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脇役主人公の弁え方  作者: yui


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008

第八話よろしくお願いします。

教会。

この街に暮らす者でその存在に関わることなく生活しているものはいないであろう。

それは外壁沿いに暮らす従民から城で足を組む貴族に至るまで、例外など無いと断言できる。

何故なら彼女等は生活を教育を命を支える義務を帯びているからだ。


巫女。

この街に暮らす者でその存在に感謝を抱かずにいられる者はいないであろう。

それはこの世に生を受け産声を上げる赤子から老境を越え今まさに眠りにつかんとする老人に至るまで、例外など無いと断言できる。

何故なら彼女等は神よりその天職を授かりその天務を全うしているからだ。


命の誕生のために出向き。

子を育むための教えを作り。

民草の垢や糞を掃い。

傷病人の看護に汗を流し。

親無き者のための母と為る。


何故、それだけの義務を背負うのか?

何故、それだけの権能を神から与りながら貴族に傅くのか?

何故、それだけの存在を貴族は従えるに至ったのか?


本書ではその成り立ちと歴史について紐解いていきたいと思う。


『巫女と教会』著・ゲオルグ=クラベル


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


ぼやけた景色が徐々に像を結んでいく。

天井、灯、白い帳……と見定めていく最中―――

ズキリ、と両腕に鈍痛が走り呼吸が詰まった。


瘡蓋を剥ぐように、痛みに意識を引き起こされて、視界の滲みが一気に拭われる。


視界に映る白。

蛍光灯の光、まだら模様の天井、両端には吊り金具にぶら下がる緞帳。

そのすべてが濃淡様々な白色をしている。


ここは?……教会?


鈍い痛みは地面に踵で穴を掘る子供のように、気紛れなのに執拗で当然のように容赦なく続いている。

それでも手指や足先は動いた、首も持ち上がる。


清浄で白い掛布。

脱ぎ着のしやすそうな着物。

包帯で固定された両腕。


痛い……けど……寝返りすら打てないけど、まぁ……大丈夫。


いったい何故、こんな状態でこんな処に寝かされているのか?


どんな経過を辿ったかは分からないけれど、ことの経緯は想像がつく。


頭の後ろに柔らかい枕の感触を感じながら、白いまだら模様の天井を見て、思う。


無理。

我ながら、情けないけど。

痛みも、理不尽さも、何より―――


コンコン、ガラガラ―――


入室の合図からほとんど間を置かず引き戸が開かれる音がした。

学校でよく聞いた音。

足下の方からパタパタと忙しそうに足音が近づいて来る。


そしてザッと白い帳が動いたかと思えば、浅葱色の髪と瞳をした子供と目が合った。


「あ。目、覚めたんだね。よかったよかった」

「えっと……?」

「あぁ、ごめんごめん。君の癒術を担当している”禰宜”(ねぎ)のキャロルだよ。よろしくね」

「あ、と……お世話になります。ロウです、よろしくお願いします」


聞き慣れない『ねぎ』という言葉は、何となく”巫女”の亜種みたいなものなんだろうと受け取った。


というのも、その子が身に纏う衣服が、あまりにも見慣れた白衣だったから。


全ての探索者が通じている十三の一般職に比べて、専門職については良く解らない。

授業でも教わらないし図書室の本にも書かれていないし、先生に聞けば貴族のみが触れられる情報だとかなんとか。興味が無いかと問われれば、無いとは言わない。けれど毎年、適職診断で一人か二人は『あの人はそうだったらしい』という噂が出回る程度のものだったし、最も身近な親代わりが三人も”巫女”という専門職で、八つ上の姉も”巫女”として働いている。


