021
第二十一話よろしくお願いします。
人は狩りを語り、武勇を語り、豊穣を語る。
だが、
どれほどの獲物が捕らえられ、
どれほどの食が街を巡り、
誰がそれを受け取り、
誰がそれを待っているのか――
それを語る者は少ない。
我らの街は豊かである。
四門の先の異界からは、野は尽きず、獣は絶えず、人は飢えない。
ゆえに多くの者は、物の巡りを気にも留めぬ。
しかし、
豊かさとは単に獲物の多寡ではなく、
それが如何に人の手を渡り、
街の中で役目を果たすかによって保たれている。
探士が獲物を得るのは力による。
だが街が続くのは、力だけではない。
記憶がそれを支える。
誰が何を持ち、何を求め、どこへ流れたのか。
その積み重ねこそが、目には見えぬもう一つの営みである。
本書は、その営みについて書かれたものである。
武勇の書ではなく、豊穣の物語でもない。
ただ、人と物の巡りを静かに眺め、その理を記そうとした覚え書きに過ぎぬ。
もしこの街の豊かさが永く続くとすれば、
それは力のゆえではなく、
この巡りを忘れぬ者がいるからであろう。
『経済論』著・啓徒マルケド
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
教会の朝は五の鐘の音と共に始まる。
白い天井、白の寝具に、白い壁。
何もかもを白一色に囲まれた空間に、初めは恐怖すら感じていたけれど人間、慣れる生き物だ。
今では当たり前のように、過ごしている。
いつか聞いた『白って二百色ある』なんて言葉も今は懐かしい。
特別に設えられた個室で手早く身支度を整えて食堂へ。
廊下ですれ違う人は皆、同じ白衣を纏った女性。
というか、この”聖坐”に勤める者全員が同じ白衣を身に纏った女性だ。
例外は一人、男である自分だけ。
それでも着物は同じ色をしているのだから、よっぽど頭のおかしい集団のように思える。
「いただきます」
小声で小さく唱える。
五日周期で変わる献立はこの街独自に発達した栄養学に基づくもの。
米食中心なのは非常に有難い。
「おはよう。キャロル」
「あ、おはようございます。レミリアさん」
朝膳を隣の席に置いて座った直属の上司に挨拶を返す。
四つ上の美人さんは、いつもよりも少し眠た気だ。
「お疲れ様です……かね?」
「お疲れ様よ……でもまぁキャロルのお陰で、ちゃんと眠りっぱなしだったから。少しはウトウトできたかな」
「あぁ、それは良かったです……すみま―――」
”禰宜”という特別な才能を与えられた自分は、割り当てられている部屋から夜の勤務時間、細かい部分を数えればキリがないくらいの特別扱いを受けている。
「止めなさい。気持ちは分かるけど仕方ないことでしょ」
「……ありがとうございます」
おまけに上司の見目や人間性まで最上の人を宛がわれているのだから、御礼以外の言葉は出せない。
「それより”入眠香”って言ったっけ?アレの言い訳についてはちゃんと考えてる?朝会で詰められるわよ」
「言い訳って……ちゃんと文献に載っていたものを偶々、手元に置いていただけですよ…」
「文献の名前と著者名は言える?」
「白猩猩のジャン著『東方探訪記』です」
「……なんで探索者の手記まで読んでんのよ」
「えーっと……趣味で?」
「はぁ……言い訳まで考えときなさい。今のは流石に私でも腹が立つ」
「すみません……」
口にした言葉に何一つ嘘は無い。
『娯楽』なんてモノが何一つ無いこの地で、読書は立派な趣味である。
命を預かる責任と日々の業務に忙殺されている教会内で、口にするべきモノでは無い言葉だったことは口にしてから気がついた。
そして、強いて言えば一つだけ。
入眠香、正式名称『催眠香木』の入手が”偶々”だったということ。
ただそれも、未だに文通のやりとりをしている第一職業訓練学校の元担任教師に会いに行った際に、参考資料として譲り受けたものなのだから偶然であることに違いない。
まぁそれも『麻酔』なんてモノが手に入らないこの地で、最優先に見つけ出した代替品だったのだけど。
――― ――― ―――
聖坐の勤務は七の鐘と同時に、前夜の夜勤と当日の日勤の者が集まる朝会で始まる。
