014
第十四話よろしくお願いします。
針と糸を手にした瞬間、世界は少しだけ静かになります。
布に触れ、糸を巻き付け、一針ずつ進めるその時間は、誰かのためでも、流行のためでもなく、自分のためのひとときです。
本書『楽しい裁縫』は、はじめて針を持つ方にも、久しぶりに布に向き合う方にも、日々糸に向き合っている方にも、裁縫の基礎と楽しさを丁寧にお伝えする一冊です。
まっすぐ縫うこと、きれいにほどくこと、糸・針・布のそれぞれの性質を知ること。
小さな積み重ねが、やがて「作れた」という確かな喜びに変わります。
失敗もまた、布が教えてくれる大切な経験です。
どうか肩の力を抜いて、あなたのペースで針を進めてください。
暮らしの中に、やさしい手仕事の時間が根づきますように。
『楽しい裁縫』著・クレイスト=ファビアン
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「はじめ!」
スラヴさんの合図と共に身を沈めて前傾姿勢で飛び出す。
枯葉肌の銀髪金眼女から学んだこと、その一。
”敵の動きは待つな、先手必勝こそが王道”
素直に、真っ直ぐ、首を獲りに行く。
「くっ、いきなり、なんだっ!こいつっ!」
半身に構えた背中側からすれ違い様に。
逆手にもったダガーで狙った首筋は、小手で防がれた。
次。
身を捩って、踵を叩き込む。
こっちも止められた。
けど問題ない。
小手は盾じゃないし槍は防具じゃない。
それにまだ、僕の番。
槍の柄に踵を引掛けて、身体を引き寄せる。
その勢いのまま、順手に翻したダガーを突き立てる。
入った。
『てつのよろい』に阻まれない、露出した首筋にガッと刃先が突き刺さる―――が、そこから刃先は沈まない。
「っのやろぉ!!」
気勢と共に全身を力任せに動かす、その興りを感じ、両足で『てつのよろい』の胸部を蹴り弾いて距離を取った。
パァン!―――
その瞬間に響いたのは、クルードさんとスラヴさんが模擬戦闘をしていた時に鳴っていた甲高い音。
コレが加護の差か。
と、戦慄した。
こっちの攻撃は明らかな致命の一撃も無視されるのに対して、あっちはまるで子供が癇癪を起したような動きですら、空気を弾く衝撃音を生じさせる。
どれだけ上手く立ち回ろうとも傷一つ付けられない相手に対して、こちらはたった一度の些細な間違いも許されない。
”従士”じゃあ探索者なんかやっていけないって話も納得する。
チラリとクルードさんを見る。
まだやるんです?って睨もうとしたのに、何その顔?
目も口も開けっ広げで、馬鹿丸出し。
隣のスラヴさんの方がまだマシだ。
いや、もっと観せろよと言わんばかりのあの表情も、審判役としては不適切極まりない。
はぁ……と、内心で溜息をつく。
”騎士”の人もやる気満々だ。
別にいいけど。
痛いのはもう、懲り懲りだから。
「何もさせてやんないよ」
――― ――― ―――
――― ―――
―――
「―――そこまで!!」
スラヴさんの声が聞こえた。
随分前から”騎士”の……ラディットさんの気勢は見る影もなく、落ち、沈みきっていた。
諦観の表情。
それに気づいてはいたけれど、僕は一方的に攻め立てるのを止めはしなかった。
勝手に戦うことを辞めるなんて失礼だろうし、かと言って”従士”の加護じゃ”騎士”のそれを破ることなど出来はしない、かと言って手を抜いて態と負けるなんて以ての外だ。それは相手の矜持を傷つける。
……なんて上品な理由ではなく、単に痛い思いをしたくないってだけなんだけど。
口に咥えていたダガーを右手に戻して、二本の足で立つ。
頭一つ分は高かった筈の相手の顔が今は同じ高さにある。
『てつのやり』を杖代わりに、なんとか立っている有様だ。
「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……」
にしても、体力の無い人だ。
ほとんど動いてなかったくせに。
途中から鎧にも槍にも触れてない。
加護が無ければ全部が致命傷だ。
……なんかダメだ。
考えが攻撃的で、すごく嫌なヤツになってる…。
そう、自覚して昂った気持ちを抑えた。
「二人とも、お疲れさまだ。よくやったな」
と、クルードさんが爽やか風に入ってきた。
そう、爽やか風だ。
勝手に嗾けて人にやらせておいて。
なにが『よくやったな』だよ。
「最初は油断も見せたが”騎士”の面目躍如ってやつだな。加護の強度も持続力もなかなかのもんだ」
ものは言い様、という言葉がピッタリの感想だ。
「なにより最後まで大きな崩れを見せずに立ち続けた精神力こそお前の最大の武器だろう。それは常に死が隣り合わせになる探索者にとって最も必要なもんだ。”騎士”ってのは常に最前線で異界の化物共の攻撃を受け続ける役目を担うからな」
それは僕への当てつけです?
