005
第五話よろしくお願いします。
俺には同い年の兄妹がいる。
一人は兄貴みたいなやつでもう一人は妹みたいなやつだ。
今日はその兄貴みたいなやつと一緒に就職しに来た。
さっきまで妹の方がズルいだのウザいだの煩かったが、急に孤児院からでは遠くて見えない城の時計塔を見上げて『やばっ間に合わないかも』とか言って北門大通りの方へ走っていった。
「走り方すらうるせぇ……」
「そこがキーラのいいとこだよ」
「お前のその良くわかんねぇフォローもいい加減うるせぇわ」
「そこがヒースのいいとこだよね」
「は?意味分かんねぇから」
「あ、照れた」
「照れてねぇ!」
「さ、駄弁ってないで行こっか」
「おま、あぁ!クソ!」
ロウは昔から意味わかんねぇ奴だ。
シスター達の絵本より、学校通ってる兄貴達に教科書をせがんだり。
兄貴達に遊んでもらうより、チビどもの世話したり。
嫌われてるって分かってんのにカイト兄に絡んだり。
言い出しっぺの癖に自分は一番最後にへっぴり腰で後ろから付いて来るような奴なのに、なんかする時のキッカケはいつもコイツの『じゃあこうしようよ』だったり。
ビビりの癖して、一人で孤児院抜け出して信じられないくらいマザーをキレさせたり。
頭良いのか、悪いのか……いや、悪いってことは無ぇか。
頭良い癖して変なとこで俺より馬鹿になる。
「で?何処行きゃいいの?」
職務省就業院の前庭の青い芝生を踏みつけながら横に並ぶ。
「まず、奥の本尊で受付」
「あそこか。―――また適職診断でもしてくか?」
思い付いたイヤミを嗾ける。
普段、何かと人のコトをイジってくるコイツにやり返すネタが出来て少し楽しい。
「何回やっても”拳闘士”だと思うよ」
「俺じゃねぇ!ってか”拳闘士”は最高だっつの!」
「こらこら天職をそんな大声で叫ぶな」
なんで、俺がイジられてるみたいになってるのか意味わかんねぇ。
わかんねぇけど、まぁ、なんか、笑えるから良いか。
とにかくロウは意味わかんねぇヤツだ。
得意な勉強は片手間で済ませるくせに、苦手な運動は楽しそうに頑張るし、
常識だなんだと言いながらムズカシイこと話すくせに、単純で簡単なことがスッポ抜けるし、
学校で一番の成績を取っておきながら、自慢もしなけりゃ自信もねぇ。
並べてみればいけ好かねぇ奴なのに、いつも一緒で笑い合ってる。
そんな兄貴だ。
――― ――― ―――
周遊道を挟んだ向かいある城とは違って、就業院には堀も塀も門も橋も、なんも無い。
「しっかし……チビどもの積木とどっこいだな」
弧を描く周遊道の石畳の向こう側には青々とした芝生がずっと奥まで広がっていて、そこに形も大きさも不揃いな東屋がポツポツポツとそこら中に建ってる。その様は本当にチビどもの積木遊びみたいだ。
「ぱっと見バラバラだけど、奥の本尊のある場所から眺めると意味のある並びになるらしいよ」
一番奥の方に見えるのが、奥の本尊。
見慣れた、学校の校舎みたいな建物が扇形に広がっている。
「へぇ……興味ねぇな」
「建物は全部、青灰色だろ?これは―――」
「王サマが造ったって話だろ?それくらい知ってるわ」
「違うんだなぁ、それが」
「あん?」
「ここにある東屋は、そのほとんどが人の手で積み上げた石なんだって」
「は?―――これ、全部?」
「真ん中のやつだけ本殿っていって最初期からあったものらしいんだけど、あとは全部。時代の需要に合わせて建てていったんだってさ。わざわざ異界から石を切り出して運んで積み上げて。どの東屋も目立たないところに作業者達の名前彫ってあるらしいよ」
