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002

二話目よろしくお願いします。

かつて『死者の城塞』と呼ばれたこの地を踏破し、新たにこの地を切り拓いた王は今、何を思うだろうか。


天高く聳え立つ白亜の城。

そこから放射状に伸びる象牙色の石畳。

その先に広がる清廉な白壁が荘厳な城塞たるを為しめる。


寓話でも物語でもない事実として語り継がれる『死者の城塞』の悍ましく、恐ろしく、忌まわしい姿は、今やその片鱗の一片すらも遺さず、行き交う人々には笑顔と活気が溢れ、かつて響き渡った怒号や悲鳴は、今や穏やかな喧騒と子供達の嬌声が風に運ばれるのみ。


探索者として、あるいは先駆者として、はたまた開拓者として、人々の先頭に立ち、常にその歩みを止めず、我々の今を築き上げた王は今、この街に何を思うのだろうか。


数多の英雄の尊い犠牲の果てに成し得た、繁栄と平和とそして停滞とを。


『城壁の記憶~第一巻~』著・マグヌス=ヘルヴァルト

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


『学籍番号一一一〇五七四。ロウ、神より示されたあなたの天職は”従士”です』


焼かれた目が、真っ直ぐに伸びる白い石畳の大通りに大小様々の店屋建屋がズラリと並ぶ、いつもの街の景色を映しはじめた頃。


僕の頭を占めていたのは蒼い瞳の”叙階師”から告げられた言葉だった。


身体はただ手足が赴くままに身を任せ、その言葉を反芻し続ける。


『―――ロウ、神より示されたあなたの天職は”従士”です』


昼時に混み合っている筈の大通りも、それを躱すための裏通りも、偶に無償奉仕に訪れる雑品通りも、全く目に入らなかった。


『―――ロウ―――あなた―――は”従士”―――』


同じ台詞がグルグルと頭を駆け巡る。


”従士”