「はぁ、はぁ……ありがとう、ございます……」
「よくやったよ!」
「あぁ!けど、もう少し攻めても良かったかもな!」
寄って来た二人の台詞は的外れもいいとこだ。
守ることすら満足に出来ないヤツが、攻めに転じられる訳ないだろ。
「はぁ、はぁ……あぁ…」
「……そのお前の武器を活かすためにも、獲物は槍から大楯と小剣への持ち替えを勧める。具体的な立ち回りだが―――」
気付いてる?
あんた一度も名前で呼ばれてないよ。
ラディットさん。
と、嫌な自分が噴出しまくっていたところに―――
「おつかれ。晩御飯」
「ぇあ?」
セリスが声を掛けてきた。
そして変な声が出た。
バンゴハン?
…………あぁ、晩御飯。
高級食材。
ここへ来る条件交渉として勝ち取った、今日の晩御飯の豪華食材。
久々に汁物以外の料理にも挑戦してみようか。
「……うん、おつかれ。買い物しながら献立考えよっか」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
労務省本部の地下訓練場から街に上がった時には陽がかなり傾いていた。
早朝、とは言わないまでもかなり朝早くにここを訪れていたのに。
どうりでお腹も空くはずだった。
「なるほど。では短剣の狩猟士も選択肢に入ると…?」
「あぁ、理想は両用だがな。ある程度見極めて前衛が安定したら外から弓で補助火力に回った方が良い。個人的には弓しか使えねぇ斥候なんざ、それこそ使えねぇと思うぜ」
「なるほど…!」
「あの…!地操士については何かご存じだったりしますか?」
「あぁ……悪ぃな。適当なコトは言えねぇから無理だわ」
「そうですか…」
「知り合いに聞いといてやるよ。すげぇ人がいるんだ」
「よろしくお願いします…!」
なんて会話を、前を歩いて繰り広げているのは、クルードさんと地下の燻り探索者”狩猟士”と”地操士”。
二人の相手は僕ではなく、クルードさんが勤め上げたことで、ちゃんと同業者間での格付けも済み、帰宅の途を共にするというよりも、二人を供にして歩くような関係性を築き上げていた。
「まさか西街にお住まいとは思いませんでした」
「あぁ…」
「お勤めの貴族家っていうのはやっぱりファビアン様の…?」
「あぁ…」
「生家が使用人だったので?それとも何か特別なご縁があって?」
「……生まれが使用人だ。っつーかお前、そんな感じなんだな」
「?というと?」
「……なんでもねぇよ」
「えぇ…気になるじゃないですか~」
別に、言いたいことは分かるけど。
変に気を使ったり使われたりは面倒の元だし、敵対者にも、好敵手にも、ましてや同業者になんかなるつもり、こっちにはさらさら無いんだから、無駄な警戒はしないで欲しい。
という気遣いは心の内に秘めて、『元凄腕探索者に鍛えられてるちょっと変わったヤリ手の従業員』を演じる僕はラディットさんとの関係構築に勤しんでいた。
人脈形成は商売人の基本。
相手がこの街の支配者の子飼いだと云うのなら尚更だ。
その上、伝手で『西瓜』を安価で手に入れられそう、というのだから。
そりゃセリスだって楚々とする。
異界素材取引所を商う親子と従業員、そして行き摺りの燻り探索者という珍妙な組み合わせの一行は夕暮れに染まる西街へと周遊道を廻って行った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
狭い食卓に並んだ高級料理。
今日の夕飯は
麦と黍の二八麺麭
南蛮灰鴨の上身の姿焼き
南蛮灰鴨の腿肉の串打ち焼き
同、内臓のテリーヌ
碧蜜林檎と卵と馬鈴薯のサラダ
南瓜のポタージュ・フロア
西瓜のコンポートと白酒のジュレ
なんか小洒落た名付けなのは、ラディットさんの知り合いにその作り方を教わったから。
共同生活をしているという建物に立ち寄った際に顔を出した物好きだったが、貴族の使用人なんてやってる人達はやっぱりそこらの従民とは格が違った。オススメの食材やその食べ方が出てくる出てくる。
お陰で『南蛮灰鴨』は結局、卵だけではなく一羽丸ごと買う羽目になった。
