020
第二十話よろしくお願いします。
コンコンコン―――
『ごめんください』
普段より大分早い時間ではあるものの、既に看板を仕舞った『鹿鳴』への来客に、僕とセリスは店内奥の食卓で顔を見合わせた。
セリスの話を聞き終えた後、二階へその様子を伺いにいったり、相も変わらぬ様子に二人して途方にくれたり、その後二人してお腹を鳴らし、クルードさんが買ってきてくれていたお昼用の総菜の存在を思い出して食べたり、とした後のことだった。
誰だろうか、と無言でやりとりするが互いに思い浮かばない。
コンコンコン―――
「はい、ただいま」
二度目の門呼の声が掛かる前に、僕の方から扉の向こうへ返事をした。
セリスは食卓の上を片し、僕は店内を縦断して入口扉に手を掛ける。
カランカラン―――
目の前に立った人物に一礼しながら、セリスに聞こえるよう気持ち大き目に声をあげる。
「いやどうも。おまたせいたしました。ガルプさん」
「いえいえ、こちらこそ閉店後に失礼いたしました」
想定外の来訪はセルク家の使用人のガルプさんだった。
……想定外は違うか。
僕がクルードさん経由で呼びつけたようなものなんだから。
それに閉店間際を見計らって来てくれると、言ってた気がする。
「大したおもてなしも用意できず心苦しいのですが、どうぞ中へ」
「今朝方お伝えした急な訪問です。どうかお気になさらず」
互いに定型句の挨拶を交わしてから店の奥へと案内した。
それに言っておいてアレだけど従民が貴族の使用人に対してする”おもてなし”なぞは無い。
従業員の休憩所あるいは食堂を”客間”と呼ぶなぞ片腹痛い。
それでも、パッと最低限の体裁を整えて、食卓を応接卓にしてくれたセリスがガルプさんを出迎えた。
「お久しぶりです。ガルプさん」
「お久しぶりです、セリスさん。お邪魔いたしますよ」
――― ――― ―――
「失礼します」
「粗茶ですが」
「これはどうも」
ミニーさんが調査官として滞在していた一ヵ月の間に、『鹿鳴』では来客に対してお茶を出すという文化が定着した。
もちろん全ての客に対して出す訳ではない。が、セルク家との顔合わせ以来、そういうことにも気を使った方が良いだろうという判断と、単純にあの人が飲みたいと煩かったというのと、セリスもそれに軽く便乗した結果の産物だった。
そんな現実逃避はほどほどにして、向き合わなければいけないことを考える。
考えながら給仕道具を台所に下げに戻った。
用件は僕からお願いして伝えて貰った”宿題”の件だろう。
わざわざ来てくれるっていうことは、たぶん以前のように呼び出される流れ。
流石にこれからってことも無いだろうから、前もって伝えに来てくれたってことだと思う。
それでも明日の話とかだろうけど……まぁたかだか従民のためにこんなところまで足を運んでくれるのだから、有難いことだ。
単純にそれで済めば良い話なんだけど。
問題は現状『鹿鳴』が抱えている事情をどうするのかってこと。
今のクルードさんの状態を見たセルク家はどう判断する?
少なくとも現状よりも良い待遇になるということは無いだろう。
ならどうする?
馬鹿正直に相談する?
それとも誤魔化す?一部だけ?ホントとウソの割合は?
