011
第十一話よろしくお願いします。
一般に叙階師から【委嘱】される職業は次の十三職です。
騎士、武士、拳闘士、舞踏士、狩猟士、重機士
癒術士、魔術士、地操士、従魔士、呪言士、祝言士
従士
この並びにも意味があり、一段目の六職は軽重装士、二段目の六職は魔装士とそれぞれ大別されます。
これは異界で拾得される所謂『装備品』、なかでも身に纏う防具品の装備制限により大別される職業区分になります。
装備品の特性を理解し、異界の環境や魔物に適応することは探索者の基礎とも言えるので、しっかりと学びましょう。
また三段目に記載した従士に関しては装備制限が無いという特性があります。
しかしながら、後述する様々な理由から探索者が従士を職業加護として選択することはありません。
そのことを踏まえながら、それぞれの職業の特性と職能をみてみましょう。
『はじめての職業加護』著・トビアス=ミルフォード
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『アルフォンス様はあなたに可能性を見出されました。そこで宿題です。徴税局の一翼を担う者として、新興貴族への道筋をつけなさい。必要な原資はアルフォンス様がご用意します』
帰り際、ガルプさんに告げられた言葉はその前置き通り、実に”大したこと”だった。
新興貴族への道筋。
正しく読み仮名をつけるならば
新たな利権構造の構築、だろう。
あの白亜の城に住まう、その権威を保証するだけの利潤を示せ、ということなのだから。
カランカラン―――
「「「はぁ……」」」
三者三様の溜息をつきながら、ガルプさんを見送った『鹿鳴』の店内で立ち尽くす。
「なんとか終わったな……」
店主はそう零しながら、その大きな体躯をゆっくりと店内奥へ向ける。
「口疲れた……」
跡継ぎは、普段から碌に使われていない両頬を労わる様に揉む。
「なんで僕だけ……」
一番下っ端の従業員は、何度となく頭の中で繰り返したその台詞を声に出す。
互いに言いたいことだけ言い放って、何となくお互いの気持ちを理解する。
それが『鹿鳴』の在り方だ。
――― ――― ―――
全ての貴族は元探索者だ。
堅牢な壁で覆われたこの街の、更にその最奥に聳え立つ白亜の城で優雅に暮らす彼らも、かつて異界で命を懸けてその権利を勝ち取った探索者の末裔であり、先祖が掴み取ったその権威と利権を、世代を超えて―――命を繋げて守り続けている。
その一方で、今も異界で命を懸けてその栄誉を掴もうとする者がいる。
それを叶える道は『異界探索を通じて街へと貢献し、その功績を貴族に認められる』という子供でも理解できる単純さであり、つまりは、この街に於いてそれは大多数の者が抱く、大したことの無い、ごくありふれた野望だった。
直近でそれが叶ったのは三年前。
『黄金龍』という企業が、北門から先の異界において、未踏領域までの踏破経路を公表し、新たな異界産物を十数種も持ち帰ったことで”貴族成り”を果たした。
その内の一つ……というか一体『遠吠海月』の利用価値は誰もが認めざるを得ないもので、これを叶えるに十分なものだった。アルフォンス様が仰るにはひと悶着あったみたいだけど……。
『遠吠海月』の個体には共通して『犬笛』と『受骨』という器官が存在しており、それらがほとんど無制限と思われる距離間の連絡を実現した。
西門で鳴らした『犬笛』の合図が瞬時に東門での『受骨』の鳴動という形で受け取られたのである。
未だ単純な連絡手段として用いられているのみということだけれど、『通信』と名付けられた技術の発展性は大いに期待されていて、その遺骸の取引価値は上昇し続けている。
その一方で一般の探索者にとって『遠吠海月』との出会いは、未だに即死を意味する不運とされている。
例え遭遇したのが、単体の個体であったとしても『犬笛』を鳴らされれば最後、無限に呼び寄せられる群体に捕食されるという悪夢のような事態を引き起こすからだ。
『遠吠海月』の狩猟法は、その存在を公表した旧・『黄金龍』系列の限られた会社にしか公開されておらず、その秘密は厳重に管理されている。
―――とまぁ、企業同士の激しい探索競争と、異界の脅威との生存闘争と、利権のための静かな抗争。
それら全てを勝ち抜き、生き抜き、出し抜いて得られるのが貴族という地位であり、あらたな利権であり、この街の子供達が憧れる大したことの無い”ありふれた夢”の正体だった。
で?