ちなみに汁物の『南瓜のポタージュ』は、以前僕が自作していた『南瓜のドロドロ煮』の正式名称?だ。
いや、別物かってくらい美味しいんだけどさ。裏漉しって凄い。
狭くて小さい食卓に所狭しと並んだ品を思い思いにつつく『鹿鳴』の一同。
「こりゃうめぇな。甘ぇのにイケる」
「並べといてなんですけど、食後に食べるものらしいですよ」
「貴族の決まりなんてどうでもいい」
中でも、クルードさんも絶賛する『西瓜のコンポートと白酒のジュレ』。
このジュレという液体を半固体のドロドロした粘体にする調理技法は『鹿鳴』でも取り扱ったことのある『粘弾生体』という東乃原の奥地にいる魔物の遺骸が使われている。
通常は瓶詰めする遺骸を敢えて乾燥させ、カラカラになったそれを粉末状にして、さらにそれを好みの飲み物に混て作るというもので、身近な存在に『そんな使い方があったのか』という純粋な驚きと、ヒトの貪欲な食への拘りに恐怖を感じた。元々は非食用で貴族の高級寝具なんかに使われるものだと聞いていたから。
「ポタージュおかわり」
「はいはい」
また調理の工夫や食材の研究だけでなく、完成した料理そのものからその調理法に至るまで貴族風な名付けを行い、味だけでなく見た目はもちろん、匂いや音にも拘って、食べる前から相手を楽しませようという気概を感じた。
「―――どうぞ」
「んくんく―――冷たいのも美味しい」
「ね」
そんな満足気に口髭を生やしたセリスの顔を見て、なんとなく就職活動中に何度かお世話になった、探士街の食事処『獣喰らい』を思い出して―――そういえば使用人だって貴族相手に商売しているようなものなんだな、と思い直した。
「にしても、”狩猟士”と”地操士”まで南民の出だったのは出来過ぎだな。お陰で助かったが」
「実質『南蛮灰鴨』だけですからね。買ったの」
「これから、あの人達どうするの?」
「……しばらく面倒みてやるさ。やることねぇ店主だからな」
セリスの問いにちょっと間をおいて、わざとらしく僕の方を向いて軽口を叩いたクルードさんに、僕も笑って思い付きを話す。
「あ、彼等の会社にも行ったりします?」
「わざわざ南にまで営業掛けんのか?流石にウチまで来やしねぇぞ?」
「”宿題”の方の話を。今アルフォンス様への提出資料としてまとめてて、参加出来そうならして欲しいなぁと」
「手当たり次第だな……まぁ、概要伝えて興味があるかは聞いて来てやる。代表が問題ありそうならしねぇけど」
「そこの選別までお願いできるのは有難いです。よろしくお願いします」
本当に有難い。
と思っていたところに今度はクルードさんの方がニヤリと笑ってきた。
「代わりにロウ。毎回とは言わねぇが定休日はお前も地下行きだからな」
「えぇ……セリスは?」
とクルードさんに返すと途端に不機嫌そうな表情を浮かべる。
「……知らねぇ。好きにしろ」
子供かよ。
いい加減仲直りして欲しいんだけど。
思いながら、セリスに話を振る。
「どうする?」
「見に行くだけなら」
「え、本当に?」
意外な答えだった。
「うん。どうせ暇だし」
「そっか。まぁ、お店で一人で居てもね。―――よかったですねクルードさん」
「……店長と呼べ、従業員」
店長さぁ…。
そういうとこだよ、ホント。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
次の日。
定休明けの営業日は前回よりも午前の客足が増えた。
東門を主な活動拠点としている会社が『鹿鳴』の主要な客層になるのだが、馴染みの取引所が休むからと休業するような会社は少なく、この機会に『東乃原』よりも先の領域へ踏み込んだり、異界の宿営日程を増やしたり、気分転換に北や南に赴くトコロすらあった。
お陰で普段は見ないような異界素材を手にすることも増え、あくまで現時点では、という但し付きではあるが、実利面でも大いに意味のある定休制度だと言えた。
カランカラン―――
「ありがとうございました」
「またのお越しをお待ちしております」
勘定台越しに僕が客を見送れば、在庫管理で行ったり来たりが忙しいセリスも足を止めて頭を下げる。
