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003

第三話よろしくお願いします。

かつてこの地が『死者の城塞』と呼ばれていたころ、そこには混沌とした闇が広がっていた。

亡者の怨嗟が響き渡り、粘菌の様な雲が這い回り、滞留した探索者たちの血飛沫が、赤い雨となって降り注いだ。


今やこの地を睥睨する天には―――

東の壁から訪れて、西の壁へと去っていく陽の光と

それと入れ替わるようにして空を巡る蒼白の月光と

雲、星、雨、その時その時に彩を変じる天蓋と

―――色彩豊かな秩序がある。


城の尖塔から鳴り響く鐘の音は、その秩序を二十四節に分けて時を告げ、赤子の泣声のように訪れる慈雨が月日の移ろいを示す。


王が切り拓いたのは単なる安住の地ではない。

我ら従者のあるべき生命の循環(いとなみ)、その節理をすら示し導いたのだ。


『城壁の記憶~第三巻~』著・マグヌス=ヘルヴァルト


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


時報の鐘が告げた五時の鐘に合わせて孤児院の食卓は今日も晩餐の祈りを捧げた。


甲殻鼠と盲兎の合い挽き肉の焼き団子、毎月孤児院へと配給される雑穀飯、マザー謹製・院の庭で育てた橄欖(かんらん)の酢漬け、そして余りもので出来た薄味の汁物。


揃いの白衣に身を包んだ三人の母親と、着古されているということのみは綺麗に揃った古着を身に纏った十余名の少年少女達は、貧しくも笑顔の絶えない夕餉を送る。


あっという間に終わってしまう食事、そしてその後始末と清掃と年少者の世話とを分担して終らせて、次の鐘の音が届く前には床に就く。


そんないつも通りの日常が終わりを向かている筈の時間、


「まずは―――」


僕はマザーと二人のシスターを対面に、両隣を兄姉弟妹(きょうだい)二人に挟まれて、再び食卓に着いていた。


「三人とも、適職診断お疲れ様でした。いよいよ卒院が近付いてきましたね」


それは院の最年長者達を集めてのマザーからの別れの挨拶、


「そして…………はぁ……ごめんなさい、ロウ、未熟な私には上手い言葉が見つけられません」


などということではなく


「……率直に聞きます。何があったのですか?」


僕への詰問だった。


「はい、今日の―――」


コーン、コーン、コーン―――


開いた口に合わせるように六時を知らせる時報の鐘が鳴り響いた。

僕は所在無く、開きかけた口を再び噤んで鐘の音が止むのを待つ。


思えば朝から何かを問われてばかりだった、叙階師に担任教師に親代わりにと。


何をするにもチグハグで……今日という日はずっとこうで……あるいは、これから先も……ずっと。


鐘の音が止み静寂を取り戻してなお、口を閉ざして明後日の方向に思考を飛ばした僕に、マザーが言葉を重ねる。


「昼過ぎにシスタークレアからあなたの様子を聞きました。それからあなたが帰って来る前にヒースとキーラからも聞きました、いえ、聞かれました『ロウは帰って来ましたか』と。今日も揃って帰って来る約束だったようですが?」


「……はい。すみません」


「事情を、話してくれますか?」


「はい、今日は―――」


約束をすっぽかしてしまった二人と心配をかけたシスタークレアへの謝罪に始まり、叙階師により”従士”の天職を告げられたこと、そのことで混乱してしまったこと、思わず孤児院に足を向けてしまってシスタークレアに会ったこと、不意に逃げ出してしまったこと、それから学校に向かったこと、その途中で見た街の営みが全く違って感じたこと、そこにいる”従民”の姿に自身を重ねたこと。


多くを語り並べることで何かが薄まりはしないかと、僕は出来るだけ言葉を重ねた。


けれど口をついて出てくるのは不安や不満ばかりで、自身の不甲斐なさばかりが積っていった。


話している内にそんな自分が嫌になって、学校での(くだり)からは先生の言葉も借りて出来るだけ明るく喜劇的に語った。


「でも、学校でステラ先生に会ってこう言われたんです……『主席を貰っておいて自分を卑下するなんて許しません!』って、それで―――」


それで?