もうすでにクルードさんの姿が見えないことに、ガルプさんは疑問を抱いているかもしれない。
やたらとノロノロとしている僕を不審に思っているかもしれない。
そうして碌な結論も得られぬまま、二人が対面する食……応接卓に僕も腰を下した時だった。
「すみません、ガルプさん。ご用件の前に折り入ってご相談が―――」
セリスが口を開いた。
ガルプさんも少し珍しそうにセリスを見つめている。
「父に、会って頂きたいのです」
「そういえばお見掛けしませんね。今朝方ご挨拶いたしましたが?」
「……」
セリスの真意は分からない。
けれどセリスなりの考えがあってのことだろう。
僕は言葉を探すセリスに変わって口を開く。
「ちょうど、その帰り、にですね……」
が、碌な説明が出てくるわけでも無い。
言い淀んだ僕にガルプさんは訝しむ。
「どこか怪我でもされたので?教会へは?」
そして妙な心配までかけてしまう。
「怪我……といえばそうなのかも……」
「すみません。父の部屋まで、ご足労頂けますか」
セリスは悩んだ挙句、拝み倒すことにしたようだ。
「何か特別なご事情……ということですか」
結局、ガルプさんの優しさに付けこむ形でクルードさんの部屋まで案内することになった。
僕ら以外の誰かが何らかの変化を齎してくれるかもしれない。
そう僅かな期待を抱いてのことなのだと、不安そうに二階への階段を昇るセリスの後姿を見て思った。
――― ――― ―――
そうして部屋に足を踏み入れたガルプさんは、クルードさんのその姿を見て固まった。
「これは……」
「僕等が声を掛けても何の反応も返さないんです」
寝台を背にして、ただ茫然と床に座る、大柄な男。
瞼は開いているのにまるで意識すらないような状態。
その姿には『鹿鳴』の店主の翳すら見えなかった。
「クルードさん。もし、もし」
ガルプさんの声掛けにも一切反応しない。
「一体何があったので…?」
「……」
「えっと、端的に言えば異界で壊滅を経験した探索者の後遺症、ということかと」
「……なるほど、詳細を伺えますか?」
「えぇっと…」
「ロウ、話して」
私では上手く伝えられないから、お願い。
と言外に示した表情に僕は頷いて、出来る限り整理して事情を説明した。
時折、セリスに確認をとりながら。
『鹿鳴』の家族の話を。
――― ――― ―――
――― ―――
―――
「左様でしたか……そのお心に気付いて差し上げられず―――」
「ガルプさんは何も悪くありませんので」
一連の話を聞き終えたガルプさんの第一声は、自身の不調法を詫びるものだったけれど、それをセリスは遮った。その後ろにはきっと『悪いのは自分だ』という言葉が隠されている。
自身の言葉を遮ぎったセリスに、気分を害したような素振りも見せずガルプさんは返す。
「そうですね……言葉だけの謝罪や反省に何の意味もない……して、いかがしましょうか。お二方とは違った立場の人間との接触に、何らかの反応があることを期待してのことでしょうが……残念ながら、私ではご期待に沿うことが出来なかったようです」
本当に気の毒そうな顔をして、物言わぬクルードさんを見つめるガルプさんの呟きに僕は続けた。
「このまま僕等で……クルードさんの面倒を見るというのは現実的では無い、と考えています。二人掛かりで身体を起こすのがやっとで、寝台にすら寝かせてあげられない状態です……この場合、教会に頼るのが正道でしょうか?」
セリスとの話の中で出た一旦の結論だった。
ガルプさんは口元に手を当てて真剣に考えてくれる。
「ふむ……実態で言えば、或る日フラリと異界へと消えるか、街壁沿いで行き倒れるか……っと失礼―――まぁ教会へお連れするのが妥当でしょう。私もそう考えます。手伝いましょう」
考えを整理するようにして出た失言に、ガルプさんは直ぐ詫び、そう結論付けて手伝いを申し出てくれた。
「ありがとうございます」
セリスはただ静かに礼を言い、僕もそれに続けて頭を下げた。
その後ガルプさんは城へと取って返して、部下の使用人を呼びクルードさんを聖坐へ移送してくれた。
その間の僕等はといえば、クルードさんを一人にすることは憚られ、かと言ってセリスだけを残して教会へ走るような真似も出来ず、全てをガルプさんに頼り切ることになってしまった。
その温情に感謝をしながらも、何かイケナイ借りを作ってしまったのではないかという権力者に対する強迫観念と、そんな恩知らずな自分に対する嫌悪感とを戦わせながら、僕は珍しく眠れぬ一夜を過ごすことになった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
翌日。
「聞いたよ、クルードは少し疲れてしまっていたみたいだね」
案内された城内の一室で、アルフォンス様はまず、そう仰られた。
場所は前回『鹿鳴』一同で呼び出された部屋よりも一回りも二回りも狭い、執務室とでも呼ぶべき部屋。