『徴税局の一翼を担う者として、新興貴族への道筋』とは?
新しい税制でも考えろって話?
それこそ優秀な貴族様やその使用人達で悪巧みすれば良い話では?
何でそれをわざわざ”従民”に?
問いかけはしなかったが、顔に出ていたのか、あるいは”従民”程度の底の浅い考えなどお見通しだったのか。
東門大通りで、ガルプさんは僕に言った―――
『誰でも、という訳では決してありません。ありませんが、僅かでもその可能性があるのならば、種は撒くべきであるし、水も撒くべきである。というお考えの方です。芽吹かなくても良いのです。何が生まれるのかという期待感、あるいは種を撒き水を遣る、そのこと自体に楽しみを見出しておられるのですよ。言ってしまえば有閑貴族の嗜み。ですから”大した話”ではないのです』
と。
「はぁ……」
大きく溜息をつきながら落ち着く狭さとシミの付いた食卓に突っ伏す。
嗚呼、なんか余計に家って感じがする……。
三人で取り囲むその小さな食卓の上には何もない。
あんま食欲湧かないんだけど、今日夕飯どうするのかな……。
なんてぼーっと考えていたらクルードさんが声を掛けてくれた。
「まぁ、会社に接触してくる貴族ってのも少なかない。実際、中堅に片足の半分くらい踏み入れてた俺らにすらセルク家以外の家からも幾つか話があった」
流石、元探索者というべきか。
木杯を煽ったクルードさんは既にいつもの調子を取り戻していた。
……ちょっと謙遜入ってるのはらしくないか。
「暇なんだね貴族って」
そしてやっぱりセリスというべきか。
流石に城では控えていた恐いもの知らずな物言いを取り戻している。
……こっちは安定してるなぁ。
「おいセリス……。滅多なこと言わねぇでくれ……なんかお前、誰の前でも平気でポロっと言っちまいそうで怖ぇんだよ」
「大丈夫。反面教師がいてくれたから」
「ハンメン?なんの先生だ?」
「…………行儀素行や生活態度の先生方です」
「ほぉ……俺のいた頃より随分進んでんだな。んなことより飯買い行くぞ」
「ん」
「……はい」
貴族の暇つぶしに付き合え、ということならしょうがない。
というか拒否できるものでもない。
お小遣いもくれるってことだし、やるだけやってみようか……。
嫌味が効かないのか意味が分からないのか。
いずれにしても図太い親子二人に励まされて、
僕も図太く、そんな風に考えることにした。
こうして僕の新たな人生の目標設定は定まった。
上なのか下なのか、取り合えず、従民にしては盛大に斜めに傾いた目標であることは間違いない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ゴーンゴーンゴーン―――
五の鐘と共に開かれる城門を左足から踏み出し、堀に架かる橋を渡って周遊道の石畳を右足で踏みしめる。
朝陽に目を細めながら、
冷たく清浄な空気を吸いながら、
心地よい足音の反響を聞きながら、
いつも通りに歩を進める。
私の名前はミニー。
先祖代々、財務貴族セルク家に仕える一族の末席に座る、つぶらな濃紺の瞳が魅力の二十三歳、独身だ。
そう、女ざかりの二十三、そして財務貴族の使用人という、ちょうどいい感じな位置にありながらも、その生来の賢さと有能さから使用人の枠を超えて、財務省徴税局という地獄の職場に派遣される日々を送る悲劇の主人公。
天職”魔術士”と診断されたひねくれ者が八割を超える職場で、ひたすらに探索者が異界から持ち帰る怪物の遺骸に【鑑定】を使い続け、その検分と検量と値付けとを行う日々……。