だから、キャロルさんの自己紹介も『あぁそうなんですね』という感じ。

僕よりも幼い顔立ちと、妙に親し気な口調の方が気になるくらいだ。


「お腹は?空いてない?」

「あぁ…………言われてみたら空いてるかも、しれません」

「ふふっ。頼んでおくからもう少し待っててね」


会話をしながら僕の両腕の状態の確認も進めてくれている。


曰く、僕がここに運ばれてから既に丸一日が過ぎていて、その間、マザーとキーラ、ステラ先生、『北の鷙鳥』のレキウスさん等がこの部屋を訪れていて、一触即発の空気が流れたり、感情的だったり論理的だったりな口撃が披露されたり、止めに入ったキャロルさんが被弾したり、と色々あったそうだ。


「それじゃご飯が終わったら、そのまま治療計画の説明をさせてね」


キャロルさんは最後にそう言って、忙しそうに白い帳の向こう側へ消えていった。


――― ――― ――― 


再び引き戸が音を鳴らして暫くすると、部屋に静寂が戻って来る。


キーンと、耳鳴りがする程の静けさと、白い部屋は適職診断を思い出させた。


『あなたの天職は”従士”です』


その言葉には何の意図も悪意もない。

只の真実だ。


『学校でも半年以内の離職率十割の職業だって教えられただろ』


この言葉にも何の嘘も隔意もない。

只の事実だ。


『今後の貴君の飛躍を心よりお祈り申し上げます』


そしてこの言葉には欺瞞と皮肉しかない。

だけど、

それが現実だった。


「っ……!」


痛みの波が押し寄せる。

無邪気な子供達が両腕に穴を穿ち始める。


その痛みをギュッと目を閉じ耐え忍ぶ。



…………。



気を紛らわせるために思考を続ける。


改めて考えを巡らせてみる。


不思議なほど悔しさみたいなものは感じなかった。


将来に対する不安は何一つ解消していないというのに、探索者に対する執着は無くなっていた。


好意の裏返しや負け惜しみとも違う。

探索者という仕事を熟す人々に対する畏敬や尊敬はむしろ増した。

その気持ちは、あの枯葉肌の銀髪暴虐女(カナリアさん)にすら抱ける。


……嘘。


ふざけんなって思うし、あの人のことは正直、怖い。


でも、強かった。


そしてその強さが無ければ探索者ではいられないということが分かった。


解かっていたつもりだったけれど、()()()だったことを判らされた。


僕は弱い。


あの痛みに耐えることも。

あの恐怖を飲み込むことも。

僕には出来そうもない。


僕は探索者にはなれない。


絵本に描かれたあの主人公に、

困難を乗り越え死地にも飛び込むような者に、

この街で敬意をもって語り継がれる存在に、


僕はなれない。


そう、弁えた。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 




夜の東門大通りは人通りがかなり減る。


孤児院(いえ)の目の前の通りのことなのに、ここ二三日ではじめて気が付いたことだった。

独り言も只の呼吸もヤケに耳に入ってくる。


「いい加減、通うの怠ぃな……つか痛ぇ……」


後ろ向きな愚痴と裏腹に、それを楽しんでいる自分を感じる。


日常に溢れる些細な気付きとは比べ物にならない程の、学びと成長を得られた実感があるからだ。


『戦うために加護を飼い慣らせ、生きるために加護に狎れるな』


それはモゥブさんの言う”加護慣れ”の真意で、自分の命を加護に預けるなという『藤虎』の社訓でもあった。

ロウには悪いが、前に地下でやっていたことなんて素振り…いや、剣の握り方くらいのものだった。


「加護切れからの追い込みがなぁ……」


少しでも早くモノにするために、空いている時間は訓練の振り返りに費やす。

口から出てくるのは愚痴ばっかだけど、頭ん中では復習出来てるから問題ねぇ……筈。


東門大通りを折れて裏通りに回って、孤児院の勝手口の戸に手をかける。


