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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

透明魔法師団長の通話係

「今日から配属となりました、ユリアーナ・シーズルと申します。宜しくお願い致します。」



念願の魔法師団に入団することが出来た初日。

名だたる先輩方の前で挨拶をして、深々とお辞儀をする。

私はこれから毎日、彼・彼女らからたくさんの指導を受け、今よりももっと魔法について知ることが出来る。


その未来を想像するだけでワクワクが止まらない!


「俺はロック・ベルナド!俺がユリアーナの教育担当としてビシバシ鍛えてやるからよろしくな!とりあえずついて来てくれ」


「はい!よろしくお願いします!」


ロック先輩は茶髪茶眼の明朗快活という言葉がよく似合う青年だった。


彼の後についてひとつの部屋へ入る。そこには既に完成された魔法道具やその材料、実験道具が所狭しと置かれていた。この光景だけでも、もう最高だ。

空気を肺一杯に吸い込むと、薬品っぽい匂いがする。この匂いが何とも言えない…!


「すっごい目が輝いてんな!それでこそ魔法師団の団員というものだ!」


「はい!ロック先輩!夢のようです!」


「だよな!わかるわ~」


顎に手を当てて大袈裟に首肯する先輩。

それを見て、ますます未来への希望を膨らませていくのだった。




ユリアーナ・シーズル伯爵令嬢は学園で【魔法狂い】と言われていたほどの魔法ヲタクだ。


三度の飯より魔法、睡眠時間なんてものはどれだけ削れるかを真剣に考えるような少女で、長く伸ばした茶髪を三つ編みにして纏めており、タンザナイトのような濃青紫色の瞳に黒い隈、それらを覆い隠す分厚い眼鏡をかけて、汚れてもいいブラウン系の服装をいつも着ている。

そして魔法師団に入団してからはこれらの上に支給された濃青のローブを羽織っている地味な容姿をしている。


そんな彼女は特異な性能を有する瞳を持ち、それは魔力を可視できる一種の魔眼だった。魔眼はその希少性と有用性、詳細が未知数という点から狙われることが多く、なるべく秘匿してきたのだ。


そのため19歳という結婚適齢期でありながら、婚約者はおろか、婚約話が持ち上がったことすらない。そして本人も「それでいいわ!私の恋人は魔法だもの!」と開き直っている。


そのユリアーナが必死に勉強して入団した魔法師団というのは、魔法師の最高峰にして頂点と云われ、尊敬と畏怖を集める場所である。

その実態はただの魔法バカたちの集団でしかないのだが。


しかし、人によっては天国以外の何物でもない。ユリアーナもその一人であった。




魔法師団最高だ…!


ここには全ての器材が揃っているし、造詣の深い方が大勢いて質問や議論を交わすこともできるし、何といっても誰かに迷惑がられない!

研究に没頭しすぎてちょっと部屋の掃除を後回しにしても、徹夜しても、仮眠を取ろうとソファで寝ても、誰も怒らない!ほっといてくれる!もう最高過ぎる!



そして今日は初めてロック先輩の代わりに師団長へ経過報告に挙がる。


いつもは絶対に譲ってくれないけれど、今日は実験がうまくいきそうという事で特別に任せてもらえた。

本当にラッキー!


だってこの国最高の魔法師だよ?そんな人物と会話ができるんだよ?しかも無料で!凄すぎるでしょ!


私はまだ師団長にも、副師団長にも会ったことがない。本当は入団式で挨拶を受けるのだけれど、ちょうど魔物討伐の任務と被ってしまったのだ。



師団長、シエル・エルノステールは現在24歳。副師団長、オーティス・ベルスハルトが現在29歳。


どちらも若くて見目麗しく、高位貴族家出身のため御令嬢からの求婚が後を絶たないんだとか。

私は夜会にも茶会にもほとんど参加したことがないから見たこともない。美しいと評判の見た目にも興味が湧かなかったことも理由のひとつではあるけれど、一番の理由は魔法の時間の方が大事だったということ。



どんな人物なのだろう、やっぱり怖いのかな…などと予想しながら歩き、魔法師団棟で最も豪華な扉前に到着した。緊張を紛らわすために深く深呼吸をしてからノックをする。すると「どうぞ」という声かけがあり、入室する。