休業明けの午前中は勘定も商品整理も忙しいけれど【鑑定】の習熟度的にも、運動量的にも、不公平感が凄かった。
ちゃんと交互に回る様にしないとダメだな……僕だけ得してる感じも、一人突っ立ってる感じも、なんだか気持ちが悪い。
なんて考えつつ、こっちはこっちで帳簿付けやら顧客情報の追記更新やら、やることいっぱいなので、さっと保管部屋に向かったセリスに心の中で手を合わせつつ、こちらもさっと筆記具を取り出して、作業に取り掛かった。
んだけど、
「すごい量捌いたわね。来店数、過去一なんじゃない?」
そう言って邪魔しに来たのはミニーさん。
視察に来て五日を過ぎる頃には、こちらに対しての気遣いは最低限に留めて、やたらと話しかけてくるようになった。
「えぇ、お陰様で。忙しくさせて貰ってます」
「そんな思っても無いこと言わないでくれる?白々しすぎて社交辞令にもなってない」
「ミニーさんは、もう少し、思っても無いことを言ってくれてもいいんですよ?」
「まぁ嫌味な子!あんた達が優雅な休日を過ごしている間、あたしが何してたと思ってんのよ!」
『鹿鳴』の経営手法の資料化という仕事の他に与えられたミニーさんの宿題は、僕やセリスやクルードさんの為人を見て報告することと、何かしらこの店の弱みや瑕疵を見つけること―――なんてことが、こっちにバレてる時点でもう宿題の方は失敗しているようなものなんだけど。
「何してたんです?」
それも途中から半ば放棄して、クルードさんに恋愛感情をぶつける方向に変わってるし…。
っていうか、あのわざとらしい求愛行動もセルク家からの新たな指示だったり、しないよな…?
「…………秘密♡」
……無いとは言い切れない。
まぁ昨日に関しては、本当に何もしないでグータラしてたんだろうけど。
なんとなく、寝台に寝転んで本でも読んでる姿が目に浮かぶ。
「……」
でも貴族だもんな…。
でも美人局……?
……もうちょい人を選ぶか、貴族なら。
クルードさんの態度を見てても既に失敗以外の結論が出せない。
「な、なんか言いなさいって…!あたしが滑ってるみたいじゃない…」
「あぁ、すみません。もう少ししたらお昼休憩入るので奥で休んでてください」
「そういうんじゃなくって!」
「ミニー。邪魔」
いい加減面倒くさいな、と思ってたところにセリスが戻って来てくれた。
有難い。
「う、うわぁぁあん。クルードさんに言いつけてやるんだから~!」
去り際すら面倒な人だ。
「あ、普通に嫌われると思うんでやめといた方がいいですよ」
「ぅ……わかってるわよ。冗談じゃない」
まともに相手すれば、勝手に落ち込むし。
本当に、面倒な人だ。
と思えば、一見面倒くさがりな働き者の跡継ぎが、記帳を片手に真面目に報告してくる。
「倉庫、もう半分以上埋まってる」
「明日以降は落ち着くと思うけど、嵩張るのは明日にでもクルードさんに持ってってもらおうか」
「ん。それがいい」
「で、ごめん。終わったところで悪いんだけど、検算しておいて貰っていい?これ、会計帳」
「ん。お昼は?」
「あと、半鐘だけ待って、入りが無いようだったら僕が買いに行くよ」
「ん。サラダよろしく」
「総菜屋には並んでないよ…」
「じゃあ、碧蜜林檎よろしく」
「はいはい」
セリスとの会話は無駄を挟んでも心地良い速さで進むんだから、ミニーさんとの対比が酷い。
カランカラン―――
「「いらっしゃいませ」」
言ったそばからの来店にも、条件反射的に声を出し頭を下げるセリスと僕。
ホント慣れてきたもんだ。
「よう」
と、一言だけ発したのはお得意様と言っても差支え無い会社の代表の男。
『東乃原』の乾季を狙っての『黄土水晶』狩りなど、要領良く探索業を営む有望な取引先だ―――いや、だった、か…。
「これと、これも頼む」
次々に取り出されるのは小盾や長剣や槍などの『装備品』の数々。
これだけの品数にも拘わらず、男の声は暗い。
それが意味するのはつまり―――
「承りました。確認ですが、こちらは遺品ですね」
「っ!……そうだよ」
そういうことだ。
この手の買取があるのは、そう珍しいことではない。
