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脇役主人公の弁え方  作者: yui


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23/26

023

第二十三話よろしくお願いします。

街における富とは、しばしば礼金や異界から齎される納税品の多寡で語られる。


しかしそれは富の姿を写す影に過ぎない。


真に数えるべきものは、人の数である。


人は食べ、眠り、働き、そして互いに物を交換する。


ゆえに人が増えるほど物の動きは増え、動きが増えるほど街は賑わう。


だが支配の立場にある者は、この単純な理を恐れる。


人口は労働力であり、労働力は富の源であると同時に、力そのものでもあるからだ。


人が多ければ街は豊かになる。


しかし人が多ければ、富はまた広く分かたれる。


ゆえに支配者は常に二つの思いの間で揺れる。


人を増やしたいという願いと、人が増えすぎることへの恐れである。


街の秩序とは、この相反する二つの願いの上に成り立つ不安定な均衡にほかならない。


そして商いとは、その均衡の隙間で静かに育つ技術なのである。


『経済論』本論より 著・啓徒マルケド



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



「はぁ……」


自然と、無意識に、知らず知らずの内に。

口から零れ出た溜息に反響音で気付く。


螺旋状に下へ下へと降りていく、閉塞的で、薄暗くて、自らの靴音だけが繰り返し鳴り響くだけの寒々しい空間。

そんな場所に一人でいれば、憂鬱が募るのも無理はない。


「わざわざセリスに来てもらうのもな……」


最早定例になってしまった休日の地下訓練場通い。

けれども毎回、その足は重い。


一つは当然、せっかくの休日を自由に過ごせないということへの不満。

まぁ定期的に休日を設定している従民なんて方がこの街では珍しく、そんな不満自体が贅沢なことではあるのだけれど……損をしている感じはどうしても拭えない。


一つには、辿り着くまでにかかる時間と煩雑さ。

この延々と続く下り階段も然りだけど、とにかく目的の場所に着くまで面倒が過ぎる。

利用規約から制約書から注意事項、初回ならまだしも毎回同じこと説明する必要あるのかって読み合わせに始まり、名前から職業から所属企業(クラン)……僕の場合はこれまた面倒で、探索者ではないのに何故ここに来た?という問いから誰何が始まる。

ここで貴族認可を受けている『鹿鳴』の名前が役に立つ、のならば良いのだけれど、実際は無いよりマシな程度。東門大通りのどこそこにあって~なんて説明を毎度させられている。


それらをこなして漸く辿り着くのが、この長い長い螺旋階段だ。

誰も好んでココに来たがらないのも良く分かる。



そしてもう一つ、極個人的な問題ではあるのだけれど―――


と考えていたところに声が掛かる。



「よう、来たな。ロウ」


足を動かしている内に、いつの間にかに底まで辿り着いていたらしい。


「こんにちは。スラヴさん」


地下訓練場の主……というのは大袈裟に過ぎるか。

僕よりも二回り以上も年上の、老境と言っても差し支えない年齢にも関わらず、相変わらずの上裸を披露している地下訓練場の管理職員の一人、スラヴさんが螺旋階段の下まで来て声掛けしてくれていた。


「くくっ、そんな面倒くさそうな顔すんなよ。アイツらがお待ちかねだぜ」


「そんな顔してます?」


「あぁ。生気が抜け落ちた、今にも探索者を引退しそうな顔だ」


「……知ってます?僕そもそも探索者じゃないんですよ?」


「くくくっ、それだけにアイツらの矜持が許さねえのさ」


ダメだ。

会話が嚙み合わない。

嚙み合わないというより、スラヴさんが好き勝手言いたいことを言ってくるってだけなんだけど。


「はぁ……それで?わざわざなんです?」


「お前の察しの良さ、時々気持ち悪ぃよな」


普段会わないところで、態々立ち話をしていれば誰だって疑問に思うだろ。

とは口に出さない。

いつまでも話が進まないから。


目線でスラヴさんに続きを促す。


「今日の装備はいつも通りか?」


「えぇ。『ダガー』と『ぬののふく』です。どっちも【道具】の中ですよ」


「じゃあこれ。貸してやるから今日は『防具』全アリな」


言いながらスラヴさんは【道具】から装備品を取り出し渡してくる。


頭用に『てつのはちがね』

両腕用に『厚手の手甲』

腰用の『あおの腰帯』

脚用の『ブロンズグリーブ』


いずれも『旭燕』―――うだつの上がらない五年目の探索者の装備品といった感じだった。


なんで?

