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脇役主人公の弁え方  作者: yui


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12/18

012

第十二話よろしくお願いします。

あさ、じゃぐちをひねると、


つめたくて すきとおった おみずが


ころころ ころころ おけに はいります。


おけに はいった いってきの おみずは あわてて いいました。


「あれあれ ぼくの おとうと どこいった?」


ぽっちゃん つるつる おみずは じゃぐちにもどります。


「よいしょ よいしょ よいしょ よいしょ ここにもいないぞ どこいった?」


くるくる ぱっぱっ おみずは くら~い とい のなか くるくるまわって ぎゃくまわり。


「よいしょ よいしょ よいしょ よいしょ まだまだいないぞ どこいった?」


ずんずん ぎゅっぎゅっ おみずは 水樹(みずき)に のぼって さがします。


「よいしょ よいしょ よいしょ よいしょ ぜんぜんいないぞ どこいった?」


するする するする おみずは 水樹(みずき)を おりて じめんに もぐります。


「よいしょ よいしょ よいしょ よいしょ あ やっとみつけた おとうとだ!」


「にいちゃん もう よなかだよ」


「そうか それじゃあ いっしょに おやすみ」


「うんうん おやすみ またあした」

 

『おみず の きょうだい』著・マザーエンフォリア



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



カランカラン―――


今日も今日とて『鹿鳴』は変わらず営業を続けている。


「いらっしゃい」

「お、セリスちゃん。コレよろしく」

「はい」


慣れた様子で【道具】から次々と猟果を取り出す客を無表情で見つめるセリス。

その男が僕の方へ振り向いたところで、出し終えたと判断し早速検分し始める。


常日頃から醸し出される余裕と落ち着きに、いよいよその手際も追いついた感がある。


「おう、ロウ」

「こんにちは、レルドさん」


そして僕は男の相手をする。

大体の客は男女問わず、セリスを目の保養にするのだけれど―――


「あれだ……あの……―――いってぇ!」

「なにモジモジしてんのよ!」

「てめぇ、フランこの野郎!」


この二人組は、素材の卸しとは別口での僕の顧客でもある。


「ごめんね―――じゃないや。ロウくん、ありがとう!お陰で何とかウチらもやっていけそう!」

「あ、そうですか!よかったです!」


と言っても有償の取引ではない。

狩場や獲物の選定、何をどれくらいの割合で狩っていければ会社(クラン)として立ち行くか。

そういった助言を無責任な立場で好き勝手言ってみただけだ。


「お前ぇ外で待ってろっつったろ!狭ぇんだからよ!」

「はいはい、営業妨害したいなら外でお願いしまーす」

「う、いや、ミニーさん。そういう訳じゃ―――」


カランカラン―――


この『旭燕』という会社(クラン)は以前、というか、僕が適職診断を受けたその日、偶々通り掛かった『鹿鳴』の前で騒ぎを起こしていた四人が全社員という零細企業(クラン)だ。

勿論僕が一方的に覚えていただけで、彼等は僕のことなど覚えていなかったけれど。


あの日偶然、出会った人と今は定期的に取引する間柄になっている。

人生ってのは何が起こるか分からないものだ。


―――あれから、どれくらい経ったっけ?

『鹿鳴』で働き始めてから約二ヶ月、だから三ヵ月弱、か。


第三職業訓練学校で過ごした時間よりも、明らかに体感が短い。

人生ってのは本当にあっという間だ。


こんな感じで歳とっていくものなのかな……。


「あの、ロウくん、ごめんね。レルドが……」

「あ、いえいえ!こちらこそすみません!ぼーっとしちゃって」


「……ロ、悩み多し……っと」


入り口扉を背にブツブツ言いながらミニーさんが手帳に書き留める。

”潜入捜査”の方も僕等にバレちゃってからは、堂々とあの備忘録を出すようになった。

気持ちの良いものではないけれど、割とどうでも良い。


『店の瑕疵は見つけられなかったと報告します』という言質も得たから―――得たからと言ってどうなる訳でもないけれど、ガルプさんにも来店してもらってその場で宣言してもらったから、まぁ大丈夫だろうと思う。


