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脇役主人公の弁え方  作者: yui


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第二十六話よろしくお願いします。


「んくんくんく―――ふぅ……」


「はい」


昼食の〆に三杯目を要求するセリスの視線に気付き、左手を差し出す。

右手は既に小鍋に添えた匙で中身をグルグルと回している。


今日の汁物は”魔羊隋骨の卵芯煮”。


特別意識していた訳でもないのだけれど、クルードさんが『鹿鳴(ウチ)』を出てから食卓に上がらなくなった羊肉を久々に使った料理だった。

西街に住む貴族の使用人キャメルさんに教わった調理法(レシピ)を元に少し工夫を加えた一品。


地下訓練場から遠のいたことで、すっかり疎遠になってしまったラディットさんとは対照的に、キャメルさんとの繋がりは細く長く続いている。そのきっかけとなったラディットさんとは大分、会えていない。


下に溜まった具材を掬い上げるようにかき混ぜて、かと言って具材の塩梅が偏らないように木椀によそる。


「はい」


「ん。ありがと」


昨晩仕込んだ汁物の出来栄えと売れ行きに自己満足しながら、自分の分もよそう。


「……最近、機嫌いいね」


「え?そうかな?」


突然のセリスからの指摘につい問い返すような返事を返してしまったけれど、浮ついた自分を自覚してもいたので、惚けてから少し恥ずかしくなった。


「……まぁ、『鹿鳴』は相変わらず順調だし、アルフォンス様の件……小規模企業(クラン)の経営統合の方もそうだし、あとクルードさんの病状もさ、シスターレミリアもキャロルさんも順調に治療が進んでるって言ってくれてるし」


「そう」


「うん。セリスもさ、クルードさんと会うのはまだあれだけど、一回一緒に聖坐行ってみない?お世話になってるシスター達に御礼を言いに」


「……ん、今更な気もするけど、言った方がいいかも、ね」


「うん。じゃあ……六日後、か。別に何か準備がいる訳でもないけど、今度の休み一緒に行こう」


「ん」


二人して汁物を飲む。


ついこの間『菫牛』のベルンさんから言われた何気ないお礼の言葉。

言葉は悪いけど”唯の街の探索者”から言われたからこそ響いた感謝の言葉。


僕は、自分が思っている以上に、負けず嫌いで、探索者に対する引け目や負い目を感じていて。


だからこそ、心から嬉しかった。

だからこそ―――


聖坐でのクルードさんとの面会も―――


『ありがとう。上手く探索者(むかし)の話に触れてくれて。クルードさんの精神障害(トラウマ)の克服にはどうしても避けて通れない記憶だから…』


『なんだか君自身も随分楽しそうだったけどね?お店の看板の掛け替えでもするつもり?』


その後、訪れる地下での訓練も―――


『なんだよお前、なんか良いことでもあったか?』

『きっと彼、僕等をイジメるのに快感を覚え始めてるんですよ…』

『……ニールセンの言を否定できないのが不甲斐ない…』


―――以前よりずっと軽い心持ちで臨むことが出来るようになっていた。


まぁ地下訓練に関して言えば…

以前のような醜態を晒さない為に、万が一にも加護を切らさない様に、一切の容赦なく攻撃を封殺し続けているから、ツウォリさんやニールセンさんの訓練になっていたかといえば怪しいけれど。


兎も角。


誤魔化し紛れだったけれど、

キャロルさんが気にしてくれていたセリスのことも、

自然に聖坐へ連れて行くことが出来そうだ。



『ふぅ……ごちそうさま』



声を合わせて手を合わせる。


分担して片付けをして、僕が洗い物をする間にセリスは店頭に立つ。


全ての物事が自然と嚙み合って、好転していくこの感じ。


今日も気持ちよく仕事を終えられそうだった。



――― ――― ――― 


――― ――― 


――― 



カランカラン―――


『ありがとうございました』


「―――またのお越しをお待ちしております」


僕は外開きの入口扉を開けながら、セリスは勘定台の内に立ちながら。

最後と思われる客を見送った。


本日最後のお客様は『赤紫ノ牛』の納税担当三名様だった。

経営統合への参加については未だに色好い返事は貰えていないものの、変わらず『鹿鳴』を利用し続けてくれている常連客だ。


持ち込まれたのは―――


”泉角牛の泉芯”