「失礼致します」


室内は他の先輩方とは違い、綺麗に整頓されており、執務机に向かう男性とその真正面に立つ男性がいた。


そのおふたりを視界に入れた瞬間に私は息を呑んで見惚れてしまった。


座っている男性は整った輪郭に薄い唇、切れ長の眉、スッと通った鼻梁。深いサファイアブルーの瞳にプラチナブロンドの髪を腰まで伸ばして横に流している美丈夫。そしてもうひとりも整った顔立ちに漆黒の髪にエメラルドグリーンの瞳をしていた。

彼らは私を含めた他の魔法師と異なり、その地位に相応しいフォーマルな格好の上にローブを羽織っていて、それがよく似合っていた。


「貴方は、新人ですよね?師団長にどのようなご用件でしょうか」


「し、失礼いたしました。ユリアーナ・シーズルと申します。ロック・ベルナドの経過報告書類を届けに参りました」


ハッと我に返り、預かった書類を私に問いかけた黒髪緑眼の副師団長(?)に手渡すが、胡乱げな視線を向けられている。


「彼が、ですか。珍しい事もあるものですね」


「行き詰っていた研究のアイディアが降って来たそうで、今しかない。とのことです」


「…彼らしいと言えばらしいですね」


苦笑した副師団長(?)が書類を師団長(?)に手渡す。


書類を確認しだした彼の執務机の上には大きなホワイトボードと専用のペンが置かれていた。

学園の教壇などで使う機会の多い物なので不思議に思ったが、咄嗟に書けるという点では便利なのかもしれないと考えを改めた。


粗方読み終えた彼が書類から顔を上げて私と視線が合ったので、見つめ返す。


「ふむ。良く出来ている、とロックに伝えてくれるか…あ、いや…」


「かしこまりました。お伝えいたします」


ニコリと微笑んで伝言を了承する。


きっとロック先輩も師団長(?)からのお褒めの言葉は嬉しいと思う。何より今は行き詰っていた研究を頑張っているところだから、更にやる気が漲って集中出来るのではないだろうか。


私もロック先輩のように研究成果を報告できるように頑張らないと…!

更なる気合を滾らせると魔法に触れたくなってしまった。早く自身の研究室に戻って続きをしよう…!


「それでは私はこれで失礼致します」


失礼のないようにしっかりと頭を下げて礼をしてから出口に向かう。

ゆっくりと歩かないといけないのに、気持ちが急いていつもより大股で進んでいく。


「ま、待ちなさい!」


「はい?」


ドアノブに手を掛けて少し捻ったところで副師団長(?)に呼び止められたので、振り返ると、彼らは目を見開いてこちらを探るように観察していた。

そのような視線を向けられる覚えがないため意味が分からなくて少し怖い。もしかして気づかないうちに私、何かやっちゃった…?


「あの、どうか致しましたか?」


「…貴方は私の声が聞こえるのか?」


金髪碧眼の師団長(?)になぜか当然の問いかけをされて、首を傾げる。


この質問の意味が分からない。声が聞こえているから返答できると思うんだけど、私は何を試されているんだろうか。

もしかして入団試験か何かなのかな…でも、魔法関係なさそうだし、普通に答えていいんだよね…?


「聞こえますよ?」


「「?!」」


私の返答に先程よりも目を見開いて無言で驚愕している彼ら。

それに困惑して、目線を泳がせる私。



誰か、この状況の説明を下さい。



◇◆シエル・エルノステール◇◆



「貴方の(のろ)いを解けるのは、わたくししかいませんわよ?」


オーホッホッホと高笑いを上げてそんなことをのたまっているのは、公爵家令嬢、アベリア・ローザンブルグ。

ゴテゴテとした上品さのかけらもない真っ赤なドレスを身に纏っている姿は醜悪という言葉が本当にお似合いだ。


「シエル様。婚約、して下さる?」


「ふざけるな!誰が貴様なんぞに…!」


これの言い草に腸が煮えくり返る。今の私の顔はきっと鬼のような形相をしていることだろう。


しかし、誰にも届かない。私の表情も、声も、感情も。


これは彼女が私に掛けた、(のろ)いという名の魔法。


本来であれば禁術指定された魔法を使用した罪状で処罰対象なのだが、術者が死んだ場合に術が解けずに残るケースがなくもないため、彼女はまだ生かされている。本人は自身の身分のお陰なのだと信じて疑わないが。