もちろん患者が存在する医療施設ではあるから、職員総出で出席するようなものではない。
が、一人の医者が看護師や作業療法士、放射線技師から理学療法士までを兼務しているようなトンデモ組織ではあるから、それを担う”巫女”の大半が顔を出すものではある。
ゴーンゴーン―――
鐘の音の終わりを待ってから院長が口を開く。
「昨晩、四〇四に新しい患者を受け入れました。精神疾患、所謂心の病を抱えた方です。過去の症例、文献頼りの治療となりましょうが、まずは通常通り面談を通して治療計画を立てていく方針です。シスターレミリア」
呼ばれた私の上長が、はいと返事をしてから答える。
「昨晩から今朝方まで診察しました。呼気拍動は正常ですが、こちらの呼び掛けには一切の応答が無い症状が続いており、用意した食事も手を付けられませんでした。夜半まで診察を続けましたが変化は見られず、また入眠する兆候もみられなかったため、ある種の緊張状態にあると判断し入眠作用を持つ香を焚き、お眠り頂きました」
一瞬場がざわついたが、院長がスッと手を挙げてそれを制す。
「五の鐘の時点で呼気拍動に異常は認められず、安定した睡眠状態にあると判断しております。現在シスターステファニーが監督代理を務めていますが朝会が終わり次第、再度交代いたします。本日の対応につきましてはまず、自然覚醒を待つ方針です。文献に記載があったように睡眠時の記憶の整理が行われれば、ある程度の症状の改善がみられるものと期待しております」
朝食の際に相談してまとめた通りの内容を口にしていく。
「食事や排泄の介助に関しての要不要は現時点では定かではありませんが、あるモノとして考えておいた方がよいでしょう。なお当該の患者は、かなり大柄な男性になります。意識の回復/改善が見られない場合には最低でも三名は介助に付いた方が良いかと思われます」
そう補足的な内容を終えたところで院長が引き取った。
「シスターレミリア、ありがとう。件の入眠作用のある香については”禰宜”の発案でしょうか?」
そしてしっかり刺しに来る。
「はい」
レミリアさんも変に庇い立てはしない。
「わかりました。”禰宜”よ。此度もその英知を存分に発揮することを期待します」
期待されちゃったよ。
「……微力を尽くします」
「”香”についての報告書もよろしくね。副院長、定常業務の報告を」
「はい…」
自分と同じく短く返事をした副院長が、集まった巫女に対して個別に問答を繰り返していく。
この会議体の非効率さと、院長命令による報告書作成の面倒臭さとに、辟易としながら朝会の終わりを待った。
――― ――― ―――
――― ―――
―――
『―――担当は引き続きレミリア、キャロルを両名を基本とし、本日は……ミントが補助員につくように。レミリア、治療計画から必要な人員の見積もりも作成、提出なさい』
という副院長からの辞令を貰って朝会を終えた。
早速、真っ白な廊下を歩いて四〇四の部屋へと向かう。
「また大変な患者さんを担当させられてしまいましたね」
「……はぁ、あなたがね。私がついで」
「あはは……すみません」
これについては本当に申し訳なく思う。
院長の発言にも顕れていたけれど”禰宜”という存在に対する彼女等の期待感は異様に高い。
「仕方ないわよ。嫉妬される方も、する方も。”巫女”なんて言っても所詮は人間だもの」
ナチュラルに人外扱いしてくるレミリアさんも相当だ。
「あ、あの……」
「あぁ、ミントさん。今日はよろしくお願いします」
「はい…!”禰宜”様とご一緒できるなんて光栄です!」
「あはは……よろしくね」
「はぁ……」
後輩に関してはもう崇めるべき神様のような対象にすらなってる。
”職業加護”という形で本物の神様から力を与えられる不思議な街。
そんな街の教会では”百年周期で顕れる賢者”だなんて口伝されている存在。
それが”禰宜”だった。
自分と同じような境遇の人間が百年前にも二百年前にも居たのだとすれば、それはもうそういうものとして受け入れるしかないだろう。教会も自分自身も。
握手なんかを求め始めた新人をいなしながら歩いた先に、四〇四の部屋が見えてくる。