角で体液循環を行う牛様の魔物。

その角と背中にある瘤を結ぶ太い体液腺とそれを含む背側の希少部位を指す。

程よく染み出した体液成分が残る瑞々しい肉。

体液腺が毛程の細やかさで集中する瘤部位の肉は水っぽくなり過ぎる。


”養蜂鹿の腹肉”

独特の臭気を角から漂わせて『緑黄繊蜂』をその角に住まわせる鹿様の魔物。

その腹部の肉はあまりにも甘く一般に好まれない半面、根強い好事家がいる。

平均で数千を数える『緑黄繊蜂』の群れを掻い潜って狩猟する割りには見合わない。


”苔茂猪の補後脚”

全身に生えた苔を利用し地面や木の幹に擬態して()()猪様の魔物。

四本生え揃った後脚の内、普段使われない二足一組が補後脚とされるが個体毎に異なる為見極めは困難。

赤身と脂の割合が完璧だと称されるが、こちらも一部の好事家の見解。


―――いずれも『東源樹林』で得られる食材の最も高値で売れる部位。

それも納税担当三名の二十七枠ある【道具】の全て使っての納入量だ。



北や南と比べて稼げない、とされている東門ではあるけれど、それは裏を返せば最もこの街に流通している異界素材だから、とも解釈できる。実際、全部の統計を取った事なんて無いから、分からないけど。


だが普通に考えて、流通量が少ないモノほど物の価値というものは増す。

勿論ことはそう単純ではないことも理解している。

モノの有用性だとか、禁制品指定されてないか、だとか。


何が言いたいかと言えば、単価の低さばかりに目を向けてるけど、安定的に稼げる東門って悪くないんじゃない?ってこと。


殊に食材に限って言えば、需要が急増急減するようなことも無いのだから、狩猟する側からすれば安定した収入源になると言えるだろう。貴族成りを夢見て流行りの北門に狩場を変えたり、どっちつかずに南門に行ってみたりするよりかは余程、健全で堅実な企業(クラン)運営だ。


それにもし、値が気に食わないのなら自分達で食べてしまえば良い、というのも強い。

街出状に関して言えば余剰で手に入る魔石で事足りるのだ。

運営を続ける限り食いっぱぐれることがない。

自分達の存在価値を自分達で制御できる知恵があれば、この街に於いて自社の優位性を保つことが出来る。

競合が現れなければ、だけど…。


そんな『赤紫ノ牛』の猟果はしめて礼金三五〇〇枚。


これほどの猟果を一社のみで挙げられるのだ。

経営統合計画に乗る意味合いは薄いかもしれない…。


だがグエンさん達だって負けていない。

流石に単発取引の額面では負けるが、お陰で店の礼金換算の取引量は前月比一割増しになっている程だ。


っと妙な思索に耽ってないでさっさと看板を仕舞ってしまおう。


そう思い『鹿鳴』の看板に手を掛けた矢先のこと―――


「ごめんっ!!まだ間に合う!?」


と大声を上げて引き留めたのは『旭燕』のフランさんだった。

上半身を屈めて膝に手をついて息を整えている。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」


ここのところ、毎日のように閉店ギリギリでの来訪だ。


それに、言っちゃ悪いけど高々、一〇〇枚ちょっとの取引だ。

鹿鳴(ウチ)』で言えば断トツで取引額が小さい。


別にそれを貶したい訳じゃない、けれど『旭燕』だってそれほど食い詰めている訳でも無いだろうに、こんな必死にならなくても……。


そう考えたところで、引っ掛かった。


なんでこんなに必死になってるんだ?