今日も鍵を開けのために待ってくれているシスターに感謝しながら戸を叩く。


「ただい―――」

「ヒースおか―――」

『意味わかんない!!!マザーもキーラも何してんの!?』


戸を開けて出迎えた格好のままビクリと全身を飛び上がらせたシスターマリアと目が合った。



――― ――― ――― 



「申し開きも無いです。私が未熟でした」

「本当に、申し訳ない」

「そんな、マザーが謝られることでは……」

「謝られることよ!面会謝絶ってなに!?試験で怪我して聖坐に入院も意味わかんないのに、お見舞いに出向いてやることが口喧嘩!?何考えてんのよ!!」

「クロエ!口が過ぎますよ!」

「いえシスタークレア、此度の件は完全に私の落ち度です。彼女の不満も受け止めましょう」

「マザー……」

「受け止めるって何よ!あたしが駄々こねてるんじゃないでしょう!子供みたいに癇癪起こして聖坐から出禁喰らってるのはマザーじゃない!」

「……その通りです。すべては私の不徳の致すところ。本当にごめんなさい」


台所から食堂を覗き込むと、クロエが癇癪を起してマザーとキーラを責め立てて(ここまでは珍しくもねぇんだけど)それに対して只管に頭を下げる二人の姿があった。

シスタークレアがなんとかクロエを宥めようとしたり、あと奥にも誰か座ってるか?


「なにあれ?」

「えっと、概ねはクロエが叫んでいる通りで……」


と俺の帰宅待ちで少し離れた台所から、食堂での話し合いに同席していたというシスターマリアが、事の成り行きを教えてくれた。


――― ――― ―――


――― ―――


――― 


その初まりは夕飯時。


いつになく沈鬱な様子のマザーとキーラから、シスター二人とクロエとアイラとルイスの高学年組の合わせて五人に就寝後の時間に共有しておきたい話がある、という言葉が告げられたことから。


未だに帰宅していないロウのことだと皆が感付いて、それでも年少のチビどもに心配かけないように、なんてことないように、頷いた。


そして就寝後。


子供部屋、女子部屋から抜け出して並んで座った三人とシスタークレアに、対面する形で座ったマザーが隣のキーラに軽く頷いてから語り始める。

シスターマリアは俺の出迎えのために食堂と台所の間に椅子を置いて座った。


『まずは、こんな時間にごめんなさい。そして集まってくれてありがとう。たぶん皆、察してくれているだろうけれど、話というのはロウのことです』


そう始めたマザーにやっぱりという思いと、どうしたのだろうという不安が皆の顔に宿った。


『今日の昼過ぎに聖坐から連絡が入りました。内容はロウが『北の鷙鳥』での試験中に両腕を骨折し、聖坐に入院が決まった事、それから身元の引き受け確認を取りたいというものでした』


シスターも皆も、誰もがただ驚くばかりだった。


まぁ驚くよな……藤虎ですら骨折するまでやらない、というか骨折までいく試験ってどんな内容だ?

素人同士で棒でも持たせて喧嘩させたのか?……加護あんのに?

意味わかんねぇ。


『本堂を清めていた際の突然の訪問でしたので、手伝ってくれていたキーラも同行を希望し、私がそれを承諾しました。安易に伝える内容でも無いと思われましたのでシスターマリア、シスタークレアには共有しないままに……ごめんなさいね』


『いえ、そんな』


『聖坐に到着するなり『北の鷙鳥』の代表の方が頭を下げて参りましたが、まずはロウの容態をということで部屋に案内してもらいました……両腕は痛々しい様子でしたが、きちんと整復もなされた状態で呼吸なども落ち着いていました。若干顔色が悪かったですが、加護が切れるまで試験による激しい運動を続けたからだ、との説明を受けました』


その場面を想像し息が詰まってしまった、と話すシスターマリア。

有難いんだけど、コレシスターの感想と併せて一言一句説明してくれる感じ…?