と一瞬思うけれど、何のことは無い。

話の流れからしてスラヴさんの言うところの”アイツら”からの要望と、あと単にこの人の趣味だろう。


手渡された装備品に【鑑定】をかけながら問う。


「”貸し”なんです?」


探索者でもない人間が装備を持つことに意味なんて無い。

基本的に異界にいかなければ”加護”も”装備”も意味なんてないからだ。


「なんだよ、くれってか?」


ダガーなんかの刃物はいざっていう時に役立つかもしれないけれど、用を成す前に終わっている公算の方が高い。それが街に暮らす従民というものだ。


「別に欲しくも無いんですけどね。……けど良い様に玩具にされるのも癪なんで」


それでも言っておかずにはいられなかった。

けれどそんな僕の意気地も、スラヴさんにとってはただ面白く映るだけのモノだったみたいだ。


「くくっ、それはアイツらに言ってやれよ」


「自分の物でも無いのに、貸してやるなんて言ったんです?」


「俺に突っかかってくんなって。年下の従民の兄弟子なんて想像できるか?聞くだけでやりづれぇだろ?」


本当にこの人は出会った頃からお巫山戯とお節介が過ぎる。

そんな変人でもなければ、こんなことろで働けないのだろう。

ホントはだいぶ賢いクセに。


「やりづれぇ、なら関わってこなければいいと思うんですけど?」


「アイツらもクルードに梯子を外された形なんだ、親の尻拭いくらいはしてやれ」


ほら、こういうことを言う。

僕の爺ちゃんか、アンタは。


「わかってますよ。だから嫌々でも来てるんじゃないですか」


「言うほど嫌がってもねぇクセに」


「……」


「くくっ、睨むな睨むな」


勝ち誇った様に笑いを嚙み殺すスラヴさんを置いて、僕は地下訓練場の方へ足を向けた。


これだから嫌なんだ。



――― ――― ――― 



相変わらず地下とは思えない程の明るさの下を、一番近くに居る二人組の方を目指して歩いていく。

小指ほどには見えるから、そう遠くも無い。


渡された防具類はささっと身に付け”装備”した。

経営統合の企画始動から装備品に触れる機会も増えていたから慣れたものだ。

その質の差や格の違いにさえ目を向けなければ同じ装備品、扱いに大差ない。


「よう、ロウ来たな」


約束組手をしていた二人の内、初めにこちらに気が付き声を掛けてきたのは長髪の狩猟士ツウォリさん。

会社(クラン)に自分よりも”弓”の扱いに長じる狩猟士が加入したことで、短剣術に活路を見出したという妙な拗らせ方をして地下で燻るようになったココの常連だ。


「装備も揃えてヤル気だね」


次いで振り返って嬉しそうに声を上げたのは優男という言葉がピッタリな地操士ニールセンさん。

彼の他に、癒術士、魔術士、従魔士、呪言士、祝言士と全ての魔装系の職業を揃えた優良会社(クラン)に所属しているものの、常に自分を卑下する悪癖を持つ小心者の地下の住人だ。


