人に聞かれたけど先生の財宝なんて知らないよ」
いろんな人に聞かれたのか。可哀想って言いながらみんなやることはやってるようだ。
「そんなものが先生の遺産だと思う?」
「え?」
「だったら、そもそも私のほうが持ってるのかもね」
「えっ」
オロオロと立ったり座ったりし始める子ども。私の手のひらを開いたりボディチェックをされたけれど何も出てこない。くるくる踊るゴーレムは片方だけ止まったまま。
「んんん、同じようなゴーレムなら持ってるけど……」
「先生の作ったやつ?」
「うん、こんなに立派じゃないけど」
寝室から取ってきたらしい小さなゴーレムはお世辞にも良い物とは言えなかった。ただ何を模したかはわかる。目が小さくて完成度は高いくせに不格好なゴーレム。
それは普段から私が作っているものに似ていた。
力を込めたら私でも数回で崩れそうだったからそっと小さな手に返した。
「違った?」
「ううん、もう十分」
十分な遺産だった。遊びだったかもしれないけれど、愛されてはいたのだなと思う。機嫌よく待ってくれていたのは嘘じゃなかった。
葬式にわざわざ参加したのは気まぐれではあったけれど探したかったからだ。
自分の欠片を、ここに。
「じゃあ約束ね!魔法を教えて!」
「ぶー、ダメー」
「なんで!」
「大人はずるいのだよ」
「なにそれぇ!」
思い出ひとつで簡単に譲れるほど安い魔法ではない。最初から教える気のない方便だったのだ。立派な遺産を持ってこられても『この少女のもの』ならば受け取る気はなかった。彼女は天才で、これから大きくなって私の前に立ちはだかる立派な石ころ。宝石のようにキラキラした目から物を奪うほど落ちた人間ではないと思いたい。
屋敷のてっぺんにある鐘が鳴り響いて少女が立ち上がる。
「あっ、ダイニングに集まらなきゃ……」
「じゃあね」
「あなたは最後までお葬式にいないの?」
「目的は果たしたからね」
階段の下で踊る彼女をもう一度見たかった。
他にもこの小さな女の子が思い出を見せてくれた。
「ねぇ、あなたは誰だったの?」
去る前に帽子に手をかけてパチンと指を鳴らした。
少女の手のひらの上にいたゴーレムがぺこりとお辞儀する。
「ただの魔女だよ」
彼女はきっと数日のうちに忘れるだろう。才能のない魔女のことなど、覚えなくていい。
「また会ったときには悪い魔法も教えてね!」
それはない。
* * *
あれから数年、元々ゴーレムだらけだった部屋に一、二体人型が増えたところで問題はないはずだった。
「ディア師匠ー、今日のノルマまだ終わってないですよー」
人型の中から間の抜けた声がする。
じわじわと名声の伸びた自分はゴーレムマスターと呼ばれるようになっていた。同じ魔法使いや小さな子どもへ売るためにせっせとゴーレムを作り出している。私の作ったものは質が良く長持ちするなどと噂を流したのは誰であろうこの少女である。
「お茶淹れる?」
ぴょこんと出てきた幼い顔。子どもは大きくなりはしたがふっくらと幼いままだった。そういう顔つきなのかぽよぽよとした頬がリスのようでつい餌を与えたくなる。
「いらん、まずいし」
「貧乏なくせにグルメ舌なんだから」
貧乏なのは誰のせいだよとは言わない。元々は遊んで食費を浮かせていた私が悪いとまた責められる。この少女ときたら私が都会の魔女の家へ遊びに行っている間に、いつのまにかここに住み着いていたのである。引き取ってくれたはずの南の魔法使いはどうしたと聞いても首をぶるぶると振るだけ。出ていかない!と言って聞かないから仕方なくここに置いている。
「ノルマが終わったら魔法を教えてね」
「またそれ。遺産をくれたらって話でしょ」
「だからその遺産って何なら納得するのさあ」
頬を膨らまして机をバンバン叩いている姿はますますリスみたいだ。お金のかかるものではないとわかっていたようで彼女の持ってくるものはいつもおもちゃのようなものだった。
あの葬式の後、死んだ魔女の遺産はたくさんの人に分配された。
唯一の家族だった少女にはおもちゃや初期の魔道書、それから数年生きていける分のお金しか渡されなかった。
「本当はお金だったりして」
「そうしたらまた突き返すんでしょ」
「1回やったんだっけ」
「やったよ、最初の頃に!」
本当は覚えている。久々に家へ帰れば見覚えのある人型が遠くの獲物を見る熊みたいにじっと畑仕事をしているゴーレムを見ていた。口元に手を当ててじっと観察する害の無さそうな獣。実際は凶暴で乱暴で、帰ってきた私の姿を見るなりタックルしてきたのである。葬式で会った私の家だとは知らなかったんだろう。「このゴーレムどうやって動かしてるの!」と息巻いた後で私の顔を確認したらびっくりしていた。
追い返しても何度もやってきてあの手この手で教えて教えてとせがむ小娘。空いている部屋に居座って気づけば私が二人分のご飯を作るようになってしまっていた。あのほっぺたは何か詰めないといけない気がするのだ。だからあのもちもちのほっぺたが悪い。
「大体、ゴーレムの扱いなんか極めなくても他の魔法ならなんでもできるでしょ」