―――それは唯人に神から与えられた十三の加護の一職業。


―――それはこの街の誰もがその加護を享受しながらも、それ故に誰からも軽んじられる職業。


―――それはこの街の階級制度≪貴啓探従≫の最下を意味する職業。


流れていく石畳。

すれ違う人の影。

流れていく景色が運んできたのは見慣れた灰青色の建物だった。


いつもと何も変わらない、筈なのに……。


自らの天職が”従士”であると告げられたことの意味が、実像として結ばれる。


しかし、雲一つない青空も、大通りから聞こえてくる喧騒も、陽射しを優しく受け止める孤児院(いえ)も、いつも通りの景色がすべて、褪せて、霞んで、翳っていた。


その光景に呆然と立ち尽くしていただけの身体が震える。


ガチャリ―――


大通りとは比べ物にならない程、歪んで波打った路に影が落ちる。


「あら、ロウ、どうしたの裏口から?一人?ヒースとキーラは?」


木戸の取っ手を片手に孤児院の勝手口から出てきた人影が矢継ぎ早に問いかけてくる。


「……シスタークレア」


「……ロウ?どうかしたの?顔色が悪いわ……」


心から心配そうな顔をしてこちらに歩み寄って来るシスタークレア。


優に十歩は離れた距離。

それでも僕は後退る。


「……そ、そうかなぁ!?全然元気だよ?適職診断が早くに終わっちゃって……っとそうだ!学校に報告に行くのを忘れてたから行ってくるね!」


「ちょっ―――」


言って返事も待たずに駆け出した。


今はとにかく、誰にも会いたくなくて、逃げ出すのに必死だった。


裏通りを二度折れて街の大通りを白亜の城が見える街の中心地へ。


ただ走った。


――― ――― ―――


――― ―――


―――


「はぁ……はぁ……」


息が上がり、夢中で動かしてきた足が緩む。

雑踏から投げかけられる訝しげな視線、迷惑そうな顔、苛立ったような舌打ちの音に、体より先に心が音を上げた。


何とか人混みに紛れることで平静を取り戻す。


「……はぁ」


孤児院(うち)に肉や野菜や果物を届けてくれる馴染みの商会。

寝台や机や椅子を作って販売する工務店。

古着回収の雑用仕事と駄賃をくれる衣類屋。


そこは街の大動脈とも幹線とも呼ばれる東門大通り。

そこは朝から夜まで人流の絶えることの無いこの街の目抜き通り。

そしてそこは僕の通学路。


今朝もヒースとキーラと弟妹達を連れて歩いた通りだった。


得体の知れない、言いようもない不安から逃げ果せる場所なんて、身寄りの無い孤児が辿り着ける場所なんて、孤児院(いえ)か学校くらいしかなかった。

けれどそのどちらも今の僕を一人にしてはくれない……。


城の貴族から委託された異界産素材の取引所。

よく分からない物を作って置いている好事家の道楽工房。

さる高貴な方の御用達という触れ込みの武器防具取り扱い店。


景気よく人を呼び込む声や掌を打ち合わせる音を耳に通しながら、人波に流される。


白亜の城に近づくほどに、店構えや通りを歩く人の姿や空気までもが城のそれに近づいていく。

けれど自由に歩いて通りを賑やかすのは探索者か、貴族か、はたまたその子弟かあるいはその縁者か、という違いだけで、軒先に立って、手を叩き、頭を下げ、貼り付けたような笑顔を浮かべる者が皆が”従士”であることは、街のどこまで行こうとも変わるものではなかった。


そんないつも通りの筈の景色が、若葉色の襟付き半袖も、鳶色の下穿きも、薄墨色の革靴も、身に着けている衣服から身体の深奥まで、今ここに在る僕という存在全てをズシりと重く感じさせた。


「だから先週まで30超えてたのに何でそんなに落ちんだよ!!」


と、そこへ喧騒を裂くような怒声が響き渡る。

賑やかしから野次馬へと変わった人々に巻き込まれて僕の足もまた止まる。


軒下に組まれた簡易机と見本品、その奥に見えるくすんだ色の石垣と古びた木製の扉窓。その横に立て掛けられた木版には『鹿鳴(ロクメイ)』の文字が刻まれている。


向かい三軒両隣を似たような外観の建物に囲まれたその店は、第三職業訓練学校の生け垣がもう少しで見えてくるかというところ、以前学校の実習で世話になったこともある異界産の素材引取り店。


店先には男女4人組の探索者と1人の男店主。

4人組の首領と思しき男に凄まれた店の親父が慣れたように言葉を返す。


「はぁ……今日は成人の日で、これから今年の新卒共がどんどん増えて異界に挑んでいく。毎年この時期に”六輪綿花”やら近場の品が値を下げるのは探索者なら常識だろう」


「っの”従士”風情が知ったような口を!!」


硬そうな革鎧と鎖帷子に身を包んだ男が口の端に泡をつけながらその身をぶつける勢いで詰め寄る。


それに対峙する店主の姿は、淡い生成りの半袖に焦げ茶の脚衣という僕やそこらの野次馬と変わらない日常着だ。それでも革鎧の男よりも一回り以上は大きい体躯と胸板を誇示するように腕を組んで一歩も引かない、どころか眉の一つも動かさずに応じた。


両者の睨み合いに周囲の野次馬も緊張と興味を高める。


「おい、レルド。やっぱり嘱託はやめとこう」


「そうだよ、端にいこ?」


「オマエラがあそこのジジイは気に喰わねぇから中央に行こうって言ったんじゃねぇか!」


「だからごめんって、あんま騒がないでよ。いつ貴族が出張って来るか……」


「貴族がなんだってんだ!運よく当たりを引いただけの、同じ探索者だろうが!」


「お、おい…!いい加減にしとけって、な?」


周囲の目を気にする仲間が声を掛け、徐々に言い合い宥め合いに変わっていき、聴衆の方も見世物の終を感じたところで、ふと大柄の店主が逸らした目と僕の目が合った。


合ってしまった。


「お、ロウ。どうした?」


案の定、言いながらこちらへ歩み寄って来る。


「てめぇ、お客様対応中だろうが!!」


そして案の定、こちらもついてくる。

当然のように店主は男の文句など無視している。

ささっと割れた人垣に知らない振りも出来ず、出来るだけ他人行儀に、軽い会釈で、応じる。


「……こんちわ」


が、そんな慎ましやかな努力を嘲笑うかのように、わざとらしく親し気に肩を叩いて、後を追ってくる探索者の男を煽るように言った。


「今日、適職診断だったろう?いよいよロウも探索者の仲間入りだなぁ!」


「……ちっ」


「なぁ、レルド……もう行こう」


「わぁってるよ!」


すると今度は思いの外、新たに現れた競合の存在に冷静さを取り戻してくれたのか。それが成人したての小僧っ子にも関わらず、大人しく、気持ち足早に、大通りを街壁の方へと去っていった。