「こんにちは。これ、さっきスラヴさんに貰っちゃったんですよ。有難いです。」


「ほう?」

「それは……良かった、ね」


知らないふりをしてきたのだから、知らないふりで返した方が良いのだろう。

という忖度に、スラヴさんへの当て付けも込めて、感謝の言葉とした。


二人の微妙な反応を見るに、十分あの人に対する嫌がらせになったと思う。

随分と狡くて陰険なやり口だというのは自認している。けど後悔は無い。


「どちらから、はじめましょうか?」


多少晴れた気分で投げかけた僕の問いに二人は顔を見合わせた。


「どうしようか?ツウォリ?」


「前回は俺からだったな」


この二人に共通しているのは、

南に拠点を持つ小規模企業(クラン)の一員であること。

優良な企業(クラン)に所属しているが故に燻っていること。

そして真面目であるが故にココに通い詰めているということと、自信を喪失しているということ。


「じゃあ、今日は僕から?それとも前と同じくするかい?」


「そうだな……ロウは、希望ないか?」


他にも細々とした共通点はあるんだろうけれど、端的に言って似た性格の持ち主ということだ。

このやりとりに毎回付き合うのも、地味に面倒臭いことではある。


「僕はどちらでも。先にお二方でやってからでも良いですよ」


適当に身体を曲げ伸ばししたり、軽く飛んだりしながら答えた。


「なるほどね」


「装備の慣らしも必要か」


二人はそう納得した様子を見せると少し距離をとってから立ち合いを始めた。


別にそういう意図があった訳じゃないんだけど。

まぁいっか。


「いくぞ!」

「こいっ!」


加護に”慣れ”という概念があるように装備にも”慣れ”というモノがある。

それは当然、単純に扱いが上手くなるとか、徐々に着心地が良くなるというものでは無い。

武器や防具に加護を纏わせる所謂”乗る・乗らない”といった話だ。


今僕が身に纏っている装備品は『ぬののふく』を除いて全て”軽装備”という分類がなされる。

これを装備可能なのは騎士、武士、拳闘士、舞踏士、狩猟士、重機士。

総じて軽重装士なんて呼び方を学校で教わる。


この場で言えば、狩猟士であるツウォリさんは装備出来るけど、地操士であるニールセンさんは装備出来ない。そして僕は装備出来る。


「グッ!」

「まだまだ!」


装備制限と言われるが、正しい表現は加護を乗せることが出来るか出来ないか、だ。

ちなみに従士にコレは無い、どんな装備であろうとも”装備”が出来る。

”装備”というのは着れるとか持てるとか振れるとか殴れると言った実際的なものとは無関係だ。


けれど、単純に加護を乗せられるか否かだけ、ということでも無い。


加護が乗った装備は、増幅、増強、拡張、補助、補正、とその表現は枚挙に暇が無いが、加護に更なる恩恵を齎すという共通した性質を宿している。


それぞれの装備に備わったその恩恵に慣れるということは、加護慣れと同じく重要なことだ。

そして慣れ以前の問題として、その装備にどのような恩恵が備わっているのかを知らなければならない。

【鑑定】という従士の職能が廃れない理由でもある。


「はっ!」

「ツェイ!」


だが頂戴した装備は―――


『てつのはちがね』:加護増強、思考速度の補助

『厚手の手甲』:加護増強、対物反発力の低減

『あおの腰帯』:平衡感覚の鋭敏化

『ブロンズグリーブ』:加護増強、対物反発力の増加


―――と、いずれも単純で軽微な恩恵だった。

ここまで歩いて来る間に感覚は掴んである。


『ぬののふく』に関してはこうした恩恵を宿していない。

単純に加護が乗るだけだ。

だから誰でも”装備”出来るのか、それとも誰でも”装備”できるが故に恩恵が備わっていないのか。

あるいは『防具』ではなく『装飾品』なのだ、とする学説もあるんだとか。

そんな研究を続ける”啓徒”の研究者が、答えを得られる日が果たして来るのだろうか。


「シッ!」

「……参った」


そんな、どうでも良いことにまで考えが及んだところで二人の組手の決着がついた。


「おーい!お前らー!もう少し入口近くでやれやー!」


遠くから野次馬(スラヴさん)の声も聞こえてくる。


「よし、ロウ。やるぞ」


「はい。よろしくお願いします。ツウォリさん」


「ふぅ、二人とも勉強させてもらうよ」


口にせずとも僕等はキレイにその声を無視した。



――― ――― ――― 



「シッ!」


という気勢と共に先に動いたツウォリさん。

靡く長髪に『邪魔にならないのかな』という気持ちと『毎回同じことに気を取られるということはそういう役割もあるのかも?』というくだらない考えが同居する。


流れる髪と同様に、踏み込むというより、滑り込むような一歩。

長い手足を利用して、こちらに向けた刺すような視線よりも、大分低い位置から放たれたダガーの一閃が斜めに走る。


腹部を裂くような軌道。

これは動かなくていい。


ギリギリまで引き付けて、半歩だけ身体をその軌道から外す。


見送った先にダガーを短く突き出す。

狙い目は肘。

最小限の距離を、最小限の動きで。


ギンッ!


という高い音が鳴り響く。

『銀手甲』の肘当て部分に当たった。


普段よりも積極的に攻めてくるのは、装備による安心感があるから?