「―――ヒースとキーラの約束を破っちゃったこととか、シスタークレアに心配かけちゃったよな、とか色々と思いまして、急いで孤児院まで走って帰って来ました!すみませんでした!」


結局、話の結びは走って逃げた。

逃げ切れたかは分からない。

分からないけど頭を下げた。


誰の顔も見たくなかったし、誰にも顔を見られたくなかったから。


すると、きつく瞑った瞼の裏側に残光を見る間もなく―――


ドン


という音と衣擦れとが両脇から聞こえて、次いで呆れかえったような、疲れたような溜め息が聞こえた。


思わず首を右に向けると頬杖を突いたヒースが退屈そうな顔を浮かべ、


「何かと思えば……お前が?そんくらいのことで?……なぁ?」


左を向けば両腕を枕に机に伏したキーラが不思議そうに目を向けている。


「んー……そだねぇ……まぁわからなくもないけど……」


一体―――


「なにが?」


不満げな、自分でも『コイツいじけているな』と思うような声音が零れた。


僕等は孤児で、あと半月もしない内に孤児院(ここ)を出ていかなくてはいけないのに。

僕の天職は”従士”で、街に溢れる”従民”に碌な働き口は見つからないっていうのに。


一体、何が理解できない?


そんな言葉が漏れそうになるのを兄弟姉妹(きょうだい)に対する見栄とか、情けない恥じとか、つまらない矜持とかが堰き止めた。


「えぇ……何でキレ気味?わかるかこれ?」


「うーん……まぁ、らしいっちゃらしいけど……」


あーだのうーだのわざとらしく喉を鳴らし始める両隣。


僕は食卓の上の誰かの食べこぼしのシミの上に視線を定めて堪えた。

どこまでもいつも通りな二人の兄姉弟妹(きょうだい)の振舞いに、その無理解に、無性に腹が立った。


そんな僕を他所に


「”従士”……ですか……すみません、カブンにして、その職能を存じ上げませんので、詳しく教えて、いただけませんでしょうか……?」


知ったかぶりな言葉を織り交ぜつつ、やたらと間をとって賢しらな台詞を吐くヒースと


「あぁ失礼【道具】や【鑑定】、【投擲】などは存じております、()()()()()を示す”従士”の()()()()()()()()について職務省に記録などあればご教示願いたいのです。できれば―――」


自身の知識をひけらかすかの如く、文字起こしでもすれば傍点でもつきそうな言い回しで続けるキーラがいた。


本当に、コイツら……!


「「「何それ、僕の真似のつもり?」」」


挙句、僕の声色にまで寄せて被せてくる。


「あっはっはっは!!」


「ほんと、こういう時の反応だけ、わっかりやすいよねぇロウって!」


そして成人したとは思えないほどの無邪気な笑顔。


本当に―――


「んなことより聞いてくれよ、俺”拳闘士”だぜ……ガキん頃からずっと棒振りしてきたのに!”拳闘士”なんて大体『ここは俺に任せて先に行け』つって途中退場する役じゃんか!」