誰の瞳にも私の姿は映らず、声も届かない。


ある日突然、私は透明人間になったのだ。


しかし、服を着用して存在を知らせる事や筆談で意思疎通を図ることが可能だったのは、不幸中の幸いだった。

それでも、魔法士団長という責任のある職に就いている以上いつまでもこのままという訳にはいかない。それに隠し通すにも限界がある。


手っ取り早く解決する方法が、術者本人に解いてもらう事。

そしてその術者である彼女の要求は、私との婚姻。


エルノステール公爵家としても、私という一個人としても、受け入れられるものではなかった。


だから私は業務の合間を縫って、解呪方法を模索し続けていた。

そんな最中にユリアーナ・シーズルという私が見える師団員を見つけたのだ。


これは何かの手掛かりになることだろう…。



◇◆ユリアーナ・シーズル◇◆



えー、なぜか師団長の通話係という役目を任されたユリアーナ・シーズルです。


なんでも、私以外の人には師団長の姿も声も認識できないらしく、業務に支障を来していて困り果てていたそうだ。

これは新手のドッキリか何かでしょうか?


その様な魔法聞いた事もないとお伝えしたのですが、普段は禁書庫に収納されていて王家、もしくは公爵家以外は閲覧出来ないものなのだと説明を受けた。


確かに師団長をよく観察すると、魔法の痕跡が見受けられたけど、私には姿が見えているからいまいち納得できない。


でも、この国一番の魔法師の傍で学べるのだからいいかと思う事にした。この機会に盗める技術はしっかりと見学して盗もうと思う。


「シーズル嬢、そこにあるインクを取ってくれ」


「はい!」


濃青色の液体、魔蒼溶媒が入っている瓶と専用の羽ペンを手に取り、机に置く。


魔法は自身の体内魔力を使って発動するけど、日常で使われる魔法道具全てに魔蒼溶媒を使用した魔法陣が施されている。ランプ、街灯、水道、等々…あらゆる面で活用されているのだ。


この魔蒼溶媒は魔法陣を描くのに必要不可欠な物で、代用品がない。

それに準えて魔法師団の支給ローブの色はこの魔蒼溶媒と同色となっているのだ。


普通の人にインクと言うと、本当にただのインクを渡されるので注意が必要である。あと、魔力を帯びた専用の羽ペンで描かないと、魔蒼溶媒を使用していても発動しないか暴発するので、特に徹夜した時などの注意力散漫時には要注意です。頑張って描いた後に気が付いた時の絶望は計り知れないので。


今、師団長によって描かれている魔法陣はこの街をすっぽりと覆う大型結界用である。

大型でかつ高難易度の結界用という事もあって、魔法師団員の私ですらお目にかかれない超貴重素材ばかりが並ぶ。それらを組み込んで陣で繋ぎ合わせる。


私でも作ろうと思えば作れる。けれど、私ではそれぞれの素材を最大限活用することは出来ない。様々な魔法道具を作ってきた師団長だからこそ素材を無駄にすることなく、完成させられる。


繊細で、丁寧で、迷いのない手捌きであっという間に完成する。試運転をしてみても、魔力無駄がほとんどない。



これが、最高峰魔法師団の師団長。


これを見て胸を高鳴らせない魔法師はいないだろう。


「これを後日、騎士団へ納品する。他に納品依頼は来ていないか?」


「えっと。はい、ございません。こちらで全てになります」


「そうか、助かった」


「いえ、お役に立てたのなら嬉しい限りです」


特等席で師団長の魔法道具製作を見学できたのだ。

それに途中で挟んで下さる雑談も魔法に関する貴重な意見やアドバイスばかりで私にとってはいい事しかない。


そのうち罰が下るのではないかと少し冷や冷やしている。私は善行を行うべきだろうか。


「もう急ぐ依頼はないからシーズル嬢も自身の研究に戻ってくれて構わない」


「はい!ありがとうございます!」


「ああ、頑張ってくれ」


魔法道具が故障しないようにケースへ仕舞っている師団長をよそに足早に自身の研究室へ向かう。


今さっき見たお手本を忘れないうちに模倣しなくては!あれを少しでも真似できたら、自分は更なる成長を遂げる事が出来る!走るのははしたない事だけれど、構うものか。そんなものより魔法の研鑽の方が重要なのだ!