華やかな窓口担当と違い、誰と会話をすることもなく、偶に流れてくる誰かの舌打ちを耳にしながら、手元に流れてきた、ぐっちゃぐちゃの遺骸に舌打ちを溢す日々……。
仕事が終われば城に帰り、使用人部屋では外に出られることを羨ましがられ『そんなことないよ』と言いながら優越感に浸るも、寝台の中では次の日を迎える絶望感に沈みながら眠りにつく、そんな日々……。
そんな私に転機が訪れたのはつい先日。
セルク家の使用人統括を務めるガルプさんから掛けられた一言だった。
『あなたにピッタリの仕事、興味ありませんか?』
城下で声掛けされれば間違いなく無視しているであろうそんな台詞に、一も無く二も無く飛びついた私は今、普段より鐘一つ分早い時間、いつもなら多くの同僚と共に、感情を無にして行進するこの緩やかに弧を描く路を、右手に折れた。
そこから真っ直ぐに伸びる道は、街の東門まで続く道。
それは新たな職場と出会いへ導く道。
そしてこれは、あの日々から抜け出すための、第一歩。
ゴクリ、と喉を一つ鳴らして左足を前に出す。
私は、周遊道から東門大通りへ、自身の意志と能力で、その一歩を踏み入れた。
コッ―――
石畳の色、その大きさ、反響する足音すらも。
昨日までの自分であれば、きっと気付くことすら無かったなんてことない日常。
私は、次の一歩を踏み出す。
コッ―――コッ―――コッ―――
物語は今、始まった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「セルク家より参りました調査報告官、ミニーと申します。短い間ではありますが、どうぞよろしく」
「おう、『鹿鳴』の店主クルードだ。こちらこそよろしく頼む」
私の挨拶に一番初めに返したのは店主を名乗った大男。
赤茶色の短髪に整えられた口髭、太い眉の下に輝く鈍色の瞳。
なるほど……探索者時代、熊と渾名されたというに相応しい容姿をしている。
同僚にせよ上司にせよ、これまで私が関わることのなかった感じの男性だった。
…………笑った顔がちょっとイイかも。
もう少し若く、子持ちでなければ、私を幸せにしてくれたかもしれない―――と思った矢先。
隣に付いたコブが口を開いた。
「セリスです。よろしく」
城内でも見ない程の整った顔の、正しく美少女。
落ち着いた色合いの薄蒼い髪。
唯一、親子を感じさせる鈍色の瞳。
その身体貌も、今まさに少女から女へ変わる瞬間、女の若さというモノがその価値を最大に高めていることを感じさせる。艶とは違った艶やかさは―――って、なんかこれ、この子に嫉妬してる性格悪い小母さんか、少女趣味の気持ち悪い貴族みたいじゃない?
あーやめやめ。はい、可愛い可愛い。
もう少し、愛想よく育てて貰えていれば良かったですね。
「ロウと申します。ミニーさん、よろしくお願いします」
そして最後に丁寧な挨拶を返してきたのは、珍しく黒髪と黒目が揃った男の子。
隣の美少女と並べるとあれだけど、、、まぁ普通か?
ちょっと中性的過ぎる気もするけど…。
……あぁ、ダメだ。
なんか並んだ感じが。
ヤリ手の女主人とシゴデキ従者って感じがして嫌だわ。
大体、成人した男にしては背も低すぎるし、稼ぎも高が知れてる。
頭は何だか、ものすごく良いらしいけど。
無い無い。
残念ながら、新しい仕事場にも、私の運命の出会いは転がっていないようだ。
けれど、それはそれ。
同じことを繰り返すだけの無為な日々から抜け出し、私にだからこそ任ぜられた仕事があるのだ。
今は、それに打ち込むのみ!
そうすれば、出会いというものは向こうから転がって来るもの!