ある程度人目を避けるためか、閉店直前に訪れる人の方が多いけど。
「心中お察しいたします……失礼ですが、ご家族やお身内の方は既にご存じでしょうか?」
「あ?」
異界帰りでそのまま店に来る人は、呆然と、いつも通り身体が動くのに任せて、ここまで来る人だ。
だから、しっかりと案内しないといけない。
「形見の品として買い取りたいと仰られる方も少なくないので……。余計なお世話かと存じますが、未だということであれば、一度ご挨拶回りされた後の方がよろしいかと。魔石だけは直ぐに見積もりを出させていただきますので」
どれだけ貯えがあるのか知らないけれど、手元にお礼金あるに越したことは無い。
「…………あぁ……頼んだ」
こちらの言葉の意味を、長い時間を掛けて汲み取った男は、軽く頭を下げてそう言った。
これは、良くないな…。
「セリス」
「ん」
小声で呼び掛ければ了解の声。
スッと店内奥へと消えていく。
僕も勘定台から外に出て、その男に寄り添い静かに告げる。
「よろしければ、奥で少しお休みになられませんか?水くらいしか出せませんが…」
「……あぁ、助かる……」
「ではどうぞ、こちらへ。ご案内いたします」
……ホント、慣れたもんだ。
――― ――― ―――
――― ―――
―――
その後、客足はパタリと途絶え、件の客の世話を終えて見送ると、そのまま昼休憩へ入った。
昼食はミニーさんが気を利かせて買ってきてくれた形だ。
人の生き死になんてありふれた話。
探索者はもちろん、その活動に深く関わる素材取引所でも良くある話、だ。
いつも通りに食事をするし、雑談にだって話を咲かせる。
「なるほど。制服ねぇ…」
「……難しいでしょうか?」
ミニーさんへと振ったのは以前、話のあった古着屋のマルゴさんの相談事。
なんとか古着屋を利用する客層を広げられないか、という相談は『それ考えんのが経営者の仕事だろ!』と言いたくなるものだったけど、探索者に対して素材屋として助言するのと同じく、他業種の経営者に対しても素材屋の観点からものが言えないだろうか?あわよくばそれが商売にならないだろうか?と思って引き受けた仕事だった。成功報酬だから仕事にならない公算の方が高いけど。
「貴族の習慣や常識を市井に卸していくって考え方は良いと思うんだけど、それだけの経済的な余裕とかあるのかしら?そういうのって自然と広まっていくものだし」
「うーん、やっぱ根本はそこなんですよね。今より豊かにならないと、そもそも衣服にお礼金を使えない…」
「まぁ経営方針の助言としては良いんじゃない?報酬は難しいだろうけど」
「うーん……学校の制服とかってどうなってるんです?孤児院は出処も分かるんですけど、困窮してるような家って―――」
「それこそ知らないわよ。私、本校よ。ほ・ん・こ・う!」
「ですよね……」
「あ、そうそう。これ、渡しそびれてた」
と終わり際にミニーさんが取り出したのは四つ折りの紙片。
受け取りながら尋ねる。
「これは?」
「第三職業訓練学校のステラさんからよ」
「それはどうも。―――でも、なんでミニーさん経由?そもそも面識あったんですね」
「手紙は昨日ね。前にクルードさんの営業に同行させて貰った時に学校にも寄ったことがあって、その時に紹介してもらったの」
「へぇ、そうなんですね……」
と自分で聞いておきながら、おざなりな返事をしつつ手紙の中身を検める。
「なんて?」
「明後日の職業講話の話。念のため日時の通知してくれたみたい」
「お父さんが忘れてないか心配」
「……大丈夫だと思うけど、一応今晩話そっか。あ、水ありがと」
「ん」
木杯に水を注ぎながら話すセリスを見て、ミニーさんが口を開く。
「……今日クルードさんは何時頃戻りそう?」
「流石になんとも……ただ南ですからね。いつもよりかは遅いかと」
「そっかぁ……」
そんな、これ見よがしに恋する乙女です、みたいな顔されてもなぁ…。
「そもそも、クルードさん既婚者ですよ」
「知ってるよ。それでも、いつまでも独りでいる理由にはならないでしょ」
「ここに一人娘もいますけど……?」