「他はマスターしたもん」
「まだまだ」
「学校でだって一番なんだよ」
貧乏でも食材は豊富だった。ローテーションして働くゴーレムたちが庭の農園を豊かにしてくれている。彼女の通う学校代には遺産を使って、たまの贅沢にはゴーレムを売って得たお金を。
「じゃあそれでいいじゃん」
「ダーメー!」
あの葬式からこの娘、カブはすっかりゴーレムの虜になってしまったようだった。暇な日には自作したゴーレムを見てがっかりしたり、私の作ったゴーレムと踊ったり遊んだりしている。前にチェスを打ってゴーレムに負けていたときは少し可哀想だった。
やれやれと首を振るとドッと背中に重みを感じた。私はゴーレムほど強くないんだから同じ感覚でタックルしてくるのはやめてほしい。腰にくる。
それに昔に比べて随分重くなった。
「いつまで経ってもガキンチョだねえ」
「師匠は老けたね」
「なんだと」
心はまだまだ……というか身体も若い!
カブが成長しなさすぎなんだ。あれから数年経つというのに。しょうがなく焼いていた卵を1つ増やした。ゴーレムを呼んで食卓に運ばせる。
「それぐらいカブが運ぶのに」
危なっかしいカブに任せるほうが怖い。前にこけてシチューをひっくり返したのはどこのどいつだ。それに口で言うだけで腰からちっとも離れようとはしない。
葬式で会ったときはしゃんとした子どもだと思ったのに関わってみればとんだ甘えん坊だった。
「ほら、ご飯」
「うん」
素直にご飯を頬張る姿は可愛い。犬か何かを見ているようだ。マナーなんてものはまったく知らなくて両手でパンを噛み千切る姿は熊が懸命に魚を貪っている姿に似ている。通っているのは魔法の学校でマナーなんてものは関係ないんだろう。
「成績良いんだっけ」
「もちろん。先生の教えてくれたことばかりだし復習してる感じかな。さっき一番って言ってたの信じてないの?」
あー、やだやだ。こっちは時間かけてもできないのに。
試しにパチンと指を鳴らしてもゴーレムが振り向いただけだった。
「師匠は魔法使うときに指鳴らすんだよね」
「他の魔法使いの真似をしても何もできなかったからね」
カブが指を鳴らしてもゴーレムは振り向きもしなかった。ぶっすりした表情のまま指を振って妙な言葉を綴ると窓が開いていないのに風が吹いた。
「えっへん」
腹立たしい。
「ディア師匠は学校には通わなかったの?」
「適性がなかったからね」
「ふぅん」
頑張っても才能には叶わない。生まれつき運が良くなければ学ぶことすらさせてもらえない。自力で夢を叶えても努力した天才たちより遥か下にいる。
この子もこんなところにいないでもっと上を目指すべきなのに。
「ほら学校が休みでも勉強勉強」
「だーかーらー、その勉強だってば、教えてよ魔法!」
「あー、私まだノルマ終わってないから」
「ズルい!」
机から土をとって捏ねる。パンを咥えたまま小さな人型を作った。カブに見えない角度で中に必要なものを入れる。じっとこっちを見ているけれどわからなかっただろう。
物も、魔法も、全てはこの一瞬に込める。
「今の部分に絶対秘密があるよね」
「内緒」
「掃除するフリして部屋の中探してもわかんないしもー」
こいつそんなことしてたのか。
パンを飲み込んで土で汚れた手のままヘッドロックをかけると嫌がるどころかキャッキャと喜んだ。すっかり慣れた行為にいつもと違う匂いがして首を傾げた。前までは甘いミルクのようなお子様特有の匂いだったのにワインのような花のような……。
「香水?」
疑問が口から出ていたようで腕の中でじゃれていた子どもが振り返った。子どもというには、ちょっと、違うような。
「わかる?」
「まぁいつもと違うかな、と」
突然大人しくなったからどうしていいかわからない。悲しんでいるわけでもなくもじもじとだらしなく笑う。ふっくらした頬に噛み付きたくなって我慢せずに歯を当てた。もちもちでパンみたいだ。
そういえばもう何年誰とも触れ合ってないっけ。
「えへへ、師匠くすぐったい」
頬と同じく脳みそまで潤っているようで、頭の回りがとても速い。教えたことをすぐに吸収する。私の真似をしたカブが頬に歯を当てる。
子ども相手に何をしているんだ私は。
我にかえって腕の中の少女を見るもさっき感じた色気はない。
「……カブ、風呂場に行ってその香水落としてきて」
「えっなんでっ」
「いいからいいから、ほーら頭ぐしゃぐしゃしちゃうぞ」
「わーっ!師匠、土ついたまま髪は触んないで!」
無理やり廊下に押し出すとドンドンと何度か扉を叩いてから諦めて風呂に向かったようだ。途中にしていた土人形に一言だけ詫びて続きを作る。他人に渡るものは適当に作れない。壊れないようにでもよく動くように。
商品を送るための箱を見ると行き先は南の森になっていた。
「南の魔法使いか」
本来ならその人のもとで修行するはずの子だった。土人形なんかと遊ばせている余裕なんてないのに。原石は磨かなければいけない。天才も磨いて発掘されなければただの人だ。もし本当に学校で一番だというなら「やっぱりうちに」という話が来ているのでは?