あの日を境に訪れなくなったレルドさん、最初は顔を出し難くなったのかな、と、意外に気にしいな人なんだな、と思っていた。


その代わりに、連日閉店間際に訪れるようになったのがフランさん。


よくよく見れば、顔に疲れが浮かんでいる。

薄灰色の髪も、赤茶気た瞳からも、生気というものが抜けかかっている気がする。


それは単にここまで走って来たから、というよりも慢性的な……これまでの経験を基にすれば無理な狩猟を続けているような探索者のソレに見える。


「あの、フランさん―――」

「ようこそいらっしゃいました『旭燕』様。どうぞ中へ」


何か問題でも抱えているのか、という問い掛けをする前に、まるで僕の言葉を遮るようにして『鹿鳴』の店主が自ら店先まで出迎えた。


「はぁっ……はぁ、よかった。間に合った…」


フランさんを店内に入れながら、セリスは無言でこちらを見つめる。


その目は余計なコトはするな、と僕に訴えかけていた。


――― ――― ――― 


――― ――― 


―――


カランカラン―――


フランさんを見送った店内に沈黙が降りる。


予想通り今日も一〇〇枚強の取引を終えて足早に帰って行った。


勘定台の内側で静かに記帳するセリス。


「セリス」

「ダメ」


まだ何も言ってないんだけどな…。


「依頼された訳でもないのに手を出すのは違う。そもそも探索者が抱える問題を素材取引所の人間が……従民が、どうにか出来ると思うのが間違い」


めちゃくちゃ口数が多い。

セルク家に居る訳じゃないんだから…。

思いながら口を開く。


「……セリスは何か知ってるの?」


「知らない。けどあれはもうダメ。死相が出てる。じきに店に来なくなる探索者の顔」


流石店主……なのか?

まぁ一日の長があるのは確かで、僕が気付くよりも前にその異変に気付いていて、それも確信している様子だ。


「なんで、そこまで分かってるのに、どうにかしようとしないの?」


「…………探索者が抱える問題を、従民がどうにか出来ると思うのが、間違い」


同じ言葉をセリスは繰り返した。

聞き分けの無い弟にでも言い聞かせるように。


「でも、僕等が探索者の役に立てることだってあるだろ?互助とは言わないまでもさ。それに『旭燕』は―――」


「ロウこそ。大して利益にならないと分かっているのに、なんで関わろうとするの―――」


そうして僕の言葉を遮って声を上げたセリスは、途中で言葉を選んで、迷ってから、言った。


「―――探索者を諦めた、従民のクセに…」



僕はその言葉を噛み締めて―――


あぁ…。

そうだよ。

その通り、本当のコトだ。


僕は諦めた、自分の意気地のなさに気が付いて。

僕は言い聞かせた、自分に出来ることをやるしかないって。


でも


僕は知った、自分で自分を許せる日は来るんだって。


だから。

だからさ。

そんな悲しそうな顔をしないでよセリス。


―――それから笑った。


「それはそうなんだけどさ、逆に、逆にだよ?たかが従民がさ、探索者を助けるなんて、お礼金(かね)にならない価値があるって、思わない?」


無理したわけでも強がったわけでもない言葉が、自然と口に出た。


「僕、言ってなかったけど、実はめちゃくちゃ悔しかったんだよね。探索者になれなかったこと。兄弟姉妹達が普通にその道を進んでること。迷いなくその道に進もうとしてる後輩のことも。僕が諦めた道の先に挑んでるお客さん達に、毎日めちゃくちゃ嫉妬した」


セリスが勘定台越しに僕を見上げる。


「……でも、同じくらい尊敬もしてるんだ。それは安定して狩りを続けてる中堅だけじゃなくて、ぐんぐん成長していく新卒も、口だけ達者な五年目も、『旭燕』みたいな、取引所にしてみれば零細なんて呼ばれる企業(クラン)でも」


