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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

鈍夜

作者: 高橋 光太
掲載日:2026/02/22



 ――NASAの上層大気観測衛星「UARS」が、日本に落ちて来る可能性がある。




 そんなニュースが流れたのは、いったいいつのことだったろう。淡々と流れていたそのニュースに、人々は驚きはするものの、焦る人はいなかった。しかし、大気圏に突入し、砕け散ったかけらのひとつが、愛知県にある日本特殊陶業傘下の工場に落下。その際に火災が発生し工場ひとつが全焼、三名の死者を出した。この事件は、日本人のみならず世界中のすべての人を釘付けにした。だがそれは、云分の一の確率といわれていた衛星が落下したからでも、死者が三名出たからでもない。事故後に日本に浮かんだ『二つ目の月』が、注目の対象だった。


 何が原因だったのかは分からない。宇宙から帰還した衛星の欠片が科学的に解明されていない物質を付着させていたのかもしれないし、工場内で何か怪しい物を取り扱っていたのかもしれない。死者三人も、何か関係しているかもしれない。しかしそれはすべて憶測にすぎず、ただ確かなのは、天高くまで燃え上がる炎の中から、ゆっくりと上がってきた光の塊があり、工場が完全に鎮火される明け方近くまで、上空でぼんやりと光っていたこと。それは火の玉・光の玉というには煌々しく輪郭がはっきりしすぎていて、現場からみると、何の因果かその姿にそっくりな満月が、寄り添うようにあったという。この事件は、工場があった土地にちなんで「瀬戸の奇跡」と呼ばれた。



 地球温暖化が進み、「第二の地球」を求めている世界各国が、この現象に注目しないわけがない。衛星の軌道を追っていたNASAがたまたま取っていた記録によれば、その光の塊はそれなりの質量を有していたという。それでいて地上数キロのところに浮いていたということは、異重力が働いていた可能性が高い。また高エネルギーは観測されなかったことから、科学者たちは、もしもあの物質が解明できれば、人類は人工的に惑星を造ることができるかもしれないことを発表した。世界の宇宙開発先進国は、「瀬戸の奇跡」を検証し、持てる先進技術をすべて駆使して人口惑星製造に乗り出した。発端フィールドである日本も、ここで後れを取ってはいけないと、日本全国の研究者が愛知県に集められることとなる。もし人口惑星を作ることに成功すれば、その星の権力者として日本は絶対的な権力を誇ることとなるだろう。人民と技術力だけが国の資源と言われ続けてきた日本が、世界を統べる最初で最後のチャンスだった。


 研究は、なかなかうまくいかなかった。研究者たちは自分こそ創造主になろうとしたが、あの日の条件をいくら揃えてみても、光の物質が生まれる気配は全くなかった。工場はいたって普通のセラミック製造をしていたし、働いていた三人も、特に変わったところのない工員だった。気象観測衛星を墜落させてみたりもしたが、収穫は何もなく。一方で、技術力をすべて光の物質研究に回した日本は、目に見えて疲弊していた。高い技術力を持っていた日本の産業はすっかり退化し、一時は世界一とまで言われた工業輸出産業は実質機能を失い、すべて中国に持って行かれた。日本ブランドという言葉は消滅し、「一位じゃなきゃだめなんですか」は言ってみたい言葉ランキングで一位。国力は衰え、国民は戦後直後のような苦しい生活を強いられた。瀬戸の奇跡の条件をそろえ、日本全国の工場が爆破される中、それでも日本人は奇跡がもう一度起きることを信じて、ただ待ち続けた。








 「ばかみたいな話」

 

 夜風に吹かれながら、ふと言葉が漏れた。小高い丘の上で、頬杖をついて見下ろす先には、瀬戸の奇跡の現場がある。延焼した工場の跡地には、以前とすっかり同じ構造の工場が再建されていた。周りにあった建物はすべて爆発実験に使われて、文字通り焼け野原の体を成している。


「日本人は昔から、これと決めたものにはすべてをすり減らしてまで傾倒する傾向があるのかもしれないね」


 突然後ろから声がして、驚いた。けれど彼は、ここで待っていれば来るような気もしていた。


「よく私がここにいるってわかったね」

「ここらへんで残ってる場所なんてうちらの商店街か、この丘ぐらいでしょ。つか、こんなところで迷子ってるんじゃないよ」

「黄昏てるんですー。もう迷子とかいうような歳じゃないってば。放っといてくれれば良いのに」

「いくら成人だって言っても、夜中過ぎても帰ってこなきゃ、心配する」


 どっこらしょ、とじじくさいかけ声で彼は私の隣に座った。てっきりすぐに立ち去ってしまうと思っていたから、私に合わせてくれる彼を愛しく感じる。


「吉賀、さっき商店街と丘だけって言ったけど、もう一つあるじゃん。あそこに、忌々しい工場が」


 私の言葉に彼は軽く笑って、「眉間にしわ寄ってる」と額をつついた。


「もうその台詞だけで、どれだけ絵梨子さんがあの工場を嫌っているかわかるもの。いつも一緒にいるんだから、貴女があそこに近寄るとも思えない」


 ね、違う? というように微笑まれて、肯定するのも癪だった私は無言で後ろへと寝そべった。


「本当ばかみたいな話だと思わない? あの事件が起こるまでは、日本も世界も地球を守るために有害大気汚染物質がどうのって言ってたのに、新しい可能性が見えた途端、リミッターが外れたように研究、研究って。環境配慮は二の次になって、今じゃたったの十数年で二酸化炭素発生量は八倍まで増えたわ」

