006
第六話よろしくお願いします。
あたしには同い年の兄弟がいる。
一人は弟みたいなやつでもう一人はお兄ちゃん的な人だ。
今日はめずらしく、その二人とは別々だった。
二人は仲良く就職なんかしに行っちゃったから。
きっと職能なんか使って馬鹿みたいにはしゃいでる。
そんな中あたしは一人、採用面接を受けに行った。
そこは一昨年、孤児院を出ていった二つ上のお姉ちゃんも所属している百日紅という会社で、社員も代表も全員が女性という珍しい会社だ。
面識の無かった代表も副代表もとっても良い人で、お姉ちゃんも顔を出してくれて、面接は終始和気藹々としていた。
当たり前のように内定証書を貰って、学校に寄ってステラ先生に報告をしてから孤児院に帰った。
ついでに先生が勧めてきた”面接慣れ”のための会社について文句を言ったら『そうでしたか、ご報告ありがとうございます』とかって黒い笑みを浮かべてた。
その表情を見て、それ以上関わらないようにさっさと退出した。
でもこれって先生があたしのこと利用したってことだよね……?
なんかムカつくから帰ったらお兄ちゃん的な方に愚痴ろう。
そう思って帰宅すると孤児院に帰ると弟の方が一人だけ庭にいた。
お兄ちゃん的な方はまだ帰って来てないみたいだ。
食堂兼遊び場に入ると妹達が寄ってくる。
「キーラおかえりぃ」
「は~い、ただいま~」
構って欲しい盛りの弟妹達を放っておいて、食堂から吹き抜けになっている庭で一人黄昏る姿―――お前は思春期か!
って思春期か……みんなから見える位置取りが鬱陶しくて芸術点が高い、ホントいつまで経っても弟だ。
「ねぇ、キーラはいつ行っちゃうの?」
そんな弟とは似て非なる妹達。
今年、職業訓練学校に上がるシータは私の服の裾を掴んで見上げてくる。
名前の発音が近いからって、言葉を覚えた頃からあたしのことを本当のお姉ちゃんのように慕ってくれている子だ。最近、卒院が近づいて不安なのか、過剰に引っ付いて来るようになった。
「うーん……あと半月くらいかな」
あんまり構い過ぎると自立出来なくなるから、軽く頭を撫でて何でもない風に言う。
甲斐性も無いのに別れたくないなんて、無責任なことは言えない。
……うーん……自立出来なくなってるのはあたしの方かも?
もう一度マザーに相談しておこう。
「ハンツキってどれくらい?」
「十五日くらい」
「十五日ってどれくらい?」
「ん~……十回寝て十回起きて、それからまた五回寝て五回起きたら?」
「じゃあたくさんだね!」
「たくさん!」
ニコルとレイナはただただ可愛い。
今はまだ、あたし達が孤児院を出ていくことも理解してないんだろうけど、お別れして何日かしたらきっと泣いてくれるんだろう。そして時々遊びに来た時に喜んで遊んでくれる、あたし達がそうだったように。
というかまだあと十年以上はここにいるんだから、出来るだけ通って『おばさん誰?』なんて言われないようにしなければ!……この子達にそんなこと言われたら多分死ぬ。
孤児院からの卒院はマザーの手続き次第だから、年によって人数も日程もバラバラだ。
十五歳になって、適職診断を受けて、天職を授かったことを報告したらその日の内に、いつ出ていくかを話し合うことになる。
だから、それまでに勤め先を決めなきゃって感じなんだけど、一昨日ロウのごたごたがあって、昨日は朝から面接で、その日のうちに二人とも、内定とか内定っぽいものを貰って帰って来ちゃったから、じゃあってことで、あたしの内定待ちになっていた。
けどそれも今日で終わりだ。
「ねぇロウは~?」
「うーん……もうすぐ帰って来るよ」
「もうすぐっていつ?」
少し前からロウの”授業ごっこ”に興味を持ち始めたニコルとレイナ。
本人曰く辞め時を無くしたから、なんて言ってるけど子供達に飽きられもせずに十年近く遊びと教育を両立させ続けているあの手練手管は脅威だ。
けどあたしは弟と違って無駄に対抗心を燃やしたりはしない。
使えるものは兄でも使う。
というか『ねぇロウ、隣にいる年増、誰?』なんて言われたら憤死する。
「―――では問題です!デデン!ロウはいつ帰って来るでしょうか?」
「デデン!」
「えぇ~?」
子供達に何か聞かれて困ったら、逆に考えさせる、もしくは一緒に考える。
そこに遊びの要素を加えられればなお良し!