「そう。名著『仕事の名で呼ばれて』でエルグ=リオネール様はソシアに言わせた『恋が欲しかったわけじゃない。ただ、ちゃんと生きていたら、そこにあなたが立っていただけ』それこそが真実……それこそが運命!また精神的後継作『名を持つ前に、立っていた』でエルグ様は―――」
「……変な人」
「おいセリス…!」
「たぶん聞こえてないと思いますよ」
――― ――― ―――
――― ―――
―――
一日の仕事が終わり『鹿鳴』の看板を手に店内に戻って来た黒髪の少年に声を掛ける。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様です、いかがでしたか?」
「えぇ、ロウさんもセリスさんもそれぞれの役割を熟し、私では到底対応出来ないお客様からの要望にも応え、さらに余裕があれば店内の掃除に、帳簿付けにと、大変素晴らしい働きぶりでした」
この言葉に嘘は無い。
小規模で客の数は限られるものの、より市井に近いこの店では、徴税局とは比べ物にならないほど雑多な依頼が舞い込んでいた。
まず朝一で来たのが三社共同狩猟の猟果持ち込み。
その引取りだけならまだしも、三社の報酬の調整まで請け負っていた。
合同狩猟自体がこの店で提案したことだから、ということらしいんだけど報酬の分配まで店に任せるって……。
それでも普段は狩れない大物を獲った興奮や、いつもより少しだけ増えた報酬に、それぞれニコニコ顔で帰っていった。
……もちろん一番の笑顔を浮かべていたのは、勘定台に立っていた黒髪の少年だったけど。
次に舞い込んだのは、三軒隣りで古着屋を営む奥様からの経営相談。
この時点で意味が分からない。
”異界素材取引”はどこいった?
……まあいい、街に流布する従民の衣料品は、ほぼ全て探索者が着古した衣服だ。
それをそのままだったり、丈直しをしたり、裁断、縫製して子供服にしたりして稼ぐのが、街の古着屋という商売で相談者も、それそのものだった。
そしてその悩みは潜在需要を掘り起こしたいというもの。
……そんなもん自分で考えんのが商売だろうが!と声を上げなかった自分を褒めたい。
しまいには、総菜屋から鼠肉の買取ってなにやってんのそれ?案件だ。
聞けば、新卒の探索者が獲って来たのを直接、総菜と物々交換した?
それで、他店で買った遺骸をまだ潰してないから引き取れないか?
……免税品だから個々人の取引は未だしも、それを公認店に持ち込むのは違うだろ!と口を挟まなかった自分に拍手を送りたい。
そんなそれぞれの事案を
合同三社からはそれぞれ手数料をせしめて、
古着屋の奥様には成功報酬の契約書類に判を押させて、
総菜屋の持ち込んだ『甲殻鼠』は珍しい魔石持ち個体であることを一目で見抜いて
利益を上げていた。
「面と向かって言われると、なんだか照れますね」
「本心ですので、受け取ってください」
「ありがとうございます」
この卒ない感じが、なんかもう恐いんだけど……。
この子、十五でしょ?え、八個下?
それが一番意味分かんないかも……。
「……クルードさんはまだ外回りに?」
「ですね。ここのところ、昔の伝手や常連さん経由で東門で主に活動している中小企業に営業をかけて貰ってます」
またも中央の取引所ではありえない業務をさらっと口にする。
ってそれ、店主の仕事なの…?
と思えば次期店主が後ろから会話に加わる。
「じゃないと、ご飯の使い走りくらいしかすることが無い」
「くくっ、ミニーさんが来られるまでの数日は凄かったんですよ『俺にも何かやらせろ!立つ瀬がねぇ!』って」
「ん。アルドリック様にご依頼されて良かった」
笑ってる……。
あんな強面の店主を追い出して、顎で使って、笑ってるよ……。
この子ら為りに、私の仕事を手伝うために補足してくれてるんだろうけど……。
それより何より恐ろしいのが、
私に任されたこの店の経営手引書制作についてだった。
なんとこれ、既に存在していた。
目の前で笑う未来の女主人とその従者の手によって、ものの数日で完成していたのだ。
『陸脚魔蛇』の革で高級感のある装丁がなされた手引書を再び開く。
流石に今日一日で起きた非日常的な対応は、その個別の事象までは追えてはいないが、対応方針まではちゃんと想定して書かれてあるくらいだ。
良い意味で、全く、手の施しようがない。
もうこれ丸写しで終わりじゃない。
こんなの三日で終わるわ。
いや、嘘。
このぶ厚さ、丸三日かけても終わらない。
本当になんなの……?