僕はその鈍色の瞳を真っ直ぐに見つめ返した。


「だから、出来ること、したいんだ。探索者になれなかった従民だから、じゃなくて、僕が、そうしたいんだ」


それが、この街の脇役にも出来ることだと思うから。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



カランカラン―――


そうして翌日。

今日もまた『鹿鳴』の閉店頃に彼女はやって来た。


「いらっしゃいませ」


今日は昨日よりも、随分早い。

けれど、これで店仕舞いだ。

入れ替わるように表に出たセリスを見送って、僕は勘定台の前に立つ彼女に声を掛ける。


「ご事情を聞かせてもらえませんか?フランさん」


「え…?」


「最近のフランさんの表情を見ていればわかります」


「……」


「ちゃんとお力になれるか、判りませんが何か出来ることがあるかもしれません」


「……」


「ですから、そのお気持ちも、我々『鹿鳴』に引き取らせて頂けませんか?」


フランさんは、静かに頷いて、小さな嗚咽を零した。


――― ――― ――― 


――― ――― 


――― 


そうして


あらかたの事情を聞いた後、


僕は内心で深いため息をついた。


格好付けた手前、決して口に出せはしなかったけれど。


想像以上に手に余る暴力沙汰だった…。

明らかに早まった…。


――― 


始まりは奇しくもあの日。

『鹿鳴』に『黄土水晶』と身内の事情を持ち込んだ日のこと。


その後レルドさんの態度を諫めるために、開いた会議の途中、一人席を立った彼を放っておいたことから始まった。


何を子供みたいに拗ねているのかと、追いかけようとも思ったけれど、自ら頭を冷やしに出たのだと思ってのことだった。


だが、会議が終わって、いくら待っても帰って来ない。


どこかで女でも買っているのでは?と誰ともなく嫌悪し、解散し、眠りに就いて、翌朝を迎えても帰って来ない。


流石に三人で異界に赴くなんてことは出来ずに待つも、昼近くになっても未だ帰らない。


いくらなんでもおかしいと、皆で付近を捜して回った。

勿論、有事に備えて完全に武装して。


東門まで行って引き返して、次は南門の方へ行こうかと家で話し合っていた矢先。


ソイツらはレルドの特徴的な赤橙の毛髪を束にして持って現れた。


『とりあえず毎日100枚な。あと寝床と飯……っつーか一通り世話頼むわ』


――― 


「要求が悪化したりは?」


「……してない、ヒル……アイツらの代表が手下の暴走を抑えてるから…」


「なるほど…」


フランさん達が自棄を起さない範囲を見極めてる?

この状況に慣れさせて、徐々に要求を吊り上げる気かも…。


解決に繋がりそうもない方向にばかり、想定は浮かぶが碌な対応策は出てこない。


どうしようかと、勘定台の上のシミを眺めながら思い悩んでいた時、


カランカラン―――


閉めた筈の店の扉が開いた。


「お邪魔しますよロウさん」

「え…?」

「あ、っと……ライルさん…?」


当然のような顔をして姿を現したのはセルク家の使用人のライルさんだった。

今日も濃紺の毛髪を綺麗に七対三に分けている。


「ん、ちょうど良かった」


もう一人、彼を引き連れて自らの城に入ってきた『鹿鳴』の主は―――


「調査報告と対応策の提案をお願いします」


そう宣った。


「かしこまりました店主殿」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



「ヒヒッ……キヒヒッ…」


僕の姿を見てか、自身の身の上を自嘲してか、あるいはまるで赤子のように、純粋に目に映るモノを捉えての反応か。


ただ笑い続ける、名前も知らない浮浪者の横を、静かに通り過ぎる。


彼の反応からは伺い知れなかったけれど、横目で見たその姿と僕の今の格好とで、そう違いも見られなかったから、たぶん大丈夫だろうとは思う。


そのために態々用意したのだ。

とっくに店仕舞いしていたマルゴさんの所で見繕ってもらって。

思いながら襤褸切れを引き摺り歩を進める。


名誉のために言っておくと、店に並んだ商品では到底、浮浪者のそれに見合わなかったので、申し訳ないと思いつつ、購入して持ち帰ったものをワザと汚している。


先行して暗躍しているライルさんのお墨付きを得た襤褸着でもあるのだ。きっと問題ないだろう。


思いながらも、僕は襤褸の頭巾を目深にした。




あの後、ライルさんの口から語られた、レルドさんの現状と、被害者である『旭燕』と、加害者である『賊(仮)』の詳細は、今朝方に店先で相談を受け、半日足らずで調べ上げたという内容とは、到底信じられない程の精密さだった。