それでも学校の教室くらいの広さはあるのだから、やっぱり貴族だ。
というか二度目にして僕は確信した。
この城は”異界”であると。
明らかに外観の大きさと城内の広さが合っていない。
この街自体がかつての”王”によって解放された城塞であることは、それこそ子供相手の絵本でも語られる常識ではあったけれど、街の中心である城もまた、異界であるとは思いもしなかった。
街壁のように”門”があるわけでもないのに、一体どうなっているのか…。
そんなことを考えている内にガルプさんに通された城内の一室には既にアルフォンス様が居て、『鹿鳴』の主として挨拶の口上を述べたセリスに対して、開口一番に仰られたのが先のクルードさんへの慰労の一言だった。
「ご心配をおかけしまして失礼いたしました。また父には格別のご配慮を頂きましたこと御礼申し上げます」
セリスはこういう台詞を一体どこで学んだのだろう。
足は短く毛足の豊かな背凭れを持った長椅子に座る、右隣の店主に思う。
一方、足の短い椅子と同程度の高さしかない重厚な応接机の向かい側に、ゆったりと座ったアルフォンス様は当たり前のようにその口上に返す。
「安心したまえよ。クルードの現状をして『鹿鳴』を今更どうこうするという話にはならない。念のため、父には命に別状は無いが異界で怪我を負ったと報告してもらっているしね」
その言葉に僕は思わず、アルフォンス様の後ろに控えるガルプさんを見てしまった。
老父は優雅に目礼を返してくれる。
「ふふっ。では手始めに、一番茶の請け話は経営手引書のこととしようか」
そんな僕の顔をみて薄く笑ったアルフォンス様はそう言って、茶器で唇を湿らせてから続けた。
「父は大いに満足しているよ。どれほどかと言えば担当を請け負った使用人を書記官として取り立てる程さ」
ミニーさんはどうやら大出世をしたらしい。
いや、大かどうかは分からないし、本人が望むものだったかなど、もっと分からないけれど。
少なくとも財務貴族の当主に、書記官として取り立てられるなんてのは生中なことではないと、従民に過ぎない僕にでも想像はできる栄誉だった。
「ふっ。原本の方は私も読ませてもらったよロウ君、君のは本当に経営者向きだったね。意図や期待される効果と費用なんかの注釈が多くて非常に読みごたえがあるモノだった。反面、従業員や頭の足りない連中に見せるには重い。その点、彼女の要約は適切だった」
言いながらガルプさんから受け取ったその原本を机の上に置いた。
この場で返却してくれるらしい。
「恐れ入ります。お目汚しにならなかったのであれば幸甚に存じます。また調査官殿の仕事振りには尊敬を禁じ得ません。今後の手本とさせて頂こうかと存じます」
皮肉でも何でもない本心だ。
なんだかんだでミニーさんが有能であったことは間違いない。
「現状、北と西で泳がせてる店に関しては今年いっぱいだね。適当な人材を育てて挿げ替える予定さ」
アルフォンス様は少し間を置いてから優雅に茶器を傾け、言葉を続ける。
こういうことをさらっと言ってしまうから、僕は貴方達を信用できないのだけど…。
あるいは、信用などしてくれるな、という警告なのか…。
「二店舗の運営に問題が出ないようなら、忠義だけはありそうな者を在野から探し出して、順次増やしていくそうだよ。そういう意味では『鹿鳴』も安穏としていられないかもね」
「第一号の出張所として励みます」
スッと投げかけられた言葉にセリスは淀みなく返した。
その言葉を嬉しそうに受け取ったアルフォンス様は、その笑みをさらに深めて続ける。
「君等のことで顔を苦くしているのは兄だけさ。引継ぎの第一歩がそれら出張所の運用管理になりそうだからね。敵視していた……いや蔑んでさえいた者達の後塵を拝すのだから、そのお心は察するに余りある」
と、とても嬉しそうに笑い、そして一息ついたところで、茶器に新しいお茶が注がれ別のお茶請け菓子が運ばれた。
これで『跡継ぎ争いはない』なんて言葉、誰が信じるというのだろう…?
「さて、場も暖まったところで本日の主題に移ろうか。ガルプ資料を」
けれど、僕に彼との関係を拒む選択肢など与えられていない。
「はっ」
卓にならべられていく資料と”おもてなし”に目礼を返しながら、僕は気を引き締め直した。
――― ――― ―――
「さてロウ。君が作成したこの計画書についてだが―――」
配られた資料を手で弄びながら、足を組んだアルフォンス様が今日一番の笑顔を浮かべる。
「実に面白い。既に一部でも始動させているところも素晴らしいよ」
「恐れ入ります」
「何より、ちゃんと僕の言葉を真に受けて、投資をしろと言っているところは最高だね」
が、雲行きが怪しくなってきた。
「え、あの……」
当然そんなことは書いていないので言葉に詰まる。
皮肉か?冗談か?
どうやって返すのが最適だ?
