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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

いい子

作者: 須堂さくら

「やった!」

 そんな叫び声が聞こえた気がして、私ははっと目を開いた。真っ暗な部屋の中、ちらっと見た時計は二時を回ったあたりを指している。

 夢を見ていたのか、それとも現実に聞こえた声なのか、寝ころんだまましばらく耳をすます。しんとした部屋の中、時折外を通っているらしい車のライトと走行音が、部屋の中に飛び込んできて去っていく。


 それだけだ。


 夢だったのだろう、そう思いながらも、一度トイレに起きて、何となく家の中を気にしながら廊下を歩く。


 静かだ。


 それはそうだ。家族皆眠っている時間だもん。そう思いながら布団に潜り込んで目を閉じる。

 何となく胸がざわついてしまうのは、多分その声があまりにも解放感にあふれていたというか、例えるなら制限時間のぎりぎりにテストの問題が解けたような、そういう種類の声だったから。



 それから朝まで、寝つきが良かったとは言えない。起きているか寝ているか良く分からない夢の中で、「うぅ」とも、「あぁ」とも聞こえるような、苦しそうな叫び声ともうめき声ともつかない声を聞いた。濁音交じりのその声は、「やった」と声を出した誰かのもののようにも聞こえたけど、男か女か、子供か大人かも分からない声で、例えるなら、そう、まるで声をざりざりとすりつぶしているような、喉を細かく押しつぶしていったらそんな声も出るのかもしれない、そういう想像をしてしまうような声だった。

 とろとろと、浅い浅い眠りの中で、その声が途切れたと気づいたときには、辺りはうっすらと明るくなっていた。



 いつの間に眠ったのか、目覚ましの音で目を覚ます。

 あまり寝た気もしなかったけれど、だらだらと起き上がって着替え、リビングへ向かう。

「おはよう」

「おはよう」

 リビングで出迎えてくれたのはお母さんで、にっこり笑ってあいさつをしてくれる。その目がどこか私を探るように動いている気がして、落ち着かない気持ちになった。

 お母さんは最近よくこんな目をして私を見つめる。私は何にも起こりませんようにと祈りながら、じっと黙って耐える。

 お母さんが何も言わなかったので、私はほっとして席につき、朝ご飯を食べ始めた。


「いってきます」

「いってらっしゃい」

 玄関の先まで出てきたお母さんに見送られて、私は学校に向かう。

 ご飯を食べてる間中、お母さんはじっとりとした目で私を見つめていて、何にも食べた気がしなかった。

 お母さんの視線を感じなくなるまでゆっくり歩いて、曲がり角を曲がってから走る。

 早く友達に会いたい。今日の給食は何だろうな。じっとりとまとわりつく嫌な感じを振り払うように、私は走った。


▽▼▽▼


 ランドセルのベルトを握りしめて歩く娘を見送りながら、ポケットの中の小瓶を握りしめる。中には真っ白な粉が入っていて、ラベルには「いい子になる薬」と書いてある。

 無味無臭のその粉は、料理に混ぜるとさっと溶けて分からなくなる。最初に見つけたときは眉唾物だと思っていたけれど、毒だというわけでもないのだし、効果があるならばと毎日料理に混ぜた。そうしていつの間にか量は半分位に減っている。


 それにしても、これほど急に効果が表れるものだとは。

 ずっとどこか居心地が悪そうだった娘には申し訳ない気もするけれど、うまくいったのか確かめるためには観察する必要があったのだ。もうこんなことはないから、許してほしい。


▲△▲△


 校門が見えてきて、私はようやくちょっとほっとして走るのをやめた。

 校門をくぐると、気分もすっきりとしてくる。

 そういえば、夜中に聞いた声には続きがあった気がする。「やった」と喜んだあと、小さく続いた声は、「だせた」じゃなかったかな。やった。の解放感とは逆に、かみしめるような小さな声だった気がする。気のせいかもしれないけど。

 そんなことを考えながら教室に入り、友達にあいさつをすると、抱きついてきたその子は私の顔を両手で包んで、確認するように左右に動かした。

「今日は叩かれなかったんだね」

「……そういえば、そうだった」

 起きてきたのが遅いから。あいさつの言葉が小さいから。ご飯を食べるときに音を立てたから。そんな理由で、お母さんは毎朝私の頬を叩いた。朝以外でも、何かお母さんの気に入らないことをしてしまったら叩かれた。「憎らしい子ね」なんて言って、毎日、毎日。

 それが確かに、今朝は一度も叩かれなかった。

 代わりにいつもよりずっと長いこと、私のことを見つめていた。気持ちのいいものではなかったけれど、痛い思いはしなかったのだから、それで良かったのかもしれない。

 そう思って、私は友達に笑いかけた。


▽▼▽▼


 あれだけじっと見つめても、憎らしいと思わなかったのだからきっと大丈夫だろう。

 これまでのあの子は可哀想だった。でももうそんなことは二度とない。


 だって、我が子を愛せないのも、我が子に暴力を振るうのも、いい子の行動じゃないものね。

 お母さん、は微笑んで、ポケットの中の小瓶を優しく撫でた。


▲△▲△

ホラーかなぁと思いながら書いたけど、ホラージャンルに指定してみたけど、ホラーにはなってないような気がしている。

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― 新着の感想 ―
あ……これ、やったか? からの、やった! でした。 一方、だせた、はもしかして、出したいと思わせるような使い心地なのかなと想像すると、使った動機や、半分ほどで十分な効果が現れている点も合わさって、切…
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