「それはなんか、熱い話だな」
「うん、面白いよね」
奥の本尊で受付待ちをしながら駄弁る。
同年代はちらほらで、ほとんどは現役の探索者達だ。
街中ではオラついてる輩も、ここでは大人しく順番待ちしてるのが何か笑える。
「ようこそ。就業院へ。本日のご用向きは?」
「【委嘱】をお願いしたく。あ、2名です」
「かしこまりました。ご両名とも新卒とお見受けしますが、既にどこかの会社にご所属でしょうか?」
「いえ。―――内定は頂いておりまして加護慣らしの助言を頂きまして参りました」
あ、コイツ面倒くさくなって自分の事情、端折りやがった。
「左様でございますか。立ち入ったことを伺いまして失礼いたしました」
「いえ」
「―――それでは第十三小宮へお向かいください。正面から出まして右手側、四つ先の小宮になります」
「ありがとうございます」
胡散臭い格好をした男の受付に従って奥の本尊から出る。
こういう時、真っ先に口を開く妹がいないと静かなもんだ。
「……なんか作法とか決まり事ってあったか?」
何となく話を向けた俺に『まじかコイツ』って顔で見返してくる。
「……なんだよ」
声に出さなくても、そんくらい判んだよ。
「はぁ……『迷える私に神の勤めと加護をお与えください』これ、本当に覚えとけよ。人によっては職能の行使を拒否するらしいから」
「はぁ?なんだそれ。そんなんだからセンミンシソウの専門職どもは―――」
「やめとけってその巣窟で。選民思想の発音もおかしいし」
「あ?センミン?せんみん?」
「選・民・思想」
「選民思想」
「そう。ってそっちはどうでもいいって。―――『迷える私に神の勤めと加護をお与えください』はい」
「『迷える私に?』」
「『神の勤めと加護をお与えください』」
「『迷える私に神の勤めと加護をお与えください』」
「そう。とりあえず着くまで繰り返しときなよ。本当に今日就職出来なくなるかもしれないから」
「『迷える私に神の勤めと加護をお与えください』『迷える私に神の勤めと加護をお与えください』『迷える私に神の勤めと加護をお与えください』―――」
目が本気だったから、大人しく言うことを聞くことにした。
実際、この先何年も、この場所に来る度にこのやりとりを思い出して感謝と苦笑いを浮かべることになる。
そんな日が来ることなどつゆ知らず、同じ言葉を繰り得しながら歩いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ようこそいらっしゃいました。叙階師カンタンと申します。私に何をお求めですか?」
「『迷える私に神の勤めと加護をお与えください』」
到着するまでに百回は唱えた文句を返すとカンタンと名乗ったおっさんは満足そうな顔をした。
あぁ……本当にこのご挨拶が出来なかったら機嫌損ねそうなおっさんだわ。
丸く肥えた頬から茶色い口髭まで脂ぎってる顔はよくある”啓徒”の顔付だ。
マザーやシスターなんかとはまるで違う。
『人々のため』という言葉が自分以外の誰にも向いてない野郎の顔付だ。
ま、そんなこと今はどうでもいい。
さっさと就職して加護慣らしだ。
「つまり、あなたの前に広がる十三の基幹職は、神からの道標。どのような道筋を辿ろうとも神は万人にその加護を配されます。唯一の例外は、あなたに与えられた天職。特別なそれがあなたの才を最も輝かせ―――」
と思えば前置きをダラダラと。
まぁ気持ちよさそうに目を瞑って語ってやがる。