「それこそどうでもいいっての。ねぇロウ、あたし”舞踏士”らしいんだけど戦闘補助?なんて学校で習わなかったじゃない?どうすれば良い?」


「嘘だろ?絵も歌も文字まで汚ねぇ不器用の権化のキーラが”舞踏士”?もう一回調べ直してもらった方がいいんじゃね?ロウが”従士”ってのより信じらんねぇんだけど」


信じられない―――


「うっさい馬鹿ヒース!あぁ、あんたは良いよね、ぴったりお似合いで!そうだロウ、庭で話そう『ここはコイツに任せて』」


「てめぇ、それはお前等が言っていい台詞じゃねぇぞ!」


信じられないくらい、僕の家族はいつも通りだった。


「こらヒース!その言葉遣いは何ですか!キーラも!」


誰もに軽んじられるような天職を授かってしまったことも、


「はぁ……この子達は、本当に……」


そのせいで皆から失望されないかと怖がっていたことも、


「あはは……まぁ良かったではないですかマザー」


近い将来に思い悩んでいることも、


「「だってコイツが!!」」


僕の悩みなんて家族にとってはどうでも良い事で。


「いい加減になさい!!」


だから僕も、不安も不満も消えたわけじゃないけれど、


「はぁ……ほら、馬鹿やってないで早く上がって寝よう。二人も明日から面接だろ?」


それでもなんとか、いつも通りに振舞えた。


――― ――― ―――


――― ―――


―――  


子供達……もう年齢的にも実際的にも子供とは呼べない三人の我が子をそれぞれ二階の寝室へと見送った三人の女は誰とも言わず再び食卓へと戻り語らった。


「にしても私……あれほど神に愛された子などいないと思っていましたのに……」


愛欲しさに暴れ回るか、全てを疑って心を閉ざすか。

大別される区分では後者の、大人しいがいつ暴発するか分からない不安定な子供。


「私も……何故に神はロウを”従士”にと……」


そんな子供が、自発的に学び、人間関係を築き、あまつさえ遊びと称して年少者に教育を施すということまでやってのける姿に、まるで自分達が描く絵本の主人公のような子供が現れたことに、彼女たちは歓喜した。


「あるいは、これも神の愛故……なのかもしれませんね。あえて我が子を異界の淵へと追いやるような」


「……っ!」


「なるほど……!」


そして歓喜と熱意は困難と障害を前にしてこそ萌え上がる。


「さっそくロウに伝えましょう!」


「いえ……いいえ!ここは孤独と闘い、成長する……そんな大いなる飛躍のための一頁……草葉の陰から見守るのが私たちの務めでは!?」


「……そうね、シスターマリアの言う通り……ですが私達はロウ達の母であり父でもあります。伸ばされた手を払うような親であってはなりません。それに、最後まで孤独に戦い続ける英雄譚など…………それはそれでありなのかも……」


「たし、かに……それは目にしない展開……。あぁ、でも歯痒いです……」


「クレア……その想いは筆に……!」


「さぁ今日も新作に取り掛かりましょう。今後の展開の着想も得ました」


「「はい……!」」


こうしてまたこの街の物語に新たな一行が刻まれてゆく。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「”従士”と告げられた瞬間に、頭が真っ白になって……」


それは翌日のこと。


「違うって、もうちょい溜めんの。こう『”従士”……と告げられた瞬間に』って」


真っ白な部屋で真っ暗な未来を突きつけられた日の翌朝。


「”従士”……と告げられた瞬間に」


場所は通学路(いつものとおり)