「娘さんと奥さんじゃあ違うでしょ?対等に人生を支え合う相手なんだから」
「相手に求められてないのに?」
「いい?ロウくん。孤独って言うのは人間誰しもが抱える闇……でもね、誰かを想った瞬間にだけ、ほんの少し灯りがともるの。それがやがて家にともる灯になる。暖かな、あなたが帰るべき場所に…」
「……エレノア=ウィンザー著『影を抱くひと』」
「さっすがロウくん!恋愛ものまで押さえてるなんて!」
「ミニーさんはもう少しその引用癖を抑えた方がいいんじゃないです?」
「うぐっ…!」
「私は別に構わない」
「え?」
「セリス?」
「お父さんが望むなら、帰る場所がミニーの所でも」
「セリスちゃん…!」
「協力もしないけど」
「セリスちゃん……」
コーン、コーン、コーン―――
なんて話している内に昼イチの鐘が聞こえる。
客波が来る前にそろそろ切り上げよう。
っと、その前に、
「そういえばミニーさん」
「なに?」
「ミニーさんの飲食代って、経費として計上してもいいんですか?」
「い、いきなり何でそんな話に!?」
「急かもしれませんけど、あと五日、今日を抜かせば四日後ですからね。というか、来た初日に伺うべきだったんでしょうけど、通いだと聞いていたので。……こっちで食事の面倒までみるとは思ってなかったんですよ。というか、普通考えませんよね?資料作成のために預かった調査官が毎食、しかも近頃は夕飯まで食べていくなんて」
「いや、ホント、それは素直に、ごめんなさい……」
そんな風にして、定期休業明けの営業初日も、慣れた一日として過ぎていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
通り沿いに生え揃った生け垣。
広大な敷地を誇る土色の前庭とその奥に聳え立つ真っ白な建物。
久しぶりに足を踏み入れた第三職業訓練学校は、当たり前だけど変わらずそこにあった。
「久しぶりですね。元気そうで何よりです」
と職員室で迎え入れてくれたステラ先生。
「先生こそ、お元気そうで……あ、栄転おめでとうございます」
生徒達の登校時間を外しての訪問で、ほとんどの職員も学生も授業の真っ最中だが、今年から個別の学級を持たない学年指導員となられたとのことで幾人かの職員と先生だけが部屋に居た。
ちなみに学校長までの階段は残すところあと一段のところまで迫っているらしい。
「商人染みた言葉遣いを、と思いましたがロウは学生の頃からそういう喋り方でしたね」
「そうですね、言葉遣いに関してはそれほど意識してません。逆にクルードさんには仕事終わりには言葉を崩すように教わりました。切り替えが大事なんだとか」
「ふふっ。お店でも、しっかりと貢献出来ているようで何よりです」
「改めまして、ご紹介とお力添えをありがとうございます」
「お礼は三カ月前に受け取りましたよ」
「だから『改めまして』です」
そんな談笑に始まり、用意してきた講話の原稿を渡しながら、話す内容の確認を恩師と進める。
職業講話、というのは第三職業訓練学校五回生の定例行事で、簡単に言えば街で働く人(ほとんどが探索者だけど)を呼び出しての講演会だ。
既に初回は探索者、二回目は探士街で飲食店を営む従民の方で実施しており、僕が三回目、四回目は南街の農民……の持ち主である貴族、五回目はまた別の探索者と決まっているらしい。
去年までは毎回どこかの企業の代表が登壇するばかりで、仕事の話というよりも、自社の宣伝活動のために使われていたような時間だった。『北の翅鳥』のレキウスさんが正に独壇場といった感じで喋り倒していたのも懐かしい。
この行事改革は学年指導員であるステラ先生が主導して行ったんだとか。
生徒からの反応は、会社との繋がりを潰されたと嘆き恨み言を呟く者と、違った側面から街や探索者の活動がしれて面白いという者と、だいたい二通りに分かれているらしい。
否定と肯定が半々になるっていうことは結構良いことだと思ったので、それを伝えると『相変わらずですね』と言って笑われた。
コーン、コーン、コーン―――
「では、特別室に行きましょうか」