別に加護がある普段でも怪我なんかしたことないだろうに。


思いながらツウォリさんが手甲を振るって弾いた勢いに合わせて身を翻し、距離を置く。


こちらの首筋を同時に狙った動きだったのか、いつの間にか逆手に持ち替えられたツウォリさんのダガーが空を切る。


確実に前回よりも良い攻めをしてくる。


「……流石はロウだな」


言いながらツウォリさんは少し不満気だ。


今度は僕の方から距離を詰める。

肩口から、順手に持ったダガーは溜めたままに、お互いの身体が触れるほどの距離まで。


「っ!」


ツウォリさんが息を飲み込みながら後ろへ身を引いた瞬間に急制動をかけて右から回り込むように地面を蹴り込む。


後ろ飛びになって後れ毛をたなびかせるツウォリさんを眺めながら、二歩三歩とその背後に迫る―――


「ちっ!」


ことが出来なかった。

『ブロンズグリーブ』が運ぶ一歩が思ったより長い。


ただ、そんなことよりも、思わず零れた舌打ちに自分自身に驚く。


また熱くなってる、良くないな。

と自省する。


暴力に傾倒して思考まで乱暴になる。


それを自覚した時の気持ち悪さ。

それがココに来たくない一番の理由だった。


変に空いた距離にこちらを見ているツウォリさんも何処か不思議な顔をしている。


「すみません……やっぱり装備が不慣れなようで」


「構わないさ」


言いながら互いに間合いを計り合う。

僕もツウォリさんも息は乱れていない。


お互いの足元と肩の向きを見て、視線で騙し、頭を動かして誘導する。


短い武器同士の戦いは、素手での戦いとほとんど変わらない。

身体の全てを使った騙し合いを制した者が勝つ。

というのはただの自論だけど、そう間違ったものでも無いと思う。


ツウォリさんの浅い呼吸が吐かれた瞬間。


地面を蹴る。


今度は真正面から。

ワザとらしくダガーを高く掲げて、顔面を裂く軌道で振り下ろす。

攻撃ではない。

狙いは視線。


思惑通りにツウォリさんの意識が目の前に迫ったダガーに向かっていることを確認してから、突進の勢いをそのままに片足を追ってもう一方の脚を前に滑らせて腰を落とす。


ドン!―――


という低い音と重たい感触に手応えを覚える。

『ブロンズグリーブ』の足裏がツウォリさんの向う脛を捉えていた。


そのまま姿勢を崩して倒れ込んでくる動きを見ながら、素早く身を起こして身体を交す。

当然、そのついでに脇腹に膝を差し込むのも忘れない。


「ぐっ!」


『てつのむねあて』に覆われていない腹部。

加護が働いている以上あまり意味は成さないけれど、それでも息を詰まらせる程度の威力があったみたいだ。

相手が狩猟士であることも大きい。

騎士や武士相手ではそこまでの一撃にはならなかっただろう。


ツウォリさんは四つん這いの姿勢で少しの硬直を見せた後、直ぐに腰を落とした半身の姿勢を取り戻した。

まだまだやる気みたいだ。


意味ないっての。


――― ――― ――― 


――― ――― 


――― 


ダガーの刃先が右手に付けた『厚手の手甲』の表面を撫でる。

手触りは本当にただの”厚手の布”だけれど、相手の攻撃をいなすのには申し分ない。


ただ、刺突には気を付けなければいけない。

二回ほど貰ってしまった。


一合前のやり取りで右から左に持ち替えていたダガーで無防備な背中に一撃を入れる。


ドッ!―――


「くそっ!」


こちらの攻撃に悔しそうな声を漏らすツウォリさん。

大分、声が漏れるようになってきた。

集中力が切れてきている証拠だ。


ダガーを持った左腕に右手を絡ませながら体術に持ち込む。


ドッ!―――

ドッ!―――

ドッ!―――


連続して膝を腹部に入れていく。