「専門職もまた特別な職。かく言う私共も叙階師の任を与えられ日々、こうして皆様に奉仕しているのです。されども神は人の上に人を造らず、また人の下にも人を造らず。専門職の道を示された我々には基幹職に就くことは適いません。”騎士”様のような御力も無ければ”従士”様のような日々の暮らしを助ける職能も無い。我らに出来ることは、それぞれの違いを認め、互いを補い、謙虚に加護に感謝を捧げ生きていくことなのです。そして―――」
十一、十二、十三、十四―――
こういう時、相手の睫毛の本数を数えてるのが一番だというロウの教えに従う。
「異界に挑む者も人。街を支え商う者も人。そして畏れ多くも神の代行として【委嘱】を行使する我らもまた人なのです。貴族、啓徒、探士、従民、人が定めた枠組みは所詮は人の仕組みでしかございません。異界という異形のモノどもが跋扈するこの世で人は余りに小さくか弱い。それでもなお抗う強き魂こそが―――」
三十……三?あ、顔振るなよ。
っつーかいつまで続くんだよこの話。
「して、あなたは如何な職務をお望みか」
「…………ん゛ん゛ん゛!」
いつの間にか話は終わってたのか、背中側からしたロウの合図で気付く。
「―――っと、”従士”を任じ下さい」
「承知した。では―――この者に神のご加護を。ん゛ん゛……【委嘱-従士】」
肥え太ったおっさんの手から放たれたとは思えない綺麗な青い光が目を覆っていく。
思わず身体を動かしそうになるも、思い直してじっとする。
下手に動くと失敗することもあるとロウから聞いていた。
そういうことちゃんと説明しろよな、このおっさん。
目だけ動かして身体を見れば全身が青白い光に包まれている。
これは、なんか、ワクワクすんな。
と思った矢先に光は収まり目の前に汚いおっさんが現れる。
なんか表情キメてるのが笑える。
「【査定】…………それではこれより”従士”としての職務に励みなさい」
「……っと………謹んで、お引き受け、します」
「……では、次の方」
最後なんか違ったか?
おっさんは少し目尻をヒクつかせてから東屋の外に並ぶロウを呼び込んだ。
「ようこそいらっしゃいました。叙階師カンタンと申します。私に何をお求めですか?」
「『迷える私に神の勤めと加護をお与えください』」
そのやりとりまた頭からやんのかよ。
と後ろから聞こえてきた声にげんなりしながら芝生の上に胡坐をかく。
なんとなく空に翳した手をグーパーさせてみる。
「本当になんも変わんねぇんだな」
てか、これだとちゃんと就職出来てんのかも……あっ、そっか。
「【道具】―――うぉ!!」
黒い渦。
としか言いようのないものが翳した右手の前に現れた。
音も無く蜷局を巻いているそれは、そこに在るのに無いような、無いことが逆に在ることを示してるような、変な感じ。
「うおぉ……」
初めて学校の広い校庭を見た時のような。
体育の授業で先生の模範演武を目にした時のような。
三人でこっそり見に行った異界へと続く門に触れた時のような。
言葉にならないワクワクが漏れ出る。
そっと指先で触れると角ばった形に姿を変える。
3×3の升目に並んだ黒枠はマルバツ遊びの枠みたいだ。
「何やってんだよ」
と声を掛けられ振り返るとロウが笑っている。
「いや、お前、これ!これやってみって!あれ?」
手元を見ると消えている。
「意識してないと消えるみたいだね、これ」
「はぁ?」
背後に立ったロウを振り仰げば、
「使ってる人たちは黒い渦見えてたんだね」
何でもないことのように言いながら何も無いところに手をかざすロウの姿は街中でよく見かける大人達とダブった。
「え、お前、反応薄くね……?」