「いや、いやいや、まだ私には使命があるもの……!そうそれは、エリネ=ローディス著『黒札』の主人公、○七のように…!」
それも三者三葉の、
アルドリック様は跡継ぎとなるセリスの為人とその才を見極めろと
ヘンドリック様は店の瑕疵や付け入る隙を探し出せと
アルフォンス様はロウという名の孤児上がりの観察録をまとめ報告せよと
そう、仰せになられた。
どの任務も、かなりの観察眼と対話能力、そして報告書としてまとめる言語化能力が試される。
正に、私にしか出来ない仕事!
「いや、やっぱりアル様だけオカシイよね……観察録って……いや、いやいやいや、そんな不敬―――」
「やっぱり変な……変態?」
「聞こえてなければ、何言っても良いって訳じゃないからねセリス」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『鹿鳴』調査備忘録【二日目】
自戒の意味をこめて、初日にこの備忘録を付け忘れたことをまず記す。
六ー八
昨日ト動キ変ワラズ
ク=居住区カラ姿見セズ
セ=表情変エズ、要打開
ロ=特記ナシ
八ー拾壱
入=七組、明細ハ帳簿ヨリ後記
ク=外回リ、要同伴
セ=五組目ニ反応アリ
ロ=特記ナシ
拾壱ー
――― ――― ―――
「すみませんミニーさん。昼食の買い出しなんて」
「いえ、私が言い出したことですし」
「父に言っておきます」
「何かご事情があったのでしょう。そのご共有だけ頂けますと」
「はい」
「きっと帰りしな自慢気に『大口の顧客捕まえてやったぜ!』とかって言ってくれるよ」
「ん」
私が買ってきた総菜を三人で囲んで、昼食を摘まみながら『鹿鳴』は昼休憩に入った。
昼時にパタリと客足が途絶えるのは、昨日確認させてもらった業務日誌から見てもほぼ確実だ。
というか業務日誌まで作ってるってなんなのよこの子達。
「おかわり要る?」
「ん」
「はいはい―――どうぞ」
「ありがと」
「あ、ミニーさんは?」
「あぁ……いえ、お構いなく」
「そうですか…」
資料作成に業務改善。
明らかに頭の出来が違うし、言葉遣いも気遣いも出来る上に、料理まで熟すってお前は○七かっ!
てか、新婚夫婦然としたやりとりを見せつけんなっ!
ってそんなことはどうでもいい。
いや、どうでも良くない。
アル様に報告しなければ―――ロ=料理好き汁物用意。セと関係有?
……本当にこの報告必要でしょうか?アル様…。
っと貴重な昼休憩の時間、無駄に嘆いている暇はない!
「ところで、お二人の天職ってなんなんです?」
言った瞬間、食卓の空気が凍った。
え?なんで?
現役探索者ならともかく従民同士、ありふれた話題でしょ?
っていうかお前ドコ卒?とあんた天職は?
って例え身分差あっても話にできる共通項じゃない!
「えっと……」
「…………重機士」
私の問いにまず美少女の方がたっぷりと時間を空けてから答えた。
え?いや、ごめん。そんな嫌な質問?
「あ、へぇ…!」
「僕は”従士”と言われました」
「えぇ?め、珍しいねぇ」
「はい。学校の先生にも聞いたことない、みたいな反応されました」
「あ、ははは、そうなんだぁ」
「……」
ってしかも聞き返して来ないし!ねぇなんで!?
『魔術士?あぁーなるほどね』からの『ちょっとそれどういう意味ぃ?』で盛り上がるのが、他家の使用人達との飲み会での私の鉄板なんですけど!?
「そういえば、ミニーさんって職業訓練学校は第何なんですか?」
「あ、私、本校。使用人だけど。これだけは自慢なの」
「へぇ!どんなです?教室の椅子とか机も豪華だったり?」
あぁ……違うの。
別に盛り上がりたい訳じゃなくて、天職から探りを入れたかっただけなの……。
嗚呼、ロウくん。
そんな、喋らせないで。
図書室のコトなんて聞かれたら私……止まれないの。
――― ――― ―――
拾壱ー拾二
昼休憩
セ=重機士
ロ=従士、料理好キ、本好キ
自戒。趣味語リヲ禁ズ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『鹿鳴』調査備忘録【五日目】
まずい。調査が録に進まない。
逆に手引書の方は既に下書きを映し終えた。
優先順位の変更が必要だ。
六ー八
特記ナシ
ク=掃除後、外回リ、同伴・諾
セ=変化ナシ、後回シ
ロ=悩ミ?要確認
八ー拾壱
――― ――― ―――
カランカラン―――
「ありがとうございました」
「またのお越しを」
勘定台とその横で客を見送る観察対象二人の様子を店の隅から見守る。
「瓶、洗って来る」
「よろしく、、、あっ、替えの瓶―――」
「大丈夫」
「ごめん、お願い」
振り向きもせずに返した返事に、伝わっているかも分からない用件の依頼。
なんだそれ。
理想の夫婦像ですか?