彼女がこの店に訪れるのも、残すところ、あと五日だ。


「フランさん、終わりました」


勘定台からセリスの声が掛かった。


『旭燕』が卸しに来たのは、鼠狩り卒業者の証である『粘土鳩』。

それから『東乃原』乾季の稀少種『盲兎』。


これらは既に【鑑定()】たことあるから、値付けさえ済めば直ぐに終わる。

そこが一番時間がかかるし相手方と揉める部分でもあるのだけれど。


「あ、僕、レルドさん、呼んできましょうか?」

「いいよいいよ。あたしが受け取る。それで?」


セリスとフランさんの交渉が始まる。


「『粘土鳩』が四体。『盲兎』が一体。魔石が計十四個。で計251枚。内訳は?」

「お願い」

「……わかりました」


が早速セリスは面倒くさそうな表情(かお)をする。

ほら、そんな表情しない。


「魔石から。一石が一点、一石半が十三点で240」

「いいわ」

「つぎ『粘土鳩』。”優”ナシ、買取不可。処理費で4」

「ダメだったか……処理はこっちで持つわ。所見を聞いても?」


言われたセリスがこっちを見たので、頷き返す。


「後ほどロウから説明させます」

「そ、ロウくん。よろしくね」

「はい」

「最後、盲兎。”普”、15枚」

「あれ?”粗”で買叩かれても仕方ないと思ってたけど」

「おまけ」

「あら、ありがと」


食料品として人気の高い盲兎は『東乃原』では、乾季にしかお目にかかれない希少種だ。

そんな『東乃原』の乾季も、もうすぐ終わりを告げて、またジメジメとした湿原に戻る。

取引所(こっち)探索者(あっち)も潤わなくなるというのに。


「それでは『粘土鳩』の処理費を差し引いて計255枚―――で、いかがでしょうか?」

「それでいいわ、街出状も下さる?」

「はい」


セリスは街出状と100単価の礼金を二枚、それと1単価の礼金五枚を一まとめにして差し出す。

フランさんは懐から取り出した皮財布にそれらをまとめて入れた。


「ロウくん、遺骸の所見を聞かせて貰えるかしら?」

「かしこまりました。それでは店頭で」


言いながら僕はフランさんを手招きして、扉に手を掛ける。


「またのおこしを」


鉤字型の勘定台の向こうでセリスが頭を下げる。


カランカラン―――


今日も今日とて『鹿鳴』は変わらない日々を送っている。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



一日の終わり。


店舗奥の居住空間での夕食を終えたひと時。


かつては紅熊と渾名された大男が巣に帰って来る。


「おう、帰った」

「おかえり」

「おかえりなさい」


「お、おかえりなさい!」


「お、おう。ここんとこ遅いがまだ帰らなくて平気なのか?」


ここ数日、クルードさんは帰りが遅い。

その理由は正面に立った彼女の存在だった。


「あ、すみません…!私ったら……あの、また送って頂いても…?」

「えぁ……」

「すみません……ご迷惑、ですよね…?」

「あ~……」

「……」


ここでめげずに無言で上目遣いを続けるのだから、ミニーさんは強い。


「……お、送ってく」


そして、その攻勢に耐え切れないクルードさんは、意外に弱い。


「わぁ…!ほんとぉですかぁ…!」


ただ、ミニーさん。

そういうわざとらしいところがダメなんだよ。

なんか得意気にモテ小技とかって語るけど。

あぁ……明らかにクルードさんイラついてる。


あ、こっち来た。


「おぅ、送ってくっから。明日の準備して先寝てろ」


間仕切りから顔だけ出して覗いていたクルードさんが、ミニーさんを無視して食卓に着く僕とセリスに告げる。


「ん。けど明日は休み」

「あ…?あぁ、そうだったか……」


変わらず順調に営業を続ける『鹿鳴』であったが、変わったこともある。


その最たるものが『九営一休』制度の導入だ。


一日の営業時間中に客足の波があるように、一月の営業中にも客足に波がある。

クルードさんもそのことは感覚的には分かっていたみたいだけれど、あくまで感覚的なもので定量化は出来ていなかった。


その答え合わせが出来たのが、セリスとほとんど二人体制で営業を続けたこの二カ月強だ。

毎日の帳簿付けの他に、業務日誌と経営手引書(マニュアル)(こっちはセルク家の要請があったからだけど)を付けた結果と、業務の効率化から導き出された答えが休暇制度だった。


正直、『一営一休』の隔日営業でもやっていけるくらいの余裕がある店なんだけど、寡占状態をいいことにそんな不義理な商売はしない。というかそんなことしてセルク家の不興を買いたくないし。