そもそもちゃんと断って出てきているのか。
……もう何年も経ったけど捜索願いとか出てないよな。
いや、出ていたら学校で捕まっているし私のところにも何かしら連絡があるはず。無いということはちゃんと断って出てきた、もしくは本人が今も断っているか。うーん、聞いても正直に答えないだろうな。
南の魔法使いと連絡をとる方法なんて考えたこともなかったけれど。ゴーレムの送り先は南の森の魔法使いの名前。筆をとって、やめて、置いて、ゴーレムと見詰め合う。まん丸な目がカブに見えてくるのは長いこと一緒に居て彼女がゴーレムに似てきたのかゴーレムが彼女に似てきたのか。
ずんぐりむっくりの純真な子どもの目。
愛くるしさも彼女の才能だと思うから閉じ込めてはいられない。矛盾する気持ちが手を震えさせる。
「師匠?」
動揺したところを見られただろうか。風呂からあがってきたばかりのようでぽたぽたと床にしずくを落とす女がそこに。
赤くなった肌が、伝う水が。
ごくりと唾を飲み込んだ。
「どうしたの?」
目の前にいるのは、子ども。
まだ成長途中の子ども。
自暴自棄になった凡才が手につけてはいけない、原石。
「はやかったね」
「香水落としただけだもん。一応せっけんで洗ったけどおちたかなぁ?」
傍に寄って鼻先に首元を寄せてきたから、タオルで頭をわしわしと混ぜた。
「土に水が落ちたらどうしてくれんの」
「んー、そうなる前に師匠が拭いて」
この甘えん坊め。土がつかないように丁寧にタオルで水滴を拭っていく。目を瞑って満面の笑みで受け入れる顔をあまり見ないように努めた。
「それにしても魔法で作んなくて良かったぁ」
「なに?」
「学校で友だちに貰った普通の香水だったんだよ。最近匂いのつく魔法も流行ってるけどあれ雨とか水とかで落ちないんだって。風魔法だから」
「魔法ならそれこそ風呂なんかに入らなくてもすぐ落とせるでしょ」
「確かにー、師匠賢ーい」
……魔法の才能と頭の良さは別物だ。
色々と諦めて膝の上にカブを乗せて毛づくろいを続ける。成長していないようで随分重たくなったから、やっぱりいつまでも子どもっぽいのは顔のせいだろうか。無理やり風呂に入らされたにしてはご機嫌なカブが妙に気持ち悪い。ついには鼻歌まで歌い始めたから頭突きをかますと、机の上の土をいじり始めた。
「風呂に入ったばかりなのに」
「えへへ、どうせまた触るしお風呂も入るもん。いつ触っても一緒だよ」
「そんなに好きかね、ゴーレム」
可愛い可愛い土人形。
嫌なこともたくさんあったけれどきっとこれがないと生きていけない。ゴーレムを見て、私を見て、にっこり笑う。
「うん!師匠ほどじゃないけどね!」
どの意味だろう。
いや、どれでも大差ない。きっとゴーレムの作り方も動かし方もわかってしまえば、興味を失うだろう。大きくなった手で作られるゴーレムはまだまだ脆い。
「師匠みたいに可愛くならない」
「私のは可愛いだろー」
「そこ自慢しちゃいますかー」
小さな小さな売り物にもならないゴーレムを1つ作る。脆そうなゴーレムの隣に並べると小さくても立派に見えた。
指を鳴らすと踊りだす。
負けじと動かそうと指を鳴らしたようだけれどゴーレムは回るだけ。ギシギシとぎこちない動きをしてボロボロと身体が崩れはじめた。
「あっあぁあ~……」
かわいそうなくらい悲愴な顔をするから思わず崩れたゴーレムを受け止めた。少し水々しい感触は確かに私のゴーレムとは違う。同じ土を使ったけれど込めている魔法がそもそも違うことは触ればわかった。
それはそもそも教えたことのないやり方。
誰に教わったのか元々持っていた才能から自分でやりくりしたのか。本来魔法使いが行う方法だった。
* * *