嫌味ですか?
二十三の独身女に対する当てつけですか?
……ふぅ。落ち着け、私。
最近、おかしい。
主任務である手引書作成はこの上なく順調だ。
順調……というか、やることがほぼ無いってだけだけど…。
いや、それでも予定していたより二十日以上も早い。
今晩からは校正に入る。
異常だ。
その原因は、あの子。
カランカラン―――
「いらっしゃい」
「おう、ロウか」
「今日は何を?」
「言いながら伝票の用意してんじゃねぇよ」
「あれ?違いました?」
「違わねぇよ。卸しだ」
「ですよね。よかった。間違ってたらめちゃめちゃカッコ悪いじゃないですか」
「くはっ。従民が探索者相手にカッコつけてどうすんだよ?」
「たはっ、それもそうですね。で、今日は何を?」
「ビビんなよ―――コレだ!」
「おぉ!『黄土水晶』じゃないですか!東は乾季に入ったんです?」
はい、嘘。
昨日から、『もう乾季だし、そろそろ誰か卸してきそう』って言ってたじゃない。
「んだよ!初見じゃねぇのかよ!」
「いえ、初めてですよ」
「ならもっとビビれっての!分けわかんねぇヤツだな」
これは、本当。
言ってた割りにソワソワしてたし、今も遺骸から目を離せていない。
「鑑定させて頂いていいですか?」
「あぁ魔石も置いてくからよ。買い物して昼飯食って……十三時くらいにまた来る」
「承りました」
「んじゃな」
「はい。十三時でお待ちしてます」
カランカラン―――
どこぞの探索者であろう客が帰って行ったのを見計らって顔を出す。
対象は初めて見る異界素材に夢中だ。
感情の読めない美少女は後回しにして、勘定台に近づき声を掛ける。
「感想は?」
「意外に小さいんですね」
「遺骸はね。活性状態だと体積はその千倍くらいになるみたいよ」
「面白いですよね」
「何?ロウくんも実はクルードさんのお仲間?」
それまで両手で持った『黄土水晶』の遺骸から目も離さずにいた対象が、私に顔を向けた。
その表情は……どういう意味?
「いえ、とんでもない。ただ……見てみたいなぁと」
「ふふっ。その好奇心は探索者と何も変わらないと思うけど?」
「そうです?」
「えぇ。私なんかは話に聞いたり、本で読んで想像してれば割と満足してしまうから」
「ミニーさんはミニーさんで変わってる気もしますけど」
「なんですってぇ?」
「あはは。冗談ですよ」
「もう。さっさと【鑑定】なさい」
「はい」
あれ?
なんか普通にお喋りして終わっちゃった?
なんか楽しかった?
いやいやいやいや。頑張れ!私!
「どう?」
「…………」
集中してる。
まぁ【鑑定】は基本にして奥義、というか商売で生きる従民にとっての生命線だ。
未鑑定品を鑑定できる機会ってのは大事にしたいだろう。
美少女ちゃんとは日毎に勘定台の担当を交代して、その機会を均等化してるみたい。
……えぇ、それもちゃんと手順書に記載しておりましたから?
ちゃんとそこまで考えてんのか!と感心しながら写させて頂きましたとも!