『その後、身元引受の話をするために別室へ、と言われたところでキーラが声を上げました』


『はい……ロウからは入社前提の配属分けの試験と聞いていて、そのために”従士”に就職したのに、何故その身元がまだ孤児院にあるかのような話をするのか、レキウスさんに聞きました……』


『キーラ、あなたは萎縮なさらずとも構いません。私も同じ疑問を抱いていましたし、ただ時と場所を選べれば、あるいは……』


キーラを擁護しつつも、沈んだ表情のマザーは続けた。


『失礼しました。問題はこの後です。折り悪く、と言ったら失礼ですね…………。ともかく、その直後にステラ女史が参られました。えぇ皆さんが通う第三の、ロウやキーラの担任の先生です。ステラ女史は静かにロウの様子を見て直ぐに我々の元へ踵を返してきました。そして仰られたのです『おいレキウス。お前、あの子に何をした?』と……とても既に老境とも言えるほどお年を召した方の覇気には、思えませんでした』


ステラ先生『お前』とか言うのか……。


『曰く、骨を折るなど例え”従士”でも加護があれば不可能、であれば加護が切れるまで追い詰め続け加護が切れた後の傷害だろうと。しかも両腕ともに前腕のちょうど中央付近、これは誰かに対する見せしめか、あるいは拷問のやり方だと。私はその光景を幻視し、同時に目にした彼女の権幕にも震え上がりました』


『あんな先生、見たことなかった』


『殺意とでも呼べる何かを発し始めたステラ女史に、レキウス代表は深々と頭を下げて陳述しました。曰く、採用責任と裁量を預けた部下による誤った選考試験だったと。その内容はぎりぎり追い込まれた生存状況の再現をするもので、その際に彼がとる行動により資質を見極める意図があったと…………私にはその悍ましさが理解できませんでした』


そこまで話して一息ついたシスターマリアは、俺の顔を覗き込んできた。


「ヒース。会社(クラン)とはそんなにも、過酷な環境なのですか?あなたも……」

「……いや藤虎は大丈夫。続けてくれよ」


理解できねぇ訳じゃねぇ。

が、許される範囲は軽く超えてる。

苛立ちを飲み込んで、続きを頼んだ。


『しかしステラ女史はたっぷりとレキウス代表を睨みつけた後、溜息を一つだけついて『ならいい』とだけ言って病室を去ろうとしました。……気が付いたら私は叫んでいました、あなた方はこの子をなんだと思っているのかと』


そこでアイラが初めて口を開いた。


『それで……どうしたの?』


『その後は……かなり昂ってしまっていたのであまり覚えていません……暴言の類も吐いたかと思います』


『私も、レキウスさんにもステラ先生にも色々好き放題言いました……あれは、自分の不満や怒りをぶつける行為で良くなかったと反省しています……』


『そんなの…!そんなのマザーもキーラ姉ちゃんも悪くない…!』


キーラの言葉にルイスも声を上げたが、クロエはここまで一言も声を上げなかった。


『ありがとう、ルイス。―――その後、騒動を聞きつけた方々が執り成してくれまして……ロウに対しては、会社都合の退社勧告と行き過ぎた試験への慰謝料としてそれなりの額面を預かっています。その他にも色々と……出来得る限りの補償をする旨が書かれた念書も頂いております』


話がひと段落ついたところでシスタークレアが口を開いた。


『なるほど……それより、ロウのお見舞いについては?明日にでも伺ってよろしいので?』


『わ、私もお兄ちゃんに会いに行きたい…!』


『俺も!』


その言葉にマザーは言いにくそうに一息吐いてから返したそうだ。


『そのことですが……我々、第三十一位教会に属する”巫女”三名、並びにその庇護にある孤児の者はロウへの面会謝絶を言い渡されました……』


「で、あれと」

「えぇ……」


心底、困ったような溜め息と共にシスターマリアは片手を頬に当てて小首を傾げる。


その視線の先で、クロエが泣きながら何かを喚いており、アイラは机に突っ伏して泣き、ルイスはおろおろとし、シスタークレアは卓子に両肘を付けたままその両手で顔を覆うようにしている。