よかった―――


という安堵と共に、今度は自嘲が胸を占める。


―――”従士”風情に身を引いてくれて……。


「悪いなロウ、アイツら追っ払うだしに使っちまって」


まったく悪びれもせずにこの人は……。


「……大丈夫。こんなんで良かったらいくらでも使ってよ」


内心とは裏腹に、学校の級友(クラスメイト)曰く『優しい』、孤児院の兄弟姉妹(きょうだい)曰く『お人好し』、本当のところは『見栄っ張り』なだけの僕は当たり障りのない言葉を選んで、いつも通りの僕を努めて演じる。


「わざわざ他に探索者がいない時間を狙って来てやがって、”騎士”だの”魔術士”だの言いながら浅層で燻って納税分がやっとの稼ぎ、こちとら元とは言え中層域の勇『紅の鹿』の”重機士”様だってんだ!」


『よっ!クルードさん!』

『いつもの調子が出て来たね!』


「相変わらず人気者だね」

「たりめーよ!”従民”(じゅうみん)舐めんな!ってな!」


強面で縦にも横にも大きいこの人は、片手の指の数が3本しかない元探索者で。

探索者(げんえき)を続けられなくなったその日に、目を掛けられていた貴族の誘いで異界素材の取引、つまりは探索者からの徴税を委任された有能な人物で。


「じゃあ僕はこれで。学校行かなくちゃ」

「っとわりぃなロウ、縁があったらこれからもセリスと仲良くしてやってくれ」


同じ学校に通う級友の父親でもあった。


「こちらこそ。それじゃ」


探索者だったクルードさんは天職が何だったか、なんて聞いたりしてこない。


どんな小さな情報でも、自身を守る盾にも誰かに突き立てる矛にも成り得ると、解っている人だから。


家族よりも級友の父親で元探索者(そんな人)との会話の方が心安らかでいられる。


そんな今の自分に気が付いて、胸の辺りがざわついて、それを誤魔化したくて、また足を動かした。


探索者と元探索者と従民と。


なんてことはない日常の風景が、

今朝まで歩いていた筈の道のりが、

もう同じに見えることはない。


いつもの通りは賑やかな商店街と人混みの喧騒から、校庭の生垣と始業を告げる鐘の音に移ろっていた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


この街の中心であり象徴である白亜の城。


その色合いや形とは異なるものの、街を埋め尽くす数多の人家や商家とは明らかに規模も造詣も違った建物が街には点在している。


第三職業訓練学校もその内の一つであり、大通りの石畳や街を覆う外壁と同じく、かつての王が手づから作り上げたといわれている巨大な建造物だ。


「”従士”……ですか」

「はい」

「天職が”従士”であると、確かにそう言われたのですね」

「……はい」


四角い積木を鉤の字型にしてさらにそれを四段重ねに積み上げてたような建物の、玄関口から最も近い職員室と呼ばれる大部屋で、ズラリと並んだ文机越しにチラチラとこちらを窺う視線を浴びながら、学級担任であるステラ先生に適職診断の結果を報告する。


「なるほど……教師になって20年近くになりますが……人伝にも聞いたことがありませんね」


孤児院(うち)のマザーに良く似た頬の笑い皺が特徴のステラ先生は、探索者歴20年教員歴20年の古株で次期学校長の呼び声も高い、とはキーラ談。


緑掛かった灰色の瞳は他の先生とは違って見えたし、教員共通の地味な藍色のワンピースも、赤茶色の短いくせ毛が合わさることでどこか威厳すら感じさせる。


そんな先生は僕の告白を聞いても拍子抜けする程いつも通りに、自らが出会った未知に対する興味だけを輝かせて、その思考を異界へと旅立たせていた。


そう、ステラ先生は探索者を辞してなお、その心は誰よりも探索者だった。


自分が受け持つ生徒の醜聞にも近い適職診断の結果に眉を顰めるどころか、眉間に皺を寄せて未知の思索を馳せる。

次代の探索者を養成するという学校の存立理由に相応しい相変わらずな担任教師の姿に、僕は確かに安堵した。


けれど同時に落胆もした。


何か道が示される訳でもなく、可能性を口にするでもなく、ただ自身の興味に埋没する、いつも通りの姿に。


僅かでも光明を見出したいと暗闇の中、探し当てた燭台に灯すべきモノは何も残っていなかった。


疲れたな……。


とりあえずもう何も考えないで一人横になりたい、それだけだった。


「では……これで」


「……待ちなさいロウ、何をそんなに意気消沈しているのです?」


何を?


「えっと……?」


探索者の育成を目的とした学校の教師が、探索者の適性無しとされた生徒に向かって、何を?