暫く打ち合わせた後に鳴った懐かしい鐘の音にあわせて立ち上がり、ステラ先生が言った。
『わかりました』と返事しつつ立ち上がり、先導するステラ先生の後ろをついて行く。
腰壁が施された長い廊下に独特の光沢と滑らかさのある床。
片側に並んだ統一された規格の扉とその覗き窓に見える教室。
すれ違う学生はステラ先生に頭を下げて、後ろに続く僕には頭を傾げる。
大した時間が経ったわけでも無いのにやたらと懐かしく、やけに歳を取った気持ちになった。
そんな感傷に浸っていた時、
「ロウ兄さん!」
「ロウお兄ちゃん!」
と呼ぶ声が廊下に響く。
振り返れば、妹が二人駆け寄ってくる姿が見えた。
「クロエ、アイラ。廊下は走らないよ」
と言えば『しまった!』という表情を浮かべて、それでも早歩きで傍に来た二人。
「お久しぶりです!」
「今日会えそうだってクロエちゃんに聞いて!」
「二人とも元気そうで良かったよ」
「兄さんも!」
「うん!」
実際は初めての定休日に孤児院に行ったからそこまで振りではない。
だいたい十日振りくらいだ。
それでも全身で喜びを爆発させてくれる可愛い妹達である。
ただ、流石にステラ先生の足を止めてしまっているのが申し訳なくて、向き直る。
苦笑いだ。
「すみません。ほら」
「ステラ先生、申し訳ございません。つい…」
「すみません……」
「先に教室に向かいましょうか。直ぐそこですし」
謝った僕等に対してそう笑みを浮かべた先生の後に続いて、講演会場となる特別教室に入った。
――― ――― ―――
教室には既に数人の生徒と五回生学級の担任教師が揃っていた。
教壇を囲んで、ステラ先生を交えて教師陣と談笑する僕の横。
何が嬉しいのかクロエはニコニコと、何が気になるのかアイラはソワソワとしていた。
が、その答えは直ぐ判明する。
「アイラ、そろそろ…」
「うん…」
「どうした?」
「あぁ、いえ。単純に授業ですよ。アイラは四回生ですので」
「あぁそっか」
そういえばそうだった。
僕も少し緊張してるんだろうか。
「お兄ちゃんのお話聞けないの。残念…」
「また休みが出来たら孤児院に行くから、その時ね」
「ほんとに!?」
「ほんとに。だから授業行っておいで」
「うん、いってきます!―――絶対ね!」
そう言って送り出せば、元気に教室を飛び出して行った。
また廊下を走ってるな、あれ。
怒られませんように。
「本当に仲の良い兄妹ですね」
「ありがとうございます」
と社交辞令を交わせば
「わ、私も!ロウ兄さんとは本当の兄妹のような関係です!」
「教壇に立ってどういう宣言だよクロエ…」
「あ…!」
と意味不明な対抗声明を大声で告げる妹がいたり。
何だか、時間が巻き戻ったような、そんな感じがした。
『チッ!』
耳に捉えた誰かのあからさまな舌打ちは、続々と増える学生達の喧騒と、それを収めに散って行った教師の声でかき消された。
――― ――― ―――
――― ―――
―――
僕の講話の内容は次の通り。
・異界素材取引所の一日の仕事の流れ
・探索者から見た猟果の流れ
・検品と値付けの具体例
・【鑑定】の実演
事前にステラ先生と打ち合わせた通りの内容は恙なく進行し、残すは学生からの質疑応答の時間と総括の時間のみとなった。
大勢の人前で話すという機会に緊張はしたものの、『鹿鳴』での接客の経験やら、どこぞで振るわれた暴力のお陰もあってか、妹に恥ずかしい姿を晒すこともなく終えられた。
「ロウさん、ありがとうございます。素晴らしく分かりやすい内容でした。教鞭を取られても良いかもしれませんね。それでは、質問のある者は挙手しなさい。二組のカミナ先生が傍に行き指名します。それ以外の者は静粛に」
司会進行役の教師のお世辞に苦笑いを返しつつ、段取りに従って学生からの質問を待つ。
最前列の正面に座るクロエが勢い良く右手を挙げるも、カミナ先生に素通りされて肩を落としていた。
指名されたのは、深緑の髪をした大人しそうな男の子だ。
「あ、あの…………天職”従士”の第三の面汚しが、どのツラ下げてそこに立ってる……ですか……」
ピィーーー!!