対面ではマザーは眉根を寄せて目を閉じたまま、その横でキーラも俯いたままでいる。



おい、ロウ。誰がどう収めんだよこれ……。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



寝台の上で、僕の穏やかな療養生活は、恙なく過ぎていった。


『骨折の整復なんてやる機会、滅多にないんです』


そう本音を漏らしたキャロルさんの癒術は毎朝の食事後に一度の頻度で施された。


経過は極めて良好、との診断はその失言を窘めた上司にあたる”巫女”のシスターレミリアによる二重診断で保障されている。


『研修にご協力頂き感謝いたします』


そういって深々と頭を下げるシスターレミリアには逆に困らされた。


朝にキャロルさんの癒術、昼にシスターレミリアの往診、夜にキャロルさんの往診という手厚さに対して、こちらは働き口も無い孤児院出身者なのだ。

文句の言いようなど、あろうはずも無い。


――― ――― ――― 


今日の夕食は


水気の多い粥

デロデロになった何かの肉

ドロドロに煮込まれた野菜

とろみの付いた汁物


そして碧蜜林檎だ。


「はい、あーん」

「はむ、んぐんぐ」


今日もキャロルさんに食べさせて貰う。

最初は随分と抵抗感があったが―――


「ふふっ、今日も残さず食べきりましたね。偉いですよ」

「毎度お手数おかけします」

「いえいえ、お仕事ですから」


という一連のお約束まで出来上がるくらいには慣れていった。


傷病者の治療は”巫女”で組織される教会の専権事項だ。

それは貴族が定めた法制度というよりは、専ら職能に因る成り行きだ。


十三の一般職には”癒術士”という名の職も存在しているが、彼らと専門職である”巫女”とではその職能が異なる。


肉体の損傷や体内環境の異常を()()ことの出来る”巫女”に対して”癒術士”にはそういった職能が無い。一方で加護の消耗や精神的な摩耗を()()ことが出来るのが”癒術士”であり”巫女”には、以下同文だ。


軽い擦り傷切り傷などは一瞬で元通りになるし、体調不良や病の類を一掃できても異界での戦闘や探索ではほとんど貢献できないのが”巫女”で、先日の僕のような加護切れや戦闘中の損耗を直し長時間の探索活動を助けることが出来ても、街では不意の突き指を涙ぐんで教会で看て貰うのが”癒術士”だった。


『傷病癒術の専門家である教会(わたくしども)でも、大きな外傷は一朝一夕には治せません』


という言葉で始まった治療計画の説明によると、僕の両腕は全治十日を予定している。


考え無しに職能を行使すれば折れた手足はそのままの状態で治るし、繋げた手指は数日で腫れ上がり腐り落ちる。

そんな恐ろしい症例や事例を挙げられれば、例え貴族であっても『今スグ治せ』なんて言えないだろう。


骨折したのであれば正常な位置に戻さなければならない(整復というらしい)し、例え小さな切り傷でも汚れが付いていないか注意する必要がある。

と、まるで授業でも受けているかのような丁寧さで治療の方針や手順の意味を教えてくれ、質問にも答えてくれた。


他にも、骨折に限らず大きな傷病は一度に癒術を進めると、その日の内に、早ければ職能を行使して即座に、体調を崩して意識を失いほとんどの場合そのまま死に至るのだという話や、心臓が一定の間隔で拍動したり、ある程度の体温が維持されていたり、といった人としての機能(恒常性というらしい)が狂ってしまうことに起因しているのでは?という研究がなされている話も聞いた。


「経過は順調ですが十日()()に変わりはありませんのでそのおつもりで。お食事の量ですとか睡眠時間、癒術中に変化がなさそうか、次第で変更もあり得ますからね。なにかあれば私でもシスターレミリアでもお気兼ねなく仰ってください」