『九営一休』制すらガルプさんに相談したくらいだ。

まぁ、その理由はミニーさんの恨みがましい目つきと愚痴によるものなんだけれど。

中央取引所の地獄なんて知らないよ…。


「定期休業も二回目ですし、顧客表に載ってる方には周知済ですので問題ないかと」


「んなもんまで作ってんのかよ……」

「中央には真似できない所業ですね」


あ、ミニーさんが居座ろうとしている。


「あ!閉門、十九時(イチキュウ)ですよね。急いだほうが…」

「っとそうだな。行ってくる」

「……おつかれさまでした」


なんでそんな恨みがましい目で見られなきゃいけないんだよ…。

締め出されたって鹿鳴(ウチ)にはもう空いた寝台は無い。


「いってらっしゃい」


セリスは無感情な声で送った。



――― ――― ―――


――― ――― 


――― 



営業終わりの……反省会?……報告会?

営業日誌の記録会が正確な表現か。

とにかく毎晩行っているそれの終わり際―――


「宿題は順調?」


珍しくセリスの方から話題を振ってきた。

学校を卒業した僕等の、というか『鹿鳴』内で語られる”宿題”というのは一つしかない。


「全然……とも言えない訳ではないかもしれない…?」

「???……どっち?」

「ん~……もう少し実現性が見えてきたら話すよ」

「わかった」


実際はそんなに勿体ぶるほどのことではない。

『元孤児の従民が、貴族の暇つぶしに付き合って、利権構造練ってみた』

なんて出来の悪い空想小説のような題目、誰かにバレたところでどうにかなる考えでもないし、セリスから誰かに伝わるなんてことはもっとありえない。


じゃあ自信がないから?

と問われると微妙だ。

宿題を出されてから一月弱。

色々と考えてみた結果、いけそうに思えたのがコレだけだったって感じだ。


ただ、他力本願に過ぎる気はしている。

その自負が積極的に口に出せない原因かもしれない。


あ、他力本願で思い出した…。


「そういえば、マルゴさんの件どうしよっか?」

「…………古着屋の?」


たっぷり時間をかけて思い出してくれた。

よかったよかった。

クルードさん曰く、セリスが小さい頃からお世話になってるらしいし。


「あ…」


思い付いた。


「ん?」

「オムツは需要ありそうだよね。赤ちゃんなんて毎日どっかで生まれてるんだろうし」


セリスがオムツでお世話になってたのかは知らないけど。


「……服を売りたいって話じゃなかった?」

「いやぁ……正直無理だと思うんだよね?」

「どうして?」

「いや、だってセリス。服って何着持ってる?」

「3つ」

「うん。僕も。寝巻と普段着と店の制服」

「うん、一緒」

「制服は働き始めてからだろうけど、普段着と寝巻はどれくらい前の?」

「ん~……かつて?」


そんな言葉、空想小説でしか聞かないよ…。


「うん。子どもの頃はぐんぐん成長するからそれなりに古着の需要もあるだろうけど、僕らぐらいの歳になると大体の人が身体の成長も止まるから。探索者はまだそれなりに成長続けるらしいけど…」


「でもロウ、少しおっきくなった……気がするよ?」


「ありがとう……お陰様で、少しだけね…」


背が低いのが地味に気になってたりしている。

だって短所なんて言葉、まさに背の低い人を馬鹿にして作ったみたいだし。


「私も少し、おっきくなった」

「……そっか」


胸をフカフカさせながらそんなこと言うんじゃありません…。


「まぁとにかく、そういう状況なのは僕等だけじゃないってこと。ご近所さんも、というか多分街中の従民全員がそう、みんな二、三着しか服を持ってないし、それ以上必要だとも思ってないんだよ。それに服にお礼金(かね)を掛けるくらいなら、美味しい物食べたりしたいでしょ?」

「そうだね」


返しが早いし強いよ…。


「しかも服って供給元が魔物の()()()()でしょ?商売相手になりそうな探索者は、みんな自分達で手に入れられるんだよ。で、そこはもう貴族が手付済み。衣料品って言う異界では使い物にならない『防具』の専門取引所で商売が成立してる」