南の魔法使いから届いたのは招待状。学校で行われるダンスパーティーへのお誘いだった。参加したものの南の魔法使いはこちらの姿を知らないだろう。添えられた手紙には「一度この素敵なゴーレムの作り主を見てみたい」と書かれていた。
私は南の魔法使いをもちろん見たことがある。整った顔の男性で長命のエルフだった。数千年生きると聞いたことがあるから今でも綺麗なままなんだろう。
「わぁ!カブってば可愛い!」
聞きなれた名前が聞こえて物陰からこっそり覗く。朝何度も見たドレスの少女が見慣れない化粧をしていた。「ねぇ、可愛い?可愛い?」って何度も聞いてきたから正直に可愛いと言っていたけれど、朝とは違い化粧でものの見事に化けている。知らない女みたいだ。
「えへへ、可愛いでしょ」
自信満々で喋ると舌足らずで残念。そこが余計可愛いのか上級生らしき人たちから頭をなでられたりしていた。なんとなく面白くない気持ちになっていくのがわかる。
そっとその場を離れようとすると手触りのいいスーツとぶつかった。
「……可愛いでしょう」
南の森の魔法使い。話すのは初めてだ。でも随分親しい口調で、慣れた相手のように話す。
北の森の魔女もそうだった。
才能があるとそうなるのだろうか。
「あのゴーレムマスターがあなたのような女性だとは思いませんでした」
「あのって、どんな噂を聞いていたんですか」
「男女問わず食べ物にする偏屈モンスター、と」
誰だそんな言い方してるやつ。思わず睨むと私じゃないよと笑われた。正体を見誤らないようしっかり受付で見張っていたらしい。
「カブには手を出したんですか?」
「まさか、子どもでしょう」
「それは良かった」
え。
ニッコリと紳士な笑顔をするくせに挑戦的な口調。才能がどうとかじゃなく喧嘩売られてる?
「あの子はさすが北の森の魔女の秘蔵っこだ」
紳士は指を振ると数メートル離れたろうそくに火をつけた。欲しくても手に入らなかったものを持っている。
「私のところに来たらもっとたくさんの魔法を教えてやれる」
男はそう言って物陰から出ると易々とカブに話しかけた。
カブの顔はまったく知らない表情をしていた。
「南の先生!」
知っていた。
この子の先生は自分とあの彼女だけじゃない。南と連絡を取ることができなかったわけじゃない。カブを取られることが怖くて自分から連絡をしなかったんだ。
ゴーレムを作る術も、動かす方法も、教えなかったのは天才への妬みなんかじゃない。あの子と知り合ってから寂しい時間は少なくなった。この独占欲はゴーレムじゃなくて、あの子へのもの。
出会ったときはまだ小熊だったのに。
子どもだって無理やり思い込もうとしていたのに。学校なんかに来なければ。いや、自分が動かなくてもいつかは自分で巣立っていったかもしれない。自分でもゴーレムを作ったり動かしたりしていたし、教えなくてもきっとモノにするだろう。先延ばしにしたって良いことなんてありはしない。
たくさんの魔法を教えてやれる――。
たった1つしかない自分の魔法に執着しているなら、それを教えればカブは出て行くだろう。小さな可愛い小熊。勝ち誇った顔をした男がこちらを見ていた。
“今出てこられるものなら出て来てみろよ”と嗤う。
こんな惨めな気持ちは久しぶり。誰と一緒に居ても所詮遊びだと思っていた頃。積み重ねた努力を誰も見はしないと誰も愛してはくれないと。
「ねぇ南の森の先生!また北の先生の話をしてよ!」
そっか。
最初から彼女の目的は。
「またかい?君は本当に北の森の魔女が大好きだね」
「うん!」
視界が明るくなる。
北の森の魔女は本当に愛らしかった。彼女もゴーレムを作りたがっていた。今でもカブの部屋に飾ってあるボロボロの土人形。小さな弟子は才能に関わらず自分の先生のできなかったことを叶えているだけ。