「ふっ、少し意地悪な言い方になってしまったかな。皮肉ではなくてね。貴族相手に……例え遊びだとしてもだ。ここまで、損益計算なんてモノまで出して、その気にさせてくるなんて思いもよらなかったのさ。モノを読んで声を出して笑うなんていう経験、幼い頃の絵本物語以来じゃないかな?」
「き、恐縮です」
「それで、賛同している会社に関しては今のところクルードが声掛けしていったようだけれど、彼が倒れた今、そしてこの先はどう考えている?」
これだよ。
流れるように上げて落としてくる。
けど、
「問題ありません。所詮はクルードも元探索者です。現役の方々がそういう考え方であることはクルードも分かっていましたし、記載した通り我々に求心力は必要ありません」
「必要なのは礼金だけ?」
「アルフォンス様を始めとする貴族の方々のご威光も」
「ふふっ、君は本当に面白いね。急に強気になったり、かと思えば過剰な程に顔色を窺ってみたり」
貴族的な笑顔を浮かべたアルフォンス様は組み替えた足を下して背凭れにその身を預ける。
そして声色を変えて続けた。
「いいだろう、そのまま続けよ。必要なものは用意する。それと―――ガルプ、選定は?」
「後ほど候補者との顔合わせを。その場で決定いたします」
「任せる。―――連絡員を用意する。セルク家というよりも私個人と、本件に関する連絡用だ」
「承知しました、ありがとうございます」
「楽しませてくれよ」
「微力を尽くします」
一連のやりとりを終えると、アルフォンス様が軽く手を払った。
これにてお役御免ということである。
が、ここで僕は打って出ることにした。
「実は今、半分個人的に抱えている仕事がありまして、よろしければそちらもご相談に乗って頂けないかと考えておりますれば」
クルードさんが居なくなった今『鹿鳴』の価値を少しでも高めなくてはいけない。
「ふふっ、君は本当に面白いな。いいさ、話してごらん」
手慰みの遊び相手から、小遣い稼ぎ程度には使えるという信頼を得なくてはいけない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
白亜の城の城門を抜け跳ね橋を渡り終えた時には、東の空に在った筈の陽の光が西側へとその位置を移していた。
軽食とも呼べるモノが振舞われたので腹の虫は鳴らなかったが、今日という一日は既に折り返しを終えている。
左隣を歩くセリスに独り言のように声をかける。
「疲れたね…」
「ん」
「聖坐に寄っていく?」
僕の問いに、暫く考えを巡らせたセリスは首を横に振った。
「……当分の間、私は会わない方がいいと思う」
「そっか」
自分という存在が、誰かにとっての支えであり、罰であり、救いであり、戒めの象徴でもある。
その誰かが深く傷つき呆然自失に陥ったら……。
セリスは距離を置くことを選んだ。
僕は、僕だったらどうするだろう。
天涯孤独の身である僕にはそもそもそこまでの存在を想定することは出来ない。
マザーやシスター、兄弟姉妹達とも違うだろう。
なら将来的な話として?
クルードさんは前に冗談半分に言っていたけれど、セリスはどうなんだろう?
自然と、成り行きで、僕と結ばれるのだろうか。
僕はどうなんだろうか。
そんなことを考えながら周遊道を東門大通りに差し掛かったところだった。
「あれ?ロウにセリス?」
聞き馴染みのある声に振り返ると案の定、そこにはキーラがいた。
そしてその隣にはルカさんもいる。
「こんな時間になんで二人して?休み?」
「それはこっちの台詞だって。なになに?逢引?」
「仕事だよ…」
今現在の心境にキーラの軽さと元気さは、逆に重かった。
けれど、当たり前のように僕等の歩調に合わせてくる。
そしてそれは奥に並んだルカさんも又、同様だった。
「公認の取引所となれば中央とのやりとりも増えるんだろう」
「どういうことですか?」
「何度か北の非公認の店にも連れて行っただろう?あれらが全部、買い取ったモノをきちんと納めていると思うか?」
「え、その話危なくないですか?」
「どうだかな。私も新人の頃に先輩から聞いた話だ。探索者の常識の範囲なんだろうさ」
かと、思えば勝手に向こうで会話を進めるし。
……まぁ聞いてる分にはいいか。
セリスも黙って聞きに徹してる。
「はぁ……探索者になる前と後で、耳にする話に差がありすぎません?」