「そうそう。んで、こう…眉尻を下げて」


十年以上もの間一つ屋根の下、共に暮らした兄姉弟妹(きょうだい)二人は―――


「もうやめない?二人とも」


「やだ」

「やめない」


ひたすらに僕をイジり倒していた。


「はぁ……」


溜め息をついて辺りに目をやる。


肉や野菜の食料品を扱う商会の夫婦は店先に机を並べ、


その机や椅子を作った工務店のオヤジは店先で大きな欠伸をし、


その様子を揶揄いながら、古着屋のオバちゃんが石畳の通りに低めの靴音を響かせる。


足元を見れば薄墨色の揃いの靴が三組、そこから伸びる脚にもゴワゴワした布の下穿きが三本。

顔を上げればマザーが揃えてくれてた若葉色の襟付き半袖の一張羅、その両肩には学校から支給される栗色の鞄の革帯。


一人は夕焼け空のような赤い髪とそれよりもなお濃い色をした瞳のいかにも快活な少年。

一人は真昼の青空のような瞳と路地裏に健気に咲く蒲公英色の髪を翻す少女。

顔付も性格も似ても似つかない同い年の兄弟姉妹(きょうだい)だ。


いつもの通学路といつもの装い。

けれどこれから僕等が向かう先はそれぞれ違っていて。

それは少し先に訪れる分岐路(わかれみち)のことだけじゃなくて。

僕等は―――


「おう、今日は三兄弟姉妹(きょうだい)だけか?チビどもは?」


「学校じゃねぇからな」


「おはようございます。クルードさん」


「三人とも面接です、会社(クラン)の」


孤児院から学校までの道のりの半分を少し過ぎたところで、異界素材の取引を商う店主であり、級友の父親であり、元探索者でもある、話好きな大男に絡まれていた。


「おぉ、そうか。三人ともがんばれよ!いやぁセリスの奴は何の相談もせず『店を継ぐ』の一点張りだったからなぁ……」


「やっぱり反対なんです?」


「いや、親としては嬉しい。怪我して引退してた元探索者としても。ただなぁ……」


平常通り、雑談はキーラが応じて、ヒースは店の軒先に架けられた素材価格表という木版に目を向けて、僕は適当に相槌を打ちながら、ここからそれぞれが向かう会社(クラン)までにかかる時間と、今日の面接に僕自身がどう向き合うべきかを考えていた。


僕の天職は”従士”だ。

そして”従士”では探索者をやっていけない。

それは動かしようのない事実で、変えようのない現実だ。


「あ、そういえば―――」


というキーラの接続語が三回目を数え、ヒースの興味が隣の店に目移りし、僕の思考が昨晩考えた面接対策の復習に向いたところで


「お父さん、細かいお金札(かね)が―――」


第三職業訓練学校五回生一組の級友が店の扉を開けて顔を出した。


「あ、セリスおはよー」

「おっす」

「おはよう」


「おはよう。三人とも面接?」


一体どんな神の悪戯が?と問い質したくなるほどに、夜明けの空のような薄い空色の髪も、綺麗な弧を描いた眉の下に輝く鈍色の瞳も、薄紅色の小さな唇も、そもそもその骨格からして、父親とは似ても似つかぬ少女はしかし、その波打った長髪を『毛長驢の獣毛』という異界素材を引き合いに馬鹿にされた折に、好意を悪意でしか示せない同年の男子に対して笑顔と共に『赤面猿の陰嚢』『牙猪の睾丸』『怪魚の海綿体』と学校で習うことの無い稀少な異界素材で名付け返す者でもあった。


ちなみにやり返された三人の渾名は数年経った今でもインノー、コーガン、カイメンだ。


「でね。セリスは孝行者で助かるーってクルードさんが」


「お、おぅ?」


「……?」


知識教養に富み容姿は端麗、口数は少なくとも芯があり言うことは言うという性格の彼女は、孤児である僕等とは比べるべくも無く、従民の子でありながらも一般的な探索者の子息などより余程経済的に恵まれており、家業も貴族の庇護を受けていることで学級では『お嬢』と渾名されていた。


しかしこのお嬢、五回生になって早々に『探者となって汗をかくよりも従民としてお金札を数えていたい』と宣い見事に学級の爪弾き者になってしまう。というか自ら距離を置いた感じだった。卒業後が見えてきた学年になり学級一丸となって探索者になろう!という空気に嫌気が差したのかと思えば、なるほどそれもお嬢らしいなとも思えた。


学級のほとんどが探索者の子息となった五回生一組の教室では、距離感の測りずらい成績優秀な孤児院の三兄弟姉妹は相対的に彼女との距離を近くしていた。


「……こんな駄弁ってて平気?」


セリスの言葉にキーラがはっとして僕に振り返る。


「あ、やば……い?」


「余裕見て出て来てるけど、そろそろ行こっか。キーラだけちょっと距離あるし。ヒース」


「お?終わった?」


呼びかけに答えて小走りに寄ってきたヒースとあわせてまた三人横並びになる。


「三人とも頑張れよ!!」

「今後ともご贔屓に」


美少女と猛獣。劇画の題目にでもなりそうな父娘のチグハグな見送りを受けながら、僕等は再び通学路を歩き始めた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