死んだ魔女の遺産を抱えて。
「でも残念ながら、今日はそれよりももっととっておきのお楽しみがあるんだ」
「なに?なに?」
ホールが暗くなった。照明が絞られて近くが明るく照らされる。まずいと思って避けたのが悪かったのか、紳士から睨まれた気がした。
『今日のパーティにはスペシャルゲストをお呼びしています!』
嫌な予感がする。とっさに傍にあった植木鉢へ走り寄る。ごっそり抜き取った土を全部使って慌てて人形を作り出す。腰までの高さしかないのはしょうがない。嫌な予感がしたのは自信過剰であってほしい。
周りから凄く変な目で見られているけど今は気にできない。
『北の森のゴーレムマスターよ、どうぞ照明の真ん中へ!』
嘘だろ、最悪。南の森の魔法使い許すまじ。
そっと照明の方へゴーレムの背を押した。躍り出たのは根っこの飛び出た土人形。ざわざわと騒ぎになる。間が保たない、冷や汗がすごい。
「師匠、来てるの?」
土人形の傍に来てキョロキョロと周りを見渡すカブに見つからないように指を鳴らす。ゴーレムはカブの手を取るとステップを踏んだ。
先生の踊りに弟子が応える。
ちらほらと感嘆の声が上がり始めた頃に忌々しい声が響く。
『皆様、一度は手に取ったことがあるでしょう、北の森の土人形を』
褒められているのに南の森の魔法使いの声だからかいまいち喜べない。かなりの量を作ったとは思っているけれどそんなに人気になったのかあの人形たちは。
『一緒に踊っているのは有名だった北の森の魔女の、そして北の森のゴーレムマスターの唯一の弟子です』
弟子にした覚えはない!
出てこないこちらの気持ちは無視して観客は指笛を鳴らしたりと盛り上がっている。段々と楽しそうに踊るようになった小熊と土人形。あどけない笑顔は変わらないはずなのに今は遠い。
これでしばらくは安心だとそっと会場を離れた。
音楽が鳴り出し他の皆も踊りだしたようだ。顔を知っている南の森の魔法使いとカブもしばらくは輪の中にいるだろう。
「師匠‼」
ドっと腰にくる衝撃。
人形でも人でもお構いなしにこのタックルをする子どもは1人しか知らない。
「師匠、ディア師匠、ねぇカブと踊ろ」
「可愛いゴーレムが相手してくれたでしょ」
「他の子に代わってって言われたんだもん」
少し拗ねているカブにあれって思う。こまかな違和感を噛み殺して振り向くと腰にまとわりついていた腕を外した。
「ドレスとか持ってたんだぁ」
「着る機会ないし」
「じゃあなんで持ってるの、師匠のくせに」
ぷーって膨らんだ頬をぶにぶにと潰す。がうがうと噛み付こうとフリをする姿が本当に小熊みたいだ。
「私はもう帰るから踊っておいで」
「んー、師匠が帰るならカブも帰る」
「せっかく可愛いドレス着てるのに?」
ほっぺたをびろびろ伸ばすと嬉しそうに頬を擦り合わせようと顔を寄せてきた。
「可愛い?」
「可愛い可愛い」
おざなりに答えたのに笑顔のまま。
……誰にもこうなんだよなぁ。
「可愛いゴーレムと可愛いカブが踊ってた姿は可愛かったなぁ」
「もう1回踊ってくる!」
ドレスのまま走る姿はお世辞にも優美とは言えない。棒読みにも関わらず信じる危なさはどうなんだろう。
大人になった。
化粧も覚えたみたい。
本人が言うとおりもう子どもじゃない。目を細めて見送るとひっそりと入れ替わるように南の森の魔法使いが姿を見せた。
「残念です、皆さんの前に姿を見せていただけなかった」
「何が目的なんですか」
「簡単なことですよ」
悪戯っぽく笑う顔は見覚えがあった。その笑顔は誰にも似ているように思えたけれど、私の知っている顔は少ない。
「あなたが妬ましかった、そしてあの子に幸せであってほしい」
妬ましい?
天才が、私を?