っと危ない危ない。
また余計なことに意識を割くところだった。
「ふぅ……ミニーさん確認してもらっても?」
「いいよ」
相手を理解するなら、まず心理的な距離感を詰めること。
距離感を詰めるには、態度や言葉遣いを近しくすること。
信頼関係さえ築ければ、アル様ご所望の報告書なんていくらでも書ける。
っと、今は信頼関係を築く段階……ちゃんと鑑定識札を読み取らねば。
黄土色の球体を両手で受け取り、両目で捉えて意識を集中させる。
来た。
「―――『黄土水晶』。平均して直径四石からなる核体に黄土色の可視光を纏った活性体と呼ばれる状態で生息する生物、またはその遺骸。異界の天候状況により、核体のみが露出した不活体という状態にもなるが、発見/採取例は極稀であり、その遺骸の価値は高い…………うん。いいんじゃない?」
「ほっ……良かったです」
実際、すごい。
分かりやすいし、稀少体の存在とその価値の仄めかし方なんて、これを読んだ探索者が舌なめずりして、それを狙い始める姿が目に浮かぶ。
なんだか先輩の鑑定識札を覚えて、適当に同じ文言を付けてた自分が恥ずかしくなった。
私だって新人の頃はちゃんと鑑定て、頭に浮かんだ容貌を言葉に換えて、自分らしい識札付けをしてた。でも忙しさに追われて、無価値だと笑われて、いつしか定型文を付けるだけの、流れ作業が早いだけの、つまらない女に成り下がっていた……。
そんなことを気付かされる程上出来な【鑑定】を見せつけられた。
っていうか、”可視光”ってなに?いや分かるけど!読み取った瞬間に、頭に言葉として浮かんだ瞬間に、意味分かったけど!そんな言葉知らない!新語?私が知らない間に学校の基礎学力上がった?なんなのよ!
「この……『可視光』っていう表現とかって……?」
「あ、わかりにくいですかね?」
「ううん、全然!スッと意味が入って来て、むしろ読み返して言葉として識らなかったなって」
「あ、なら、良かったです。そう言ってもらえて」
「うん。あの、これって学校とかで習ったり?」
「あぁ、いえ、あの……従士の先輩として聞いてもいいですか?」
「ぇ?えぇ、私に答えられることなら」
「ありがとうございます。実は、言葉が生まれてくるんです―――」
『言葉が生まれてくる』
なんて素敵な響きだろうか。
その言葉は、私に嫉妬なんて惨めな感情を抱かせなかった。
純粋な羨望。
それだけだった。
「で、セリスも【鑑定】を重ねる毎に浮かんでくる心象が増えたり、形が整って逆に減ったりするみたいなんですけど―――」
絵本の大家マザーエンフォリアが教会に遺した言葉がある。
『心に浮かぶ祈りを絵にし、希望を文字にしました。それが皆の心に一葉でも残るなら私は果報者です』
「こういう経験値って個々人で差があるのは承知しているんですけど、ミニーさんはどうだったのかなと。クルードさん合わせても三例しかないので……」
翻って私はどうだ?
『溝鼠』の【鑑定】で浮かんだ心象に自分の髪色みたいだと思って絶望しただなんて……なんて馬鹿らしい。
それを卑下して自分の想いを言葉にすることを避けるようになるだなんて!
読み専だなんて言い訳して、書くことから逃げていただなんて!
「あの、聞いてます?」
それを、こんな……こんな成人したばかりの男の子に気付かされるなんて!
