019
第十九話よろしくお願いします。
立つことができるようになった後、人はどの方向へ一歩を踏み出すのかを問われます。
裁縫も同じです。型紙どおりに裁つことはできても、どの布を選ぶか、どの色の糸を通すかで、仕上がりはまったく異なります。
生地にはもともとの織り目があり、伸びやすい方向もあれば、どうしても逆らえない筋もあります。
それでも、縫い代をどう取るか、どこにゆとりを持たせるかによって、着心地は変わります。
大きく形を変えられないときでも、小さな工夫は許されている。
その余白を見つけることこそが、針を持つ者の知恵なのでしょう。
本書を書き進めながら、私は何度もそのことを思いました。
決められた手順のなかにも、わずかな選択があり、その積み重ねが一着をつくる。
人生もまた、似たところがあるのかもしれません。
与えられた布地の質を嘆くより、その手触りを確かめ、最も美しく見える縫い目を探すこと。
そうして選び取った一針は、静かですが確かな重みを持ちます。
大きく道を変えることだけが選択ではありません。
今日、どの糸を手に取るか。
その小さな決断が、やがて全体の輪郭を形づくっていきます。
一人立ち上がった私達に訪れるのはきっと、その静かな選び取りの時間なのです。
『楽しい裁縫』第四章末より 著・クレイスト=ファビアン
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
カランカラン―――
「おう。帰ったぞ」
「あ、お帰りなさい」
朝食後に一人出掛けたクルードさんが帰って来たのはお昼過ぎ、いつも通りの『鹿鳴』の客足換算で言えば昼休憩の時間帯だった。
「ん?クルードじゃねぇか。すっかり代表様だな」
しかし今日の『鹿鳴』はそんな”いつも通り”を裏切る客を迎えていた。
「どこの会社代表が昼飯の買い出しに行かされるってんだよ」
「おっと、追い落とされた側だったか……ってこたぁ、お前さんが乗っ取りを成功させた若き代表ってか?」
クルードさんとこんな風に軽口を叩き合えるのは当然それなりに経歴を重ねた探索者であり、それはつまり『鹿鳴』を代表する高額納税者ということでもあり、端的に言えば大のお得意様ということでもあった。
「やめてくださいよ人聞きの悪い。どこの代表が毎日汁物の仕込みをさせられてるっていうんです?」
「お?ウチは遠征する時は俺が用意するぜ。異界で作って食う飯ってのも乙なもんだぜ?」
「はぁ、そういうもんですかね…」
そして異界で野営するような実力を持っている探索者というのは、その実力に比した余裕や知性や矜持を持ち合わせているものである。
「なんせ現地調達だからな。鮮度が違ぇ、なぁクルード?」
「……あぁ、ありゃいいもんだ。美味い不味いじゃねぇ。―――ってな話もいいが、ロウ会計は?」
二人の関係性は良く知らないけれど、やたらと親し気にクルードさんを呼び捨てる男に対して、クルードさんの方は余り良い感情を抱いていないことは分かる。
相手の時間を慮るような表情をして僕に『さっさと追い出せ』と言ってきた。
「おっと、失礼しました。計550枚になります」
「お、結構イッたな。―――550、たしかに。じゃ、またな。生きてりゃ十日後くらいに」
それが伝わったのか否かは分からない。
が何か気にした風でもなく、金額を確認すると男はさっさと帰って行った。
カランカラン―――
「ありがとうございました、またのご利用をお待ちしております」
「……内訳とか聞かなくなったのかアイツ?」
お見送りすらしないクルードさんに苦笑しながら僕は返す。
「そうですね。ここ最近『東源樹林』で安定してきましたし、これくらい狩れば、というのも分かってきている節があります。売り上げも一割ほど伸ばしてきてますし、絶好調ですよ」
「……ふーん。飯、奥に置いとくから適当なとこで食っとけ」
嫉妬と呼ぶには色の無い、本当に興味の無さそうな反応をして、奥に行こうとするクルードさんに僕は声を掛ける。
「ありがとうございます、あの―――」
「あん?」
何をしているのか知らないけれど、何となくクルードさんにはバレたくないような、そんなセリスの微妙な表情を思い浮かべながら言葉を探した。
「セルク家の方は?」
「おっと、そうだったな。ちょうど向こうも話しを聞きたがってるらしいぜ。店終わり見計らってガルプさん来てくれるってよ」
「あ、そうなんですね。偶然にしても良かったです。あ、ついでに今買い取った品、裏に持って行ってもらっても良いです?」
「お前……何が『人聞きの悪い』だよ……はぁ。持ってってやるからさっさとまとめろ」
「すみません、ありがとうございます」
うんざりといった顔をしながらも引き受けてくれるクルードさんに僕は苦笑を返した。
セリス。
ごめんだけど、もう無理だから。
あとはよろしく。
内心で思いながらクルードさんを店の奥に送り出す。
さて、こっちはこっちで帳簿付けして、ぱっとお昼も済ませよう。
というか、二人も下りてくるか?