このままさっさと崩れてくれないか―――


「ぐっ!」


視界が揺れた。

頭を殴られたらしい。


また判断を間違えた。

どんなに好機に思えても攻めに徹してはいけない。


こっちは従士で向こうは狩猟士。

その前提を忘れちゃいけなかった。


「ちっ!」


またも自然と口を衝いて出た舌打ち。

良くない。

熱くなり過ぎ。

何度自省しても出てくる自我に嫌気が差す。


腕を解いて飛び退いて距離を取った。


「すみません!続けます?」


「……あ、あぁ!もう一本いこう!」


と返してきたものの明らかに精彩を欠いている。

こういう時に止めに入ってくれる筈の男は、きっと今遠くの方で拗ねている。


がむしゃらに真正面から突っ込んできたツウォリさんを左に躱す。


どうやって倒そうか…。


僕が避けるのを見越したように右腕を振るったけれど、その腕もダガーも僕には届かない―――


「【投擲】」


そう思った矢先に、足でも落としてやろうか、なんて考えていたところに聞こえてきたツウォリさんの声。


そして僕の胸に突き刺さったダガー。


ドン!―――


と鈍い音が立った。


【投擲】の力を宿して僕の胸に突き立った刃は加護の力で阻まれてその機能を止めた。


ついで、カランとダガーが地面に落ちる軽い音。


僕は両膝を軽く曲げて腰を溜めいつでも動けるような体勢で、立ち竦んだ。




息が漏れる。




こんなにも加護の力が削られるような感覚はあの日以来だった。




まだ、大丈夫。

加護は切れてない。




そんな風に言い聞かせても、ぞわぞわと背中が粟立つ感覚が、怖気が止まらない。


息が浅くなるのも、呼吸が早くなっているのも、自覚しながも止められない。




マズイ。

動かないと。

腕が、壊される。

死ぬ。

殺される。




けれど身体は動かない。




「参った、俺の負けだ」



と苦笑いを浮かべながら声を上げたのはツウォリさんだった。


「苦し紛れに飛ばして見たが、『ぬののふく』ですらこれだ。悪あがきもいいところだったな」


「らしくないけど、良い試合だったよツウォリ」


と二人は既に弛緩して和気藹々と言える程、の空気感を出している。


「はっ……はっ……はっ……はっ……」


僕は浅い呼吸を繰り返す。

大丈夫。

まだ加護は切れてない。

両腕だって折れてない。


そう言い聞かせながら息を整える。


「どうだった?ロウ……ロウ?平気か?」


「…………ふぅ、大丈夫ですよ。いやぁ最後焦っちゃいました」


声が震えてはいないだろうか。


「ふっ、一矢報いることは出来たか…」

「ダガーだったけどね」

「……別に上手くないぞ」

「ツウォリもね」

「俺は狙っていない。お前に言われて気付いただけだ…!」

「どうだかね、随分得意気に聞こえたけど?」

「……お前、性格悪くなったかニールセン?」

「どうだかね~」


愛想笑いは上手く浮かべているだろうか。


「さっ、次は僕とだよ、ロウ!」

「……すみません、小休止貰ってもいいです?」

「え?……まぁいいけど」

「ふっ、かなり激しい立ち合いだったからな。俺も少し休みたい」

「はいはい」


上手く、誤魔化せているだろうか。


僕自身忘れていた、誰にも言い様の無い、感情。


シスターレミリアやキャロルさんが言うところの、心の傷とか病とかいうモノ。


それと気づきながらも、僕は見ないふりを続けた。


気が付かなければ、忘れていれば、無いものと同じなんだから。


そう言い聞かせながら、深く息を吸い込んだ。


――― ――― ――― 


――― ――― 


―――


その後、ニールセンさんとの立ち合いは終始僕が攻め続けた。


油断も慢心も無く、情けも容赦も無く、果断に非常に。