だが、そのお陰でこうして行動に移すことが出来ている。


余りにも便利使いし過ぎているという負い目が半分と、純粋な感謝が半分。

いや……下らない対抗心とか、貴族に対する猜疑心とか、セリスに対するモヤモヤとか。

目を背けたい気持ちも色々とある。


けど今は、今やるべきことを。


凹凸の激しい剥き出しの地面だったり、そこへ長い木版が渡されていたり、雑に並べられた石が飛び石のようになっていたり…。

周遊道や大通りはおろか、孤児院(じっか)の裏手とすら比較にならない程の悪路が続く。

絵本で伝えられる『死者の城塞』の名残りが感じられた。


遮られることの無い月明りに照らされた大通りと異なり、隘路には雑な造りの住居の屋根が野放図に突き出し、狭い夜空を更に小さいものにして、隙間から零れる儚い月光が貴重な灯りになっている。


饐えた臭い。

それに汚物臭。

魔物のソレとは明らかに違うと分かる生物の臭いに、ここまで嫌悪感を覚えるのは、自分達から生み出されたモノだからという認識があるからだろう。

自分の身体から切り離された髪や爪や糞尿に忌避感を覚えるのと同じ感覚。

さっさと片付けて目に触れなくなるものが、ずっと視界の端に残っていれば気分も悪くなる。


そんな考えを巡らせてでもいなければ、卒倒しそうな悪臭だった。


この街で生まれて暮らして十五年―――と半年。

それだけの年月が経っているというのに、こんなにも身近にこんな世界が広がっていることに新鮮な驚きを覚えた。

だがそれ以上に、こんなにも身近にこんな悍ましい景色が広がっていることを、今で知りもせずにいたことへの恐怖や気持ち悪さが勝った。


事前にライルさんに教えられた道順を思い出しながら、右へ折れ左へ折れして悪路を進んでいく。


途中、路と判別しづらい隙間を見掛けて迷ったけれど、どうやら間違っていないらしい。


『あ”ぁ”ぁ”あ”ああぁ!』


その証拠となる左右の壁越しから響く男女の喚声に、事前に聞かされてはいたものの、僕の肌は粟を立てて嫌悪を示した。”ゴミの盛り場”……自分達をしてゴミと称する救いようの無さ。


気持ちワル…。

というか、フランさんが一緒じゃなくてよかった。


フランさんには協力……じゃなくて参加か―――を求められたけれど、当然断った。

被害者側の人間が不審な動きを見せれば、加害者側の連中に警戒されて当然だからだ。

だが今はそれとは別にして、この場に異性がいなくて良かったと思う。


―――盛り場を越えて見えてきた丁字路は右、直ぐ見えてきた脇道を左に入る。


そもそもの話としてフランさん達『旭燕』の面々が参加を認められなかった事情もある。


というのも、ヒルなる男、悪知恵は働くのか『旭燕』を脅迫している連中は『旭燕』の根拠地とレルドさんの幽閉場所(おそらく彼等の根拠地)の間を定期的に人員交代することで、

人質の管理と、

庇護者への脅迫と、

第三者への警戒とを、

同時に機能させていたからだ。


フランさんが普段通りに『鹿鳴(うち)』で納品を済ませて、家に帰り、礼金(かね)を渡さなければ、その時点で怪しまれ奪還計画に綻びが生じてしまう。


―――多少マシな造りをしている石壁のボロ屋を通り過ぎる。このボロ屋が街出状の偽造所だという補足情報は、今はどうでも良い。


計画はいたって単純だ。

幽閉場所から見張りを遠ざける陽動をライルさんが担い、

幽閉場所に忍び込んでレルドさんを連れ出すのが僕。

以上だ。


そんな簡単にいくのか、とか。

それなら私達でも出来る、とか。

色んな異論は出たけれど、結局は妙な説得力をもったライルさんの言葉に皆が従った。


曰く、

目的を達成するための工程の煩雑さと、それが齎す結果に因果は無く、単純な計画であればある程、実行の難易度は下がり、求める結果を得られるものである。

また、そういった考えは、普段から誰かを貶めたり逆に害意から誰かを守ったりしていれば、自然と思い至るモノであり、卑下する必要も、身に付ける必要も無い。

とのことだ。


街で安穏と暮らしている『鹿鳴』も、日々異界で狩猟生活を送る『旭燕』も、急に自分達の仲間や大切な人が囚われているという状況に陥れば、まともな思考など出来なくなるのは当たり前のことで、もし殺されでもしたら、もし今より状況が悪化すれば、なんて負の方向でしか物事を考えられなくなるのも無理はない。