城を起点に円形状に広がるこの街は中心部から東西南北へと四本の大通りが真っ直ぐに伸び、その終点を各方位の門が受け止めている。


今歩いている通学路は東門大通りと呼ばれる路で、その通り沿いには街の生活を支える商店があり、僕等の孤児院(いえ)の表側にある教会があり、街に四つだけある職業訓練学校の第三校があり―――と、この街の社会基盤が人の背骨のように連なっている。


西側も似たようなものでそれぞれの名称が第四十何位だとか二校いだとかに変わるくらいのものだけど、僕らが今目指している北側と、街の南側はその趣が異なる。


「なーんか新鮮な感じするよね。普段はあたし達も教室で授業受けてる時間なのに」


「たしかにね」

「わかるわー」


なんて話しながら第三職業訓練学校を通り過ぎて街の中心部へ。


それまで野放図に背骨から伸びていた枝道間道の類は徐々に鳴りを潜め、街の心臓部を抱える肋骨のように弧を描いて並ぶ周遊道が伸び、その間を城にも劣らぬ規模の建物が整然かつ悠然に立ち並び街を肉付ける。


それらは城に住まいこの街を動かしている貴族達が管理運営する施設で、探索者の活動を管理統括する労務省の本部をはじめ、街の南側の大半を占める農地、農林省の管理棟や街の各所にある医療保険の充実と基礎教養の確立を標榜する療育省の聖座、異界や神の加護についての研究をする啓求省の啓ノ塔、探索者の育成と就職転職支援に特化した職務省の職業訓練学校本校や就業院など、街の各所にある出先機関の大本が集中している正に心臓部だ。


そしてここには当然、職務省の就業院も存在する訳で―――


「昨日ロウはここから呆然自失として帰って来たんだねぇ……」


「ぶはっ、見てみたかったよな!」


「いい加減しつこいって……」


「んふふ、大丈夫。適当に流せるようになるまでイジってあげるから♪」


遠慮も配慮も無い兄弟姉妹(きょうだい)愛に有難さと忌々しさを半々に感じながら城を取り囲む周遊道に東側から入って反時計回りに北へと抜けていく。


「っつーかさ」


ゴーン、ゴーン、ゴーン―――


城の尖塔の一つである時計塔から時報の鐘が鳴り響く。

普段学校や孤児院(いえ)で耳にするよりも重く厳めしい、内臓を揺らすような音だ。

残響が収まるのを煩そうに待ってからキースが再び口を開いた。


「っつーか、なんで天職”従士”判定でそんなガッカリする訳?」


「何?角度つけてきたの?」


「いや普通に。現役の探索者には”従士”続けてる奴なんかいないとか、居ても会社(クラン)の荷物袋だって馬鹿にされてるのは分かるんだけどよ。それでも皆、最初の半年くらいは”従士”で始める訳だろ?」


「『人は従士に始まり従士に終わる』ね」


改めて持ち出したキースの言葉を僕はイジりを邪推し、ヒースは素のままで、キーラは若干によつきながら、話を続ける。


「そうそう、そのコトワザ?カンヨーク?もそうだし、結局のところ貴族だろうが探者だろうが従民だろうが皆”従士”やったことあってその職能を使い倒してる訳じゃん?―――」


二人連れの男女が各々に()()()()()()()()()紙片を指差し合い話し合いしながら通り過ぎる。


「―――ああやってよ」


「【道具】めっちゃ便利そうだよねぇ。早く職能使ってみたいなぁ」


孤児院(ウチ)では成人した大人が皆”巫女”という専門職である関係上、あまり目にすることは無いが一歩街をであるけばそこかしこで、こんな場面を目にする。


とりわけ”従士”の職能の一つ【道具】はある程度の制限や諸条件はあるものの物品を九種×九つまで自在に出し入れ出来るという便利さで、食料品から衣類・書類・器具・建材といった日用品、そして武具・飲料水・異界素材といった探索用品に至るまで、この世にあるほとんど全ての物を持ち運び出来る能力は、専門職の者を除けば持っていて当たり前という認識だ。