うん、教えの通り。
「正解は~~~?」
『ただいまー』
「はい、今でしたー!お迎え、突撃~!」
そして、計算通り。
二人を抱き上げて食堂を出る。
「わぁぁぁ!」
「とつげき~!」
教会と孤児院とを繋ぐ廊下でぶつかりにいく。
「「ロウおかえりー!」」
「ど~ん!」
「はい、ただいま~。あれ?ヒースは?飯当番?」
めちゃめちゃ自然に二人を受け取って抱き上げながらそんなことを聞いてくる。
え、なにこのやりとり?夫婦か?
「庭。なんかピリついてるけど、どしたん?」
なんか恥ずかしくなったから雑に応えた。
「うーん……別に普通に就業院行って就職して、それから加護慣らしに行っただけだけど……」
はい、嘘。
いや嘘って訳でもないか。
また無自覚にお兄ちゃんが弟くんの自尊心を抉った感じかね。
それで落ち込んでると。
尊敬したり嫉んだり、男兄弟は大変だねぇ。
「そ。ならまぁいっか。ね、今度あたしの就職も付き合ってよ。百日紅の内定貰ったから」
「おぉ!おめでとう!」
「えっへっへ」
「なにが~?」
「ん~?キーラが入りたかった会社に『ぜひ来てください』って言われたんだって」
「キーラすごーい!」
「ぜひ来てください!!」
「はい!じゃあレイナさんお預かりします!」
「あたしもー!」
「はい!ニコルさんもお預かりします!」
「……あたしも」
遅れて後ろからやってきたシータが遠慮がちに引っ付いてくる。
「シータちゃんも、お預かりします!!」
兄と弟はそんな感じ。
とりあえず、妹はみんな可愛い。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
追い出し会は十五日後、その翌朝には三人とも孤児院を出ることに決まった。
あたしが適当に言ったのを可愛い妹達が真に受けて、夕飯時にその話題を持ち出した結果、その場の雰囲気と軽いノリで決まってしまった。
ロウもヒースも何も言わなかったけど、逆にマザーとシスター達は少し困り顔をしていた。
別に隠れて話すようなことでもないと思うんだけど。
それに”会”なんて言っても、いつもより少し豪華な夕飯を食べようっていうくらいのものだから実際大したこともない。
「何が出るか楽しみだねぇー!」
「うん!あたしリンゴ食べたい!」
「俺、肉団子!」
「うんうん、肉団子はきっと明日も明後日も食べれるよ♪」
「やった!」
食べ盛りのカイルは肉があればそれでいいというヒースと同じ舌の持ち主だ。
そんなことより”追い出し”なんて名付けの方がよっぽど引っ掛かる。誰が始めたこの呼び方。
ただ、そんなことより大事なことを食後の後片付けの時に告げられた。
『家族が急にいなくなってしまうことを不安に思う子はあたしが考えているよりもずっと多い、その明るさは長所だけれど、その眩しさは直視できないこともある』
そんな説教を久々にマザーから貰った。
その通りだと思った。
間違っても『楽しみ』だなんて言葉は使っちゃダメだった。
会社が決まったことで、思ったより浮かれてたみたいだ。
そのあと、流しでお皿を洗いながらマザーと少し話をした。
シータのこととか、忘れられちゃったら嫌だな、とか。
そしたら『あなたのその優しさと明るさがこの家から消えてしまうのが、私も本当に寂しい』なんて言うもんだから、うるっときた。不意打ちはズルい。
もう大人だから泣かなかったけど。
洗い終わった木皿をささっと拭いて、食堂で騒ぐ妹弟達のところへ戻った。