通話係になって一ヶ月が経った。


私は通話係の仕事と魔法道具製作や研究の補佐をしながら、時々不可解な質問や検証を手伝っては師団長たちが落胆するのを眺める毎日を送っている。


私には姿が見えているので、正直共感できなくて申し訳ないと思う。

いつまでも隠しておけないという彼らの焦燥感が日に日に増していたそんなある日。


「今日は私に魔法を掛けた張本人に会いに行くぞ」


「えっ?はい?!」


業を煮やした師団長が私に告げ、すぐさま支度を整えて馬車に乗って出発した。

向かい合って座った車内でガタッゴトッと揺らされながら窓を眺めて到着を待つ。


「私を呪ったのはアベリア・ローザンブルグ、ローザンブルク公爵家の者だ。当主は既に我が家への謝罪と賠償を済ませているが、本人は今まで通りに公爵邸で過ごさせている。逆上されて一生このままという事態を避けるためだ」


「どうにか説得して解いてもらうことは出来ないのですか?」


「…解呪の代償として私との婚姻を要求しているのだ」


「うわぁ……」


眉を顰めて憎らしげに師団長は語ってくれたけれど、事情を聴いて誰かも知らない令嬢にドン引きした。

慕う相手に対して実行した事もだけど、その令嬢を狂わせてしまった師団長本人にも戦慄する。


しかし、犯人の特定が済んでいるのに解決できないというのはとても歯痒いことだろう。それに加えて張本人は何不自由ない生活を送っているかと思うと苛立ちを抑えるのも大変なのではないだろうか。私だったら相手にどうにかして仕返しをしていると思う。


軽く雑談を交わしているうちに公爵邸に到着して、師団長のエスコートで馬車から降りる。


初めて訪れた高位貴族の邸は歴史を感じさせる荘厳さと権力を象徴する豪華さに、上品さを兼ね備えていた。男爵令嬢である自分には今後一切踏み入れる機会のない素晴らしい建物に興味津々だ。由緒正しき名家には特別な魔法道具が代々継承されると聞いた事があるため、このどこかに存在しているかと思うとワクワクが止められないのだ。


公爵邸へ足を踏み入れて内装に見入っている時にふと空中を見ると、師団長に纏わりつく魔法の残留魔力が宙を舞い、公爵邸のどこかへ向かうように漂っている事に気が付いた。


そして侍従に案内されて応接室へ足を踏み入れると、そこには美人でありながらそれを帳消しにする趣味の悪いドレスを身に纏ったご令嬢がいた。よく観察してみると師団長と同様に魔法の痕跡と残留魔力が見受けられ、空中に舞う魔力同士が繋がり、どこかへと漂っていくのが見えた。


「シエル様、ごきげんよう!やっと、わたくしと婚姻する決心をして下さいましたのね!」


恍惚とした表情を浮かべて師団長の全身を舐めるように眺めている。

その姿の気持ち悪さと言ったら言葉に表しきれないほどで、今師団長が睨みつけているのも納得だ。


「貴方とは絶対に婚姻しない!何があっても!」


普段穏やかに話す師団長が声を荒げて拒絶を露わにした。

それでも私以外の人には何一つとして伝わっておらず、うっとりとしている令嬢に不安げに視線を揺らして傍観する使用人たちがいるだけだった。


ここで私はやっと、彼の置かれた状況を少し理解することが出来たのだった。


今までも、この人に解呪してもらおうと面会したに違いない。そしてその時も似たような経験をしたはずだ。

ならばここで、師団長の通話係としての責務を果たすべきだ。また同じ思いを抱かせないために。


「シエル師団長は、貴方と婚姻しないと申しております」


私が発言した事でやっと存在を認識した彼女はこちらをキッと睨む。

念のため話始める前に師団長へ視線を送って合図はしたから、問題ないだろう。


「貴方は誰かしら?わたくし、発言を許した覚えはないのだけれど?」


「お初にお目にかかります。私は魔法師団所属、ユリアーナ・シーズルと申します。現在、会話が困難な師団長の意志を伝達させて頂く任を拝命しております」


「ただの魔法師如きが通訳の真似事かしら?わたくしはシエル様と話があるのよ。邪魔をしないで下さる?」


「ですから、私が師団長のお言葉をそのまま貴方様にお伝え致しますわ。聞こえないのでしょう?師団長の声が」


「…貴方には聞こえるというの」


堂々と見つめ返してニッコリとした微笑みを浮かべて肯定する。


更に顔を歪ませて睥睨してくるが、ここで表情を崩してはならない。令嬢同士の駆け引きは笑顔ひとつで形勢を逆転できるほどの武器だ。ここで悠然さを見せつけて解呪方法を発見したのではないかと想像させなければならない。