そんな想像力も働かない人間であれば、そもそも誰かに脅される程の価値もなく、そんな状況でも冷静に物事を考えらるのは日頃からそういう世界に身を置いている自分達のような者だけだ。


そうライルさんは締めくくった。

図らずも彼がどういった種類の人なのか、解らされた時間でもあった。




目的の場所が見えてくる。

何の変哲もない、石と木とで組み上げられたボロ屋。

強いて言えば、同じようなモノが立ち並び過ぎていて、見分けがつかないということが特徴で、何故それと判別できるのかと言えば、そこには彼が立っていたから。


僕の接近を認めたライルさんが声を上げる。


「オイ!連中暴れ出しやがった!ソイツは良いから手を貸せ!」


どうやっているのか知らないけれど普段とはかけ離れた粗野な声。

交代予定の連中を真似ているのだろう。

その完成度はどうだか知らないけれど―――


「何!?」

「へっ!後悔させてやる!」


少しも疑っていないような様子で、気炎を上げて出て行った二つの影を見る限り問題なかったみたいだ。


暗がりに消えて行った影を物陰から見送ってから暫し。

レルドさんが囚われているというボロ屋へと僕は一気に駆け込んだ。



「っ…!」



入った瞬間。

思わず顔を顰める程の悪臭に襲われる。

外の臭気とは比較にならない、鼻だけでなく、目や耳や、肌すら侵されそうな強烈な臭気。


泥だらけに汚した襤褸切れでさえ、この臭気を防げるならと口元を覆った。

が、それも全く効果はなかった。


暗がりな上に、自然と浮かぶ涙で視界が滲んで辺りが良く見えない―――


「あ”ぅっ…………」


そんなところに低い呻き声が聞こえた。

振り向けばそこに人影と思しき塊がある。

近づいてその塊を揺すりながら小声で呼び掛けた。


「レルドさん」


「ぅあ”……?」


「っ!!」


ゴロリと、こちらにその身を転がした塊は、およそ人が上げたものとは思えない音と共に、辛うじて人と認識できるだけの造形を持った顔面を、僕へと向けた。


「ヒュー……オ”ォー……ヒュー……オ”ォー……」


無理矢理にむしり取られたのだろう、頭部には皮膚が残っていればマシで、大部分は赤い肉質が剥き出しになっていた。辛うじて残った頭皮と赤橙の髪の毛が逆に痛々しく、土埃が覆ってくれていなければ直視し難いモノだったろう。