このあとセリス仕事戻るのかな?
と、そんなことを考えながら、検算をしている時だった。
『―――『紅熊』だっ!!!」』
「っ!?」
突然聞こえてきた、尋常じゃない様子のクルードさんの叫び声に、僕は勘定台の下に落とした筆記具もそのままに店の奥へ、そして食卓にぽんと置かれた総菜に目もくれずに二階へと向かった。
『恐くねぇ!俺は強ぇ!!』
その途中、断続的に聞こえるクルードさんの声。
『恐くねぇ!恐くねぇ!!』
何かに怯えるような声。
『恐くねぇ!!シィル!!!恐くねぇぞ!!!』
自分を、誰かを、励ますような声。
「おいシィル!恐くねぇ!!恐くねぇぞ!!!返事しろシィル!!」
救いを求めるような、泣き出しそうな声と、その後ろ姿。
置き所を無くしたように宙を彷徨わせていた右腕の、脇の下。
狙いを定めた僕は、左肩を差し込むようにして全身をぶつけた。
ドン!―――
「うぉあ!!」
そして床に押し倒したクルードさんの上、そのまま馬乗りになって両側の肩口を抑え付ける。
「何やってんだ!アンタはっ!」
感情のままに口を衝いた言葉を叫んでから気が付いた。
僕とクルードさんの間にどれだけの体格差があると思ってる?
こんな叱責と牽制に、それこそ何の意味があるんだ?と。
だが、それも一瞬の杞憂に終わった。
「あ……あぁ……」
必死の形相を浮かべていたクルードさんが僕の顔を見て、直ぐに理性を目に宿し、現状に気付き、そしてその意識を手放したから。目を開けたままに。
それはまるで、この間の地下訓練場での焼き直し。
月に何度か店に訪れる探索者達の影映し。
生きながらにして死んでしまった、全てを諦めた者の顔。
なんだよ、その―――
「ゲホッ!!……ゲホッ!!」
横から聞こえてきたセリスの苦し気な呼吸に、言いかけた言葉を飲みこむ。
そうだ。
こんな文句にも意味が無い。
床の上で虚空を見つめるクルードさんから離れ、寝台の上で胸を上下させているセリスに声をかける。
「セリス、ゆっくり、大きく息して」
「ぜっ……はぁ…ひゅー…はぁ…ひゅー…はぁ…」
涙を浮かべた痛々しい表情。
白くて綺麗な首筋には、痛々しい色の痕が残る。
もしも、その細い首を掴んでいたのが、ちゃんと五本の指が生え揃った右手だったら…。
ゾクリと身を震わせて、寝台の上から、床の上で呆然としているクルードを見た。
一体何が?
部屋を見回せば所々でモノが散乱し、まるで小さな子供が好き放題にイタズラした後のよう。
「はぁ……はぁ……ロウ…」
セリスの呼び掛けに視線を戻す。
「セリス、大丈夫…?」
「ん」
まだ、息を乱しながらもいつものような短い返事を返すセリス。
「いったい―――」
一体何が、と問いかけようとしたその時。
寝台の上、セリスの乱れた空色の髪のその上に、一葉の紙片が目に入った。
妙に目を引いたそれに、僕は言葉を切ったまま手を伸ばす。
これ。
この手触り…。
写真……か?