成人し、もう何日もしない内に孤児院(いえ)から独り立ちしなければならないのに、将来の当てを無くしてしまった人間の、何を?


仮に運よく何処かの通りで拾われたとして、一日中周りの顔色を伺いながら、そこに立ち、手を叩き続ける人生を送ることが強いられる”従士”の、何を?


グルグルと蜷局を巻いた不満と不安が鎌首もたげて喉から飛び出る―――


「はぁ……あなた、五年間もこの学校で何を学んでいたのです?」


―――その直前に心底呆れたような溜息が、歴戦の探索者であり熟練の教師でもある円熟の女から放たれた。


「は……」


「一組の首席という評価は座学や運動成績だけで下されたとお思いで?それともどこの誰とも知れぬ者から一方的に告げられる天職(てきせい)とやらを予想していたとでも?」


「ステラ先生、その言い方はちょっと……」


聞き耳を立てていた隣の教師が口を挟むも―――


「あら失礼、不敬でしたね。神よお許しを。それで?その姿を見たことも、その声を聞いたことも、ましてや今後会うことすらない、そしてあなたのことなど歯牙にもかけない者から、一方的に告げられた内容に、どれだけの価値が?五年間ほとんど毎日のように言葉を交わし接してきた私の眼と評価が、その愚物の宣うそれに劣ると?」


「ステラ先生、少々お言葉が……」


余りの勢いに瞠目した向かいの女史が諫めようとも―――


「あら失礼、過言でしたね。神よお許しを。で、同じ一組の級友や現在第三に在籍する生徒、そこにはお前の家族も含まれるのは分かるな、その最高学年であり、その中で最上であると評され、模範であるとされた奴が、手前ぇ自身を卑下し、否定し、あまつさえ嫌悪する……?」


決して止まることの無く、むしろ言葉を荒げたステラ先生の声音が一段下がった。


「そのようなこと、たとえ神が許そうとも、私が許しません」


『ステラ先生!!!』


止まらなかった先生の説教は部屋中の教師達が声を揃えて呼びかけて何とか色を取り戻した。


「あら失礼、不遜でしたね。神よお許しを。それで、ロウ。何か言うことは?」


「すみません……先生の、仰る通りです」


「ほう……」


かにみえた―――


「すみません!ご教示ありがとうございます!以上で適職診断の報告を終わります!明日以降、推薦や優先交渉を頂いている企業(クラン)に赴き面接選考を受けて参ります!」


「よろしい。物事を見極められない愚物の相手には苦労させられるでしょうが、我が校の首席としての誇りを忘れず振舞いなさい―――ロウは……中堅大手合わせて計十三社から書状を頂いていますね。面接免除での採用のお誘いを全てお断りしていたのは、話が拗れず良かったかもしれませんね」


が何とか二度目の暴論は回避した。


「はい、先生のご指導の賜物です!また明日からの面接は一日二件ずつ伺う予定です!七日後、面接が終わり次第、結果報告に参ります!」


「わかりました。それではお家に帰ってご家族に診断結果のご報告をなさい」


臨戦態勢に移った元探索者(せんせい)には肯定と感謝以外の言葉は通じない。

それが五年間の学校生活で学んだ唯一の理不尽だった。


「ご教示、ありがとうございました!失礼します!」


そんな教訓でも、疲れ果てた心と体を奮い立たせて、帰宅の途に付かせるだけの役には立つ。

そんなことを思いながら僕は後ろ手に職員室の引き戸を閉じて家路についた。


――― ――― ―――


――― ―――


―――  


一人の生徒が勢い良く一礼して立ち去った教職員室。

毎年この時期は将来への不安や自尊心を失った生徒への対処に教師達は腐心する。


「とりあえずは気を取り戻したようで、良かったですね。しかしまさか彼が……正直、僕の職員歴を遡っても一番の逸材だったのに……」


「えぇ、私も彼ならば、何か『専門職』でも賜るものとばかり……」


「正直ステラ先生はどうお考えで?」


「ふぅ……先生方こそお言葉に気を付けた方がよろしいのでは?”従士”もまた神が与え給う職の一つ、その性質や稀少性を比べるなど……『貴啓探従』などという言葉もそうですが、それこそ神に唾する行為ですよ」


「確かにそうですね……浅慮でした。神よ、お許しを……」


『神よ…………』


「天職”従士”か……」


元探索者の独り言は誰の耳に届くことも無く、神への祈りを捧げ終えた職員室は徐々に平時の喧騒を取り戻していった。


<つづく>

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