『私が開けます!』と無駄な気遣いを見せた新人が開けた引き戸を潜って部屋に入った。
嫌な臭気は漂ってこない。
少なくとも粗相はしていないようだ。
半歩前を歩くレミリアさんに続いて病床で仰向けに横たわる大柄な男を見る。
乱れた赤茶色の髪と髭に”認知症”という言葉がまず頭に浮かんだ。
薄く開いた口と渇いた唇も、瞼は開いているのにどこか焦点の合っていない鈍色の瞳もそれを色濃く匂わせる。
「クルードさん、わかりますか?」
優しくその肩を叩きながらレミリアさんが顔を近づけると、その瞳が動いた。
「……あぁ」
ついで声も。
かすれたような弱弱しいものだったけれど。
「あぁ、良かったです!私、レミリアと申します!」
「……あぁ」
「ここは教会の聖坐です!わかりますか?」
「……あぁ」
ゆっくりと間を開けた受け答えに、ジリジリとじれったく思ってはいるだろうけれど、それでもレミリアさんは急かさない様にして彼とのやりとりを続けた。出来るだけハキハキとした声で、けれど過度な刺激を与えないように心掛けながら。
「お名前は、クルードさんでよろしかったですか?」
「……あぁ」
「『鹿鳴』というお店のご主人でお間違いないですか?」
「……あぁ」
「ご家族はいらっしゃいますか?」
「…………」
その問いに応答が止んだ。
視線が揺らいでる。
思い出しているんだ。
良かった、思ったより状況は悪くなさそうだ。
言葉を継ごうとしたレミリアさんの手を引いて留まらせる。
レミリアさんは一瞬だけ私の方を見てから、彼に視線をもどした。
握り返してきたレミリアさんの手の感触を感じながら、一緒に彼を見守った。
唇を細かく震わせている。
呼吸が少しずつ乱れてきた。
そして一定の間隔で動いていたお腹が大きく膨れ上がった。
「むす……むすめ、が……娘が……いたん、だ……」
その一言と共に彼の瞳から涙が零れ落ちた。
こみ上げてくる嗚咽を噛み殺そうとして、それでも出来ず。
ただただ頬を伝う涙は止まらなかった。
「キャロル…」
その様子に不安そうな顔を浮かべたレミリアさんがこちらを見た。
「大丈夫です。一先ず意識自体ははっきりしているようですし、少しずつ。一緒に、時間をかけて向き合っていきましょう」
その言葉は半分レミリアさんに、もう半分は涙を流し続ける彼に向けた。
レミリアさんは忘れてしまったみたいだけど、彼には見覚えがあった。
だいぶ前に、あの黒髪黒目の男の子を引き取っていったその人だ。
昨夜、見掛けてふと思い出した後、先に部屋に返されてから一晩中寝台の上で考えていた。
その黒い瞳に、異様な知性を宿していた彼。
自分と同じ存在なのかと、何度となく試してみたものの、何の応えもみせなかった彼。
以来、何の音沙汰も無く記憶から消え去ろうとしていた彼。
そんな彼の保護者である筈の人物が、今こんな状態で私の目の前に在る、その意味。
何かの物語が、始まったような気がした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『緞藻樹海』は揺れている。
風が吹いても吹かなくても、細長い幹や帯みたいな葉がゆらゆら揺れる。
森全体が息をしているみたいに。
昔、同い年の兄弟姉妹と読んだ絵本に出てきた“海”ってやつ、それがこんなんらしい。
水がどこまでも続いていて、常に風が吹いていて、その空気は塩気が効いててしょっぺぇんだと。
いつか行って見てみたい、なんてのは子供の夢。
元ネタになった”海”ってのは西門のずっと先の方にあって、今は貴族かその子飼いしか立ち入れない場所になっている。探索者になってからそんな話ばっかりだ。
力もコネもない零細企業『藤虎』じゃ百年経っても見ることは叶わない。
今の……俺は、この森の景色で満足するしかない。
青臭い匂い。
湿った土。
頭の上では、藻とか言ったか?
苔みたいなちんまい緑色が重なって、光を細かく砕いている。
奥へ行くほど薄暗くて、泥水みたいな色になる。
―――既に見飽きたそんな景色で満足するしかないんだ。
先を歩いていた狩猟士の兄貴が、手を上げた。
接敵の合図。
飽き飽きした世界に吹く風……”海”じゃ波って言うんだっけか?ロウ?