思いながらひっくり返して、その表側を確認する。
そこに映っていたのは、仲睦まじい様子の男女とその子供。
その女性は目鼻立ちも、肩口で切り揃えられた髪も、今目の前で寝台の上に身を横たえている少女にそっくりで、それだけに彼女が浮かべている満面の笑みに違和感を覚える。
一方ぎこちない笑みを浮かべる大柄な男の方は言わずもがな。女性に抱かれている赤子から十数年以上前の姿だと思われるが、ほとんどその顔貌は変わっていない。
それは『鹿鳴』が生まれる前の、本当の家族の姿。
カランカラン―――
遠く階下から響いた来店を告げる小鐘の音に、現実を取り戻した。
普段なら来やしないってのに”いつも通り”にいかない日は、とことん想定外が重なる。
「立てる?」
「……無理……っぽい」
「じゃあ、おぶるから、よっかかって」
そう言ってセリスの背中に手を回して起こして、それから背中にその身を乗せた。
あんまり動かすのも良くないかもしれないけれど、呆然自失としてしまった今のクルードさんの傍に置いておくのは、何が起こるか分からない。
手早く写真を【道具】に収め、セリスを負ぶったまま、クルードさんの寝室を出た。
『おーい!便所かー!?』
「すみませーん!ただいま伺いまーす!」
床の上で仰向きになり呆けているであろうこの部屋の主を、僕は見ることは出来なかった。
僕の背に大人しく背負われているセリスも、何かを口にすることはなかった。
――― ――― ―――
――― ―――
―――
「んだよ、今日お前かよ。セリスちゃんは?」
「失礼しました。セリスは休憩中です。レルドさんも今日はお一人なんですね」
交す言葉が少なくても分かり合える家族の形。
「まぁな。ミニーさんは?」
「帰りましたよ。元々中央から視察に来てただけですから」
そんなものは虚構だった。
「マジか……んだよ、この店来る理由がまた一つ減っちまったじゃねぇか…」
「なるほど。フランさん来られた時に伝えときますね」
当てずっぽうの思いやりと、身勝手な受け合いで出来上がった虚しい信頼関係。
それがこの『鹿鳴』の本当のカタチだった。
「ばかやろう。お前、冗談でも口にすんなよ」
招かれざる客である『旭燕』のレルドさんが言いながら【道具】から出した猟果を、受け取る。
「今日は魔石のみですか。下振れましたね」
「あぁ……ここんとこ調子良かったんだけどな…」
「得てしてそういうものですよ。そういう日は完全に『粘土鳩』に狙いを切り替えてみても良いのでは?」
口にしながらも、頭の中は先ほどの出来事でいっぱいだった。
「はっ。これだから知識だけの素材屋は。いいかアイツラを舐めちゃいけねぇ。あれに有効打を与えられるのはウチじゃ”魔術士”のフランだけだ」
「えぇ、そうですね」
何度も聞こえたクルードさんの悲痛な叫び―――『恐くねぇ』。
「そうなると、自然と俺の活躍頻度が減る」
「えぇ、そうでしょうね」
自らを鼓舞するようなあの声は、きっとクルードさんの本心だ。
「『盲兎』を狙える乾季ならともかく、まだしばらく続く湿潤季にそんなことしてみろ『旭燕』の力関係が変わっちまうだろうが」
「えぇ、それで……」
何がきっかけかは分から―――いや、セリスが探していた『ローク』か。
「ちっ。察しの悪い野郎だなてめぇは。いいか?今でさえフランの奴は知識も実力も付けて色々と小煩くなってきてんだ。それにアリーナだけじゃなくグエンのヤツもアイツの肩を持つ場面が増えてきてる」
「なるほど」
それが十数年前の探索者、『紅熊』と呼ばれていたクルードさんの心の内を呼び起こした。
「街じゃあ完全に立場逆転よ。せめて異界でくらい代表としての威厳を保てねぇと会社が危ねぇんだ……わかんだろ?」
「そうですね、大変ですね」
それは我を忘れて、声に出して、言葉にして、否定しなければならないほどの恐怖。
「あぁ、そうなんだよ。大体よぉ―――」
現役を退いた探索者が抱える精神的外傷。
――― ――― ―――
――― ―――
―――
カランカラン―――