「……必要なのはその職能。問題なのは、みんな最初の半年、早い人は二-三カ月で”従士”から転職する。転職しないと探索者としてはやってけない能力の低さにあるんだよ」


「でも別に天職なんて向き不向きってだけだろ?そんならロウは一週間とかで”従士”極めちゃってさっさと転職すりゃいいじゃん」


「キーラ……」


「勉強教えんのはロウの役目でしょ。頑張ってお兄ちゃん♪」


なんで人が落ち込んでる理由を解説しなきゃいけないんだよ。

なんて返したら頭でも撫でてきそうだったから、少し考えて返す。

いい加減ウザいから、冷静に、冷静に。


「……学校でも『半年以内の離職率十割の職業』だって教えられただろ。この街が拓かれて何百年と蓄積された知識と経験が”従士”が異界に挑むのは無理だってことを常識にしたんだよ」


「んなこと分かってるっつの!てか”従士”がダメな理由じゃねぇって。話逸らすな」


「はぁ……ヒースだって昨日”拳闘士”だって落ち込んでたろ?」


「そりゃ俺は”武士”になりたかったからな。向いてるのが違うって言われたら落ち込むだろ、フツウに」


「僕もそう。”従士”が向いてるって言われて落ち込んだの」


「いや、お前は違ぇだろ。勉強も運動も……てか期末の剣術も棒術もお前に負かされて凹まされたのこっちだからな」


「あはは!ちょっと前のヒースも大分アレだったよねー!」


「うるせぇよ!てかロウなら別に困ねぇだろうが、そんな多少の向き不向き。”騎士”でも”魔術士”でも、何でもやれるだろって話だよ。学校と同じでよ」


「学校での授業や試験と異界を同じにするなって習っただろ……?それにわざわざ貴族が”叙階師”に判定させてる天職が向き不向き程度の意味な訳ないだろ?」


なんで面接を前にして自分の不採用理由を整理させられてるんだ僕は……新手のイジメか?


「貴族が≪貴啓探従≫を堅持するためって話もあるけどねー」

「話をまぜっかえすな……」


声を潜めて耳元で囁いてきたキーラを睨みつける。

当の本人はどこ吹く風でニッコリだ。

明るく元気で素直な少女は何処へ行ってしまったのか……貴族のお膝元で社会制度批判を囁く彼女に溜息をつきながらヒースに続けた。


「叙階師の【託宣】ってのは単純な向き不向きの話じゃないんだ。職業毎に与えられる身体構造の強靭化や運動性能の向上、お前の言う便利使いされてる職能、まとめて『職業加護』な。その『職業加護』は当然、職業毎の特性に合わせて強弱がある、敵が放つ攻撃やら魔法やらに対する耐性とかな。前提として”従士”はこれが他職に比べて低い。んで加護を受け取る個々人にも相性があってこれを指す言葉が『天職』。だから『ただの”騎士”』じゃあ『天職の”騎士”』には敵わないの。乱暴に言えば神様から十の加護しか貰えない奴が百の加護を貰ってる奴には敵わないって話。常識とは…………うわ、今すごい既視感、まったく同じ言い回しでまったく同じ顔したお前を見た気がする……」