「来るぞ!」
その声と同時に、生い茂った藻の向こうから影が飛び出した。
目視出来たのは四体。
合図によれば全部で七体。
『藻迷彩豹』。
この”海”のような異界で森と同化しながら同族と徒党を組んで襲い来る頭の良い魔物。
鋭い爪と牙を持ちながらも、それに奢らず探索者を狩ろうとする狩人気取りの魔物。
そして自分達が狩られる側だとも気付かずに俺の鬱憤を晴らすために現れた、ここらで一番報酬が美味い獲物だ!
「散れ!」
モゥブさんの声が低く響く。
考えるより先に、俺は樹の根を蹴っていた。
加護なんてのはもう呼吸と同じだった。
いつか見た兄弟の幻影を置き去りにする速度で獲物に迫る。
「らぁッ!」
拳を振り抜く。
顎に当たった。
鈍い手応え。
だけど倒れない。
獲物は唸り声を上げながら、左右の爪をその柔軟な身体ごと振り回す。
身を沈めて躱す。
相変わらずの動きだ。
それしか出来ねぇのかテメェらは。
横から先輩の蹴りが胴を打ち、樹に打ち付けられた所に更に短槍が突き刺さる。
連携もいつも通り。
何度となく繰り返したこれも、もう息するみたいなもんだった。
アァアア―――
群れを呼ぶ声。
おかわりは大歓迎だ。
と思いしな、ドン!と重い音がその声を留めた。
モゥブさんの拳だった。
俺のそれとは全然違う。
殴るっていうより、潰すみたいな一撃。
『藻迷彩豹』身体はすっ飛ぶでもなく、その場でグラりと揺れて、そのまま地面に倒れて、砂みたいに消えた。
残りは三匹。
内、一番奥のヤツはその頭を翻している。
逃がすかよ。
俺はもう一度強く足を踏み込む。
ぬかるんだ土を踏むなんて下手は二度とこかない。
一見頼りなく揺れる帯のような幹の、その根っこは実は街の石畳のように硬いことを学んだ。
反発を受けた身体が前に飛ぶ。
”海”みたいな森を泳ぐように。
目の前には無防備な背中。
拳を振り下ろした。
まだモゥブさんみたいな事が出来ない俺が敵の脚を縫い留める唯一の手段。
ドン!―――
芯を捉えた拳は『藻迷彩豹』の身体を貫いて骨に届いた。
ヌルりとした感触と温度に右手が包み込まれる。
「やべ……」
美味しい獲物はそのまま崩れ落ちた。
そしてその遺骸は消えない。
やっちまった…。
緞藻の葉は、まるで何もなかったみたいに、ゆらゆらと揺れている。
「あぁあぁ……ヒースちゃんよぉ。拳闘士が遺骸を潰してどうすんだよ」
トールさんが片手で錫杖を弄びながら近づいて来た。
『藤虎』唯一の癒術士だけれど、実践でその活躍を目にすることはほとんどない。
【道具】による魔石や遺骸の回収と、戦闘評価という名の嫌味を口にするのが仕事だ。
「他は全部、石に変わった。逃がさなかったのは上々だが功を焦ったな。飛び出しの判断自体は悪くなかったぜ」
「スミマセン…」
「オイオイ不服そうだな、ヒースちゃんよぉ。いつまでガキでいるんだ~?」
錫杖の石突きでグリグリとこめかみのあたりを押してくる。
痛みも何も無いからただただイラつくだけの行為だ。
「……スミマセン」
「はぁ……ま、お前然り、若い連中が考えてることは分かるがな……取り合えずコレ運ぶぞ。お前が前脚な」
大人しくトールさんの言う事に従って遺骸を運ぶ。
損壊した遺骸は著しくその価値を落とす。
それは食用が主な『藻迷彩豹』であってもそれは変わらない。
一人突っ走って力んだのも、それを指摘されて不貞腐れたガキみたいに振舞うのも、せっかくの獲物の価値を貶めたのも、悪いのは全部俺だ。
それは分かってる。
だから、先輩等に揶揄われたりすんのもしょうがねぇ。
けど―――
「潮時だな。帰るぞ」
「うーす」
「……っ!モゥブさん!まだイケるって!」
黙ってはいられなかった。
気づいたら声が出てた。
皆がこっちを見る。
妹みたいに揶揄ってくる目。
兄弟みたいに面白そうに見つめる目。
シスターみたいにガキを諭すような目。
それぞれの目を見て全部見返した。
戦いは危なげなかった。
いつも通り。
ほんとに、いつも通りだった。
拳闘士になって皆と一緒に『緞藻樹海』に通うようになって一月。
毎日、毎日戦って。
本当に、いつも通り、変わった感じが、まるでしない。
俺はこのままでいいのか?