「あ”、あ”りがとうぅ……あ”だしも、もう一度、頑張ってみる”!」
「え?あの?」
――― ――― ―――
八ー拾壱
やってしまった。
でも後悔は無い。
投げ出したりもしない。
また明日。
左足から踏み出すんだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『鹿鳴』調査備忘録【十三日目】
クルードさんと中小企業の外回りに出た。
計五社、いずれもロウくんの提案に乗り気。
第三職業訓練学校にて、伝説の教師ステラ女史に遭遇。
頂いた署名は史の自伝『東奔西走』の中程に挟んだ。
ロ=職業講話依頼。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
『鹿鳴』調査備忘録【十六日目】弐
最悪だ。
図らずもヘンドリック様に依頼された『鹿鳴』の瑕疵。
それをこの身を以て知った。
きっかけは前夜。
夜な夜な集まる趣味の会合がある、という話を小耳に挟んだことから始まる。
ここ最近ひた隠しにしてきた店主の情動が抑えきれそうにない、という跡継ぎの呟き。
これだ、と思った。
そして、先刻。
その直感が事実に変わった。
身の毛もよだつ程の下卑た笑い声に粗末な台詞。
どのような生き方をすれば思い付くのかという暴言の数々。
「お姉ちゃんの○○○○を○○○○して○○○してやりてぇぜ」
「なら俺は○○○○○○貰い」
「ひゃっはー○○○○○○!!」
私は決めた。
必ずこれを告発する。
――― ――― ―――
――― ―――
―――
昨夜の誓いを胸に私は今、東門前に居る。
店主クルードの不正を暴くべく、此処に居る。
時刻は先ほど十の鐘の音が耳に届いたところ。
本日の『鹿鳴』の調査は急遽中止した。
手引書の制作業務は終了しガルプさんの元で提出を控えるのみだ。
不法街出なんてケチな不正は疑っていない。
そんなことする人物があんな特権だらけの店を任される分けが無いし、こんな調査が実施される理由も無い。そもそも城内の使用人にすら聞こえてくるその言葉は、不法なんて響きの危うさ程、貴族に気にされてもいない。
私が嗅ぎ取ったのは脱税の臭いだ。
目にすることは無かったが、あのロウ君が付ける帳簿に帳尻を合わせる裏帳簿が、あの大きな懐に隠されているに違いない。
その根拠は昨夜の出来事。
何も、あの性的嫌がらせ発言が全てでは無い。
言葉の節々に感じた不自然さ―――それが示すのは何かの符牒。
赤ら顔やにやけた目線を不意に切る仕草―――それが顕すのは僅かに残る良心との葛藤。
それを私は嗅ぎ取った。
下品な笑い声を上げる同好の士が四名、昨夜のまま変わらず如何にもな格好をしている。
奴らは門番に親し気に声を掛けて、街出状を差し出した。
もちろん出所は『鹿鳴』店主の懐。
頷いた門番に手を挙げて、慣れた様子で異界への門を潜って行く。
必ず、真実を暴いて見せる!
上司に用意して貰った街出状を握り決意を新たにした。
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膝高に広がる草本。
所々に茂る灌木や異様な存在感を放つ巨木。
その生命力に反して、目に映る全てが砂色の薄布で覆われたかのような荒涼とした光景。
かつてこの街を切り拓いた王が踏破した地。
そこは『東乃原』と呼ばれる異界。
「ふぅぅぅ…………」
そこは俺がこの左手の半分を失った地。
「……流石クルードだな。『渇乾砂狼』五匹を一人で片付けちまう」
「……あの動き、視野の広さ、現役と言われても疑わねぇよ」
「むしろ磨きが掛かってる感すらある」
外野の声は耳を素通りさせる。
店じゃねぇんだよ三流ども。
ここは異界の地。
さらに、乾季を迎えた『東乃原』の危険性は潤季のそれを何倍も上回る。
決して油断しちゃならねぇ場所だ。
…………なのに。
なんであの調査員の姉ちゃんは付いて来てんだよ。
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荒々しい肉体が呻りを上げて手にした重機を振り回す。
その肢体の艶めかしさ、生命の奔流。
冷たく、しかし熱く迸る機械の轟音。
その光景が私の脳を焼いた。
その響きが私の子宮を揺らした。
私は運命に出会った。
いや運命が私を出迎えた。
どちらでも構わない。
もう私は、止まらないのだから。
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『鹿鳴』の看板を手に店に戻る。
今日も何事も無く一日が終わった。
朝方営業に出たクルードさんもそれに同行したミニーさんも昼過ぎには帰って来た。
今日の営業の成果は芳しくなかったみたいだったけど。
「お疲れ様」
「おつかれ」
「ん?何見てんの?」
「これ」
「手帳……って勝手に見たらダメでしょセリス…!」
「中を検めないと誰の者かも分からない」
「はぁ……それで?」
「ん」
「これ、は……備忘録?……日記……というか詩集?」
「やっぱりミニーは変」
「……うん」
当たり前のその感想を否定する言葉は終ぞ浮かばなかった。
<つづく>