「くわしい」


「ミニーさんの受け売りだよ」


流石、城内生まれの従民というだけあって、この手の知識はめちゃめちゃ豊富な人だ。

むしろアル様の”宿題”の為に遣わされたんじゃないかと思ったくらいだ。

話好きだし。


「ふーん」


あ、まずい。

不機嫌入った。

しかも夕飯は既に片付けてる。


「……ちなみに、貴族の間ではファビアン家が有名だよね。ほら『縫製機』を使った衣服の製造で城内の流行を席巻してるって授業でもやったよね。ナツカシイなぁ……」

「そだね」


白々しいが過ぎるよセリス……僕もか……。


「……そういえばセリス、制服ってどうした?」

「……………ぁ、マルゴさんとこに売った。そういえば、買いにいったのもマルゴさんのとこだった」

「めちゃめちゃお世話になってるじゃん…」

「ん、反省」


学生以外が襟付きの服を着ていたらタダじゃ済まない。

貴族に見つかれば無礼打ちだし、反貴族を掲げるアブナイ人達に見つかっても同上だ。

そんなモノを売り物として取扱ってるんだから、マルゴさん半端な肝の据わり方はしていない。


ちなみに僕の学生服は、とある朽葉色の銀髪金目の超怖い人にボロボロにされた。

その人、今も上り調子の中堅企業(クラン)で副代表してるらしい。

本当に探索者って怖い世界だ。


っと思考が逸れた。


「まぁでも、セリスもお世話になってるってことは学生服が主力商品ってことなんだろうなぁ…」

「そだね」


よかった、険がとれた。

って、そういう話じゃない。


にしても学生服なんて安定財源があるのに、マルゴさんまだ手を広げたいのか……。

『鹿鳴』も見習うべきなのかも。


「う~ん……」


「学生服、みたいなのがあるといい?」


「どういうこと?」


「制服。わたし達もお店用に着てる」


「あぁ…!なるほどね!」


「でも皆やってないってことはダメなのかも」


「いやいや、わかんないよ。学校はそういう決まり事……たぶん元は貴族が作り出したんだろうけど、嫌がってる貴族が多いのに続いてるのは、たぶんもう習慣化しちゃってるからだと思うんだよね」


「なるほど?」


「だから、そういう商習慣みたいなのが、少なくともここら一帯で広がれば、イケるかも!」


「そうかな?」


「うん…!少なくともオムツ案より全然、建設的!ありがとセリス!」


「うん」


「よっし、ちょっとまとめてみよう!」


企画案作りはクルードさんが帰って来るまで続けられた。

『蛍光灯がもったいねぇだろ』って少し怒られた。


セリスが一緒になって反論してくれたのが嬉しかった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



「おう、起きろ。出掛けるぞ」


という『鹿鳴』の店主のその一言で、僕の十日に一度の休日は始まった。


――― ――― ―――


――― ―――


―――


今日の朝食は


麦と黍の二八麺麭パン

盲兎の後ろ脚(昨日の夕飯の残り)

碧蜜林檎


それと昨晩仕込んだ汁物だ。

名付けるなら『盲兎の一夜煮込み』。

盲兎はセリスが『旭燕』から買い取ったもので、その骨と端肉を一晩とろ火で煮込んだヤツだ。


前に一度出して味を覚えたのか、盲兎が入ったら必ずこれを要求される。

まぁ悪い気はしない。

ただこれで食卓に上ること四度目のこの一品は、恐らく当分の間、五度目を数えることはない。


『東乃原』の乾季が終わるし、偶に南や西から流れてくるヤツは、本当に”たま~~~に”くらいの頻度だから。


それを知ってか知らずか……いや、こういうのはきっと分かってるセリスは、いつもより気持ち味わって木椀を傾けている。


「んくんくんく……ふぅ……おかわり」

「はいはい」


これでも、いつもより”きも~~~~~ち”だけ味わっている。



そんなことより気になるのは、何時にも増して落ち着きのないクルードさんの方だ。

ガタガタ揺れている足の振動が木の床越しに伝わってくる。


「食い終わったら出掛けるぞ、あんま食い過ぎんなよ」

「どこいくの?」

「秘密だ」

「えぇ…」


セリスにおかわりを手渡しながら話に加わる。


「ありがと」

「うん、食事にでも行くんです?」

「!」


気持ち目を見開いたセリスが、クルードさんにその輝きを向ける。


「ちげぇよ」

「……」


そして即座にその瞳から光が失われた。


ご飯じゃない。

それと食べ過ぎるな。

が、意味するところは……?