『藤虎』はこのままでいいのか?
そう、思いを込めて睨み返してやった。
口にしなくたって分かんだ。
そんな空気が蔓延してんのは。
ジメジメとうざったいのは何も、この異界の所為だけじゃねぇってのは。
一人馬鹿にしていたような男の目が、叱責するようなそれに変わる。
「やめとけ」
唯一の癒術士が短く言った。
いい加減にしろガキが。
とは言われなかった。
だから言い返す言葉も、出てこなかった。
揺れる藻の葉の奥へ、隊列はゆっくり戻っていく。
「……ちくしょう」
海みたいな森の中では、俺の言葉は誰にも響かなかった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
探士街は街の北側一帯を指す言葉で、その範囲は周遊道以北、第二職業訓練学校以南の北門大通り及びその支道とされている。
南北の範囲はともかく、東西の範囲に関しては割と曖昧なもので、それは北二区と呼ばれる多くの中堅企業が集まる地域ではもっとあやふやなものになる。
”貴族成り”を目指し日々、鎬を削り合うのが大手企業なら、
中堅企業はその階に、はじめの一歩を掛けた者達による、差し詰め、穂先の噛ませ合い。
けれどそれは、私のような”普通の”学生にとって最有力となる入社先候補であり、中でも『北の鷙鳥』はその代表が第三職業訓練学校の卒業生ということもあって、とても人気が高かった。
だからこうして、就業体験に参加することが出来たのは相当に運が良い。
「このように弊社では3日間の狩猟、2日の休暇、2日の鍛錬を1周期として回すことで社員に成長の好循環を促す制度を採用しています。何かご質問は?」
周囲を書架で囲まれた部屋で八名からなる学生の集団が『北の鷙鳥』の副代表を前に座る。
華やかでありながら落ち着きのある金色の髪。
ともすれば怜悧とも呼べる理知的な銀色の瞳。
顔の下半分を艶やかな黒布で覆いながらも、スッと通った鼻筋から、その美貌は容易に想像し得る。
時折覗かせる枯葉色の肌は、その艶やかさを表す自身の語彙力の無さを呪いたくなるほどだ。
「はい!」
「どうぞ」
「いくつに班分けされているのでしょうか?」
一通りの説明を終えたその美貌の主に、第二の男子が鼻息荒く積極的に質問をする。
内容自体は無難……安易とも言えるもので、それに対する回答も半ば予想し得るものだ。
「七班です。会社としては毎日三班が狩猟、二班が休暇、二班が鍛錬をしています」
簡素な返答にも大袈裟に頷くその様は、いっそ好感が持てるかもしれない。
扱い易そうという意味で。
「はい」
「どうぞ」
「それぞれに実力差や狩場の違いはありますか?」
第一の女子は、より踏み込んだ内容を問う。
実践的なようで自身の売り込みのようにもみえるのは、きっと気の所為じゃないだろう。
「当然あります。が、それほど大きな違いはありません、定期的な鍛錬は実力査定の側面もあり、班ごとの格差が付きにくくなるよう、代表や私の方で班編成を均質化させています。またそのような実力査定が社員同士の競争を生み全体の底上げを促す一因にもなっています」
得られた回答の多さに女の子は満足気に礼を述べる。
いやいや、そんなコトで勝ち誇ってどうする?