「ありがとうございました、またのご利用お待ちしております」
なんだかスッキリした様子のレルドさんを見送った僕は、店仕舞いをはじめた。
普段の営業時間より大分早いが、仕方がない。
タチの悪い客に、いちゃもんを付けられることもしばしばある。
こんな状態で接客して許されるのは、あるいは気付かれないのは、レルドさんくらいのものだ。
そう自分を説得しながら、表の見本や机や看板を手早く店内へと収めた。
「閉めるの?」
とセリスが声を掛けて来たのは、最期に『鹿鳴』の看板を勘定台の隅に立て掛けていた時だった。
振り向き言葉を返す。
「うん。ちょっと僕も混乱―――というか、仕事に集中できなくて。この後は新規とか厄介客が多くなってくる時間だしね」
「ごめん」
「なんでセリスが謝るのさ?」
「私の所為だから」
端的な言葉と平坦な物言いの裏に、複雑で入り組んだ本音を感じる。
「……どういうこと?」
それはこの店の虚構に気が付いてしまったからなのか、あるいはいつもより、ほんの少しだけ違って見えるセリスの表情に起因するものなのか、今の僕には判らなかった。
「私は、全部覚えてる。生まれてからの十五年間の、全てを」
その一言を皮切りにしてセリスの懺悔は始まった。
何かの物語の主人公のような生い立ち。
下手な冗談を言う子では無かったけれど、それだけを根拠とするには俄かに信じ難いその言葉は、セリスの話を聞くにつれ真実味を帯びていった。
初めて自意識が芽生えたのは、産声を上げた時。
目も見えず、耳も聞こえず、凍えるような外気に曝されて不安だけが募ったのだということ。
今と変わらない位の感覚が揃ったのは大体二歳くらいの頃。
クルードさんが左手の指を失い、母親と顔を会わせることが無くなり、会社が潰れ『鹿鳴』に越してきた時期と重なるのだということ。
けれど今自分が話していること自体が、実は全て後付けで自分が想像しただけの、まがい物の記憶かもしれないのだということ。
最後に付け加えるように言った言葉が、信じがたいその告白の信憑性を上げていた。
少なくとも僕はその言葉に、自意識に酔いしれた年頃の少女という疑心を捨てることにした。
自分の記憶にすら常に疑問符を付けている者が、不安そうに手繰り寄せて紡いだ言葉を、否定することなんて僕には出来なかったから。
これはそんなセリスが語った一人の男の物語。
――― ――― ―――
その男は泣いていた。
来る日も来る日も。
私を見て泣いていた。
私に触れようとして泣いていた。
私の視界から外れても、泣いていた。
そうして暫くすると世話役の女がやってきて男を宥めて連れ去っていく。
私は世話役から食べ物を与えられ、促されるままに寝床に就く。
『偉いね、セリスちゃん』
その繰り返しだった。
来る日も来る日も。
転機が訪れたのは、男が見慣れぬ老父を伴って姿を現した時。
『これが娘のセリスだ、ガルプさん』
その男の面頬に、ここ数日で刻まれた暗い翳は無かった。
その男の眉間に、消えることの無かった深い皺は無かった。
その男の口唇に、渇いた皮も破れた血肉も潰れたデキモノも無かった。
そして、その男の目には、昨日までにない光があった。
『えぇ、お母様に良く似たお子さんですね』
『っ……あぁ、そうだろう』
その日を境に、その男は父となり、私はその娘になった。
男はその日から、残りの人生を全て娘に捧げた。
これまでの成功のほとんどを手放して、全てを礼金に差し替えた。
それまでの絆や思い出は、新たな家屋敷に建て替えた。
異界に挑む勇気や意気地は、従民としての卑下や忍従に置き替えた。
それを見つめることしか出来なかった娘は、せめてその邪魔にはならぬようにと、ひたすらに無を演じることにした。
『おぅ、セリス。今日も良い子にしてたなぁ』
二本分足りない手の感触を頭に感じることが出来れば、それだけで良かった。
そして時は経ち、月日は流れ、父は老い、娘は育つ。
だが、それでも、父の心は異界に残ったままだった。