『いいぞぉ!!』
『良く言ったぞぉレイ!』
『あっはっはっはっは!』
『第三の面汚しがぁ!』
消え入りそうな語尾をかき消すように、教室の各所からけたたましい指笛の音と幼い野次が飛ぶ。
やらされてる側とやらせてる側の構図。
こういうのも学校っぽいなぁ…と思う。
世間知らずの怖いもの知らず。
まぁ僕は別に恐い人でもないから尚更か。
教師たちが焦って落ち着かせにかかり、カミナ先生は顎下からレイ少年の頬を掴んでいる。
それは絵面的にもヤバいよ先生。その子、たぶん言わされてる側だから。
ステラ先生は最前列の端っこの席で、変わらず黙って腕を組んで座っている。
泰然自若とした先生。この後のことにも関与しないってことで受け取ります。
クロエは教室を振り返って騒ぎの元を睨みつけている、きっと怒ってくれてるんだろうな、と思う。
ごめんな。質問は今度、孤児院に行った時に。
司会の先生に声を掛けてから僕は口を開いた。
「ご質問ありがとうございます!!!」
教室が静まり返る。
予想外の出来事に戸惑って黙り込むのは孤児院の子供達と一緒。
「幸運な出会いと、巡り合わせもありまして、在学中は常に一組で、先日卒業するまで『第三の顔』なんて呼ばれておりました。偏にステラ先生をはじめとする教師陣の皆様の、ご指導ご鞭撻の賜物です」
穏やかにゆっくりと告げる。
「と言いたいところなんですけど。単純に、同学年も、後輩も、周りの能力が低すぎて祭り上げられただけの、只の小物なんですよ僕は。―――まともに質問する力もなさそうなので、総括にはいります」
丁寧に、判り易い様に。
「素材取引所『鹿鳴』に勤めて約三ヵ月。僕の知る限りではありますが、亡くなった探索者は既に二十数名。そのほとんどが新卒です。また先日は懇意にしていた『黄黒狐』という有望な会社が代表を遺して壊滅しました。そこそこ名の通った東側の会社なんで知っている方もいるかと思います。もし、ご遺族の方がこの場にいらっしゃいましたら、ご冥福をお祈り申し上げます。
さて、ここで商売人らしく計算です。大雑把な勘定ですが、ここにいる五回生の皆さん二百十二名いると聞いています。ならば、だいたい十人に一人ですね。ピンと来ていない方も多いみたいなので、もっと簡単に言い直しましょうか。学級単位で考えれば、五回生になって一緒に授業を受けてきた皆さんの級友の内、四~五人が、この三カ月で死んだことになります。そして皆さんが『適職診断』を受ける頃には半分も残らないでしょう。ちなみに、先ほど挙げた二十数名の中に『黄黒狐』さんの社員さんの数は含めておりません。ですので、かなり現実に近い”一年後の今”の予測になります。
そしてこれは脅しでも何でもない、只の事実に則したお話です。親御さんを亡くされてる方は、何を今更と思われてるかもしれませんね。ただ、本当に想像できていますか?この教室に居る人間の数が半分になった時、消えているのは本当に隣の人だけですか?出来の悪い無能なヤツだけですか?仇に燃えるも使命に燃えるも良いですが、現実はちゃんと見えていますか?
探索者は確かに尊い仕事です。それは街で暮らす人々のために命を懸けて日々の糧を齎してくれるからです。彼らが居なくなれば、私も、皆さんも、飢えて死に絶えるでしょう。
ですが、街を支えているのは探索者だけではありません。彼らが住む家、拠点とする社屋は従民が汗水流して建てています。疲れ果てて帰ったその家で温かい食事や安心できる寝床を用意しているのも雇われた従民です。使用人とも呼ばれていますね。また皆さんが口にする麺麭や穀物や根菜類は殆どが南街産です。貴族の持ち物とされている南民の方々の日々の尽力のお陰です。また、皆さんが着ている制服、古着屋で購入した方も少なくないでしょう。これは私の同業者、商売人と蔑まれる従民ですね。
街に生きる人々にはそれぞれに役割や仕事があり、それぞれに得意なこと不得意なことがあり、そしてその人生、生き方は探索者だけではありません。
もちろん、皆さんの人生を決めるのは皆さん自身です。
臆病な私はその道を諦め、学生にすら馬鹿にされる従民です。
それでも生きて、今ここで、皆さんの前で、偉そうなツラを下げて語っています。
今後の人生、後悔の無いようしっかり悩んで、学んで、決めてください。
それでは、本日は貴重な機会を頂きましてありがとうございました」
<つづく>
第十五話土曜日投稿予定です。
引き続きお楽しみ頂けますと幸いです。




