星空の下のアイヒ城――私が女王になるまで――
今日も、気持ちのいい朝が来た。
この屋敷は王都でも端のほうに在るので、森に隣接していて静かだ。
世話係のロイエに起こしてもらい、まだ少し熱い紅茶を少し口に含む。
「ティレーヌ様、ジョスタシア男爵夫人が国家転覆未遂の疑いで捕らえられたそうです」
ロイエは開口一番そう言った。またあの王女が言いがかりをつけたのだろう。
「また? 最近は王族がよく暴れるわね。うちも少し危ないかしら……」
王女サイファは我儘だ。自分の言う通りに動かない貴族を次々と捕らえ、その首を飛ばしていく。
特に貴族の中でも身分が低い者達は噂での的にされやすい。
きっとジョスタシアも一か月後には生きていないだろう。
ロイエは私を椅子に座らせ、簡単に髪を結っていく。
今から朝食までの少しの間だけ、湯浴みをするのだ。
「目をつけられれば、今度は跡形もないでしょう。その前に第一王子であるリスフィート様が王位を次いでくだされば良いのですが……」
「難しいでしょうね。現国王はまだそれ程のお歳では無いですし、今は宮廷勤めの医師がとても優秀なそうですから」
「……ティレーヌ様、何卒あの方々の逆鱗には触れないように」
ロイエは少しばかり窓の外を遠い目で見つめた後、ぎゅっと目を瞑ってそう言った。
湯浴みの間へは遠い。
歩いて五分かかるので、いつもは少しロイエと話をする。
「ねぇロイエ。私、違うと思うの」
「何が、でしょうか」
「サイファ様のことよ。あんなやり方ないと思うわ」
「でも、下手に怒らせれば……」
ロイエの前主、私の姉もサイファに殺された。
そのこともあり、ロイエは特に王女関連の話に敏感で、そして心配性だ。
「クロレーラ姉様のことは私だって理不尽だし、怖かったわ。でももう五年も前のことで、家族ではあるけれど貴族としていつまでも引きずっていてはいけないとジェスティド兄様に叱られたわ」
「……あの時は第一王子の采配で連座にはなりませんでしたが、二度目はどうなるか分かりません。それに、歴とした国家転覆です、ティレーヌ様」
「でも、味方はこちらのほうが多いと思うわ。上手くやれば第一王子だって味方につけられる。重い税金を課せられている平民達を煽って扇動すれば革命だって容易いと思うの。今は戦争がつい終わったところで国にも余裕も残っているとは言えないし、人の心を握る方法はお姉様の元世話係のロイエが一番わかっているでしょう?」
と、そこまで言った時。
鈴のなるような声とすれ違った。
「そういう話は、もっと機密性の高い場所でなさってくださいませ? お姉様」
「あら、ライフュ。湯浴み終わりかしら。丁度入るところなのよ」
我が妹ながらライフュはとても美しいと思う。母と父の良いところをすべて受け継いだような自慢の妹である。
「そうなのですか。では、その続きは食事の間で聞かせてくださいね」
湯浴みを終えれば、すぐに朝食だ。急いで、でも優雅に早歩きをし、なんとか時間に間に合わせる。
いつも通りなのに、私と兄様の間が空いていることがどれだけ時間がたっても寂しい。
「今日のメニューは、鶏肉のサラダと……」
そしてまたいつも通り、料理人の長い長い説明が始まる。
この説明が長いほど、素材にこだわってお金をかけているらしい。
ということは、公爵家など位の高い家での食事の説明はもっと長いことになる。
「では、ごゆっくり」
料理人のその言葉を合図にして、壁側に控えていた侍女たちが一斉に給仕を始めた。
大皿から取り分けたり、お茶をついだり。
いつも見て記録していたら、当番制でやっていることが分かった。
「お姉様、先程の話をお伺いしても……」
「侍女もいるこんな場で出来る話ではありません。どうしてもと言うなら私の自室に来てください、ライフュ」
両親もいるし、無関係な侍女達に聞かせる話ではない。
きっと叱られるなんてものでは済まないし、クロレーラの一件で回し者がいる可能性だってある。
ライフュもまだまだだ。
「ティレーヌ、ライフュ。自重しろ。給仕中だぞ」
事情を察したジェスティドが注意する。
特に私をギロリと睨み、また両親のしている話へ戻っていった。
ジェスティドは慎重派だ。それに、家族愛といえるようなものも見たことがないので、きっとクロレーラのことも何とも思っていないのだろう。
なんだか少し悔しい。
「お兄様は何とも思わないのですか? クロレーラ姉――」
「黙りなさい、ライフュ。その話はもうしないと五年前にも言ったでしょう」
ライフュの言葉を母ヘイリーンが遮った。
しゃんとしているのに、その瞳には心なしか少しばかりの悲哀が映っている。
「あの、ジェスティド兄様。少し後で、部屋にお伺いしてもよろしいですか? 大事な話をしなければならないのです」
「……まぁ、いいだろう。二時間後ぴったりに来てくれれば戸は開いているはずだ」
私はジェスティドに、ある話をする。
それは、クロレーラが私たちに何を残したか。
家の命運にも関わる、重大な話。
「兄様。どうして先の戦争が起こったか、知っていますか?」
「外交官同士の不和だろう。全く馬鹿馬鹿しい」
「えぇ。そうして、アイレス侯爵家の次男が殺害されたわけですが……」
ジェスティドは何も知らない。
クロレーラに知らされていない。
そう思うと、自分だけが真実を知っているという事実で私は優越感に浸り、思わず口角が上がった。
「元々外交官同士は仲が良いとは言えませんでした。でも、殺すとまで行くほどでは御座いません」
「……では、どうしてだ?」
「外交官二人を殺害したのは、お姉様の騎士ですから。お姉様が最後の手段として取ったものです」
そう私が言い終わるまでもなく、ジェスティドはガタリと音を立てて立ち上がった。
普段は冷静沈着なジェスティドが乱暴な音を立てて。
「もしや、そうかお前は……」
「えぇ。お姉様は、私にこの国の革命を託すため、最期に切った手段が戦争なのです」
「戦力を削いで、革命を起こしやすくするため、か……」
私がニコリと笑って見せると、ジェスティドは引き攣った顔で言葉を失った。
短い作品ですが、最後まで読んでくださりありがとうございました。
後々この作品は連載にするつもりです。
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