顔はこちらを向いているのに焦点の合っていないヒースの表情は正に虚無っている。


「期末の筆記対策で同じ話したからねー」


クスクスと笑いながら僕の肩越しに顔を覗くキーラにヒースはすっと目を合わせた。


「……なぁキーラ。ロウってこんなイジけた奴だったか?俺らが鼻クソくっつけ合って喜んでた時に兄貴達に勉強教わってた常識外れはいないのか?」


「は、はぁ!?イキナリ意味分かんない記憶捏造しないでくれる!?それからロウは昔から割かしずっと頭でっかちの悲観中毒者!!」


「あ?『クソつけ鬼』はお前が考えた遊びだろ?」


「知らない!記憶にない!!存在しない!!!」


「ぷっ……いやいや『【道具】!鼻クソ!』って小指突き上げたドヤ顔は僕も未だに思い出し笑いするからね」


「あ、あ、あ……わぁああああああああああ!!!」


「おい!キーラ場所考えろ!」


「ヒース!とりあえず口塞いで!」


冷ややかな視線を浴びながら周遊道を北門大通りの方へと急いだ。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


人々が暮らす住居があり、その暮らしを豊かにする商会があり、それらを支える教会がある。

周遊道を抜けた先の北門大通りは一見すると街の東側と大差ない光景が広がっている。

しかしながら、その街並みを行く人々の様相は”ならでは”だ。


『てめぇがぶつかってきたんだろうが!!』

『背中のナマクラしまってから言えや!!』

『納税だっる……なぁ!なんでこんな時間から混んでんの!?』

『火力が足りねぇんだからお前も”拳闘士”でいけよ』

『いやどう考えても”魔術士”だろうが。俺等の組み合わせ考えろってかそもそも―――』


『探士街』とも呼ばれる街の北側一帯が生まれた理由は単純で、周遊道の北辺に労務省や職務省の関連施設が集まっているからだった。


異界で得た素材の納品や納税、異界へ挑むための就職や転職といった必然的な需要に始まり、人が集まることで二次的に発生する情報や人材の交流、その場を提供する酒場や食事処が供給される。需要が供給を呼びそれが更なる需要を掘り起こす、街で最も賑わう場所となっている。


またその需要は当然住居にも及んでいて、より有力で実績のある会社(クラン)が近隣に居を構えており、一部例外はあるもの探士街に関しては会社(クラン)の所在地とその序列は城からの距離に比例していた。


「なぁ機嫌直せって」

「……」

「キーラの良いところは明るいところだよ?」

「……」


そんな喧騒の中を不貞腐れた妹を真ん中にして歩く三兄弟姉妹(さんきょうだい)


「だから鼻くそエピはイジんなって言ったろ?」

「いや言い始めたのヒースだからね」

「わざとか!お前ら!次言ったら泣くよ!」


こんな馬鹿馬鹿しいやりとりを続けている僕等もそれなりの成績を収めて第三職業訓練学校の一組に所属しており、各省庁経由で探者街でも一等地にある会社(クラン)の門戸を叩くことが許されている。


「ヒース、社名は?」

「藤虎と氷熊だ。チビどものお使いじゃねぇんだ、舐めんな」

「先に氷熊からだからね、藤虎第一だからって順番間違えないように」

「…………おう」


まだまだ人混みと喧騒の絶えない北門大通りの一角で三人顔を見合わせる。


「キーラ」

「紅雪花いってきますぅ!今日は一社だけですぅ!」

「涙を拭けよ……」

「わかってるよっ!13にまたここでっ!」

「あ、ロウ。今日は何か言われてもすっぽかすなよ」

「そうだそうだ!ロウこそ泣いて帰って来るなよー!」

「はい……」


面接終わりに合流することを確認して大通りと側路が交わる十字路で二人と別れた。

『獣喰らい』という物騒な名前の食事処の脇を入っていくと徐々に喧騒は遠くなり、少し歪に靴の裏から若干の凹凸を感じるようになった石畳も、路の両側に並ぶ高い鉄柵も、目的地が近づいて来たことを感じさせる。

舌が乾き呼吸が少し浅くなっていることを自覚しながら歩くこと暫し。


パン!―――

「よしっ……!」


『黄金狼』の名前が刻まれた門柱を視界の端に収めつつ、静かに気勢を上げる。

頬を叩いた両手をその勢いのままに門扉に手をかけた。


<つづく>

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