「あの子に何度も声をかけたんですがね、南に来てくれないんですよ」
ちゃんと声はかかっていたのか。
じゃあ後はオリから逃すだけ。
「カブが望めば、南で学べるんですか」
「こちらではいつでも待っていますよ。あなたを表舞台に出したかったのはそのためでもあるんですから」
「え?」
土人形狂いの奇才。
カブがそう呼ばれているなんて知らなかった。学校では可愛がられているけれど、同時にバカにもされていると。稀に見る才能を全部使ってゴーレムに執着する姿は滑稽に見える。だからそのゴーレムを扱うことがいかに素晴らしいかとみんなの前で披露する必要があった。
彼女のことを誰も笑わないように。南に来てもいじめられないように。
「さすがに凄かった」
「あなたに言われると嫌味かなと思う」
「いや、これだけは私の好きな人も敵わなかったと聞いていたし、私も敵わないと思うよ。あんなに綺麗には作れないし動かせない。改めて凄いと思った」
……好きな人。
そっか、男女問わず食べ物にする偏屈モンスターと罵っていたのは彼女だったか。北の森の魔女は随分口が悪かったようだ。握手を求められて応えるとやはり見覚えのある顔で笑った。
「あー、ただ、この学校は私の経営であってね」
「はぁ」
「男女問わず食べ物には、しないでほしい」
失礼な魔法使いには即席ゴーレムからのチョップを食らわして、私は自ら学校を退場した。
そんな悪い魔法は、あの子と出会ってからは使っていない。
学校から帰ってきた小熊は大層ご立腹だった。自慢のもちもちほっぺがそのうち爆発しそうだ。
「先、帰った、師匠のバカ、べーだ、バーカ」
かわいそうに。怒りのあまり言語能力まで落ちている。単語のみでぶちぶちと愚痴をこぼしながら畑仕事用のゴーレムに抱きついている。動けなくなったゴーレムがぐにぐにと動いては困り果てている。
「抱きつくなら別のゴーレムにしな」
「畑仕事は代わりにやるもん」
「せっかくの可愛いドレスが土まみれになるなぁ」
私はもう着替えたからいいけど。渋々ゴーレムから手を離したカブの手をひいてお風呂場まで歩ませる。素直についてくるあたりが笑える。
そっと深く息を吐いて自分の心を落ち着かせた。
「ゴーレムの作り方を教えるから、機嫌直して」
自分の耳が信じられなかったようでくりっくりの目を更に開いてこっちを見ている。
「それ嘘だったとしたらかなりの悪人だよ、師匠」
「信じてもらえないのはかなり自業自得感あるな」
「わかってるんだ。え、嘘じゃないの?」
私が悪いんだけど、生意気な。口約束ばかりしてきたのは否めないけれど、今回は本気だ。お風呂場に用意していた土を指差すと大慌てで部屋を出て行った。
……え、教わらないの?
しばらくバタンガタンと音がしていたと思ったらズダダダダと足音がして着替えたカブが戻ってきた。普段着に着替えてきたようで、興奮して真っ赤な顔でまっすぐ私を見ている。
「教えて!」
「“お願いします”は?」
「お願いします!」
ちょっとからかってから椅子に座らせる。こっちが笑ってることにも気付けないほど必死なようでこっちの言うことを全部聞き漏らすまいと真剣な顔で固まっていた。
ぐにぐにと頬を揉み解すとゆっくり呼吸をし始めたから手に土を握らせた。
「いつも通り、人型を作って」
「ん」
普段通り、でもきっと本人の中で一番丁寧に作られていく。
「力を抜いて、ちょっとずつ何のイメージも持たないで」
「水じゃないの?」
学校で習うものは四大元素に基づいている、らしい。学校に限らず魔法といえばそうだ。
地・水・火・風。
その水を用いて動かしていると考えたんだろう。間違ってはいないけれど、私はそもそもそんな魔法は使えない。
「四大元素は扱えないって前に言わなかったっけ?」
「それさ、簡単に言うけどそもそも四大元素以外の魔法をどうやって使うの……」
え。
初期の魔道書は全部読んだけれど確かに載っていたはずだ。
「や、あのさ、私初歩の魔法すら使えなくてね」
「だからカブも先生もまったくわかんないから教えてって言ってたのに」
独学の魔法って、もしかして魔法じゃなかったのか。いや、これは魔法のはず。魔法使いに憧れた私の魔法が魔法じゃないなんてそんな哲学な。
「……とりあえず、作り出す能力がないので、元々あるものを借ります」
「誤魔化した」
誤魔化したんじゃないやい。説明ができないんやい。これしか知らないし他人に教えるつもりもなかったんだから。
「水に着目したのは半分正解。カブがやろうとしたのは水を生み出してそれを動かそうとしたんでしょ」
「師匠賢ーい」
「それを生み出さずに動かすだけ」
「え」
ぶるぶると首を横に振る。
泣きそうな顔をしているけど、なんで?