まさか


「ふん、秘密だ」


クルードさんはニヤリと口角を上げてそう言った。


いや、なんかもうお陰で逆に想像ついちゃったんですけどね。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



ゴーンゴーンゴーン―――


うるさい……。

周遊道だと直下だからね……。


お互いに耳を塞いで口パクでやり取りしながら歩く朝七時の城下。


三歩先を大股で行くクルードさんは、この大音に小動もせずズンズン進んでいく。


思った通りだった。

ここのところミニーさんの所為で狩猟(しゅみ)を自粛せざるを得なくなったクルードさんは、せめて身体を動かしたくなったんだろう。


ついでに軟弱な従業員と、運動不足過ぎる娘も連れてってやろう。

ってか面倒な手続きはロウ(コイツ)に任せればいいんじゃね?


そんな感じだろう。


向かう先は労務省本部の地下訓練場。

いつぞやの半裸親父がいるところだ。

うわ……なんか、あの人とクルードさんの相性無駄に良さそうだなぁ……。

っていうか、なんか言ってきそうで面倒くさいな……。


とか色々考えている内に周遊道を半時計回りにズンズン進み、労務省本部を素通りした。


「あれ?」

「ん?」

「いや、労務省(ココ)かと思ってたから」

「なにここ?」

「え?」

「え?」

「えっと、労務省の本部。知らない?」

「ん、はじめて来た」

「……そっか。就業院で【委嘱】だけしてもらって」

「ん、直帰」


セリスは元から『鹿鳴』で働くつもりだったから”従士”の【道具】と【鑑定】さえ使えるようになればそれで充分事足りた。


ん?


それって加護慣れもしてないってことか……。

危な……くもないのか。

そもそも街の中じゃ一定の深度の地下でしか使えないんだし。


いやでも、加護慣らしもせずに従民になった人って結構めずらしいんじゃないか…?

大部分が元探索者な筈だし…。


『旭燕』みたいな零細は街壁近くで燻って、運が良ければそのまま歳を取って、引退して教会の近所に居座る家無し親父になる。

普通は食い詰めて犯罪行為に走って捕まるか、あるいは異界で行方不明になるか。

まぁ捕まったところで”異界送り”されるから、探索者の最期はそのほとんどが異界ってことになる。


運よく生き残って、そこからさらに運と人脈を使いこなせたものだけが、店を譲って貰ったり、貴族に目を掛けられたりして第二の人生を歩む資格を得る。

侮蔑の対象になっている”従民”だけど、それなりのモノが無いと成れはしないんだ。


きっとその侮蔑の何割か、決して少なくない割合が、うだつの上がらない探索者達の、もっと言ってしまえば”壁際族”からの嫉妬の感情で構成されているんだろう。


何も知らずに、ただ天職”従士”であることに絶望してた自分が恥ずかしい…。


けれど、それを知ることが出来た。


少しだけ、今の自分に胸を張れる。


きっかけは情けないものだったけれど……。


「おう、ここだ。入るぞ」


ここは―――


「昨日の今日で……」

「なに?」

「『ファビアン』衣料品店」



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



両開きの扉を潜った瞬間、外界の喧騒はぶ厚い絨毯に吸い込まれたように消えた。


外の芝生よりも柔らかいのに、密度が高くて足下が落ち着かない。


店内は城から周遊道の建物お決まりの品のある白い壁に覆われて、天窓からは柔らかな陽射しを取り込み、空間全体を屋外よりもなお、明るくしている。


秩序立って並んだ衣装棚や艶のある黒い竿には、見たことの無い量と種類の服が並んでいた。


「すげぇだろ?」


なんでこの人が自慢気?

っていうか、この空気には飲まれないんだ…。

と思えば、そういえば元探索者だった、と思い返す。


それも貴族から声が掛かる程度には活躍した中堅企業(クラン)『紅の鹿』。

どれだけの期間運営していたかは知らないけれど『防具』の取引くらいは当たり前にやっていたんだろう、それを理解させるくらいクルードさんの立ち振る舞いは、堂にいったものだった。