「そう?普通に結構感動してるけど……お、意識すればどこでにでも出せるんだ」
そう返したロウは、本当に見た目より感動してるのかブツブツと独り言をはじめる。
こうなると俺なんかより、よっぽど人の言うこと聞かなくなる。
大人っぽいのかガキなのか。
兄貴なのか弟なのか。
頭が良いのか悪いのか…………いや悪いってことはねぇんだな。
芝生の上に仰向けになりながら、意味分かんねぇヤツを見上げる。
取り合えずこういう時は、次の目的地をぶら下げるに限る。
「よっと―――お~い。つぎ、加護慣らし行くぞ」
跳ね起きして背中に付いた埃を払いながら歩きだす。
あ、と声を上げて『悪い悪い』と言いながら後ろから駆け寄って来る。
今、謝りながらも『もうちょい触らせろや』ってちょっとイラついてんの気付いてっからな。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
芝を踏みつけながら、番号もバラバラな東屋を第四十七小宮まで数えて周遊道まで戻る。
そのまま反時計に歩いて、北門大通りとぶつかった先が労務省の本部だ。
景観がどうのこうので周遊道沿いは芝が続いてるが、こっちは就業院と違ってガッチガチに厳つい鉄柵が並んでいる。大人の背丈の倍以上の高さと子供の身幅よりも狭い間隔のそれは、ロウが言うには就業院の東屋と同じで人の手で並べたものらしい。
意外と昔の人ってのは皆ヒマだったっぽい。
鉄柵の直ぐ向こう側にはお馴染みの灰青色の外壁が続いている。
こっちはデッケェ一戸建てで、この中は猟事課だの税務課だのが学校の教室みたいに分かれてるんだと。
お陰でなかなか正面玄関まで辿り着かねぇ。
「メンドくねぇ?」
「いや街中で加護全開で暴れられる方が面倒だろ」
「……まぁそうだな……でも職能はありなんだろ?」
「便利さの方が上って話じゃない?知らんけど」
「なんだかなぁ……」
「まぁ昔に王様が定めた制限らしいし、しょうがないんじゃない?」
街中で職業加護を受けられるのは、これから向かう訓練場ってとこだけらしい。
言われてみれば、普段異界で化け物共とやり合ってる筈の探索者が街で喧嘩騒ぎを起こしても大した問題にはならない。
なんとなく受け入れてた日常の裏側にある規範だの制限だのに気付かされる度に、大人に近づいている嬉しさと、その窮屈さとを感じる。
キーラは貴族のタイセイがどうのこうの言うようになってうるせぇし。
戦って稼いで飯食って、いつか異界ですげぇ活躍して、それを自分の子供に自慢する。
そんな単純な夢はどうやらそんなに簡単なことじゃねぇらしい。
「めんどくせぇ」
「……」
ボヤいた俺にロウはなんも言わずにこっちを見てくる。
「なんだよ」
「いやぁ……ヒースも大人になったんだなぁと」
「はぁ?馬鹿にしてんのか?」
「いやいや、本当に。しみじみとね」
「てめぇは久々に会った近所の親父共か?」
ようやく着いた頃にはもう昼前で、通りに出てた肉串の屋台で腹ごしらえをした。
支払いの出所は今朝方、出掛けに会った近所のおっさん連中で就職祝いだと寄越した皺くちゃの金札だ。
もう少し感謝してやってもよかったかなと、口元についたタレを舐めながら思った。
――― ――― ―――
――― ―――
―――
「うぉ……」
就業院の何倍もメンドクサイ受付やら案内やら順番待ちやら受付やら受付やらを経て、ようやく辿り着いた地下。
建物の中なのに教室の何倍も広いその空間には度肝を抜かれた。
下は剥き出しの土みたいだけど石みたいに硬い。
等間隔に並ぶ柱はお馴染みの灰青色で―――って天井たっか!