――― ――― ―――
――― ―――
―――
歯を磨きながら鐘の音が鳴るのを聞いて、マザーとシスターにおやすみぎゅーしてから二階に上がる。
学校に通い始める10歳から女の子は共同の子供部屋を出てお姉さん部屋で寝起きすることになる。
一段毎に名前の付いた下着棚のある部屋はその分少し狭かったけれど、”お姉さん”の響きが入学と同じくらい嬉しかったのを覚えている。
最後の夜まで子供部屋で夜泣き爆弾を隣に過ごすことになるロウやヒースには少し同情する。
けどシータはあたしがここを出て行ってからの入れ替わりだし、ニコルとレイナの寝顔なんて偶に遊び疲れてお昼寝してる時以外にはもう見られない。
同情に向いた針は羨ましさに振れる。
お姉さん部屋ならではの夜会があるから差し引き……ちょっと羨ましいくらいだ。
「ねぇ、お兄ちゃんの話聞かせて」
ただ楽しい夜会の開始の合図がこの一言なのは、いい加減どうにかしてほしい。
「もう無いって、ロウの話は……」
「わ、私は前に聞いたのでもいいよ……?」
「……新しいお話がないなら、私も二回目でも我慢する」
「お前達はホントに……」
一つ下のクロエとそのもう一つしたのアイラは筋金入りのロウ信者だ。
あたし達に対してすら世話を焼くロウが年下の子達を蔑ろにするわけも無く、その上ヒースという比較対象がすぐ傍にいるから、この子達のロウに対するなつき度は異様に高く、教会でお世話になっている身の上だけど、”信者”という不適切な言葉以上に適切な言葉を卒業するまでについぞ学ぶことは無かった。
「いつも一緒のキーラには分かんない!」
特に一つ下のクロエはだいぶ拗らせてる。
年功序列が基本の孤児院で、普通に年上のあたしに嫉妬をぶつけてくる。
以前ふざけてこの子の前でロウをお兄ちゃん呼びして抱き着いたら『お兄ちゃんの妹はあたしだけだ!』と涙目で言い放ったあの魂の叫びには、絵本作家であるマザー達も胸を打たれたような表情を浮かべていた。
きっといつの日か、兄妹ものの作品が執筆された暁には、同じ台詞をその紙面に目にすることになるだろう。
「わかったわかった……うーん……あ」
ちょうどさっきのおやすみの儀式を思い出す。
と言ってもあたしもよく覚えていない昔話なんだけど。
「むかーし、むかし……」
「キーラ?」
「お姉ちゃん……」
「はいはい、ちゃんとします。って言ってもあたしも覚えてない話で、シスタークレアから聞いたやつだからね」
信者二人分の圧は、特にアイラの涙声は、無視できない。
かといって全部伝聞になっちゃうと面白味もないし、まぁ多少の脚色は許されるでしょ。
その概要はなんてことない、おやすみ前のぎゅーの儀式はロウのためにやるようになったっていう話。
けどカッコイイロウ信者のこの子達にはきっと意外な話だろう。
―――昔、流感騒ぎがこの街で起こって、連日のように顔を土気色にした人が教会に訪れる時期があった。
その頃から急にロウがマザーやシスターを避けるようになる。特別何かしたわけでもなければ、相手の気を引くためにイタズラするような子でもない。何を聞いても『なんでもないです』としか返さないし、構おうとすれば、明確な拒絶こそしないが、身を固くして嫌がられる。
そんな日が何日も続いて、遂には体調も崩し出したとか。
「お兄ちゃん……」
「それでお兄ちゃんはどうしたの……?」
あ、意外に嵌ってる……。
てか割と身体弱かったから昔はよく寝込んでたんだけど、覚えてない?