「ヒュー……オ”ォォ……ヒュー……オ”ォー……」


腫れ上がった瞼が両目の眼窩を、

扁平な穴からベッタリと漏れ出た血の塊がその鼻腔を、

大きく開いた穴から響く音と辛うじて残った幾本かの黄色い歯がその口腔を、

何とかそれぞれが、人間であると主張している。


ゴクリと喉がなった。


良かった、まだ生きてる―――なんて思えなかった。


いっそ死んでしまった方が楽なんじゃないかと。

そう思ってしまった。


思わず、かつての自分を重ねそうになる。

ただ、地面に転がされ耳元で囁かれた言葉に涙を流して赦しを乞うことしか出来なかった自分。



「ヒュー……オ”ォ、オ”ォォ……」



けど、レルドさんは違った。


こんな状態になっても、助けを、ロウ(ぼく)を認識して声を上げた。


死の淵のギリギリに立っていても、彼は、探索者だった。



「っ!すみません…!スグ助けますから…!」



その姿に気を取り直した僕は【道具】を展開して大人一人は包める一枚布を取り出し広げた。

縄でキツく全身を縛られたままのレルドさんを、そのまま布の上に移して包む。

素人が下手な治療を試みない方が良い、というのはライルさんからも、キャロルさんからも教わったことだった。


その相貌の気味の悪さだとか、

人間の非道とか悪辣さとか、

今も空間を支配している悪臭なんか、

気にならなくなっていた。


「持ち上げます!我慢してください!」


背中と膝裏に両腕を差し込んで、大きく息を吸い込み、力いっぱいにレルドさんの身体を持ち上げる。

が、それほど大柄ではないと、見込んでいたよりも、よっぽどその身体は軽かった。


その軽さに安堵よりも痛みを感じながらも、僕は出来るだけ大きく動かさないように、レルドさんを抱えて外へ出た。



そして来た道を戻る。



大丈夫、僕は、僕には、戦う勇気も諦めない性根も無いけれど、貴方を抱えて聖坐まで運ぶくらいのことなら―――



「おいおい、てめぇ。なんか面白そうなコトしてんじゃねぇか」



人の容をした悪意が、顔を出した。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



予定通り。


主演と敵役二人が邂逅する。


一人は集団の(リーダー)でもう一人は鉄砲玉。


ここからは筋書きも、演技指導も入らない、完全な自由演技(アドリブ)


助演が見るに堪えない顔をした男、というのが萎える気もするが、贅沢は言えない。


さぁロウくん。


楽しいご報告が出来るよう、立派に勤め上げてくれよ。



――― ――― ――― 



順調すぎる経営統合計画(おあそび)に、お誂え向きの事案(イベント)が発生したのは僥倖だった。


その成功の絶頂期(ピーク)計画立案(プレゼン)までで、その後の堅調で無難な実行(アクション)は、余人を唸らせても、貴族を満足させる立志伝(サクセスストーリー)とは言い難い。


このままでは、そろそろ私が何か事を起こさなければならないところだった。


これでも君のことは気に入っているんだ。

この好意は貴族のように歪んでもいないよ。

心から、君の成功譚を望んでいるんだ私は。


初めて君を知ったのはガルプさん経由で知らされたミニーの報告書。


異常な知性と才能、それに対して不釣り合いな生い立ちと、前代未聞の天職。

そしてこんな野蛮で暴力が全てを支配する世界に生まれ育ちながらも、育まれなかった心の弱さ。


あまりにも出来過ぎているんだよ、その設定。


君は()()なんだろ?


だから、こうして場面も整えた。


君が()()であるからこそ、僕は全てを捧げられる。


さぁ見せてくれ。


君の物語の序曲を。



――― ――― ――― 



彼はまず横抱きに抱えたそれを静かに、丁寧に狭い路地の隅に横たえた。


清潔な布で包まれたその中身は、見るに堪えない姿をした男の筈だ。


だが、それに対する彼の態度や所作は、最大限の敬意と友愛を遠目にも感じさせた。


膝立ちのまま、顔だけ向けて相手に呼び掛ける。


「一応、伺いますが、そこ、通してくれませんか?」


「くっ、くくくっ、一応返事をしてやるよ……やなこった!やれマト!!」


「くらえぇ!」


合図を受けた三下が横合いから一歩前に踏み込んでダガーを投げつけた。


おいおい……鉄砲玉の分際で何をしてる。

その身諸共、相手にぶつかって逝くのが前座の役目だろうに…。


だが、


クルクルと闇を切り裂くダガーは思いの外、真っ直ぐに彼の元へと向かった。

夜目が効かなければ防ぐのは難しい。

これなら当たれば致命傷、とはいかないまでも状況を決定づけるには十分な一撃になる。


遅れてやって来た助っ人に株を奪われる、なんて終わり方止めてくれよ…?


思いながら、念のため膝を溜め、飛び出す予備動作をつくった。


が、


吸い込まれるように彼の眉間を捉えたダガーは、スッ―――とそのまま文字通り吸い込まれるようにして消え失せた。


一体なにが…?


「な!?」

「なんだ!?」


敵役は投げた張本人含めて今のが見えたらしい。

間違いなく当たった筈のダガーが消えた瞬間を。


ワザとらしく大きな溜息をつきながら彼は立ち上がった。

特徴的な黒い瞳に射した月光がいやに妖しく光って見える。


「ひっ!」


人は得体の知れないものを本能的に恐れる。

それがたとえ、つい今しがたまで、餌だと思っていた相手だとしても。


「くっ、そが!」


その一瞥で戦意を折られ一歩後退った三下とは対照的に、長の方は”ショートソード”を突き立てながら彼の方へと踏み出した。闇に乗じた乱暴事なら勝てると踏んだか、はたまたなけなしの矜持(プライド)か。