生き残ってしまったという罪の意識は消えることがなかった。
趣味と称した狩猟行為は、その罰を求めて。
忘れたと宣った家族写真は、その懐に秘めて。
哀れなのは、その内心をひた隠しにする父で。
愚かなのは、それに気付きながらも蓋をした娘だった。
『デカくなったなぁ、セリス』
父は娘の成長に、歪んだ喜びを感じた。
娘の成長に、己の贖罪と解放の時が近づくのを感じていた。
『そうでもない』
娘もまた父の欺瞞の内に、歪んだ喜びを感じた。
父の歓喜に、己の成長と巣立ちが近づくことを拒んでいた。
やがてその歪みが、二人で築き上げた虚構を支え切れなくなるのを知らずに。
男が己に課した罰を、己が手で潰して失くす、そんな結果を招くことを知らずに。
――― ――― ―――
「そんな感じ」
そう何でもない様に締めくくったセリスの横顔はいつも通りの無表情だった。
勘定台の内側、肩を並べて座ったセリスは僕に物語る最中も、語り終えた今も、そのまま。
首筋に残った痛々しい跡が無ければ、何も変わらない日常そのもの。
「そう…」
けれど僕はその一言しか発することが出来なかった。
どちらも歪んでいる。
どうにもならない。
どうにかできるものじゃなかった。
そんな僕の情けない呟きにも、セリスは言葉を継いだ。
「写真」
「え?」
「ロウがさっき拾った写真」
「あぁ…」
言われて思い出し【道具】から取り出し、右隣に座るセリスに手渡す。
セリスはそれを僕に見せるようにしたまま続ける。
まるでいつもと変わらないと、そう互いに言い聞かせるように。
「これ、お父さんとお母さんと私」
「うん」
「これを撮ってくれたのがローク」
今朝方のことの筈なのに、やけに遠くに感じた響きだった。
「……探してた、人?」
「ん。『紅の鹿』の代表」
「そっか」
「『念写紙』はセルク家から。私が生まれる前から、何度も頼み込んで一枚だけ手に入れたって」
セリスは普段に無い程、饒舌に話した。
やっぱり、当然だけど、いつも通りではいられる筈は無かった。
そしてどれだけ言葉を紡ごうとも、この会話の終わりに見えてくる結論から逃げ続けることなんて出来ない。
「うん、写真なんて貴族でも無いのに凄いよ」
「ん、お母さんは恩着せがましいって。その割に喜んでた」
「クルードさんは?」
「この顔通り、引き攣ってた。昔から貴族相手には小心者」
だから、少しだけ意地悪に声を弾ませるようにしたセリスに、僕は問いかける。
「セリスは?」
「んー……」
じぃっと、写真を見つめて何かを思い出すようにしている。
事実、古い記憶を思い出しているんだろう。
そして、ポツリと呟いた。
「セルク家……そっか……ここ、セルク家。持ち出しは許されなかった」
「まぁ、だろうね。『念写紙』なんて禁制品の代名詞だし」
「ん、初めて。全部。だからずっとキョロキョロしてた」
この会話をすっ飛ばす感じはいつものセリスだな、って思う。
そしてこの感じ、僕は嫌いじゃなかった。
頭の中でグルグル回る言葉の速さに付いて行けないセリスが、頑張ってくれてる感じがするから。
「だからこの間の呼び出しも落ち着いてたってワケ?」
「ん、そうみたい。忘れてた」
「くくっ。あんま関係ない気がするけど」
「そう?」
「うん、それに」
「ん?」
「十五年間、全部覚えてるってのも言い過ぎだね」
「…………たしかに」
馬鹿にしたような僕の声音にセリスは
少しだけムッとして、
それからジッと考えて、
それからフッと微笑んだ後、その言葉を口にした。
「どうすればお父さん、生きてててくれるかな?」
答えを求めるようであり、
独り言のようにも聞こえる
そんな言葉遣いに
僕は初めてセリスの本心に触れた気がした。
「うーん……考えてみようか」
「ん。そだね」
それを逃さないよういつも通りに言葉を返した僕に、セリスはいつも通りの平板で短い返事に少しの色を載せた。
それは僕の気の所為だったかもしれないけれど。
それほど些細なものだったけれど。
たしかに感じた、淡い空色だった。
<つづく>