まぁいいや。
「それからね―――」
何が原因かもわからず困ってはいたものの、日を追うごとに患者の数は増えていき、連日押し寄せる人の波に対応するのに手がいっぱいで、子供達に時間を割くことが出来なかった。
心配ではあるものの、兄弟姉妹達とは変わらぬ様子でいたために、いずれ時間が解決してくれるものと考えてマザーもシスターも静かに待つことに決めた。
けれど幾日か経った日の夜のこと、その浅はかな考えは裏目に出る。
子供達の健康や成長に瑕疵や異常が無いか、毎夜静まり返った子供部屋をその寝顔とともに、見て回るのがマザー達の日々のささやかな楽しみだった。
その日の夜もひっそりと、子供達の寝顔を見て回る。ヒースは今日も半分寝台から落ちている、キーラはお腹を出しっぱなし、寝ても覚めても手のかかる元気な子供達だと、手をかけようとしたその時だった。
『うわああああああああああ』
隣の寝台で静かな寝息を立てていたと思ったロウが急に孤児院の外にまで響くような叫び声をあげた。
その顔は明らかに恐怖に染まっている。そして真夜中の叫び声はロウからクロエにクロエからアイラにと次々に伝播していき、結局その夜一晩中マザー達は一睡も出来ずに過ごすことになった。
しかし、そんなこととは関係なしに翌日も朝から患者はやってくる。
土気色の人々の呻き声に【清拭】と【払魔】とを使い続ける日々。
原因不明の体調不良の子供に身も心も擦り切れて、ついつい子供に辛く当たってしまう。
「ひどい……!」
「そんな……」
あ、マザー、シスター、ごめん。悪乗りが過ぎたかも。
「ん”ん”―――」
けれど、そんな日々も漸く終わりを告げる。
十日ほど経ったある日の朝、療育省の貴族が訪れて終息宣言を出したのだった。
マザー達は喜んだ、これでようやく子供達も安心して過ごせるし向き合う時間も作れると。
けれど、ロウはそんな自分達の姿を見ても未だ身を固く強張らせていた。
なんで?どうして?シスタークレアは悲しんだ。
拒絶されている私では話を聞くことすらできない。
あぁ神よ。
そんな嘆きと共に神に祈りを捧げたその時、天啓は唐突に訪れた。
『あ?コイツ、マザーたちのしょくのーがこえぇんだって』
『ご、ごめんなさい……』
『鼻クソ~』
シスタークレアはその兄弟姉妹三人をまとめて抱きしめて【清拭】を唱えた。
『大丈夫、怖くないですよ。キーラのお鼻も綺麗にとってあげましょうね』
それ以来、その孤児院で”巫女”達は夜中にこっそり子供部屋を訪れることは止めて、寝る前に子供達を一人一人抱きしめながら体調を確かめながら【清拭】の職能を使うことにしたそうな。
「めでたしめでたし」
「へぇ~本当に意外……」
「ね、ロウお兄ちゃんなんで【清拭】なんて怖がったんだろ?」
「スッキリして気持ちいいのにね」
ゴーンゴーンゴーン―――
「あ、鐘」
「はい、お喋りおしまい。もう寝るよ」
「今日のは悪くはなかったけど、お兄ちゃんの活躍が無かったのがイマイチね。やっぱり『北の鷙鳥~無限就業体験編~』が一番ね」
「あんたね……」
「わ、私は今日のお話も面白かったよ、怖がりだったロウお兄ちゃんもなんだか可愛い感じがして」
「くぅ……くぅ……」
この生意気盛りな妹達の面倒を見るあたしも、実は結構いいお姉ちゃんやってるんじゃあないの?