一方で半身の姿勢は変えず、けれど相手の突きに応じるように片手を前に突き出して彼は呟く。


「危ないんで、あなたのも頂けます?」


「くれてやるよ!」


ドッ!―――


突き出された彼の左腕。

それを潜るように脇の下に刺し込まれた”ショートソード”。

重なった二つの影。


「な……」


数瞬の後、盛大に上がる筈の血飛沫は一滴たりとも零れず、

変わりに狭い路地には、言葉にならない、戸惑い混じりの驚嘆の声だけが滲み出た。


「―――ウガッ!!」


そして、襟刳りを掴まれ綺麗に足を払われて、そのまま地面に叩き付けられた衝撃音と野太い悲鳴が響く。


勝負は決した。

あまりにもあっさりとした結末。


だが、そんなことよりも、だ。


また、消えた。


とても不可思議でいて、よく見慣れた光景。


この街で暮らすほとんど誰もが日常的に目にするそれ。


【道具】から捕縛用の縄を取り出し頭目を拘束する彼を目に入れながらも、意識は完全にその種明かしに夢中になっていた。


真似るように【道具】から一本の短剣を取り出し、収める。


人は得体の知れないものを本能的に恐れる。


つい先刻、内心思い浮かべた言葉が、自身に突き付けられているのを感じながら、彼が立ち去るこの場面(シーン)の終わりを見届けた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



「で?そのタネとは?」


報告、と言う名の一連の物語の山場を語り終えたところでアルフォンス様は楽しそうに問うてきた。


「―――頭目との交戦時にも見せたそれは【道具】の職能によるものでした。ガルプさん」


「お前の手品の相手役になれ、と?」


「お願いできませんか?」


「はぁ……いいだろう。アルフォンス様、お目汚し失礼いたします」


「構わないよ。”百聞は一見に如かず”と言うのだろう?」


そのやり取りを待ってから取り出したダガーをガルプさんに手渡す。


「……私の左の掌にソレを―――」


パンッ!


言うや否やガルプさんは一切の躊躇なくダガーを左の掌に突き立てた。

逆手にダガーを握っていたガルプさんの右手と、私の左手とが渇いた音を立てた。


「―――ほう?」


「なるほどね。そんな使い方があるなんて、相変わらず面白い話題に尽きないね彼は」


「はい」


自身が展開した【道具】に他者が直接、物品を収める。

なんのことはない、それが手品のタネだった。


だが、モノを自在に出し入れする便利な職能、という認識では絶対に思い浮かばない発想。

しかしそうと言われれば、簡単に納得させられる至極真っ当な工夫。


おおよそ実戦でやろうなどとは思えない、正に手品の類。

正確に相手の攻撃の軌道を見極めるか、誘導するかしなければ使えない損益と(ハイリスク)利益(ハイリターン)の大道芸。


「それで?オチとしては?」


「―――その後、無事『旭燕』の代表を聖坐まで送り届けたロウは『鹿鳴』へ戻りました。懇意にしていた小規模企業(クラン)が持ち込んだ厄介事を、これまで忌避してきた暴力で片付けることで、一つの試練を乗り越えた、といったところでしょうか。先の見えない物語ですが、序曲としては悪くないかと」


「まぁそうだね。貴族の自叙伝に比べれば大分マシだ。お前の見立てとしては彼はどう?」


「……話に聞いていた精神的な弱さ、というのは現状私の目には見受けられませんで、現時点での主観で評すのであれば、走り出しの中堅企業の代表、といった器でしょうか。今回の一件で、荒くれ者共をまとめるだけの暴力(求心力)もあるのだと確認できました。それだけに天職が従士であることは惜しい。ですが、騎士であろうと武士であろうと、あるいは魔術士や地操士であっても、並みの天職より使いこなしてみせるでしょう。それだけの潜在能力を感じさせます」


「……弟子の見立てに過不足は?」


「ございません」


「ガルプさんも御覧になられていたので?」


「お前はもう少し、周りを見る目を養え」


「さて、存外長く楽しめそうな玩具だった、という話だけれど、次はどう遊ぼうか?」


<つづく>

次回更新は三日後を予定しています。

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