「大半はお前みたいに考えちゃいないよ。生き残るのに必死で」
「なんかあたしが必死じゃないみたいな言い方…」
「実際余裕だろう?私の世話を焼こうと、こんなモノまで持ち出すくらいなんだ」
言いながら手提げ鞄を軽く掲げたルカさん。
なんだろ?あれ。
と気にはなったものの、会話に入る気力は湧かない。
「余裕じゃないですよ。尊敬する先輩の為に何か出来ることは無いかと、必死で考えた結果ですソレは」
「なにを―――っと、悪いな勝手に盛り上がってしまって、私達はこれから古着屋に行く予定なんだ」
気を使って話を振ってくれたルカさんに僕は無難に言葉を選ぶ。
「そうなんですね。我々はお察しの通り仕事終わりです。二人ともお元気そうで何よりです」
「お陰様でな。あ、それと―――」
が、態となのか無意識なのか、話を終わらせてくれそうにない。
「あ!そうだ!」
そこへ同い年の兄弟姉妹の方が、狙ったかのように元気な声を張り上げた。
「なんだキーラ…」
「代表命令の作文講習!ロウ教えるの上手いですよ!」
「……全然話が見えないんだけど」
助けてくれているのか、疲れさせようとしているのか、良く分からないままに、結局僕は二人の会話に巻き込まれることになった。
「いや、この前異界に行った時にね―――」
なんて前置きから始まったキーラの話を聞きながら、一緒になって東門大通りを歩いている内に、何となく四人揃って古着屋に着いてしまっていた。
時間も忘れて面白おかしく。
どうやらまたしても僕は、キーラに助けられていたらしい。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
カランカラン―――
『鹿鳴』のそれよりも低く落ち着きのある響きに乗って届く店主の声は
「いらっ―――なんだ、お前かい。どうしたね?」
その鐘の音よりも低く冷めきったものだった。
ため息交じりに訊ねながらも、マルゴさんの視線は既に手元の繕い仕事を向いている。
相も変わらず独特なニオイが漂う古着屋。
膨大に並んだ衣服で出来た回廊を、慣れた足運びでスッスッと進むルカさんは、手提げ鞄から取り出した小箱を勘定台にコトリと置いた。先ほど話にあった思い出の裁縫箱だ。
「これを、返しに来た」
「……そうかい」
お店と一緒に親から子、子から孫へと遊び道具として手渡されてきた裁縫箱。
チラリとそれに目を向けたマルゴさんは、それと分かっていたかのように短い返事だけで受け取って、繕い仕事を続けた。
『綴羽鳥』に吐かせた糸を宙でパッと素早く掴む。
その無関心な態度にルカさんは、腹を立てるでもなく静かに言葉を紡いだ。
「ありがとう。お陰で……お母さんの、仕事をする姿に憧れていたことを思い出したんだ」
マルゴさんはクルクルと糸を針に巻き付けたかと思えば素早く手元にその針を打っていく。
相変わらず見事な動きだ。
探索者だった頃もきっと器用に立ち回っていたんだろうことを思わせる。
「意外と喧嘩ばかりしてたラナのことも」
「意外?あんたら喧嘩ばっかだったじゃないか」
その動きを止めないままに、マルゴさんはルカさんに言葉を返した。
「末っ子でビビリで甘ったれだったロアンも」
「分かってないね、意外と根性あったんだあの子も」
動きにも言葉にも淀みはない。
「それでも私は、探索者を続ける」
「……そうかい」
その手が初めて止まった。
繕い物を膝の上に置いて、ルカさんと目を合わせる。
「店は、出来る限りでいいから続けて欲しい。継げはしないけど、好きなんだ」
「フン、言われるまでもないよ」
「それじゃあ、また休みの日に来る」
そう短く告げてルカさんはスッスッと僕等とすれ違い、店を出ていった。
カランカラン―――
その短いやり取りにあっけを取られていたキーラが遅れて声を上げる。
「あっと……お邪魔しました!マルゴさんありがとうございました!」
「アンタは次、服を買いに来な」
「あ…!そうですね!分かりました!似合いそうなの用意しておいてください!それでは失礼します!」
カランカラン―――
「で?『鹿鳴』さんはどうしたね?」
「すみません、次から次へと。先般よりご相談頂いておりました需要開拓につきまして、一定の目途が立ちましたのでそのお話に」
水を向けられた僕は、元々その気は無かったけれど、ついでに話をすることにした。
「……本気だったのかい」