と思ったがこれを契機に学生同士の競い合いが始まった。
「はい」
「どうぞ」
「実力査定と班編成に関しまして、職業毎に生まれる差異についてはどのようにその評価と調整がなされますか?」
一番に触発された第三の女子が更に質問を重ねる。
二組の組の……名前は忘れた。
「基本的には班として機能することを重視した編成になりますので、この職業だからこう、という判断軸では評価されません。ですが我々が挑んでいる狩場からしても、そこまで実力が突出するようなことも、また逆に埋没するようなこともありません」
その後も次々と質問という名の、学生側からの売り込み時間が続いた。
私は一人、淡々と問いに答える美貌の主を見つめる。
あれがカナリア。
あれがお兄ちゃんの敵。
自身の冷たい感情を悟られないように、変に浮いたりしないように、私も適当に手を挙げて質問を投げかけた。
内容は覚えていられないくらいどうでも良いモノで、それでも周りから浮くことは無かったように思う。
お兄ちゃんが第三職業訓練学校に職業講話をしに来てくれてから、もう一月近くの時が経った。
あれから一度だけ孤児院に来てくれたお兄ちゃんだったけど『鹿鳴』の店主のおじ様が倒れたとのことで、しばらくは帰省できそうにないと言っていた。
『忙しい中ありがとう』と言った私に『全然。それよりクロエは働き先どうする?』と心配をしてくれた優しくて優しいお兄ちゃん。自分を貶めてまで探索者以外の道を探しても良いと私達に言ってくれた、そんなお兄ちゃんだからこそ、妹である私がその道を選ぶわけにはいかなかった。
所詮は落ちこぼれの逃げ道だ、なんて言った次席の後塵を拝すなど、主席だとか成績だとかは関係なく、例え神様が赦そうとも私が私を赦せなくなる。
だから私が示すんだ。
生意気な同輩にも。
お兄ちゃんを貶めた、あの女にも。
私が分からせてやる。
コンコンコン―――
と見計らったかのように、質問が途切れたところで部屋の扉を叩く音が響いた。
「どうぞ」
就業体験の学生に対するそれと、なんら変わらない平坦な声で許可を出した枯葉肌女。
「失礼いたします」
「時間ですか」
「はい。地下の用意が整いましたので、よろしくお願いいたします」
「代表の方も問題ないですか?」
「はい。お庭にてお待ちになると先ほどお聞きしました」
「わかりました」
手短なやりとりを終えるとサッと私達を見渡して声を上げる。
「以上で初日の事務研修を終わります。引き続き中庭にて弊社代表のレキウスから異界素材の管理運用制度の説明がなされます。私に代わってこちらのフィア担当官が案内をしますので、各自移動の準備を」
「ありがとうございました!」
『ありがとうございました!』
先んじて声を上げた第二の男子に続いて学生達が声を上げた。
枯葉肌女はそれに軽く手を挙げて部屋を去っていった。
部屋に残されたのは八名の学生とフィアと呼ばれた女性が一人。
若葉色の瞳に淡い栗色の髪を一つ纏めにしたその姿は、二三しか違わないようにも見えるし十以上も離れているようにも見える。
それは彼女が日々命を削る本物の探索者だからだろうか。
そういえば彼女は、軽く挨拶をした代表と、先ほどまで対面していた枯葉肌女と以外では、初めて見かける『北の鷙鳥』の社員だった。
明らかに先ほどよりも緊張感の薄れた空気が漂う部屋で学生たちは、そんな彼女から掛けられる第一声を心待ちにしていた。
が、そんな期待を裏切る様に彼女は全員が移動の準備が終わるのを見て取ると、一言も発さずに廊下へと足を向けた。
一同は慌ててその後に続く、それでも一言も発さぬままに、足音も立てず彼女は先導する。
『なんかちょっと怖いね』
彼女の後を二列に並んで追う私達の誰かがコソコソと口にした。
恐らくは聞こえてしまっているであろうそれにも、何の反応も示さず足を進める彼女の後を、私たちは追いかけた。
彼女が放つやたら甘やかな残り香だけが印象に残った。
――― ――― ―――
案内された中庭は、前庭の芝生と打って変わって剥き出しの土が広がっていた。
その上に広げられた教室の四半分くらいの大きさの茣蓙。
それを挟んで会社代表と就業体験の学生八名が向かい合うという構図は、ここが本当に中堅企業と呼ぶのに相応しいのか、と問い正したくなる。