そうでなければ、彼女の意志を動かすことは出来ないのだから。


「はい、聞こえておりますわ。そのため、私が、普段から、師団長の補佐を務めております」


「そう、なのね…!だとしても、解呪できるのは私だけでしてよ!つまり!シエル様はわたくしと婚姻するしかないのですわ!」


「それはどうでしょう?」


フフッと余裕の態度で笑い、精神を逆なでする。格下である私に見下されたと判断して彼女は紅潮し、扇子をギリギリと握って怒りを露わにした。


「…何が言いたいのかしら?」


「貴方様が術を掛けたのは、魔法師の最高峰と謳われる魔法師団の師団長ですわ。それなのに、いつまでも解呪されないと本当に考えているのですか?」


「で、出来るはずがありませんわ!」


「ですが、実際に私は師団長の姿が見えております。これは術が綻んでいる事の証拠ではありませんか?」


「そんな事は!決して…!」


先程と打って変わって狼狽し始めた彼女に更に追い打ちを掛けよう。

本当は言うべきではない。けれど、この一か月間見てきたのだ。


この状況に苦悩し、実験に失敗しては落胆する師団長の姿を。


悔恨に苛まれながら協力していた副師団長の姿を。



だから私も。師団長の姿を視認できる私のせめてもの助勢を。


「それに貴方様が掛けたであろう術の残留魔力がこの邸のどこかへと漂っていますわ。…そこには何があるのでしょうか?」


「な?!それは本当か?!」


「はい、公爵邸の中心部辺りに集まっていますわ」


今の今まで黙って成り行きを傍観していた師団長が血相を変えて驚愕を露わにして話に割り込んできた。

それに答えた後彼女の方に向き直ると、顔面蒼白になりながら譫言のようにブツブツと何かを呟き続けていた。


「な、何もないわ…!何も、何もないのよ…?何も、何も……!」


「これでは会話などできないだろう、監視しておけ。公爵には事前に邸内の捜索許可を取っている。…シーズル嬢、案内してもらえるか?」


「もちろんですわ」


師団長の言葉に頷いて、残留魔力の進む方へと歩いていく。

魔力を頼りに階段を上がって更に進むと、一等豪華な扉に辿り着いた。


「ここは?」


「ここは旦那様の私室でございます」


「入っても?」


「ええ。許可を頂いております」


家令に確認を済ませてドアノブを捻る。室内は必要最低限の家具だけが置かれた落ち着きのある空間となっていた。それぞれの家具もシンプルながら品の良さが伝わってくるものばかりだった。