いつも部屋に入った瞬間に即落ちするユリの寝息と信者二人の総評を受けながら眠りについた。
あたしの身を切った『鼻クソ』の件は笑うどころか無かったことにされ、枕を濡らした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
翌朝。
今日はロウの面接先への出発と登校時間が重なってご満悦なクロエ。
年次変わりの期間も新二回生から新五回生は普通に授業がある。
といっても教室替えや新入生の受け入れ準備とかで宿題や課題もおざなりになりがちだ。
さしずめ生徒達にとっては休養期間でもあった。
一部の新五回生なんかは内定を貰った卒業見込み生を捕まえて話を聞いたり、伝手を使って希望する会社に就業体験の申し込みなんかをしていたりもする。
『見逃されがちだけど一般の生徒よりも縦の繋がりが強い分、孤児院の子って実は有利だよね』去年の今頃はそんな話をロウとヒースと三人でしていた。あたしなんかは諸にその恩恵を受けてるし、クロエなんかは虎視眈々と"お兄ちゃんと一緒"を狙っている。
頼ってくれる後輩のいないあたしは、すっかり引っ付き虫になったシータをくっ付けて孤児院の掃除を手伝っていた。
そういえば、お昼の準備もしなきゃだな……とか考えながら卓子の上に上げた椅子を元の位置に戻していく。
「キーラ、お前、就職しにいかねぇの」
と、今までどこでサボっていたのか同い年の弟が話しかけてくる。
「いくけど」
「なら付いてってやるよ。加護慣らしも付き合ってやる」
相変わらず恩着せがましいというか、兄貴面してくるのが鬱陶しい。
けど、喧嘩するのも面倒くさいから適当にあしらう。
「いいよ、ロウに付き合ってもらうから」
「あぁ?……あいつは、今忙しいだろ?明々後日の実技試験の日も午前は面接だって言ってたし」
「うん。落ち着くまで待ってるし」
「なん……なんでだよ。早ぇ方がいいだろ。つか職能使いてぇって散々喚いてただろうが」
「そうだねぇ、でも四、五日くらいの話だし」
「あぁ……そうかよ……」
はぁ……本当に面倒くさい弟だ。
「ちゃんと、どうしたいのか話したら?」
「あぁ?」
「なんで、わざわざ付き添い申し出て来たわけ?」
「……」
「別に言えない程のコトでもないでしょ、加護慣らしでロウにまた差を見せつけられたから?」
「……」
都合が悪くなるとすぐ黙る。本当に面倒くさい。
「顔、恐いよ」
「……ちっ」
「何そんなに本気になってんの?」
「あいつが意味わかんねぇからだ……」
「はぁ……いい加減甘えるのやめたら?そんな子供みたいなこと言ってたって、あんたの相手をしてくれるような人なんてもういなくなるんだよ」
苦手な橄欖の酢漬けを食べた時のような顔を浮かべる弟。
「お前、マジでウザくなったな……」
「そ。ありがと」
今度は盲兎の肝臓を食べた時のような顔を浮かべて、しばらく考え込んだ後、口を開いた。
「…………もう、あと十日とちょっとしかアイツとはいられねぇ」
「そだね」
「……アイツは……なんかあったらアイツに聞けばどうにかなるって、そんくらい、兄貴達みたいに頭が良い……なのに何でかビビりで鈍くさくて……けど、それでも五回生になって俺と同じくらい動けるようにもなった」
「うん」
「すげぇヤツだ……ちゃんと頑張って強くなった……それなのに、直ぐイジけやがる」
「うん」
「昨日も夜、クソみたいな会社落とされたくらいでイジけやがって、ムカついた……聞いたことねぇ名前のクソ会社もアイツにも」
「うん」
「俺は、お前みたいに、上手く喋れねぇから。クソだなっつって寝た。したらアイツ『そうだね』って。何でもない風に返してきやがって……何考えてんのか分かんねぇけど、余計ムカついた」
「うん」
「だから俺は、アイツより強くなってぶん殴りてぇ。だから、キーラ。加護慣らし、付き合ってくれ」
「うん、分かった―――」
ようやく人並みに?言語化してきたヒースの言葉を、あたしは受け取った。
「―――だが、断る」
「はぁぁ!?てめ、なん、、、はぁ!?」
そしてそれを投げ返した。
「ヒースがやりたいことは分かった。けどあたしはそれに付き合う気はないから、断る。っていうかあんたが付き添ってきても、あたしが一人で行くのと変わらなそうだもん」
「てめぇふざけんなよ!人にさんざん喋らせといて!」
「だから甘えんなって。世の中の普通の人はね、そうやって頭を悩ませて自分の気持ちを伝えて、それに共感してくれる人とか、一緒に働いてくれる人を集めて、自分のやりたいことを叶えるの。藤虎のモゥブさんだってそうやって会社立ち上げた筈だよ。自分の都合と感情だけで人を動かせると思うな」
「な……この鼻クソ女が……!」
「そういう子供みたいな悪口に付き合ってあげるのも、もうおしまい」
「あぁ……!そうかよ!」
―――バン!