外で見る陽射しのような明かりがいくつも上から降り注ぐ。
遠くには小指の爪くらいの人影が動くのが見える。
一番近い集団も中指くらいの大きさしかない。
こんなところで好き勝手に暴れられるなら、もう一度来てやってもいい。
そう思えるくらいには気分の上がる場所だった。
……あの面倒そうな手続きをするコイツがいるなら、の但し付きだけど。
と何の気なく見た隣。
「……っ、ロウ……お前、何そんな笑ってんの?」
そこには見たことの無い顔付の兄弟が居た。
挑戦的で挑発的。
口元が上がるのを抑えられないような表情。
「え?なにってヒースは感じないの?これ」
心底分からない、って顔で言ってくる。
何のことだかわからなくて呆けていると、また抑えきれないような笑顔を見せて、突然、目の前から消えた。
「は?」
いや、正確には消えたわけじゃない。
右隣にいたアイツが前に飛び出した残像だけは見えた。
けど、ただ、それだけだった。
「あっははは!やばっ!これ!」
聞こえてくるらしくない、はしゃぎ声に目を向ける。
なんだ、これ?
左から右から上から下へ。
柱に張り付いたと思えば、そのまま真下に走り降りる。
地面に手を着けたかと思えば、そこから逆さに跳ね上がる。
目に映るのは見知った兄弟の、見たことも無い人外じみた動き。
「んだよ……それ」
呆然と、ただそれを眺めることしか出来ない。
急に、広い空間に一人取り残されたような気分になる。
「おう、坊主。初めてだな。あぁ……連れは天才型か」
「あ?」
後ろから声を掛けられた。
今日はよくよくおっさんに絡まれる日だ。
まったく嬉しくねぇ……。
「加護慣らしに来たんだろ?初めて来た奴は大体、あぁやって全能感に酔って暴走するか、お前みてぇに意味分からねぇって面して棒立ちになるかのどっちかなんだよ」
なれなれしく語ってきたおっさんはダボついたズボンだけ履いた、上裸の変態じみた格好だった。
けどそんなこと気にならないくらい、目の前ではしゃぎまわる兄弟の姿が信じられなかった。
「いいか、身体の動かし方自体は変わらねぇ。とにかく意識を切り替えろ。んで―――」
なんか喋り続けてたおっさんの声が止まる。
気が付けば、目の前には両手を合わせるロウがいた。
「ヒースごめん。それとはじめまして。こちらの職員の方ですか?」
「あぁ、そうだよ。話の腰を折られた職員の方だ」
「すみません、ロウといいます」
「スラヴだ。―――なんだ酔いは覚めたか?」
不機嫌そうな声を出すおっさんに、頭を下げて苦笑いを浮かべて握手を交わす。
何のことはない、いつものロウがそこにいた。
「酔い……?あぁ内臓が浮いたり沈んだりする気持ち悪さはまだありますね」
「…………違ぇんだが、まぁいいか。外皮の硬化は問題ないか?」
「はい、一歩目から足が潰れそうな感じがしたので」
「理屈はそれと同じだ。ただ、身体の中のことだからな。腹減らした状態で水をたらふく飲んでみろって教えてやるんだが―――」
「あぁ~……なるほど……こういう感じか、ありがとうございます」
よくわからねぇ会話を始めて、軽く飛び跳ねて、何かを解決して礼を言う。
なんのことはない、いつも通りの、意味分かんねぇロウだ。
「おいおい……コイツ、ホンモノかよ」
「……知らねぇよ」
なんかおっさんが馴れ馴れしく話しかけてきたからテキトーに返した。
――― ――― ―――
――― ―――
―――
そっからロウとおっさん二人がかりでの授業が始まった。
「いいか、職業加護ってのはだな―――」
「あぁ、すみません。ヒースにそういうの無理なんで、実戦形式でなんとか……」
「はぁ……そういう奴か……」
”従士”の職業加護は一番低い。
だから職能の便利さもあるけど、加護慣れの意味でも”従士”から就職するのが一番良い。