「なるほど、キャロルさんのお話、とても分かりやすくて内容も楽しいです。今日もありがとうございました」


「いえいえ。私も楽しくお話させて頂いておりますし勉強させて頂いていますよ。それでは、おやすみなさい」


知識欲があれもこれもと手を伸ばしていく感覚に、十分な回答が得られる満足感。


それは毎食後にキャロルさんやシスターレミリアが訪れる度にやってきて、鈍痛を訴え続ける両腕と碌に身動きの取れない病床生活を精神的にも支えてくれていた。


――― ――― ――― 


――― ――― 


――― 


そんな静かな日々に少しの変化が訪れたのは治療計画も折り返しを迎えた日のこと。


「見舞い。孤児院の連中が来ねぇのはお前の担当から面会謝絶喰らってるからだと。それだけ言いに来た」


そうぶっきらぼうに告げたヒースは寝台の横に立って僕の両腕を見ていた。

横になったままの僕はその様子を見上げたまま返す。


なんか、久しぶりだな……。


嗚呼、そう言えば、こんなにも顔を合わせずにいたことはこれまで無かった。


「あ、うん。それは、聞いてる。騒ぎを起こして関係者ごと出禁にせざるを得なかったって」

「そうかよ」

「……ヒースはもう孤児院を卒院したの?」


聞くところによれば僕の退院日と僕等の卒院日は被っていて、その日には孤児院に帰りたいと思っていた。なのに、その内の一人は既に卒院してしまったのかもしれない。

わざわざ僕のお見舞いに来るために。


「……」


当の本人は僕の問いに答えないまま、確かめるようにその赤い瞳で僕の目を見つめた。


「お前、探索者には、ならないのか?」

「……うん」


突然、内心を言い当てられたことに若干の驚きと、逆の立場でもきっと分かるか、という納得感と、自分以外の者にその意思を伝えられた安堵と、色々な想いが綯い交ぜになってそれ以上言葉が出なかった。


「そうか……」


『ヒースは本気で探索者になる気あるの?』

そう問い返すことが、僕には出来なかった。


心配はした。

怪我すらして欲しくない。

死ぬかもしれない、なんて以ての外だ。


だけどそんな当たり前のことを理解出来ていなかったのは僕だけなのかもしれない。

なにより、その覚悟を問い直すなどという事を、既に心の折れてしまった者がする権利は無い。


そんな考えが僕の口を塞いだ。


「お前のことは、わかった。孤児院のやつらにも伝えとく。俺は今日から藤虎の一員だ、昨日マザーが卒院のアレコレ済ましてくれたから。キーラは、アイツは顔も割れてるし無駄だろってなった」


そして本当に卒院までしてしまっていたヒースにそんなことは言えない。

だって、手続き上のことだけかもしれないけれど、家を出ていくってそんな簡単な気持ちじゃ無い。


「わざわざ、ありがとな」


だから、感謝だけ伝える。


「おぅ、じゃ帰るわ」


なんてことないように手を上げヒースは白い帳に手をかけた。


「あ、なんかあったら藤虎に来いよ。あと勤め先決まったら教えろ。ついでに『北の』お前をボコした奴も教えろよ。っと、その前に『治ったら取り合えず必ず一回は孤児院帰れ、卒院日とか気にすんな』だと」


そして帰り際になって色々、言っておきたかった事、言われていた事を思い出したかのように喋っていった。


「あぁ~、あと治療も退院も予定通りって話はさっき担当の女に聞いたからそれは伝えとく。あとキーラよりも、チビどもよりも、クロエの相手を優先しろな。あれ今、本気でダルい」


帳の隙間から顔だけ出して話す様子はイタズラ好きだった幼少期を思い出させた。


「じゃあな、兄貴(ロウ)

「あぁ」


なのに去り際の一言だけ、何故か大人びて聞こえた。

それはきっと一人先に卒院していったから、だけじゃない。



――― ――― ――― 


――― ――― 


――― 



治療計画が予定通り進み、予定の半分を過ぎる頃にはずっと続いていた両腕の鈍痛も薄らいでいた。


上体を起こしてもらい、寝台に腰掛け、小さめの卓子の上に両腕を乗せた格好でキャロルさんに状態を確認してもらう。


「うんうん、経過は良好だね。予定通り退院できそう」

「ありがとうございます。良かったです」


軽く握りしめるくらいならば手指も違和感なく動かせるようにもなっていた。




その一方で―――




耳に残る自分の骨が砕けた音。


口内にへばりつく喉奥から胃液が逆流する不快感。


そして余りの痛みと苦しみに頭が逃げるようにしてフツリと途絶えるあの感覚。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