と大きな音を立てて食堂の扉を開けてヒースは出ていった。
後ろで黙ってやりとりを見ていたシータの頭に手を乗せる。
「ごめんね、怖かった?」
「ううん。なんかヒース、可哀そう」
「あはっ、シータにまで憐れまれてやんの」
まぁ、いくらあの馬鹿でもこれで藤虎にいくでしょ。
孤児院離れの面倒までかけさせるなんて……本当に手のかかる弟だ。
けど、まぁヒースの言うことも分からないではない。
というか、共感は、する。
学校では優しいだの、謙虚だの。
孤児院に帰れば面倒見がいいだの、天才だのと。
色々言われてはいるけれど、ずっと一緒に過ごしてきた兄妹として言わせてもらえば、兄は頑固な悲観中毒者だ。
まぁでも、優しくて謙虚で面倒見が良くて天才なのは否定しない。
けどその本質は頭の固い悲観厨。
何をやるにも自分基準で、どれだけ人に褒められても満足できないし、少しの失敗も許せない、その癖に自分本位の我を貫き通せるほど、視野狭窄に陥ることも無い。
良識はあるし頭もいいから、常識とか規範とか世間体とか?口では小馬鹿にしながら、いっつも周りの目を気にしてる。
なのに自分の価値基準は絶対ブラさない頑固者。
厄介なのはそれを自覚してない、どころか僕、柔軟な考え方の持ち主ですけど?って顔してるところだ。
―――なんて偉そうに批評出来るのは、ずっと一緒にいたからで、そっと導いてくれた兄がいたから。
子は親に似るなんて言うけれど、あたしは兄に似た。
そんな人のことなんて、
どうしたらいいのかわからない。
どうにかできるとも思えない。
けど、だからって放ってもおけない。
あたしにとってロウはそんなお兄ちゃんだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
次の日から弟は藤虎に通うようになった。
めちゃめちゃ不満げな『いってきます』の声が笑えた。
一方でお兄ちゃんの方は結構重症だった。
表面上は取り繕ってるけど、アイラに夜会で相談される程には参っていた。
頑張って取り繕ってんだから大好きなお兄ちゃんをそんな侮ってやるな、とも思ったけど、まぁ、可愛い妹たちの頼みだし、一肌脱ぎますか。
なんて思いながら眠りに落ちた次の日。
翌日に『北の鷙鳥』での実技試験を控えるその日、ロウもヒースもクロエ達も時間が重なって、就学済の年齢の子はみんな一緒に『いってきます』していった。
『なんでキーラお姉ちゃんだけお家にいるの?』なんて無邪気な言葉に少し胸を抉られれば『レイナ達と一緒にいるためだよ♪』と十割の本音で返して、あたしは残り少なくなった家族との時間を過ごしていた。
問題が起きたのはお昼前、昼食の準備を終えて正午の鐘が鳴るのを待って食堂で並んで座っていた時のことだった。
『ただいまー』
ロウの声がした。
マザー達と顔を見合わせて、それから食堂を出ていくと、ちょうど廊下でぶつかった。
どうしたの?―――とそう問う前に兄の方から口を開いた。
「いやぁ参った……!まさか社屋に一歩も入らず終わるとは。正に門前払いだよ。『恐れながら諸般の事情により貴君の採用面接を取りやめることとなりました。貴君の今後の飛躍をお祈り申し上げます』一言一句違わず、二社ともだよ!あの定型文って労務省から手引書でも出てんのかな?」