カッコつけで”従士”以外から始める馬鹿は大抵弱ぇから気にしなくていい。
だが貴族のガキに多いからそういう意味では気ぃつけろ。
”従士”以外を勧めてくる会社に知り合いが入ったら即、辞めるよう言っとけ。
あそこら辺にいるやつらは常連だから見なくても問題ねぇ。
戦闘訓練のために来るクソ真面目な中小会社か、今いる会社に見切りをつけて引き抜きを求めてる連中だ。
そんな親父の独り言みたいな雑談を聞かされ続けながら訓練を続けた。
やってることは、動き自体は学校の型組手だから、ロウが相手なら目を瞑ったって合わせられた。
大分感覚にも慣れてきて、ようやく楽しくなってきたところで、もうそろ出ないと、とロウが夕方からの面接を持ち出して帰ることになった。
「毎年、新人共が来るのはあと十日は先だから今俺しかいねぇんだよ。普段から訓練場通う物好きはほとんどいねぇからな」
最後の最後で、親父が、これだけはちゃんと出来るようになっとけって教えてくれた硬化を詰める。
「なんで?」
「おいおい、お前あのタライ回しをなんとも思わねぇでここまで来たのか?」
「あぁ―――コイツがいるからな」
一番の弱点になる顔面を、喋りながら加護の力を纏わせる訓練だ。
「僕はもう来たくないけどね」
「え?な―――」
バチン―――。
と鞭が頬を叩いた。
上裸のおっさんが短鞭を肩に当ててにやける。
「ほぉ、やっぱお前も覚えが早ぇな」
痛かねぇが、やられっぱなしはムカつく。
意識だ。
左足で地面を蹴る―――身体が前に弾かれる。
右足で地面を踏み込み、たわめた膝を解放する―――身体が上へと跳ね上がる。
顎下目掛けて硬めた拳で打ち抜く!
「んでだよ!!」
カンペキに入った一撃はおっさんにも、俺の右手にも、何の痛痒も与えなかった。
確かめるように嬉しそうに顎を撫でる上裸の親父。
「いやぁ、本当に。探索者引退して十年近くここにいるが、お前ら間違いなく過去一だわ。いい探索者になるぜ」
十年前に全盛期終えたジジイに言われても嬉しかねぇっての。
それより俺は―――
「おいロウ、最後に全力でやろうぜ!型ナシで」
「いや、面接遅れるから無理だって」
「いいじゃねぇか。やってやれよ。16だろ?」
「頼む!」
「えぇ……」
何より俺は、お前に認めさせてぇ。
「てかお前『北の鷙鳥』の内定出てるようなもんなんだろう?どこだか知らねぇが蹴っちまえよ」
あ、このジジイ言いやがった……。
「ヒース……」
「や、わり。このジジイしつこくてよ」
「はぁ…………一合だけね」
「うし!」
ジジイの的外れな援護は援護にならかったけど、どうでもいい。
今は最初の一手のことだけを。
膝は軽く、腰溜めをつくって、真正面から速攻の一撃を。
意識だ。
右足で、地面を、弾く!
と―――左膝には右手が添えられて、顎下に左の掌底がそっと触れた。
「はい、終わり」
ロウはいつもこういう奴だ。
後ろから付いてきてるかと思えば、前にいて。
追い付いたかと思えば、もう別のトコにいる。
何でもないような顔で、手を振ってくる。
「おいおい、もう終わりかよ、ヒース。ロウもまだ時間あんだろ?」
「あぁスラヴさんに関しては上でちゃんと苦情入れとくんで」
「え?」
それが本気でムカつく。
けど同時にめちゃくちゃ嬉しい。
これが兄貴なんだって。
「いやいや利用者の個人情報を抜いて強請るとか、職員失格でしょう。では、勤続十年でしたか、お疲れさまでした」
「いや、お前、マジで洒落にならねぇから……!」
悔しいのに、嬉しくて。
負けたくねぇのに、楽しくて。
俺自身もよく分かんねぇ。
「ほら、ヒースいくよ」
だからやっぱり―――
「…………やっぱお前意味分かんねぇわ」
うん、これが一番しっくりくる。
<つづく>