「えぇ。本日、偶々別件で。とある貴族家とお話しする機会がありまして―――」
「ちょっ、貴族って冗談だろ!?」
「いいえ?」
「無駄な嘘は言わない」
「……」
そんなつもりは無かったけれど、ついでに前に揶揄われた雪辱も晴らせたみたいだ。
「まぁそこで、色々とお話をしたんですね―――」
――― ――― ―――
それはつい先ほどまで城の一室で行われていた話。
態々、席を立とうとする貴族の足を止めてまで続けた話。
「―――とまぁ、そのような相談になります。いかがでしょうか?」
「くふっ、ふはははっ」
話途中から笑みを零していたアルフォンス様は、ちゃんと話終わりを待ってから呵呵大笑してくれた。
取り合えずの賭けには勝ったと思えた。
「あぁ、済まない。なんだ”宿題”なんて出した僕がバカみたいじゃないか。君の方から勝手にそんな面白い計画を出してくれるなんて」
「恐れ入ります」
「ふふっ。早速ファビアンに売ってみるよ。第二第三と波及するには三年とか五年とか、かかるかもしれないけどね。本校はまず間違いなく年明けに実施するだろう。あの家がやらない訳が無い」
「ありがとうございます。これも書面にお纏めしますか?」
「いや、結構。大枠は掴んだし存在を匂わせるモノは少ない方が君の望むところだろう?それとも名を売りにいくかい?」
「仰る通り、私には過分ですのでそのままに」
「くくっ……”成人式”子供に親が送る最後の贈り物、ね。実に貴族が好きそうなお遊びだ」
ここで『アルフォンス様のお子様は』なんて禁句は漏らしちゃいけない。
長子制度なんてことを口にしていたんだ。
聞くまでも無いことだろう。
「ついでに君等も用意したらどうだい?クルードに説明して着て見せたらいいよ。あなたのお陰で立派な大人になりましたと。目を覚ますかもしれないよ」
「検討させて頂きます」
相変わらず淀みなく返していたセリスだったけれど、悪意満載のアルフォンス様の笑顔には愛想笑いすら返すことは無かった。
――― ――― ―――
「―――ということで、少し時間がかかるかと思いますが、おそらく四~五年後には第三職業訓練学校でも”成人式”が執り行われることになると思います。ですので早めに準備をするのが良いかと。学校に対して割安で数を卸す、あるいは貸衣装のような方法でも商売できるかと」
と、少し長めな話を適宜端折って伝えたが、マルゴさんはポカンとしたままだった。
「ついでに、ルカさんにも贈られてはいかがです?」
そこへ、つい思い出した台詞をそのまま口にしてしまった。
失敗した…と思った時にはセリスが口を開いていた。
「もう帰らないと宣った娘に意趣返し?」
「ごめん、そんな陰険なアレじゃなくて…」
「成人用って言ったろ?何を今更」
冗談として流してくれたセリスに感謝しつつ、復帰してくれたマルゴさんにも返す。
「ただの口実ですよ。今回と同じです。需要が無いから工夫する。ルカさんが帰って来られる理由をマルゴさんが作ってあげても良いのでは?」
「あんたも、たいがいだね……そういやあのキーラって子と兄妹って言ってっけ…」
「恐れ入ります」
マルゴさんにしてみたら僕もキーラも同じくらいのお節介焼きということみたいだ。
僕はキーラほどでは無いと思うのだけれど。
気取って頭なんかを下げた僕を見て、マルゴさんはニヤリと笑った。
「もっといいこと思い付いたよ」
「……なんです?」
なんだか嫌な予感がした。
「結婚式……結婚衣装なんてもんがあってもいいと思わないかい?」
貴族はどうだか知らないけれど、市井でそんなことが行われるのは聞いたことがなかった。
それは結婚も子供も諦めたと宣言したような先ほどのルカさんに対するただの当てつけであったとしても、経営計画の質としては敗北感を感じさせる素晴らしいモノだった。
より生活に密着したものだし、一年周期の大波よりも年中需要のあるモノの方が良いに決まってる。
「……おみそれしました」
後日、百日紅に送られたルカさんの結婚衣装は大いに会社を沸かせ、マルゴさんは連日、百日紅の社員から結婚衣装の製作受注を受けることになったそうだ。
こうして、僕の安請け合いから始まった古着屋さんの経営相談は、数日後に支払われた成功報酬と共に幕を下ろした。
針仕事が好きそうな知り合いはいないか、という新しい依頼と共に。
<つづく>