「できないよ!」
「生んで動かせるならできるでしょ。簡単でしょ」
「無茶だよ!」
「本にも載ってたのに?」
おかしいなと首を捻るとカブはもう一度風呂場を出て行った。忙しい子だなぁと見送ると今度は本を抱えて帰ってきた。
音がするくらい物凄い勢いであるページを開くと、バシンと私の顔に押し付けた。見せたいんだろうけれど押し付けられたら見られない。ぐいと押しのけて見せられたページを覗く。
「師匠が扱ってるのは第五元素!エーテル!光魔法!」
「は?」
そんな大層なものじゃない、はず。
本に書いているのは四元素を動かす要素について。慌てて本をめくるけれどその本にはまだ解明できていないだのと書かれている。
「生み出す能力があればその存在も扱えるもんじゃないの」
「扱えないよ!生み出したものが動くのは生み出す勢いで動かしてるだけだよ」
動いているように見えるだけで実際は次々と同じものを作り出しているだけ。今度は私が風呂場を出て行く番だった。
小さな頃魔女に憧れて自力で買った本を一冊抜き出してくる。風呂場に戻るとカブは半べそをかいていた。
「この本をヒントに改良を重ねたんだから、誰にでもできるはず」
持ってきた本を読み込むカブ。
「師匠、この本私が生まれる前に“嘘つき”って絶版になったやつ」
「え!?嘘!?」
「この人確か書いたはいいけど自分じゃできなかったから口先だけだって教わったよ」
誰もそんなこと教えてくれなかった……!
……それはそうか、そんなものを使ってるとは思いもしなかったんだろう。わかりにくかったけれどたどたどしく説明をしてくれたカブの言うとおりならこの本の著者は変わり者で嘘つき扱いされてもっと知られていない森に追放されたとか。
気まずくなって土人形に必要な要素をもうひとつチラつかせる。私の部屋を散々探したならもう見ているはずだ。
「やっぱり入れていたのはその鉄くずだったんだ」
「ゴーレムの中身を暴いたりはしなかったの」
「動いているゴーレムを開くのかわいそうだったもん」
それは、お優しいことで。とにかく教えないことには進まないので、利用したページだけを教えて取り上げる。読んでもらうのは後だ。
隣に並んで自分でも土人形を作った。見た目がいいのは単なる経験の差。ちなみに私レベルになると鉄を入れなくても動かせるのだけどそれはまだ知らなくていい。
「じゃあ中に鉄を入れて」
「うん」
まだ半べそだったけどやる気は失っていないようで同じように鉄を入れる。
「じゃ、ちょっとずつ魔力を込めて」
「何に?」
学校では四大元素を生み出す力の開発しかされていない。優秀さはそれぞれの元素の得意不得意、生み出すものの量、均等さ、速さなどで比べられる。
「えっと全体に?」
「水を全体に満ちさせるみたいな?」
「あー、そうそう、みたいな」
適当だけどいいんだろうか。鉄を中心に、なんと言ったらわかりやすいんだろうか。空気を動かす、ような。指を鳴らして自分自身のやってきたことを試してもう一度よく考えてみる。
自分は慣れるまでどうしていたっけ。
今では離れていてもできるけれど最初は手で触れていないと動かなかった気がする。
「やっぱりそうじゃなくて、そもそも人形がなんで動いているかからかな」
「なんで?」
「土に含ませた水をね……」
ゆっくり丁寧に。自分が四大元素を扱えなかったように。まったく未知のところから始まるカブを決して笑わない。
気付いたら夜は明けていて目が痛かった。数体目のゴーレムでやっと触れたままなら数分動かしても崩れない動かし方ができるようになった。
「うわぁ、感動」
初めてゴーレムが動いたとき、私も嬉しかったっけ。ぐしゃりと頭を撫でたら土がつくのも気にせず笑った。めいっぱい抱きついてきたから受け止めきれずに尻餅をつく。
「師匠、すごい」
どっちが。もともと道があるとはいえきっと私がやるより早く身についている。時間をかければ後は勝手に上達するだろう。
「もう何も教えることはない」
「すごい免許皆伝みたい」
「実際そうだよ」
もう何もしてあげられない。
願いは恋に似ている。
叶えたい、叶えられない。
もう傍に居られない。
飽きられたらゴーレムを連れて旅に出ようか。
また遊び人になるのも楽しそうだけど、ちょっとしばらくは誰にも触れそうにない。名残惜しさに頭をゆっくり撫でると髪がさらさらと指先を撫でた。あんまり嬉しそうにするものだからぎゅっと抱き締めて顔を見ないようにした。それが失敗だった。
「あ!」
「いたい」
耳元で突然声をあげたものだから鼓膜が破れるかと思った。思わず顔を離して覗きこめば今度は真っ青になっている。
「師匠、どうしようー」
「なに、どうした」
せっかく機嫌をなおしたのにまた泣きそうだ。
大きくなったのに表情がころころ変わるからまだ子どもっぽくみえるんだ。もうほとんど呆れた状態で声をかけたのに立ち直らない。
「遺産、何を渡せばいいのー!?」
すっかり忘れていた。教えるかわりに北の森の魔女の遺産を何かくれと言っていたのだから、何か貰わなければいけない。別にいらないといえばいらないのだけれど「教わったのだから何か差し出さなくては」と腕の中でオロオロしている。
「あー、じゃあ先生の作ったゴーレムをちょうだい」
「え、あれ?」
露骨に嫌そうな顔をするから、またおかしく思う。
「そんなに大事なら別のものでもいいけど」
「大事っていうか……」
ほっぺたがふくらんで嫌そうな顔がひどくなる。うじうじと動いては唸ったり頷いたりを繰り返して要求を飲み込めないようだ。白黒というか赤青というか、ちょっと面白い。少し太り気味だからか汗までかいてきたようで舐めてやると今度は完全に赤くなった。でも嬉しそう。
「大事っていうかいやだな」
なんだか自信をつけたようで小さな声でもハッキリと聞こえた。
……いや?
