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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

初夏

作者: もち。

これは僕が体験した話。

2022年6月24日、僕が全てから解放された日。その日、僕は初めて自分の意思で学校を休んだ。国内ではコロナ対策も比較的緩和されて、まだマスク着用をしなければ入店不可能なんて店は多いものの比較的昔の日本に戻りつつある。今となればマスク警察だの自粛警察だの、三密だのなんだのなんてのもネタにできるほど回復しつつある。また戻ってきた日常。僕はその日、久々にマスクをせず外に出た。陽は暖かかった、暑いと言えるほど。自分の両親は共働きで、且つ僕に対し彼らは学校へ欠かさず行くと言う固定観念を持っていた。つまり信用というやつである。僕が出かける頃には両親はとっくに家を出て、家の中には僕1人になっているなんて事はよくあった。その日もそうで、静まり返る広い家の中に僕1人取り残されていた。正直気が楽になった。ここ1、2年、学校に行くと不調続きで、授業を聞こうにも頭が働かず、ただぼーっとしていても勝手に涙が流れてくるなんていう症状が続いていた。朝起きるのも億劫で、というよりまず体が動かない。僕はベッドという名の土粘土に押し付けられたフィギュアのように、体を張り付けて動かしてくれない。それを無理矢理家族がひっぺがして体の固まった僕を操作するのである。しかし今日、僕はその操作から逃れることを決意した。正直このままこの状態を続けていたら死ぬ気がしたのである。マスクをつけず、家の扉を開き、鍵を閉めて僕は家の近くの川に向かって歩き出した。人通りはやはりコロナ前と比べれば明らかに少ない。皆白いマスクを着用し、飲食店が殆ど閉まって、誰と特に交流もない閑散とする街並みを歩いている。逆に僕はこの人通りの少なさに安心感を覚えた。誰も何も言ってこない、僕に干渉するものはない。少し歩いて堤防が見えてきた。僕が歩いてきた道の先に直角になるように走っている。その堤防との間にT時で分かれ道がある。その左側には坂があって、僕はそこを登った。堤防の上に登れる坂である。僕はその頃には少し汗ばんでいた。コロナ禍の外出自粛による運動不足が祟ったのか、それとも単純に暑いからなのか…。ただその汗も、暑さも気分が良かった。心地よく感じたのである。堤防の上に登ってしばらく歩く。鳥は囀り、人はおらず、木々が揺れ、車の音がかすかに聞こえるが、僕はその時殆ど人間の操作から外れたように感じた。遠くに橋があり、そこを何台か車が走っている。おそらく車の音はその音だろう。右側には街路樹があり、左側には川がある。そんな角張っていない風景をずっと見ているとだんだん心が落ち着いてきた。川側の方には少し開けたく土地があったのだが、暫く歩いていると大きな木が出てきた。そしてその手前に階段があった。草ぼうぼうでどこにあるかもわからないような階段である。僕はそこを降りてその木の方に向かった。よくみるとその木の下にはベンチがあって、木の下まで行った僕はそのベンチに腰掛けた。ピッピッピッピッピッも囀る鳥の声とざわざわざわざわという木の揺れる音、キラキラと光る川の光とチロチロという川の音。日光が遮られ、且つ風が吹いていたのでそこは涼しかった。人間の温かみに触れるなんて言うのはいいかもしれないが、僕は少々暑がりなようで、こう言う涼しげのある世界の方がどちらかと言うと好みである。もちろん温かいのは好きだ。でも暑すぎるのはどうも好きではない。ただ僕は目を瞑って自然に身を任せた。すると僕の人間としての形は風に溶け、概念に帰っていった。再び目を開けた時にはすでに夕方になっていた。どうやら寝てしまっていたようである。せっかくの自由な日、僕は特に何かしたわけでもなくただ単に外に出て眠っただけだった。そしてベンチに何かついていたのでよくみると毛虫だった。僕は飛び起きて、すぐに木の下から離れ赤い夕陽に背を向けて僕は帰路についた。その頃には昼の暑さも残るもののまあある程度は涼しくなっていて、車と人通りが昼間より増えていた。そんな足音ばかりが響く街、喉が渇いたと言う時丁度自動販売機があったので少し入れて来た小銭でコーヒーを1缶買って飲んだ。赤だの紫だのに染まる空は非常に綺麗で、解放を身に染みて感じられた。目の前では人々が続々と歩いていく。全て飲み干した缶をゴミ箱に捨てて、僕は深呼吸しながら、マスクをしていないからこそわかる自然の空気の匂いを鼻に付けてまた家に帰った。時間を見ると5:40分くらいだった。親はもう直ぐ帰ってくるだろう。そう思って僕は自分の部屋に戻った。その途端であった。バタバタと言う足音が聞こえ、部屋の扉が壊されるかと思う勢いで開けられた。入ってきたのは父親だった。父は僕より先にいつもより早く家に帰ってきていたようだ。父は僕を見るなり怒りの表情をあらわにし、握った拳で僕を殴った。ゴツッと鈍い音がした。僕はその勢いで布団の部屋の隅まで転がった。「ヒィッッッ!、ごめんなさい!!ごめんなさいごめんなさい!!」僕の両手は震え、呼吸が乱れる。父はまた僕を殴る。今度はバシッと言う音がした。僕の頭に痛みが響く。「ぁああ!!ごめんなさい!!ごめんなさいいごめんなさい!!!」と僕は謝り続ける。涙がボロボロ溢れてくる。前にも何度も殴られる事はあった。今回も仕方ないと思う。彼の言う通りにしなかったのだから。父はまた僕を殴ろうと拳を振り上げる。僕は震える手で頭を押さえて丸まり、「ごめんなさい!!ごめんなさい!!!」と言って泣き叫んだ。今度は殴られなかった。恐る恐る父を見ると、その顔には非常に強い怒りの表情が見て取れるものの、それをなんとか押さえてその片手の拳を緩める父がいた。僕は安心で涙をボロボロ流した。そんな僕を見て父は言った。「学校休んだんだってな。連絡きたよ、学校から。」僕は泣きながら「ごめんなさい」と謝る。父は続けて、呆れたように言った。「なんかもう俺たちの努力が全部無駄になった気分だわ。」そうして父は部屋から出ていった。僕は声を出して泣いた。泣いて泣いてどれくらい時間が経ったかはわからない。夜も暗くなっていた。途中母が帰って来た音がした。でも僕のところにはこなかった。僕の心臓はまだ悲鳴を上げ続けていた。「もうだめなんだよ。」僕自身が言っている。そして僕は首を吊って死んだ。その時はもちろんもがいたさ。首を吊って、いざ死ぬとなると怖くなって、それでももう助からないと思ってしまうとふわっと気分が良くなってきた。視界が白くぼやけて今までにないほど幸せだった。体が痺れて動かなくなっていった。そうして死んだ後の僕には何もなかった。感情がなくなって、何色もない奥行きがあり、ただそこには現実と同じ風に揺れる窓と草木の音が響いているだけである。僕は空間、もしくはそれを認識できるだけの何かになっていた。いつかこの形も分解されるのだろう。こうして冷静になってみると、僕に意味はあっただろうか、抑も人と言う存在に意味はあるのだろうか。僕は疑問に思わざるを得ない。

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