―――身体が平静を取り戻すのに逆らうように、僕の心は過去に引き摺り戻されていった。


今日もまた、目を覚ます。


部屋はまだ暗い。


額を伝う汗を拭えないのが気持ち悪かった。


目を閉じれば鮮明に浮かんでくる記憶。


途中から折れ曲がってだらりと繋げっているだけの腕。


その両腕から伝う絶え間ない痛みと、切り落とした爪や髪でも見るかのような不快感。


どうしようもない不安と、恐怖と、痛みと、息苦しさ。


絵本では描かれなかった。

学校で教わることもなかった。

それを語ることの出来る者に、既に口は無い。


ブルリと身体が震える。


鼻から息を吸ってゆっくりと吐き出す。


吸って―――吐いて―――吸って―――吐いて―――吸って―――


何度か意識して繰り返し気持ちを落ち着けた。


今夜も、もう眠れそうにない。


夜が明ければ、最後の癒術を施してもらって退院だ。


「まずは……ステラ先生かな……教職員助手……なんて無理か……」


真っ白い寝台の上での生活最後の夜はそんなことを呟き、考えながら過ごした。


探索者になるという選択肢はすっかり消えていたけれど、目先の問題は何一つ解消していない。


先を行く兄弟姉妹を見送ることしか出来ない焦燥感は日増しに大きくなっていく。


それでも、不安は別の不安で塗り潰す、それが悪夢に追われる長い夜に、できることの全てだった。



――― ――― ――― 


――― ――― 


――― 



寝台を囲うように吊るされていた緞帳が外されて、倍以上に広くなった部屋でキャロルさんによる最後の癒術が行われる。


すでに包帯が取り払われた、久しぶりに見た自分の腕は、何だか少し頼りなく、そしてちょっと臭う。

けれど包帯と添木の痕とその臭い以外は完全に元の容を取り戻していた。


「【賦活】…………ん、動かしてみて」


掌を開いては閉じて、十回ほど繰り返してみてから手首を回す。

それから肘を曲げ伸ばして、肩を回して、最後に両手を組んで思い切り前に伸ばした。


「違和感も、痛みもありません。ありがとうございます!」


あれほどの怪我の包帯が擦りむいた膝の瘡蓋よりも早く取れることに、感謝と空恐ろしさを感じながら癒術を担当してくれたキャロルさん、そしてシスターレミリアに改めてお礼をした。


「うん、よかった!」

「ロウさん癒術完了、おめでとうございます。キャロルさんもお疲れ様」


そうして最後の歓談を終えた時、


そういえば着替えの服や靴や退院の手続きは?


と、ようやく現実的なことに考えが及んだ。


阿呆か僕は!という自虐を内心で盛大にかましたところで


ガラガラ―――


と、間を計ったかのように引き戸が音を立てた。


その先に僕は目を向ける。


「おう、ロウ。元気そうじゃねぇか」


そこには東門大通りの異界素材取引所『鹿鳴』の店主が立っていた。


「え、クルードさん?」


突然の来訪に、瞬きと名前と疑問符しか出てこない。


「おぅ、服は持ってきてやったから、さっさと着替えろ」


「え?なんでクルードさん?」


「なんだぁ?いつまでも寝ぼけてんじゃねぇぞ。今日からお前はウチの従業員だ!」


「え?」


いつの間にやら、僕の勤め先は決まっていた。


<つづく>

投稿を始めてから昨日で一週間。

初めて閲覧数とか解析ページを見てみました。


定期的に読んでくれている方がいることに感動しました。

あとブックマークしてくれている方がいることもすごく嬉しかったです。

ありがとうございます。


楽しみにしてくれている誰かが居る、そう思って書いていきます。

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