淡い空色の長髪をたなびかせた代表がにこやかにその口を開いた。
「やぁ皆さん、朝に軽く挨拶して以来だね。これが終わればお昼だからもう少し頑張ってみようか」
まるで生徒に媚びを売る教師のような口ぶりに、正直怖気が走った。
ちょっとこの会社入るの、私にはキツイかもしれませんお兄様…。
生理的嫌悪感……それは思わぬ伏兵だった。
「さて、では復習から。異界で討滅した魔物が至る三態、すなわち、力の源泉たる”魔石”を残して蒸発するか、戦いの傷もそのままにその遺骸を残すか、その姿形を変えて装備などの物品と化すか、だ。三つ目に関しては『落とし物』だなんて言われているけれど、個人的にはそんな風に見えたことはないね」
これまで何度か学校に来てくれて話した時には何も思わなかったのに……なんだかムカムカする。
「そしてそれらは我々探索者にとって、ひいてはこの街に住まう全ての人々にとっての食材であり、衣服であり、建材であり、嗜好品であり、まぁ要するに全てだね。この街は異界による供給で成り立つ街であり、その収集を行う存在こそが僕等、探索者というわけだ」
いちいち手を掲げたりする芝居がかった仕草が原因だろうか……何故なのか分からないことにもイライラする。
「本日から五日の予定で組まれている就業体験では、弊社が異界から獲ってきた魔物の遺骸の検品と仕分けをしてもらう。通常は素材取引所で行われるような仕事ではあるが、弊社では事前の検品と仕分けを行うことで納税業務の効率化、社員の魔物に対する知識の深化、直売する免税品の銘柄化を図っているんだ。探索者でありながら従民相手に商売までする我々を快く思わない同業も多いけどね」
言っていること自体は全うだし、むしろ合理的な考え方には共感さえ覚えるのに……。
「さてと。【道具】―――よいしょっと」
わざとらしい子芝居と共に中空から取り出されたのは『千足砂狼』だった。
北門を出て直ぐ広がる異界『灰塵ノ澱』に生息する魔物。
教科書にも載ってる有名どころだ。
ただしその姿は五体?満足の綺麗な遺骸で。
目の前に散らばったバラバラの引き裂かれた物体ではない。
元々幾本もある足が並ぶ姿が特徴である筈の魔物のそれらは、
折れ曲がったり、取れていたり、環状を描いていたり、千切れていたり
とにかく色々だった。
急に漂う腐臭に一人を除いて皆が一様に顔を歪める中、ただ一人笑顔を浮かべたままの男が続けた。
「悪いが、本日は質問時間等は設けないよ。私もこの臭いは耐え難いしね。とりあえず今日は君等でコレを処理してみたまえ。あぁ一つだけ助言をしておくと、『千足砂狼』も可食ではあるけれどこれに関しては商品価値はもう無いからね。それじゃあ、私は少し離れて見守っているから頑張ってくれよ」
そう言ってこの場をその男が去った瞬間だった。
きっともう我慢の限界だったのだろう。
「う、うげぇぇぇ」
「オロロロロ」
本校から来ていた二人が盛大にかました。
それを呼び水にした第一と第二の女子が後に続く。
せめて人目に付かない様にと植込みの陰に走ったことには拍手を送りたい。
余所様の庭でなにやらかしてんだ、とは普通に思うけど。
そんな様子を豊かな長髪を揺らした代表は、遠目でもにこやかな表情を浮かべていることが分かる。
あぁ、これがこの人の本性なのかと。
これを嗅ぎ取っていたのなら、私の感覚も捨てたもんじゃないなと。
そう、思った。
親切で優しくて穏やか、という一側面の裏側に、怜悧で合理的で嗜虐的な一面を併せ持つ。
そしてそれは四カ月ほど前にも遺憾なく発揮されたのだろう。
なんだ、つまりはコイツも私のお兄ちゃんの敵だったのか。
その癖、枯葉肌女が全部悪かったみたいな風に片付けたのか。
代表も副代表も、おまけにただ一人姿を見せた社員まで妙なニオイを漂わせている中堅企業。
内から潰すか、外から潰すか、どっちでも良いけれど取り合えずは、この胡散臭い会社を調べることから始めてみよう。
そう結論付けた私は思考を切り替える。
お兄ちゃんのためと言いながら、まるで空想物語のようだと、少しだけ楽しみを覚え始めた自分を自覚しながら、とりあえずは点数稼ぎのための腐肉分けに私は手を付けた。
「気分の優れない方は、彼等の介抱で手分けしましょうか」
<つづく>