正直、キツかった。
そんなことが起こったことも。
それを冗談めかして努めて明るく話す、お兄ちゃんの姿も。
この街の≪貴啓探従≫を知ってはいたけれど。
貴族という存在に忌避感を覚える程に、理解していたつもりだったけれど。
”従士”という職が背負うその不条理さを、街に根付いた”当たり前”の残酷さを、兄が強がる姿を目の前にして、初めて、実感した。
「あ、そうだキーラ。午後から就業院いく?」
精一杯の虚勢のような、必死に縋りつくような、
あるいは言葉を無くしたあたし達を憂慮し忖度したような、
そんな風にお兄ちゃんから差し出された手に、あたしは一もなく二もなく飛びついた。
「いくいく!やったね!」
――― ――― ―――
――― ―――
―――
「ごめん、キーラ」
「謝んないでよ、あたしが付いてきて貰ったんだから」
「……ありがと」
”従士”への就職を終え、【道具】の職能をひとしきり堪能し、労務省本部の地下訓練場で加護慣らしに汗を流した。
手作りだっていう東屋の石柱に積まれた石の数を数えたり、芝生に寝転がりながら無意味に鞄の中身を【道具】に出し入れしたり、地下空間の広さに感動して大声を出して注意されたりした。
声を掛けて来たのは上半身裸の見かけによらず、やんわりとした物言いの腰の低いおじさんで、既に顔見知りなのか、ロウと二三言葉を交わすとへこへこと定位置っぽい階段脇に置かれた木椅子に戻っていった。
それからロウにコツを教わりながら徐々に加護の扱い方に慣れていった。
これがもしヒースだったら擬音ばっかの邪魔ばっかで、きっと喧嘩になっていただろう。
けど内臓の固め方ってなんだよそれ、って感じだ。
「……人から必要ないって言われるのって結構シンドイよなぁとか」
そして、そんな話も聞いた。
「言わせておけばいいじゃん、少なくともあたし達家族には絶対必要」
心からの言葉も返した。
「うん、ありがと」
けど、わかってる。
ロウが欲しいのは身内からの慰めじゃなくて、よそ様の評価だ。
これから生きてかなきゃいけない、見ず知らずの社会からの言葉だ。
そこには温かさも冷たさも、本音も建前もない。
だけど、言う。
「ヒース嫉妬してたよ」
「え?」
敢えて、思いっきり、身内話をする。
「あと、怒ってた『ぜってぇぶっ飛ばす!』」
「なんで?」
だって家族だから。
「相変わらず『意味わかんねぇ』だらけだったけど。兄貴のこと尊敬してるのに当の本人は無自覚で、クソみたいな会社に落ちたくらいでいちいち落ち込んで、そんな奴に負ける自分が許せねぇ、って感じ」
「…………勝手だなぁ」
「うん。流石、弟。勝手だし我儘だし、一方的に期待すんなよって思うけど……」
だけど―――
「信じさせてよ。お兄ちゃんなんだから」
「…………ごめん」
「違う」
「……わかった」
「何が?」
「信じて」
「何を?」
「受け取ってきた内定書ヒラつかせてヒースのこと煽り散らかすから」
「ぷっ、そこまでやれとは言ってない」
家族だから。
<つづく>