そしてサイドテーブルの上にあるアンティークランプへと魔力が吸い寄せられるように進んでいくのが見える。これが術の核を成しているのだろう。


「このランプです。ここに魔力が集まっています」


「これに…失礼だが、このランプの魔法陣を確認してもよろしいか」


「…これは公爵家当主が代々使用している貴重なランプです。丁寧に扱って下さるならば、構いません」


「感謝する」


師団長がテーブルから移動させ、慎重な手つきで分解していく。

すると、刻まれている魔法陣にはランプとしてだけでなく、他の機能を表す陣が見て取れ、その中に最近書き加えたような魔法陣が見つかったのだ。


「これだな。元々あった結界の魔法陣をそのまま流用して幻惑系の魔法陣に性質を無理矢理捻じ曲げている。このまま放置を続いていれば、いずれ暴発を起こしていただろう」


「そんな!そのような事態に為る前に見つけられて本当に良かった…」


「ああ、本当に」


その場で魔法陣を無効化し、元の正常な魔法道具に修理をしてお返しする旨を説明と、安全を考慮してしばらくの間ランプを魔法師団で預かることとなった。


そしてこれを引き起こした張本人であるアベリア・ローザンブルグ公爵令嬢はそのまま捕縛され、連行されていったのだった。




そして公爵邸へ乗り込んでから約一週間が経過した今日。

遂に師団長は自身に掛けられた術の解呪に成功し、平穏な日常を取り戻したのだった。


「おめでとうございます、師団長!」


「ありがとう。これも全てシーズル嬢のおかげだ」


「いえいえ!お役に立てたようで何よりです」


「これを、シーズル嬢に」


「これは…?」


師団長から箱を手渡され、包装を解いて中身を確認すると、白金の土台にサファイアの宝石が輝く美しい髪飾りであった。


精巧な造りはどの角度からでも華麗な新しい表情を映し出す、誰かを連想させるような髪飾りで。


勘違いかもしれないのに、頬が紅潮し、心臓が跳ねる。そしてそのことがますます意識を持っていくのだ。



考えを巡らせれば巡らせるほど、このままここに居られるわけもなくて。


「ああの!髪飾りありがとうございます!それではわたしはこれで失礼致しますわ!」


「ああ、何かあれば頼るといい」


「はははい!ありがとうございます!」


足早に師団長の研究室を退室して、心を落ち着かせる。


私はこれで通話係を解任になった。

だからこれ以上師団長の研究室にお邪魔するわけにはいかない。そしてこれからは師団長の魔法道具製作を見学することも叶わなくなる。今まで順調に進んでいた研究も思うように進まなくなることだろう。


彼と過ごした日々が終了したことが、本当に寂しいと悲しんでいたのに!


なのに、最後の最後に何て物を贈ってくるの?!



これではこれからを、もしもを、期待してしまうではないか…。



◇◆シエル・エルノステール◇◆



「おめでとうございます、シリル。これでやっと自身の仕事に集中できるというものです」


「色々済まなかった、オーティス」


「いえいえ、むしろ貴重な魔法に触れるいい経験が出来ました」


「それは良かったな。だが、迷惑をかけた分はしっかりと仕事に励むとしよう」


オーティスに返答しながらシーズル嬢が去っていった扉を眺める。

髪飾りを受け取った彼女は顔を真っ赤に染め上げて恥ずかしがっていた。


それがとても可愛らしいと、愛おしいと思った。このような感情を女性に対して抱いたのは初めてだった。


「ユリアーナさんの事、好きなのでしょう?」


「…バレていたか」


「分かりますよ、幼馴染ですからね」


オーティスは訳知り顔で鷹揚に頷いて見せた。

この意外と情に厚く、それでいて計算高い彼に隠し事は得策ではないのは、とうの昔から知っている。


「協力してくれ」


「まあ、大事な友人の頼みですから協力して差し上げましょう。その代わり、協力する度に貴方の奢りでお酒を飲ませてもらいます」


「…財布が圧迫されるな」


「魔法士団長の給料がそんなに安いわけないでしょう」


それでも際限なく酒を飲まれるといくら金があっても足りないのだが、その時はこの優秀で抜け目のない幼馴染を扱き使ってやろう。


「分かっている。それと…」


「何ですか?」


「なぜシーズル嬢を名前を呼んでいる?」


「一丁前に嫉妬ですか?そんなものは行動を起こしてからにして下さい」


今一番効く現実を突きつけられてしまった。

確かにまだ私は彼女に好かれるような行動を何も起こしていないが、これから努力をしていこうとしているのだからもう少し優しい声かけがあってもいいと思うのだが?

…それはそれで気味が悪いが。


まずはシーズル嬢との親交を深めて名前で呼び合う関係を目指そう。


そしてゆくゆくは、私の婚約者に為って欲しい。


彼女の好きな食べ物は何だろうか?

何が得意だろうか?どこかお気に入りの場所はあるだろうか?

好きな花はどのようなものだろうか?

好きな本のジャンルは何だろうか?

どのような服装が好みだろうか?


彼女のことを想うと興味は尽きる事を知らないかのように溢れる。きっとこれはどれ程の年月が経とうと変わることはないだろう。




通話係ではなくなったシーズル嬢へ会いに行く口実を、今から考えなくては。

これは、今まで煩わしいと遠ざけてきた感情を芽吹かせ、不慣れな想いに振り回されながらも花開き、障害を乗り越えて実を結んでいく、恋愛初心者同士の出会いの物語。


最後までお読み頂き、ありがとうございました!


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