『杖棍』という魔装士系の武器を振るうニールセンさんに何もさせなかった。


職能の一つも行使することが出来なかったニールセンさんは酷く落ち込んで、それをツウォリさんが慰める姿を見て、それでも何も思わなかった。


そんな自分に嫌悪感すら抱かなかった。


終わってくれた。


という安堵だけが心を占めていた。


――― ――― ――― 


最低限の付き合いとクルードさんの穴埋めを終えて地下から上がる。


帰り際にスラヴさんがしてくれた”元”槍使いの騎士ラディットさんの話を思い出す。


現在小剣と大楯の使い手となったラディットさんは、装備の持ち替えが思いの外、成果を上げてココにほとんど姿を見せなくなったのだとか。

素直に良いことだと思う。

たまに彼の僚友であるキャメルさんには会いに行くが顔を合わせることがなかったので、近況が知れて良かった。

時間が経つにつれて、何となくお伺いを立てるのは憚られる距離感を感じていたから。


また暇が出来たら新しい調理法(レシピ)でも習いに行こう。


そんなことを考えながら螺旋階段を二段飛ばしに上がっていく。


ふっ―――


と加護が消えるのを感じた。


スッと立ち止まって延々と続く階段を見上げる。


一段階段を上がる。

身体が持ち上がり、少しだけ地上に近づいた。

もう一段、そして次の一歩。


身体は重くなったけれど、心は確かに軽くなっていた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



あくる日。

いつも通りの『鹿鳴』。


カランカラン―――


『ありがとうございました』


いつも通りの軽やかな小鐘の音に、見送りの言葉も自然と合う。

なんの示し合わせもないけれど、こういうものは自然と揃っていくものだ。


店内に入り込んだ夕方の空気が、店内のそれに混じって消えていくように。


言葉が無くても通じ合う、なんて都合の良いことは無いと思ってはいるけれど、こういう感覚は心地良いし、これが続けば互いに理解し合えていると勘違いしたって無理はない。


「これで今日も終わりかな」


「ん、素材運んでくる」


「あ、数量と検算―――」


「会計帳に書いて持ってくる」


僕の言葉にセリスはそう返して、買い取った素材を収めた箱を両手に店の奥へと消えていった。


僕が意識しているから、かもしれないけれど、セリスの言葉数は増えたように思う。

相変わらず無表情だけれども。

それでも、多少無理をしていたとしても、外向きに前向きになってくれているのであれば、嬉しい。


休日明けの『鹿鳴』の営業も大分慣れてきた。


それは僕等のみならず『鹿鳴』を利用してくれるお客さんの側もそうで、この日ばかりは『鹿鳴』でも待ち時間が発生することがある、ということを学習してからは『大体この時間にくれば空いています』というこちらの提案を素直に聞き入れてくれるようにもなった。


当然こちらは昼休憩等の事情も込みで客足を分散させている訳なんだけど、お互い時間を有効活用出来ているのだと思えば、なんのことは無いだろう。



カランカラン―――



最後の客の帳簿も付け終わり、そろそろ店仕舞いでもと思ったところに、再び小鐘が鳴り響く。


その音と外の空気を運んできたのは『旭燕』の一団だった。

普段であれば代表であるレルドさん一人。

たまにフランさんと二人でということもあったが、今日はめずらしく四人が勢揃いしている。


「いらっしゃいませ。皆さんお揃いなんて珍しいですね」


クルードさんが世話を焼いていた時分には外に三人が待機してということもあったけど、四人全員が揃って来店するなんてことは、それ以来のことだったので素直に言葉にして出してみた。