もう一度しっかり聞こうと耳を近づけたら今度こそ鼓膜が破けそうになった。
「あー!わかった!」
「いたいいたい、なにが、ねぇ痛い」
「先生の遺産!私わかった!」
もやが晴れたような輝く笑顔。
また嫌な予感がする。
それもとびっきりの私の想像もつかないやつ。
「師匠にカブをあげる!」
あー、これ小さい頃見たことある。
肩叩き券とかと同じレベル。
「カブも、先生の遺産でしょ」
そうきたか。確かにあの人の最大の遺産ではあるけれど。本当にわかっていない顔できょとんとするから、何が正しいのかわからなくなる。
ダメって口で言おうとしてまだ顔が真っ赤なことに気付いた。
「……カブ?」
私の膝に座ったまま目がゆらゆら揺れる。自分が可愛いとわかっている上目遣いで誘う。服にしがみついているから下に引っ張られて息が苦しい。
堪え切れなくて息を吸った瞬間にこつんと額が触れて甘いミルクの匂いがした。
「子どもじゃないもん」
完全に子どもの声で言われた小さな声に目を逸らす。逸らしてもじっと見てくるから根負けしそう。
「師匠」
檻を壊したら逃がさなきゃ。
身体の下のほうを捕まえられているから仰け反っても抜け出せない。柔らかいふとももがやっぱり重い。遊びで手をつけるには綺麗すぎる原石。
パチンと指を鳴らしてカブに合わせて作った自分の小さなゴーレムたちを動かす。わらわらと指の少ない手でカブの首元に上り詰めて彼女を私の膝から下ろした。
「わぁああ、ひどいいい」
「ヒドクナイ」
「カタコトだよ!そんなにカブのこと嫌い!?可愛いって言ってくれるのも嘘なんだぁ!」
失礼な。嘘つきだけれど本気でカブを傷つけるような嘘は吐いたことがない。
……見栄っ張りだから否定だけしておこう。ゴーレムを潰さないように風呂場の床にぐしゃって倒れているカブの頭を撫でる。
「嘘じゃないよ。かわいいかわいい、小さな小熊さん」
ぷにっぷにで目もくりっくり。
もう小さくはないけどそれでもずんぐりむっくりの体型はやっぱり小熊みたいだ。
「子ども扱いもイヤだよ」
「実は可愛いも子ども扱いなんだよ」
「フォローになってなーい!」
ゴーレムを潰さないようにぶるぶると体を振って自由になると立ち上がった私の腰にガッチリと抱きついた。顔は幼くても筋肉はしっかりついている。ギリギリと締め付けられる腰が痛い。ちからは強いのに顔がしょんぼりしているのはなんでだ。
「やっぱり、先生みたいに大人の魅力がないとダメ?」
「何の話?」
「知ってるよ。もう悪い魔法の意味もわかるよ」
力任せにくちづけられた頬。とてもキスとは言い難い体当たりの感触。くすぐったさに頬が緩んでいく。
「先生にしてたこと、カブにもできないのはムカつく」
あのボロボロの土人形を渡したくないのは、どっちに対する嫉妬だったのか。
いつのまにか降り積もった愛情はどちらのものだ。
きっとこの子は小さな頃からそれだけのために。
死んだ魔女の遺産はどちらだったのだろう。
もし私達のどちらともがそうなら、やっぱり生前の、いや、死んでからも彼女は天才だったのだ。
「敵わないなぁ」
踊るように肩を抱く。少しふっくらとした肩を愛しく思う。覚えのあるダンスをもう一度踊ろう。二人ともがあの人のゴーレムなら悪くはない。
それならきっと魔力が尽きるまでずっと一緒だ。
Pixivにて2016年12月6日に公開した物です。