「夜空には星が見えるって絵梨子さんが言ってた時、僕は本気で嘘だと思ったよ。数日かかっても抜けられないような森が当たり前のように存在していたって話も。瀬戸の奇跡後に生まれた子供は、こんな風景が当たり前だと思って育ってきたから」


 雲は一つもない。なのにもやもやとしたものが上空を覆い、かろうじて月がぼんやり見える程度だ。私たちのいる丘は千メートルにも満たなくて、木も生えていないけれど、半径十キロ圏内では一番高い自然物。そんなところまでこの地域は、この日本は荒廃してしまった。


「私が子供のころは、十数年でポケベルからスマートフォンに変わったんだよ。世の中の技術力は天上知らずで、あと同じだけの時が過ぎたら一体どれだけ変わってしまうだろうと思っていたけれど、こんな風に変わってしまうとは思ってもみなかった」


 大切なものばっかり奪っていったあの事件を、私は奇跡と呼ぶ気が起きなかった。奇跡というのはいいことばかりだと思っていたから。吉賀は夜空を眺める私をじっと見て、それから隣にコロリとねっ転がった。右手をついと上げ、彼は口を開く。


「『日本の自然を守るために、もう一つの日本を創りませんか』。人口惑星製造で日本が国民に説明するとき、そう言ったんだよね。人口惑星を作ることに成功したら、工場などはすべてそっちに移動することによって、こっちの日本の自然はわずかに守られる。今の環境破壊に歯止めがかかるならと、日本人は自分たちの技術力を信じて、ソレを国家政策とすることを認めた。でも現状は、これだ。本末転倒って、こういうことを言うんだろうな。子供みたいだね、人って。どれだけ大事にしてきた古いものも、新しいものが手に入りそうなら、修理せずに後者へと手を伸ばす」

「本当にね。第一、地球は直径一万キロ以上もあるのに、そんなものどこにどうやって作るっていうのよ。しかも工場をそっちに作ったら、全国のお父さんは惑星規模な単身赴任」

「奇跡なんて、二回起きたらただの偶然になってしまうのに。こんな僕でも掴めるものがあるなら……」


 夜空のもやをとるかのように、まっすぐにのばされた吉賀の手を私はぼんやりと見ていた。やがて、力なく落ちてきたところを捕まえる。彼の手は冷たかった。そのまま、手のひらの体温が混じるまで互いに無言で夜空を見ていた。


「私は日本が好きだっただけなのに。変わることを求めたわけじゃなかったのに。どうしてこうなっちゃったんだろう」


 ポツリとつぶやくと、手を離し、慰めるように吉賀が頭をなでてくれた。そして唐突に、囁くように歌う。


「変わらないものってさ とても綺麗でしょ けど綺麗なものって 変わってしまうんだ」

「あ、カルペディエムの歌詞じゃん。吉賀よく知ってるね」

「絵梨子さんが好きだからっていつも流してるんでしょ。毎日聞かされれば覚えるよ」


 でも歌詞はちょっと曖昧、といって、彼は口笛でメロディーを吹いた。


 吉賀は私の最後の大切なものだ。このちょっとした時間ぐらい、変わらないでいてくれたっていいのに、すべては変わってしまう。私が工場の見えるこの丘に来て、そんな私を彼が迎えに来たことで、なんとなくこの時間の終わりを悟った。何も言わないけれど、きっと彼はあの工場に行ってしまうのだろう。



 口笛が止まり、吉賀が立ちあがった。


「このままだと風邪ひいちゃうよ。帰ろう」




 ごめんね、お母さん。




 声にならなかった口の動きには気付かなかったふりをして取った彼の手は、また冷たくなっていた。







 ――NASAの上層大気観測衛星「UARS」が、日本に落ちて来る。


 そんなニュースが流れたのは、吉賀が行方不明になり、行方不明になっていた「瀬戸の奇跡」で死亡した工員の息子が見つかった、と発表があった三日後だった。淡々と流れていたそのニュースに、人々は驚き、今度こそと期待した。


 大気圏に突入し、砕け散ったかけらのひとつが、愛知県にある日本特殊陶業傘下の工場に落下。その際に火災が発生し工場ひとつが全焼、三名の死者を出した。あの「瀬戸の奇跡」と極限まで条件を似させたこの事件は、日本人のみならず世界中のすべての人を釘付けにした。それは、云分の一の確率といわれていた衛星が無事に落下したからでも、「瀬戸の奇跡」犠牲者に年の近い血縁が死んだからでもない。事故後『何も起こらなかったこと』が、注目の対象だった。


 何が起こったのかは分からない。ただ確かなのは、天高くまで燃え上がる炎の中から、ゆっくりと上がってきた煙が、工場が完全に鎮火される明け方近くまで、上空を覆っていたということ。それは灰色というには優しく悲しい色で、まるで喪に服しているかのようだった。そして次の日、あれだけ濁っていた空は「瀬戸の奇跡」以前のように澄んだ姿を見せた。


 そんな本物の空に目が覚めたかのように、日本は人口惑星創造計画の中止を発表。以前の日本を取り戻すべく復興計画が組まれた。わずかずつ、「日常」が戻り始める。



 この事件は後に、喪服色にちなんで「鈍色(にびいろ)の夜」と呼ばれた。




お読みいただきありがとうございました。

※昔書いた小説を再投稿しています。


十年以上前ですが、この短編に、サークル一緒だった人が続編書いてくれるって言ってたんですよ。

楽しみですね。

もう連絡先も、彼がまだ小説を書いているかもわからないけれど。

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