「なんで服屋さん?」

「あん?そりゃお前らの『防具』を買うために決まってんだろ」

「なんで?」

「これから地下訓練場で運動するからだ」

「なんで?」

「いや、僕に聞かれても……」


っていうか、やっぱり当たってたんじゃんか……。

わざわざ『装備品』を揃えてから行くのか……。

いろいろ本気じゃんか……。


「さ、好きなもん選べ―――は、やっぱなし『ぬののふく』だけにしろ。全部鑑定済ってか仕分けされてるか……おい、ちょっといいか?」


『はい。ご用件は?』と寄って来た店員とお互いに慣れたやり取りで商品棚に案内させるクルードさん。

仕方なくついてく僕等。


「ねぇ、聞いてない…」

「僕だって聞いてない」

「でも知ってる風だった」

「いや予想しただけだよ」

「…………」


余程不満なのか口数を増やしたセリスだったが、急に黙って僕の背中を叩いた。


「えぇ……流石に理不尽過ぎない…?」


別に痛くもないけれど。


「……ん、ごめん」

「いいけどさ」


なんか、セリスにしては珍しい。



――― ――― ―――



孤児院(じっか)の弟妹達やキーラなんかだったら、大喜びそうな光景。

置いてあるのは全て『ぬののふく』だけれど、その数や種類が半端じゃない。

『鹿鳴』換算で4店舗分くらいはありそうだ。


クルードさんに呼ばれた店員さんは大分親切な人で、従民である僕等にも懇切丁寧な接客をしてくれた。


その人の話によると、ここに在る内の半分は『裁縫機』や手製での加工が加えられていて『ぬののふく』では無くなっている点だけ注意してほしいとのこと。


手に取って意識を向ければ鑑定識札(タグ)が無いことは分かるし、識札(タグ)付けしないなら【鑑定】()てもいいと言ってくれた。


せっかくだからお言葉に甘えてみる。

明らかに装飾過多なやつは手を加えたやつだろうから弾いて、平素な造りの服を手に取り意識を向けた。


『ぬののふく』


なんも書いてへんやないかーい!


……思わずミニーさんのおもしろ変な喋り方が頭に浮かんでしまった…。


鑑定識札(タグ)は【鑑定】の職能を行使した者が自由にその内容を刻める。

だから、その人の性格や知識、職能の習熟度から、性別や年齢まで、その表現にかなりの個性が出る。


未鑑定のモノに行使した時にしか職能経験として練度が高まらないが、僕は鑑定済の―――人それぞれ微妙に違う鑑定識札(タグ)を、読み取るのが結構好きだった。


「はぁ……」


仕方ないので自分で【鑑定】()てみる。


「―――【鑑定】」


『ぬののふく』は初めてだった。

頭に浮かんでくる心象や言葉を拾って口にする。

ほとんど毎日のようにやっているのだから、もう慣れたものだ。


「……『最低限の布を縫い合わせただけの衣類』……無い、『見た目も防御力も頼りないが、ないよりはまし』…………『飾りも紋章も持たぬ白布は、まだ何者でもない証』…………うん、誰もこれに識札(タグ)を付けたがらない理由は分かった…」


と、僕はそれなりに、この『ぬののふく』選びを、悩んでみたり、楽しんだり出来たのだけど。


ふと目を向けた先のセリスは未だ立ち直っていなかった。


そんなに嫌なものだろうか……学校の時の記憶を辿っても、体育の時間にそこまでセリスが浮いていた記憶はない。

可もなく不可もなく、僕と同じような成績を収めていた筈だ。

五回生の時にはセリスは無気力で、逆に僕はヒースに追い付け追い越せで頑張ったけど…。


「セリス?」

「ん…?」

「具合悪い?」

「んーん…」

「……運動したくない」

「ん…」


そっかぁ……。

そんなに嫌かぁ……。


まぁ僕も行きたい訳じゃないけど、クルードさんには恩もある。


というかミニーさんの相手は、普通にイライラが溜まるだろうし……。


僕だって嫌な思い出あるし行きたくないけど、それでも付き合ってあげたい気持ちが強い。


「……帰りに西街寄って『盲兎』買って帰ろ」

「……ん」

「『西瓜』も食べてみたくない?」

「…ん」

「そういえば街南で『南瓜』の栽培に成功したって」

「……あと『南蛮灰鴨』の卵。それで手打ち」

「高くない?」

「騙したお父さんが悪い」

「まぁ……それはそう」


そうして。

僕等は無事にそれぞれの『ぬののふく』を手に入れて、久しぶりの衣料品店で見栄を張ったクルードさんから、高級食材も勝ち取った。


<つづく>


連日投稿しておりましたが実力が追い付かず…。

以後、週1本ないし2本の投稿頻度になるかと思います。


第十三話は21日になる予定です。


引き続きお読み頂けますと嬉しいです。

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