すると先頭を歩くレルドさん、の隣のフランさんが答える。


「あ、今日はロウ君が勘定台?」


「変わった方が良いです?」


「いやいや、別にそういう変なアレじゃないから気にしないで!」


「そうですか―――えっと?」


と言いながらレルドさんを見る。

ここに来る客は例え一見客だろうと、なんの催促をせずとも、ぱっと【道具】からその日の猟果を取り出す。

上手く行っていれば機嫌良く、調子が悪ければイライラとしながら。


けれどレルドさんは……その表情はどういう感情だろう?

無表情というには不機嫌過ぎるが、苛ついているようにも見えない。

そんなレルドさんにフランさんが一喝入れる。


「レルド!」

「うぉい!?」

「納品!早く出しなさいって!」

「あ、あぁ……【道具】―――、―――」


ホントどうしたのだろう。

取り出されるのは魔石ばかりだったけれど、その量が半端じゃない。

この間はウサギ一本だったのに、また方針を変えた?

と、疑問符を浮かべていた矢先、更に僕は驚かされた。


「え?」

「―――これで全部だ。頼む」


コトリと最後に勘定台の上に載せられたのは『黄土水晶』だった。

『東乃原』の乾季に活性体として出現するようになる魔物の核体。

核体の大きさは目算で約三石分と若干小ぶりではあるものの間違いなくそれと分かる輝き。


並みの探索者達では次々に飛散してくる石礫に見舞われ、あっという間に加護を突き破り、串刺しの死体を量産する危険な魔物を狩った証が、彼の手から出てきたことに僕は混乱した。

が、直ぐに気を取り戻す。


「『黄土水晶』ですね、おめでとうございます!」


『しゃあああ!!!』


僕の言葉にレルドさんを除く三人から歓声が上がった。

なかでも、グエンさんの雄叫びと喜びようは凄かった。


無理もない。

乾季にコレを狩るのは東門で一人前になった証で、彼等にはまだまだ早いと思われた獲物だったから。

慣例的に僕も祝辞を送りはしたものの、内心では無謀な挑戦を諫めるべきかどうか悩んだくらいだ。


けれど僕は、たかが素材取引所の一店員が、一従民が、口に出すべき事柄では無いと結論付けた。


それに、僕が知らないだけで実は相当に実力を伸ばしていたのかもしれない。

そういえば前は『盲兎』を狙って狩ってきていたし、何かきっかけを得て急成長を遂げたのかもしれない。


そう考えれば実に喜ばしいことだった。

彼等にとっては当然のことながら、その成長を見てきた身からしても。


「どうやって仕留めたんです?」


一頻り騒いで落ち着いたところに声を掛ける。


「グエンの【紫弾】よ!凄かったんだから!こう、的確にこう、こう!」


興奮し過ぎたフランさんは語彙力が死んでいる。


「フランやレルドが護ってくれていたからな、攻撃に専念できたんだ」


褒められたグエンさんは顔を赤らめて言った。


「ナニ謙遜してんの!素直に自慢しなさいって!」


「うん。グエン凄かったよ」


「アリーナもだって!あんたの【復元】が続いたから持ってたようなもんよ!」


「そ、そうかな?」


「そうよ!!」


フランさんを中心にお互いを褒め合いながら、あそこは危なかったとか、ここが良かったとか、上り調子の会社(クラン)とはこういうものか、という盛り上がり振りをみせてくれた。


なんだか自分のことのように喜ばしい気持ちになる。


がその一方で、こういう時に一番に騒ぎ立てそうな代表のレルドさんは一人落ち着いていた。


いや、一人溜め込んでいたのだった。



そしてその感情はついに臨界点を超え―――爆発した。



「笑ってねぇでさっさと会計済ませろクソ従民が!!!」



何故かその矛先は僕に向かっていた。


えぇ……流石に意味わかんないんですけど。


<つづく>

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